第38話 レーザーに見えたもの
二〇二〇年七月二十四日、魔法災害隊東京本庁舎。
人気のない廊下で木下副長官とリンファが話をしていた。
「作戦はどうですか?」
「はい、順調ですヨ。少なくとも制御できなくなることはないと思いマス」
「それならいいのですが」
木下副長官は何か気がかりなことがあるのか、難しい顔をしている。
「どうかしましたカ?」
木下副長官の様子を見たリンファが問いかける。
「もし共工が本気を出せば、東京を壊滅させるくらいの力はあるはずです。そうなればアマテラス様を頼らざるを得ません。ですので、絶対に手綱は握っておいて下さい」
「分かりまシタ」
「それと、リンファさん。あなたがもしアマテラス様を裏切るようなことがあれば、その時は即時排除対象になりますのでご注意を」
「それは安心してくだサイ。私はアマテラス様に命を捧げるつもりですカラ」
リンファは頭を下げ、分析室へと向かっていく。
木下副長官は、その後ろ姿を見ながら。
「ユー・リンファ第三執行官、もう作戦の失敗は許されませんよ」
と呟いた。
司令室では響華、碧、遥、雪乃の四人と長官が昨日の出来事について整理をしていた。
「響華さん、つくばでの襲撃の話、もう一度詳しく聞かせてくれる?」
長官が聞くと、響華はこくりと頷き話し始めた。
「私と芽生ちゃんで車まで戻ろうと歩いてる時に、突然特殊部隊が襲ってきて、その時に特殊部隊が持ってた光線銃? に芽生ちゃんが撃たれて、それで……」
その時のことを思い出したのか言葉を詰まらせる響華に、碧が問いかける。
「桜木が意識不明になったと?」
「うん」
響華が首を縦に振る。
「でもさ、光線銃だか何だか知らないけど、メイメイならそれを避けて斬りかかるのなんて余裕なんじゃないの?」
遥が言う。
しかし、長官はすぐにそれを否定した。
「確かに芽生さんならそれくらいの能力はあると思う。だけど、今回のレーザーはただのレーザーじゃなかった。そうでしょ、響華さん?」
長官の問いかけに、響華が頷く。
「はい。あのレーザー、そもそもレーザーなのかも怪しいです」
「それって、どういうことですか?」
雪乃が首を傾げる。
「あのレーザーに当たった瞬間に芽生ちゃんの刀が消滅した。撃たれた芽生ちゃんは意識不明になった。それに、距離が遠くなるごとに威力が弱まってた気がする。それを考えると、あのレーザーは……」
響華がここまで言うと、遥が気が付いたように声を上げた。
「魔法物質に影響を与える何かってこと?」
遥の言葉に、響華は小さく頷いた。
「でも、もしそうだったとして、それはどういう物質なんだ?」
碧の疑問に、雪乃は。
「あの、合ってるかどうか分からないですけど……」
と言って自分の考えを述べる。
「もしかしてそれって、魔法物質の反物質みたいなものなんじゃないかと……」
「反物質? それって、ある物質に対して全く逆の性質を持つ物質ってことだよね?」
長官が言うと、雪乃は首を縦に振る。
「はい。魔法物質を変換して生み出した刀にも、魔法能力者の体にも、それに空気中にも魔法物質は存在しています。なので、響華さんの話を聞く限りでは、魔法物質の反物質というのが一番説明がつく気がしたのですが……。そもそもそんな物質ってあるんでしょうか?」
「う〜ん……」
誰もそんな物質は聞いたことがないといった様子だ。
「ですよね……。すみません、変なこと言って。気にしないで下さい」
雪乃は手を水平に動かしながら微笑んだ。
するとその時、国元が司令室に入ってきた。
「長官はいますか?」
「長官ならあちらに」
木下副長官が指し示すと、国元はこちらに向かってきた。
「まずは長官に話をと思ったんですが、響華さんたちもいらっしゃるようなので一緒に聞いてもらいますか?」
国元が聞くと、長官は少し考えて答える。
「……その方がいいかもね。それじゃあ国元くん、説明してくれるかな?」
「はい。まずは芽生さんの容態ですが、時間を追うごとに回復してきてはいますが予断は許さない状況です。そしてあの銃については守屋さんに調べてもらっていますが、解析には時間がかかりそうです」
国元の報告に、長官の表情が暗くなる。
「そっか……、芽生さんはやっぱり至近距離で受けたのがまずかったのかな……。ありがとね、国元くん」
長官が礼を言うと、国元は一礼してその場を後にした。
「えっと、あの……?」
響華が少し戸惑った様子で言う。
「ごめんね。突然で理解できなかったよね? 実は昨日、国元くんに芽生さんの容態の確認とあの銃を守屋刑事に渡すようにお願いしてたの。本当は私が話を聞いた後にみんなに伝えるはずだったんだけど、順番が逆になっちゃったね」
長官は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「それは別に大丈夫ですけど、今の話だと国元さん寝れてなくない?」
長官の話を聞いた遥は、国元のことが気になったようだ。
「でも、全然眠くはなさそうでしたよね?」
雪乃はさっきの国元の様子を思い出してみたが、寝不足の雰囲気は特に無かった。
「国元さんはあまり自分のことを言わないからな」
碧が言うと、遥は。
