第30話 拘置所への襲撃

 二〇二〇年四月八日、魔法災害隊東京本庁舎。

 石倉製薬で明石を取り逃がしてから四日が過ぎた。しかしその後捜査が進まず、明石の足取りを掴むことも、大量の魔法結晶の入手経路すらも分からない状況だった。

 そして何より、一番の問題が。

「守屋さん、どうしたんだろうね?」

「連絡もつかないんですよね?」

「ああ。何事も無ければいいんだが……」

「何事も無いのなら、こんな突然消えるような形にはしないでしょうけどね」

「みーちゃん、大丈夫かな〜?」

 守屋刑事があの電話を最後に行方不明なのだ。

 五人は独自に捜査を続けていたが、やはりプロである守屋刑事がいないと限界があった。

「国元さん、守屋さんはあの日に何の用事で来られなくなっちゃったのか知りませんか?」

 響華が国元に問いかける。

「そうですね……、特に何も言ってなかったかと」

「そうですか……」

 響華は守屋刑事が何かに巻き込まれてしまったのではないかと不安になる。

「守屋刑事はあの事件にかなり気合いを入れていた。それなのに突然姿を消すなんて、やっぱり不自然よ」

 芽生が言う。

「桜木の言う通りだ。もし極秘に捜査をすることがあったとしても、守屋刑事なら絶対何かしらは理由をつけるだろう」

 碧も守屋刑事が突然姿を消したことは不自然だと感じているようだ。

「じゃあ聞いちゃえばいいじゃん!」

 遥が勢いよく立ち上がる。

「え? 誰に、ですか……?」

 雪乃が戸惑い気味に聞く。

「決まってるじゃん。警視庁に、だよ!」

 当たり前のように言う遥に、響華が疑問を投げかける。

「確かに聞くなら警視庁だと思うけど……、正しい情報を教えてくれるとは限らないよ?」

 遥は一瞬ギクッとしたが、すぐに口を開いた。

「で、でもさ? アクションを起こしてみないことには何も始まらないと思うんだよ。だからさ、まずは警視庁に聞いてみよ?」

 響華は少し考えると。

「そうだね。考えるよりまず行動、だね!」

 そう言って立ち上がった。

「全く、しょうがない奴らだな……」

「遥の言うことも一理あるとは思うし、聞くだけ聞いてみる?」

 碧と芽生はやれやれといった様子で、ゆっくりと腰を上げる。

「ユッキーも立って」

「は、はい!」

 遥に手を差し伸べられ、顔が赤くなる雪乃。

「ん、どうしたの? まさか手汚れてた?」

「いえ、そんな! とても、綺麗です……」

「? そう……、なら良かった」

 雪乃は遥の手を握り立ち上がる。

「じゃあ、警視庁に聞きに行こう」

 響華の言葉に四人は首を縦に振る。

 守屋刑事の無事を信じて、五人は警視庁へと向かった。




 警視庁、魔法犯罪対策室。

 五人が部屋に入る。

「失礼しま〜す……」

「誰もいないわね?」

 部屋の電気は付いていたが、人がいる気配はなかった。

 するとそこへ一人の男性が通りかかった。

「こちらに何かご用ですか?」

「ああ、はい。あの、あなたは?」

 碧が問いかける。

「管理官の楠木耕一です」

「管理官って、かなり上の階級の人じゃ……」

 雪乃が遥の影に隠れる。

「別に怒ってるわけじゃないですよ。それで、魔犯に何かご用でも?」

 楠木管理官の質問に遥が答える。

「はい! あの、みーちゃん知りませんか?」

「みーちゃん?」

 楠木管理官が聞き返す。少し驚いたような表情を浮かべている。

 響華は慌てて遥を咎めると、楠木管理官に頭を下げた。

「ちょっと遥ちゃん……! すみません。あの、守屋都刑事のことです。何かご存知ないですか?」

「うーん、そうだな……」

 楠木管理官が考え込む。

「別にどんなに些細なことでも構いません。守屋さんのことが心配なんです!」

 響華が言うと、楠木管理官がゆっくりと口を開いた。

「……守屋刑事はな、ちょっと特別な捜査に参加することになったんだ」

「特別な捜査って、危ないものなのですか?」

 碧が聞く。

「ああ。この捜査については警視庁の中でもごく一部の人間しか知らない。その上、無事に帰って来られる保証もない。そういう捜査だ」

「そんな……!」

 楠木管理官の言葉に、雪乃はショックを受けた様子だ。

「本来なら捜査の前に君たちに伝えておくべきだったと思うが、こんな形になってしまって申し訳ない。許してほしい、藤島響華」

「えっ? あの、何で……?」

 響華が話しかけようとしたが、楠木管理官は部屋を出ていってしまった。

(今の人、何で私の名前を知ってたんだろう……?)

