第29話 石倉製薬の闇

 二〇二〇年四月三日、午後六時三十分。

 守屋刑事が裁判所に請求した、石倉製薬への捜索差押許可状が発布されたとの通達が来た。

「あっ、無事に認められたわね」

 これで石倉製薬から魔法結晶やあのサプリにまつわる証拠品を見つけられるかもしれない。

 守谷刑事はスマホを取り出し、響華に電話をかける。

『守屋さん、もしかして日にち決まりましたか?』

「ええ。さっき許可が降りてね、明日の朝にと思ったんだけど大丈夫?」

『はい、大丈夫です! みんなに伝えておきますね』

「ええ、お願いね。じゃあまた明日」

『絶対証拠見つけましょうね! 失礼しま〜す』

 電話が切れる。

 守屋刑事はぐっと伸びをすると、鞄を手に取り帰り支度を始めた。

(明日が勝負だし、今日は早めに寝ないと……)


 エレベーターに乗り一階に降りる。

 警視庁を出て地下鉄に乗る。

『まもなく用賀、用賀。お出口は左側です』

 用賀駅で降り、住宅街の薄暗い路地を歩く。

 何の変哲も無いいつもの帰り道、のはずだった。

 守屋刑事がふと立ち止まる。

(誰か、後ろにいる……?)

 恐る恐る振り返るが誰もいない。

 気のせいかと思い再び歩きだすが、やはり誰かが付いてきている気がする。

 守屋刑事は思い切って呼びかけてみた。

「こそこそ付いてこないで、堂々と出てきたらどうなの?」

 すると、電柱の影から人が現れた。

 守屋刑事が身構える。

 街灯に照らされたその顔は、何と国元だった。

「国元さん、何をしているの?」

「ちょっと失礼しますよ」

 国元はそう言ってポケットに右手を入れる。

「あなた、何するつもり?」

 守屋刑事は警戒した。

 国元の正体を知っているとはいえ、何をしてくるかは全く分からない。油断は禁物だ。

「君にはここで死んでもらわないといけない」

 国元が右手に握っていたのは拳銃だった。

「日本を守るために、私は邪魔だってこと?」

「いえ、あなたはむしろ必要だ。だからこそ僕が殺しに来たんですよ」

「どういうこと?」

 国元は守屋刑事に顔を近づけると、耳元で囁いた。

「……君は今、ここで殺されたことになっている。そこで、僕達の味方になって欲しいんです」




 翌朝、二〇二〇年四月四日。

 響華たちは石倉製薬の本社前で守屋刑事を待っていた。

「なかなか来ないね〜?」

「途中で何かあったんでしょうか?」

 響華と雪乃が顔を見合わせる。

 するとそこに、国元がやって来た。

「皆さんに一つ連絡が」

「何でしょうか?」

 碧が聞く。

「守屋さんが急遽来られなくなってしまったとのことで、皆さんだけで行くしかないみたいです」

 国元の言葉に驚く響華。

「えっ! いやいや、無理ですよ! だって私たち警察でも何でもないですよ?」

「ですが、他にこの事件を捜査できる人間もいませんし。それに魔災隊には準警察権がありますから、法律上も問題ありません」

「でも……」

 響華は守屋刑事抜きで捜査をすることが不安だった。

「だからと言って他に手があるわけでもないし、やるしかないんじゃない? ね、響華?」

 芽生が響華の肩をぽんぽんと叩く。

 響華はゆっくりと首を縦に振ると、石倉製薬の本社を見上げた。

「そうだ、これを皆さんに」

 国元が思い出したように言い、鞄の中を探り始めた。

「国元さん何探してるんですか?」

 遥が鞄の中を覗き込みながら問いかける。

 国元は鞄の中を見られたくないのか、遥に背を向けて答える。

「以前守屋さんから預かっていたものがありまして……。あった、これです」

 国元が取り出したのはアイプロジェクターだった。

「えっ? 何でみーちゃんからそれを?」

 遥が首を傾げる。なぜ守屋刑事からこれを預かっていたのだろうか。

「いや、これは一般発売されているものではなくて、警察用のアイプロジェクターです。信用レートを測るスカウターや国民情報システムとの連携機能もあるので、捜査にも役立つかと」

