第31話 襲撃の真相

 しばらくすると、気を失っていた司令員の男性が目を覚ました。

「あ、あれ……? 何してたんだっけ……? あっ、そうだ、魔獣!」

 そう言って周りを見回す司令員の男性に響華が声をかける。

「あの、魔獣はもう倒したんで安心してください」

 司令員の男性は驚いたように響華の顔を見る。

「えっ、ああ、プラチナ世代の……」

「はい、藤島響華です。お久しぶりです」

 響華は軽く微笑みかけた。

 司令員の男性は、まだ現在の状況が分かっていない様子で。

「あれ? そういえば、ここどこだ……? なんか外みたいだけど……」

 再び周りを見回した。

 それを見た芽生が、簡単に説明する。

「ここは小菅駅の近くよ。東京拘置所から数百メートルってところかしらね。それで、あなたはどこまで覚えてる?」

 芽生の質問に、司令員の男性は少し考えてから口を開いた。

「ええと、確か……。拘置所に突然大型の魔獣が現れて、壁とか壊してて。それで避難しようと思ったところに……。そうだ、人型の魔獣! それが現れて、これを飲めば救われるって、薬みたいなやつを渡されて。その薬みたいなやつを飲んだところから記憶が……」

 五人は顔を見合わせる。

「どうやら、二つの出来事は繋がっているようだな」

 碧が確信を持ったように言う。

「うん、そうだと思う。ね、芽生ちゃん?」

 響華は碧の言葉に頷くと、芽生の方を見た。

「えっ? なんで私に聞くのよ?」

 芽生は少し動揺を見せる。

「だって芽生ちゃん、結構前から分かってたんでしょ?」

 図星をつかれた芽生は、観念したようにため息をついた。

「……ええ、そうよ。確信があったわけじゃないけどね。にしても、響華の勘って時々鋭いわよね」

「ちょっと芽生ちゃん、時々は余計だよ〜!」

 響華は頬を膨らませた。

 一方で、雪乃と遥は司令員の男性の言葉を思い出していた。

「司令員の方、人型の魔獣って言ってましたけど、それってもしかしたらアマテラスなんじゃ……」

「でも、アマテラスがそれをやる意味ってあるのかな?」

「どういうことですか?」

 雪乃が首を傾げる。

「まず前提として、アマテラスが公民党を操ってる。で、その公民党の政策の一つが国民信用レート制度な訳でしょ? だとしたらさ、信用レートで計測できない人間を生み出すことの意味は何だって話じゃん?」

「確かに、言われてみれば矛盾してる気もしますね。自分の首を絞めるようなものですよね」

雪乃は納得したように言う。

「だから、もっと別の可能性も考えた方がいいのかもね」

「別の可能性、ですか?」

 雪乃の問いかけに、遥はこくりと頷く。

「例えば……、他の国の魔獣とか?」

 すると、芽生がぽつりと呟いた。

「中国の、『共工きょうこう』とか?」




 響華は驚いたように芽生の顔を見つめる。

「共工? それって魔獣の名前?」

「そうよ」

「それが中国を支配してる魔獣なの?」

「ええ。そう言われているわ」

 響華の質問に淡々と答える芽生。

 それを聞いていた碧は。

「いやちょっと待て。桜木、お前はなぜそんなことを知っている?」

 芽生のことを少し怪しんでいるようだ。

「どこかで聞いたことがある気がする、とでも言っておくわ」

 芽生も何か隠しているような答え方をした。

 険悪な雰囲気が漂う。

「ま、まあそれぞれ色々あるだろうし。とりあえず事件の真相を追うのが重要でしょ?」

 遥はこの場を収めようと話を変える。

 雪乃も遥の言葉に首を縦に振って続ける。

「そ、そうですよ。桜木さんの魔獣の知識も役に立つかも知れませんし……!」

 芽生と碧はしばらくにらみ合った後。

「私はあなたのことを信用してる。あなたはどうなの?」

「……私も、お前のことを信じていないわけではない」

「正直じゃないわね」

「お前には謎が多すぎるんだ」

 お互いに微笑んだ。

「もう二人とも、大事な時に喧嘩しないでよ? 石倉製薬の裏にも魔獣がいる可能性が高くなったし、気を引き締めていかないと」

 響華は芽生と碧に言う。

「分かってるわよそんなの」

「藤島にだけは言われたくない」

 二人は不機嫌そうに響華を見る。

「え〜? 私だって二人のこと心配してあげてるのに、そんな言い方ないでしょ?」

 響華はムッとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。

(なんだかんだで芽生ちゃんと碧ちゃんは気が合うんだろうなぁ)