 響華は少し不気味さを感じた。


 五人は本庁舎へ戻ろうと、魔法犯罪対策室を出る。

 その時、突如サイレンが鳴り響いた。

『東京拘置所にて魔法災害が発生、不信者が敷地外に脱走した可能性があります。直ちに出動して下さい。繰り返します……』

「魔法災害で脱走者!? 魔獣が建物とか壊しちゃったのかな?」

 響華が言う。

「かもしれないな。とにかく、私たちも向かおう」

「そうね。スマホにも魔法災害情報が来ているし、魔災隊にも要請があるでしょうから」

 碧と芽生が顔を見合わせる。

「不信者って、どれくらい怖い人たちなんでしょうか……」

 不安そうな雪乃の肩に、遥が手を乗せて優しく話しかける。

「そんな心配しなくても大丈夫だって。別に不信者は何か事件を起こしたとかそういう人じゃないから。この前拘束された司令員の人たちだって悪い人じゃないでしょ?」

「そ、そうですね……! 司令員の方たちみたいに、よく分からずに拘束された人ってこともありますもんね」

 遥の言葉で、雪乃は少し安心したようだ。

「みんな、被害が広がる前に早く行こう!」

 響華の掛け声に頷くと、五人は現場へと向かうため警視庁の外へ出る。

 すると五人の前に一台の車が止まった。

「皆さん、乗って下さい! どうやら東京拘置所が大変みたいですね」

 その車を運転していたのは国元だった。

「国元さん、ナイスタイミング!」

 遥が国元に向かって言う。

 五人が車に乗り込むと、東京拘置所へと走り出した。




 足立区小菅、東京拘置所。

 災害発生から四十分ほどで、五人を乗せた車が到着した。

「魔法災害隊です! 現在の状況を教えて下さい!」

 響華が車を降りながら周囲に呼びかける。

 しかし反応が無い。

「全員どこかに避難しているのか?」

 碧は周りを見回すが、人影は見当たらなかった。

「でも、ここまで誰もいないのもちょっと不自然よ」

 芽生が言う。

「はい。避難誘導に当たる警察官や所轄の魔災隊員はいてもおかしくないと思うのですが……」

 雪乃もこの状況には違和感を感じているようだ。

「とにかく、拘置所の中に入ってみよう。じゃないと何も分からないし」

 遥の言葉に響華が頷く。

「そうだね。状況が把握できない以上、まずは人を探さないと」

 五人は恐る恐る拘置所の敷地内に足を踏み入れた。

 看板を頼りに、不信者が拘束されているとみられる建物を目指す。

「でも、本当に人がいませんね……」

 雪乃が呟く。

「まさか全員魔獣に襲われてしまった、なんてことはないわよね?」

 芽生が真剣な表情で問いかける。

「それは無いだろう。警察や所轄の魔災隊がいるにも関わらず公的な機関でそんな大規模な被害が出るなど、無い……よな?」

 碧は自分で言いながら不安になってしまった。


 五人は不信者が拘束されているとみられる建物の前までたどり着いた。

 キョロキョロと辺りを見回して人がいないか探していると。

「……誰か、助けてくれ……」

 どこかから男性の声が聞こえてきた。

「魔法災害隊です! 今助けます!」

 響華が大きな声で答えると、声のした方へ駆け出す。

「魔法目録十七条、索敵」

 響華は男性がいる正確な位置を探るため索敵魔法を唱える。

『ピピッ、ピピッ……』

「そこですね!」

 男性のいる場所を突き止めると、響華は急いでそこへ駆け寄った。

「魔法災害隊です! 今応急処置しますからね」

「……ああ、助かった……」

 男性はひどい怪我をしていて、苦しそうな様子だ。

「雪乃ちゃん、回復魔法お願い!」

