共工編

第37話 特殊部隊の急襲

 二〇二〇年七月二十三日、十九時三分。魔法災害隊東京本庁舎。

『さあ日本のカウンター、岡橋おかはしがドリブルで右サイドを駆け上がる。グラウンダーのクロス、久野くのにボールが渡る、どうだ、打った、決まった〜! 日本、つくばでの初戦で、なんと難敵ドイツ相手に先制点を奪いました!』

「さすが久野選手です!」

「よし、このまま優勝だ!」

 雪乃と長官は食堂のテレビでオリンピックのサッカー日本戦を観戦していた。

『決めたのはスペインの名門ステラ・マドリードに所属する久野! 見事にゴールネットに突き刺しましたね〜』

 実況のアナウンサーも興奮している様子だ。

 サポーターの大歓声がスタジアムに響き渡っている。

「ああいう光景を見ると、私もスタジアムで応援したかったなって思います」

 雪乃の言葉に、長官が頷く。

「そうだね。私も生で観たいな〜。長官権限でチケット貰えないかな?」

「さすがに職権乱用はまずいんじゃ……」

 雪乃が言うと、長官はクスッと笑った。

「雪乃さん、冗談だって。さぁ、試合再開だよ」

『ピーッ!』

 レフェリーのホイッスルで、ドイツ選手がセンターサークルに置かれたボールを蹴る。

 雪乃と長官は再び視線をテレビに戻し、声援を送り始めた。




 同時刻、つくば市内。

 魔法省所管の魔法物質研究機構での任務を済ませた響華と芽生は、サッカーの日本戦が行われているスタジアムの近くを歩いていた。

「そっか、なんかうるさいな〜って思ってたけどサッカーやってるんだね」

 響華がスタジアムの方を眺めながら言う。

「そうよ。きっと今頃、雪乃と長官はテレビの前で盛り上がってるんでしょうね」

 芽生がスタジアムの方を見ると、その瞬間に大きな歓声が上がった。

「もしかしてゴール決まったのかな?」

 響華は興奮気味に芽生に話しかける。

「みたいね。雪乃と長官の喜んでる姿が目に浮かぶわ」

 芽生は二人のことを想像して、少し微笑んだ。

 すると突然、物陰から全身黒ずくめの人間が三人現れた。

「ちょっと芽生ちゃん、何あれ!」

 響華が声を上げる。

「えっ?」

 芽生が慌てて前を見ると、黒ずくめの男たちが目に飛び込んできた。

 黒ずくめの男たちはヘルメットと防弾チョッキを身につけ、見慣れない銃を手にしている。

「私たち狙われてる?」

 響華が小声で言う。

「ええ。何者かは分からないけど、確実に狙いは私たち。戦闘は避けられないかも」

 芽生はそう答えて身構える。

 黒ずくめの男たちが銃口をこちらに向けた。

『ビチューン!』

 銃口からレーザーのようなものが放たれる。

「何今の? 光線銃?」

 響華はレーザーを避けて呟く。

「でも、これじゃあ私たちは倒せないわよ」

 芽生はレーザーを簡単に躱すと、魔法を唱えた。

「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」

 目の前に形成された刀を手に取ると、芽生は黒ずくめの男たちに向かって勢いよく駆け出した。

『ビチューン!』

 再びレーザーが放たれる。

「そんなレーザー、刀一本あれば十分よ」

 芽生はレーザーを刀で弾こうとした。しかし。

「嘘でしょ?」

 レーザーに当たった瞬間、刀が消滅してしまったのだ。

 武器を失った芽生は慌てて引き返そうとするが、その時にはすでに黒ずくめの男たちの目の前まで来てしまっていた。

「やられる……!」

「……チェックメイト」

 黒ずくめの男は不敵な笑みを浮かべ、芽生に向かってレーザーを放った。

『ビチューン!』

「くわぁぁっ!」

 至近距離でレーザーを受けた芽生に、今までに感じたことのない痛みが走った。

(体が、熱い……! 内臓が爆発してるみたいな、この感じは一体なんなの……!)

 芽生はその場に倒れこみ、動けなくなってしまった。

「芽生ちゃん!」

 響華は急いで芽生の元へ駆け寄ろうとしたが。

「ダメだ……」

 響華はすぐに立ち止まった。

 黒ずくめの男たちは響華に銃口を向けていたのだ。

(早く芽生ちゃんを助けないといけないのに、これじゃあ身動きが取れない……!)