「何? おかしなこと言ったかしら?」

「いつまでもこっちを見てるんじゃない」

 芽生と碧に怒られそうになった響華は慌てて視線を逸らした。

「よし、じゃあ事件の真相を調べよう!」

 遥が四人に呼びかける。

 四人は頷き、本庁舎に戻ろうとした。しかしその時、後ろから声が聞こえた。

「この事件は我々が調べる。魔災隊は手を引きなさい」

 五人の前に現れたのは警視庁捜査一課の刑事数名と楠木管理官だった。


「楠木管理官、一体どういうことです?」

 碧が問いかける。

「君達に教える必要はないだろう。とにかく、この事件には関わるな」

 楠木管理官は冷たく言い放つと、五人を横目に現場の方へと向かう。

「おい、早く不信者を捕らえろ」

「はいっ!」

 楠木管理官の指示で、捜査一課の刑事たちが一斉に不信者を強引に立ち上がらせる。

 それを見ていた響華は、少し乱暴なやり方に憤りを覚えた。

「すみません刑事さん。さすがにやりすぎじゃないですか?」

 響華が声を上げると、捜査一課の刑事と楠木管理官がこちらを睨みつける。

「やりすぎ? ははは、そんなことないですよ。これだから素人は」

 捜査一課の刑事たちは響華を嘲笑った。

「一応相手も優秀な魔災隊員なんだ。あまり挑発すべきではない」

 楠木管理官は捜査一課の刑事たちに注意すると、響華に歩み寄り笑顔を見せた。

「藤島響華、すまなかった。別に彼らも君を挑発するつもりはないんだ」

 響華は楠木管理官に一歩近づく。

「楠木管理官、私は今の発言には怒っていません。ただ、あれは明らかにやりすぎだと思います」

 響華は強く言うが、楠木管理官は表情一つ変えずに淡々と答える。

「まあ行きすぎたように見える面もあるかも知れない。だが、あくまで社会信用に関する規定の範囲内のことしかしていないので、特に問題はないと認識している」

 楠木管理官の言葉に、響華は少し俯くと。

「……違います」

「はい?」

「私が言いたいのは、規定とか法律とか、そういうことじゃありません。私が言いたいのは、あの人たちは魔獣に襲われた被害者だってことです!」

 響華は楠木管理官に怒りの眼差しを向ける。

「確かにそうかも知れないが、不信者であることに変わりはないだろう? それに、変な薬を飲んで信用レートを誤魔化そうとしていたと聞く。であるならば、彼らはむしろ寛容な方なのでは?」

「拘束されていた司令員の人は、薬は魔獣に渡されたと言っていました。だから、あの人たちは不信者である以前に被害者なんです!」

「魔獣が薬を? 不信者の言い分など信用できるものではない」

 楠木管理官は響華の話をまともに聞いていない様子だ。

「私はあの司令員の人とそこまで関係が深くはないですが、仕事は的確で人望も厚い人でした。私からすれば信じられないのは信用レートの方です。そんな簡単に人を数値で表せるものですか?」