 響華が雪乃を呼び寄せる。

「あっ、はい! 魔法目録四条、回復」

 雪乃は男性に近づくと、回復魔法を男性に向けて発動した。

 男性の体が緑の光に包まれる。

「これで、とりあえずは大丈夫だと思います」

 雪乃の言う通り、緑の光が消えると男性の怪我は癒えていた。

「すまない、助かったよ……」

 男性はゆっくりと立ち上がると、雪乃に笑顔を見せた。

「一体何があったのですか?」

 碧が聞く。

「いや〜、突然のことで何が何だか理解できなかったんだが……」

 そう言いながらも、男性はここで起きた出来事について説明を始めた。

「一時間前くらいだったかな……。この建物のすぐ近くに魔獣が現れて、その時は普通の魔法災害って感じだったんだが、徐々に様子がおかしくなってきて、気がついたらこの建物は大量の魔獣に囲まれていたんだ。それでその大量の魔獣に建物の壁を壊されて不信者が逃げ出した、といったところかな」

「では、あなたはどうして怪我を? 魔獣に襲われたのですか?」

「いやいや、逃げ出した不信者が一斉に殴りかかってきてな。何を話しかけても唸り声を上げるだけで、まるでゾンビみたいだった……」

 男性はその時の感情が蘇ったのか、少し体が震えている。

「それってもしかして……!」

 遥がハッとする。

「石倉製薬の謎のサプリ、あの魔法結晶カプセルかもしれないわね」

 芽生も同じことを考えていたようだ。

「でも、なぜここでそれが?」

 碧が首を傾げる。

「分からないけど、スカイツリーの時と状況はほぼ変わらない。だとしたら早くその人たちを見つけないと、もっと大きな被害が出るかもしれない」

 響華はそう言うと男性の方を見る。

「その殴ってきた人たちって、どっちに行ったか覚えてますか?」

「確か、あっちだったかな? 意識が曖昧だったからちゃんとは覚えてないが、駅に向かっていった気がするよ」

「ありがとうございます!」

 響華は頭を下げると、四人の方を向いた。

「とりあえず雪乃ちゃんは来て! あとは誰か一人はここに残ってその人の様子を見ててもらえる?」

「では私が残ろう」

 碧が手を挙げると、遥が続けて言う。

「ってことはユッキーは確定として、私とメイメイが付いていくって感じだね」

「うん、お願い!」

 響華は雪乃、遥、芽生を連れて小菅駅の方向へと向かった。


 小菅駅付近、平和橋通り。

 土手沿いに走るこの道は直上に高速道路の高架が通っている。さらにこの地点は線路の高架も交わっているために日陰が多かった。

 そこで響華たちが目にしたのは、信じられない光景で。

「何、これ……」

 響華は言葉を失ってしまった。

 道路上には十人ほどの魔災隊の隊員と数名の警察官が倒れている。そしてその近くにはゾンビのようにふらふらと彷徨っている集団がいた。

「あの人たちにやられたってこと……?」

 遥が言う。

「きっとそうだと思います……。早く、助けてあげないと……」

 雪乃は倒れている人たちに回復魔法をかけるため近づこうとした。しかし。

「待って」

 それを芽生が制止した。

「どうしてですか? 皆さんが苦しんでるのに……!」

 雪乃は少し冷静さを失っているようで、無理やり芽生を押しのけようとする。

 芽生は雪乃の左手をガシッと掴むと雪乃の目をまっすぐに見つめる。

「雪乃の言っていることも正しいわ。確かに早く助けてあげないといけない。だけど、まずはあの暴走している人たちを止めないと、私たちまで危険に晒されてしまうかもしれない。あなたなら分かるでしょう?」