 黒ずくめの男たちが引き金に指をかける。

 それを見た響華が魔法を唱えようとした、その時。

『バンッ! バンッ! バンッ!』

 突如銃声が三回鳴り響いた。

「う、うわぁ……」

 その直後、黒ずくめの男たちがばたりと倒れる。

 響華が驚いて音のした方を見る。そこにいたのは。

「国元さん、何で……?」

 拳銃を手にした国元の姿だった。


「響華さん、大丈夫ですか?」

 国元が拳銃をしまいながら歩いてくる。

「は、はい……」

 響華は状況が理解できず呆然としている。

「それは良かったです。しかし、芽生さんはかなりダメージを負ってしまったみたいですね。救急車を呼びましょう」

 国元はスマホを取り出して消防に通報する。

「あ、あの……?」

 通報を終えた国元に、響華は困惑した様子で話しかける。

 すると国元は、響華が聞く前にその疑問に答えた。

「隠すつもりはなかったんですが、ここまで来たら話すしかないですね。僕は警察庁警備局警備企画課の人間なんです」

 国元は胸ポケットから手帳を取り出し、それを響華に見せる。

「公安警察……?」

 響華が驚いた表情を浮かべる。

「はい。それで一つ、響華さんにお願いしたいことがあります」

「お願い、ですか?」

 響華が首を傾げる。

「響華さんには、僕の協力者になってほしいんです」

「協力者? 私が……?」

「はい」

 国元は響華の目をまっすぐに見る。

「いやいや、無理ですよ! だって私まだ高校生だし、公安警察に協力なんてそんな……」

 響華は後ずさりしながら首を横に振る。

 しかし国元もそう簡単には引き下がらない。

「響華さん、僕たちには君の力が必要なんです。君がいなければこの国を守れないかもしれない。人助けだと思って、お願いします」

 国元の言葉が響いたのか、響華は少し考えると。

「……分かりました。私に出来ることがあるなら、やらせて下さい」

 協力者になることを決め、大きく頷いた。


 今までの出来事をビルの屋上から眺めている人間がいた。

「この映像を銃撃事件としてネットに流せば大騒ぎになるぜ」

 その人はアジア系の五十代ほどの男性で、デジカメを構えている。

 するとそこへリンファがやって来た。

「あれ? こうさん、今日はT93じゃなくてデジカメなんですネ? もしかしてパパラッチにでも転身するつもりですカ?」

 リンファがいたずらっぽく聞くと、高と呼ばれたその男はふっと笑う。

「冗談じゃねぇよ。俺がスナイパー辞めるわけないだろ?」

「それもそうですネ。台湾作戦の主要メンバーがそう簡単には辞めないですよネ。では、今回の狙いは誰デス?」

 リンファの質問に、高は。

「この国の神が最終目標だが、まずは魂の結晶だ」

 と答え、不敵な笑みを浮かべた。




 十数分後。現場に救急車が到着した。

「魔災隊の方ですね。負傷した隊員は?」

 救急隊が問いかけると国元は倒れている芽生の場所まで案内した。

「こちらです。災害対応中に魔獣の攻撃を受け意識不明の状態です」

 救急隊は芽生を担架に乗せ、救急車に運んでいく。

 響華は担架に乗せられた芽生を追いかけ、声をかける。

「芽生ちゃん、大丈夫だよね? また、一緒に戦えるよね?」

 響華はかなり心配している様子だ。

 すると、救急隊は。

「こちらも全力で応急処置を行います。それに、つくば魔法医療研究センターがすでに受け入れ態勢を整えてくれているようです。なので、安心して下さい」

 と言って、芽生を乗せた担架と救急車に乗り込んだ。

『ピーポーピーポー……』

 救急車がサイレンを鳴らして病院へと向かう。

 響華はそれを見送りながら。

「芽生ちゃん、コンパイルとの約束、果たすんでしょ? だから、絶対、帰ってきてね……。私も、芽生ちゃんの分まで頑張るから……」

 涙声でそう呟いた。

 救急車のサイレンが聞こえなくなった頃、国元が響華に話しかけた。

「響華さんはあのレーザー銃、どう思います?」

「どうって、どういう事ですか?」

 響華が首を傾げる。

「あの三人は中国の特殊部隊で間違いないと考えています。ただ、中国にレーザー銃の技術は無いはず。だとしたら、あれには別の仕組みが用いられていると思うのですが……。響華さんは何か感じませんでしたか?」

「そうですね……」

 響華はしばらく考えると、ふと思い出したように声を上げた。

「あっ! もしかして、魔法物質と関係があるものなのかも」

「どういうことです?」

 国元が聞く。

「まずは、芽生ちゃんの刀がレーザーに当たった瞬間に消滅しました。それとあのレーザー、距離が遠くなると威力が落ちてた気がするんです。ってことは、魔法物質と何らかの関係があるんじゃないかなって」

「なるほど、魔法物質に干渉できるが魔法物質とは違う物質……。その可能性はありそうですね」

 国元が納得したように言う。

「でも、まずは東京に戻って長官に話をした方がいいと思います」

 響華の言葉に国元が頷く。

「そうですね。芽生さんのことについては連絡済みですが、まだ詳しいことは話していないので、その方がいいでしょうね」

 響華と国元は車に乗り込み、急いで東京へと向かった。




 中国、雄安新区。中国薬品集団研究施設。

 共工と明石が話をしている。

「楓、あの物質の完成ヲ急がせて悪かったナ」

 共工が申し訳なさそうに言うと、明石は首を横に振った。

「いいのよ別に。共工さんの為と思えばいくらでも頑張れるわ」

「そうカ。ただ、無理ハするな。魔法科学分野ニおいて楓ほどの人材はそういないからナ」

 共工は明石のことを高く評価しているようだ。

「それで、あのツインテちゃんは倒せそう?」

 明石が聞くと、共工はにやりと笑った。

「ああ。器ガ壊れた隙に、魂ヲ粉々にしてやる。待ッテいろ、桜木芽生……」

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