 楠木管理官は、響華の質問に。

「信用レートについて、何か勘違いをしているようですね」

 とだけ答え、捜査一課の刑事の方を向いた。

「状況はどうなっている?」

「逃走した不信者全員を拘束しました」

「よし、では警視庁に戻るぞ」

 楠木管理官は響華を一瞥するとパトカーに乗り込み去っていってしまった。

「響華っち、随分と攻めたね〜」

 遥が響華に近寄ってきて言う。

「さすがに危なかったんじゃないか?」

 碧は内心ヒヤヒヤしていたようだ。

「ごめんごめん、ついカッとなっちゃって……」

 響華は頭を掻きながら申し訳なさそうに笑った。

「でも、一つ分かったこともあるわ」

 芽生の言葉に雪乃が続ける。

「楠木管理官は、信用レートについて何かを知っているってことでしょうか?」

「ええ。ああやって答えられるってことは、何か裏を知っているに違いないわ」

 芽生は楠木管理官をかなり疑っているようだ。

「私たちも早く本庁舎に戻って色々調べよう」

 響華の言葉に四人が頷く。

 五人は国元の車が停まっている場所へと歩きだした。




『コンコンコン』

「国元さん!」

 響華が車のドアをノックして呼びかけると、国元は慌てたようにロックを解除した。

『ガチャ』

 響華はドアを開け後部座席に乗り込むと四人もそれに続く。

「もう国元さん、何ボーッとしてるんですか?」

 遥が問いかける。

「すみません、少し考え事をしていて……。皆さんが戻ってきたのに全然気がつきませんでした」

 国元は申し訳なさそうに言う。

「いや、別にそれは構わない。国元さん、とりあえず車を出してほしい。早急に調べたい事が」

 碧が身を乗り出して伝えると、国元はこくりと頷いて車を発進させた。

「それで、調べたい事というのは一体どんな?」

 国元がバックミラー越しに聞く。

「石倉製薬の裏に魔獣がいるかもしれないというのと、警察の上層部は信用レートについて何か知っているかもってことです」

 響華の答えに、国元は少し驚いたような表情を浮かべる。

「石倉製薬の裏に魔獣?」

「ええ。でもその魔獣、アマテラスではないと考えているわ」

 芽生が言うと、国元の目つきが鋭くなる。

「というと?」

「あくまで私の妄想に過ぎないけど、裏にいるのは中国を支配する魔獣だと思ってるわ」

「中国……」

 国元は真剣な顔で呟く。

「まあ中国の魔獣じゃないかと言っているのは桜木だけなんで、そこまで深く考えることは」

 何か考えている様子の国元に碧が声をかける。しかし、それを聞いた芽生が碧の方を睨みつけた。二人は和解したとはいえ意見の相違が解消したわけではない。

 車内が険悪なムードになりかけたのを感じ取った雪乃は。

「と、とにかく、まずは戻って調べて見ないとですよね?」

 と言って慌ててその場を収めようとする。碧と芽生は雪乃の言葉を聞いて、お互いに窓の外に目線を逸らした。


 東京、魔法災害隊東京本庁舎。

 五人が司令室に入ると、長官がすぐに話しかけてきた。

「みんな、拘置所の状況はどんな感じだった?」

 五人は顔を見合わせる。そして響華が口を開いた。

「はい、建物が損傷していたり怪我人が出ていたりしました。だけど今気がかりなのは、人型の魔獣が収容されていた不信者にあのサプリを飲ませたという証言です」

「人型の魔獣? それってアマテラスってこと?」

 長官が問いかける。

「いえ、別の魔獣だと思っています」

「それはどうして?」

「信用レート制度がアマテラスの考えたものだとしたら、自分から弱点を突くようなことをするかなって」

「なるほど、言われてみれば確かに矛盾してるかもね」

 長官が納得したように言う。

「それで、そのことに関して少し調べさせて欲しいのですが……」

 碧が切り出すと、長官はすでに分かっていたというような反応を見せ快諾した。

「了解。じゃああそこのデスクとモニター使っていいから、徹底的に調べて」

「ありがとうございます」

 碧が頭を下げる。

「何か分かったら報告しますね」

 響華も長官に軽く頭を下げ、指示されたデスクへと向かった。

 遥がモニターを操作し現場周辺の監視カメラ映像や情報を表示させる。

《足立区:魔法物質濃度 正常値》

《発現魔獣数:28体 うち強力レベル1体》

「きっとこの強力レベルの魔獣が人型の魔獣ね」

 遥が言うと雪乃が頷く。

「はい、それは間違いないと思います。去年練馬に出現した大型の魔獣でさえ強力レベルでは無かったので、あれを上回る魔獣はきっと人型の魔獣であると断定できるかと」

「防犯カメラになんかそれっぽいの映ってるよ。見る?」

 遥が四人に問いかけながらその映像をモニターに拡大表示する。

「これって……!」

 響華が息を呑む。

 その映像には、アマテラスとは違う人型の魔獣が大量の魔獣を引き連れて東京拘置所の方向へ向かっていくのが映っていた。

「ちょっと待て」

 映像を見ていると、碧が突然大きな声を上げた。

「ん? アオどうかした?」

 モニターを操作していた遥が振り返る。

「少し巻き戻してもらえるか?」

「? 別にいいけど」

 遥は早戻しボタンをタップし、映像を十数秒ほど前に戻した。

「止めてくれ。ここに誰かいる」

 遥が映像を止めると、碧が映像に映る建物の陰を指差した。

 四人は目を凝らしてそこを見る。

「こ、この人って……!」

 雪乃が驚いたように呟く。

「ええ、間違いなさそうね」

 芽生もすぐにその人が誰なのか分かったようだ。

 そこに映っていたのは、石倉製薬の明石だった。

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