「それアオが言うこと〜?」
とにやけながら碧の方を指差した。
「わ、私は別に、その、何だ? 言うことがないから言わないだけだ」
碧は明らかに強がっている。
「またまた〜。素直になりなよ?」
遥が碧を小突く。
「もう、分かった分かった。そんなことより今は長官の話だろう」
碧は遥をあしらうと、長官に問いかけた。
「それで、桜木が意識不明になっている原因は一体?」
「それが、よく分からないみたいなんだよね……」
長官が困ったように言う。
「分からない? だって芽生ちゃんが搬送された病院ってつくば魔法医療研究センターですよね? そんな大病院で分からないなんてことがあるんですか?」
響華が長官に詰め寄る。
その様子を見ていた遥はさっと間に入った。
「響華っちストップストップ。メイメイが心配なのは分かるけど、それは長官に言ってもしょうがないじゃん?」
「すみません……」
遥の言葉で、響華は冷静さを取り戻したようだ。
「でも、実際問題として、原因が分からないと治療できませんよね? 病院側はどういう治療をする予定なんですか?」
雪乃が長官に問いかける。
「とりあえずは点滴だけで様子を見るみたい。だけど、もしそれで回復しない場合は、あの銃の調査結果次第になるのかな。私としてはこのまま回復してくれるのが一番なんだけどね」
長官も芽生のことをかなり心配しているようで、冴えない表情を浮かべている。
「そうですか、分かりました……。それでは、私たちは警備任務に向かいます」
碧がそう言って頭を下げる。
「うん、お願いね。もしあれだったら芽生さんの代わりに誰か連れてく?」
四人の去り際に長官が聞く。
「いえ、大丈夫です。芽生ちゃんの分まで頑張ります」
響華は振り返ると、そう答えて微笑んだ。
東京、夢の島公園アーチェリー場。
朝からオリンピックのアーチェリーが行われている会場は、たくさんの観客が集まっていた。
「こんなに人が多いのか……」
碧が驚いたように言う。
「だってオリンピックだよ? これでも盛り上がりが足りないくらいじゃない?」
遥は少しウキウキしている様子だ。
「遥ちゃん、別に観戦に来たわけじゃないんだからね?」
響華が釘を刺すと、遥は。
「分かってるって。警備はちゃんとやるよ〜」
と適当な返事をした。
「それじゃあ、私と滝川さんであっちを見るので、藤島さんと新海さんは向こうをお願いできますか?」
雪乃の問いかけに、響華と碧は首を縦に振る。
「では、また一時間後くらいに合流しよう」
碧が言うと、四人は二手に分かれて警備任務を始めた。
遥と雪乃の班は新木場駅側の入り口までやって来た。
「さすがにここからじゃ会場は見えないか〜」
遥が会場の方を見ながら背伸びをする。
「だから滝川さん、観戦じゃないって何度も言ってるじゃないですか〜」
雪乃は少し怒った口調で言う。
「え〜、だってせっかくオリンピック会場にいるんだよ? ユッキーは観戦したくないの?」
遥は雪乃に抱きつきながら問いかける。
「したくないことはないですけど、いくらなんでも任務中ですよ……?」
雪乃は顔を赤くしながら答える。
「ほら、ユッキーだって見たいんじゃん。ちょっとくらいバレないって、ね?」
「え、ちょっと、滝川さん? 本当に行くんですか?」
遥と雪乃はぴったりとくっついたまま会場の中へと入っていった。
響華と碧の班は潮見駅側の入り口で警備をしていた。
「こっち側も人が多いね〜」
響華が人の列を見ながら呟く。
「本来は新木場駅だけがアクセシブルルートだったんだが、潮見駅も追加して正解だったな」
碧はあまりの人の多さに圧倒されている様子だ。
「アクセシブルルート? 碧ちゃんよくそんなの知ってるね。私全然そういうの分からないよ」
響華は碧の知識に感心する。
「いや、警備する場所についての情報を下調べするのは普通だろう」
碧は当たり前といった様子で答える。
「え〜、絶対普通じゃないよ〜。碧ちゃんは真面目だな〜」
響華はそう言うと、ふと運河の向かいの倉庫の屋上に目をやった。
するとそこに、何かに反射したような光が見えた。
「ん? 今の何だろう?」
「どうした、藤島?」
碧が聞くと、響華は。
「あの倉庫の屋上、誰かいるのかな? 何か反射した光が見えた気がするんだけど」
と倉庫の屋上を指差した。
「どこだ? 反射するようなものは見当たらないが……」
碧はその場所を目を凝らして見るが、特に何も見えなかった。
「おかしいな〜。絶対何かあったんだけど……」
響華は見間違いかと思い、目線を逸らした。その瞬間。
『ヒュン』
耳元で風を切る音が聞こえた。
響華は慌てて倉庫の屋上を見る。
「今、あそこからなんか飛んでこなかった?」
「ああ。飛んできたというか、撃たれた?」
碧も風を切る音が聞こえたようだ。
「とりあえず遥ちゃんと雪乃ちゃんに連絡しておこう」
響華はスマホを取り出すと、遥に電話をかけた。
「遥ちゃん、雪乃ちゃんと一緒に潮見駅側まで来てもらってもいい? 結構まずい状況かもしれない」
響華は電話を切ると、碧と共に近くの物陰に隠れた。
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