 雪乃はすっと目をそらす。

「すみません……。桜木さんの言う通りです……」

 芽生の言葉で冷静さを取り戻したようだ。

「じゃあまずは作戦を練った方がいいかもね。どうする、響華っち?」

 遥が問いかける。

 響華は周りを見回して今の状況を確認する。

「芽生ちゃんも言ってたけど、まずはあの集団を止めなきゃいけない。あの人たちも魔法結晶のせいでああなってるって考えていいんだよね?」

「ええ、きっとそうだと思うわ」

 芽生が答える。

「そしたらこの前みたいに回復魔法で正気を取り戻させられるはず。だから、私と雪乃ちゃんと遥ちゃんで協力して一気に全員に魔法をかける。芽生ちゃんはもし失敗した時のために一応戦闘の準備だけしておいて」

 響華の指示に三人が頷く。

「よし、じゃあ作戦開始!」

 響華の掛け声でそれぞれが行動を開始した。

 響華と雪乃、遥は未だに彷徨っている集団に向かって走り出す。

「「魔法目録四条二項、範囲回復!」」

 三人が同時に魔法を唱える。

 するとゾンビのように彷徨っていた集団を緑の光が包み込んだ。

「上手くいったかな?」

「どうでしょうか?」

 遥と雪乃が固唾を飲んでその様子を見ている。

 緑の光が消えると、その集団の全員がバタッと倒れた。

「大丈夫ですか? って、あれ!?」

 響華が倒れた男性に駆け寄ると、何かに気が付いたようだ。

「何? おかしなことでもあった?」

 芽生が物質変換刀を手に響華の元へ歩み寄る。

「いや、おかしなことじゃないけど。この人、前に拘束された司令員の人だよね?」

「ん? あっ、ホントだ!」

 遥はその男性の顔を覗き込むと、大きな声を上げて驚いた。

「でも、司令員の方達も不信者として連行されたわけですし、東京拘置所に収容されていたというのは不自然ではないですよね」

 雪乃が言う。

「そうだね。不自然なのはそこじゃなくて、拘束中の人が魔法結晶カプセルを飲んだこと、だよね?」

 響華が芽生に聞く。

「そうね。その謎を解くことが石倉製薬の闇を暴くことにも繋がるかもしれないから、目を覚まし次第経緯を聞いておきたいところね」

 芽生は司令員の方を見やる。

(拘置所が魔獣に襲われた事と不信者が魔法結晶カプセルを飲んでいた事、同時に起きた二つの出来事がもし偶然ではなかったとしたら……)

 難しい顔をしている芽生を、響華は気にするように見つめていた。




 その頃、国元は車の中で電話をしていた。

「楠木管理官にはまだバレていないようなのでご安心を。それで、何か進展はありましたか?」

『ええ、少し分かったことがあるわ』

 相手は守屋刑事のようだ。

『あのスーパーコンピューター、どうやら都内に運ばれたみたい』

「都内?」

『神戸で解体された後部品ごとにトレーラーに積み込まれたことが分かって、そのトレーラーをNシステムで追跡してみたの。そしたら最後に捉えられていたのは内堀通り、三宅坂の辺りだった』

「三宅坂? 一体どこに運ばれたんだ……」

 国元は真剣な表情で考え込む。

『そんなことより、私を都合のいいように使わないでくれる?』

 守屋刑事は少々怒っているようだ。

 国元は慌てて謝罪の言葉を口にする。

「すみません、別にそんなつもりでは……。守屋さんは優秀なので、信頼しているんですよ」

『ふ〜ん、物は言いようね』

 守屋刑事はあまり納得していないようだった。

『まあいいわ。とりあえず私は調査を続けるから、あなたも何かあったら教えて』

「もちろんですよ。守屋さんは日本の未来を守るための『切り札』ですから」

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