 国元の説明を聞いて、遥が納得したように言う。

「なるほど、それでみーちゃんはこれを国元さんに預けたんだね。いや〜、優秀な刑事さんは用意周到だね!」

「守屋刑事がいないのは不安だが、これがあれば少しは安心かもな」

 碧は国元からアイプロジェクターを受け取ると、それを装着した。

《Police Analytics Systemを起動しています》

《ユーザー認証:魔法災害隊東京本庁所属 新海碧 登録隊員》

《権限レベル2を解除》

《スカウターの起動及び国民情報システムとの連携を確認しました》

「色々と文字が出て来たが、これで大丈夫なのか?」

 慣れない最先端のデバイスに戸惑う碧。

「ええ、おそらく大丈夫かと」

 国元はアイプロジェクターの側面のランプが緑に光っているのを確認する。

「そろそろ時間よ。行きましょう」

 芽生の呼びかけに四人は頷いた。

「では僕はここで待っているので。お気をつけて」

 国元は門の前で立ち止まり、五人を見送る。

 石倉製薬が何を企んでいるのか。その真相を掴むため、五人は本社へと乗り込んだ。


 碧が受付で令状を見せる。

「魔法災害隊です。警察の要請により、魔災隊による捜索差押を執行します」

「えっ? えっと〜……」

 受付の女性が困惑した表情を浮かべる。

 その様子を見た芽生が、受付の女性に言う。

「そしたら、担当者を呼んでくれるかしら? 研究部門あたりの人がいいのだけれど」

 受付の女性は受話器を手に取ると、どこかに連絡を入れた。

「少々お待ちください。新薬研究室の担当者がこちらに向かっております」

 しばらく待っていると、白衣を纏った女性が現れた。

「警察の要請で魔災隊の方が来てるって聞いたけど、思ったよりも随分と若いわね。それで、どんな用件かしら?」

「石倉製薬には許可なく魔法結晶を使用した疑いがあります。捜査にご協力を」

 碧は令状を突きつける。

「あら、随分と気が強いのね。そういう子、嫌いじゃないわよ」

 余裕な態度を見せる女性に、碧は言い返すわけにもいかずフラストレーションを感じる。

「とりあえず、ラボまで案内するわ」

 五人は女性に連れられて、新薬を研究しているラボという一室へと向かった。

 ラボに着くと、女性は五人の方を向いて言う。

「そうだ、まだ自己紹介が済んでいなかったわね。私は明石楓よ」

 五人は軽く会釈してから、順に名乗る。

「新海碧だ」

「桜木芽生よ」

「滝川遥です」

「北見雪乃です……」

「藤島響華です」

 五人の名前を聞いた明石は、ふ〜んと頷いた。

「それで、何で魔法結晶の不正使用容疑がかかってる訳?」

 明石の質問に、碧がイラついた様子で答える。

「先日押上で男性が魔法結晶入りのサプリを配っていてな、その男性が言ったんだ。石倉製薬の明石楓に雇われたとな」

「あら、バイト君言っちゃったの? やっぱりバイト君は信用できるものじゃないわね」

 あっけらかんとしている明石に、碧はさらに追及する。

「明石楓、お前は絶対に何か知っているはずだ。魔法結晶はどこにある?」

「待って待って! 気が強い子は好きだと言ったけど、ちょっと強引すぎるわ」

 明石は距離を取るように一歩下がる。

 ヒートアップする碧を見かねた芽生が、碧の前に入った。

「それじゃあ、私の質問に答えてくれるかしら?」

「桜木ちゃんは冷静なタイプなのね。こういう子も嫌いじゃないわよ」

 明石の言動に、芽生は動じることなく続ける。

「あのサプリ、確か疲労に効くとか言っていたけど、どんな成分が入っているのかしら?」

「そうね〜」

 明石は少し考えると、棚から何かが入ったビンを取り出した。

「それは?」

 芽生が聞く。

「あのサプリの開発段階の物よ。参考になるかは分からないけど」

 明石からそれを受け取った芽生は、目を凝らして中を見る。

 碧や響華も覗き込むが、あの時のカプセルと違ってこれといった違和感は感じられない。

「これは開発段階のものと言ったけど、完成品はないのかしら?」

 芽生が問いかけると、明石は申し訳なさそうに答える。

「あくまでここはラボだから、量産化段階になるとここには何も残らないのよね〜」

「そう……」

 芽生は明石からこれ以上の情報を引き出すことは難しいと判断した。

 そこで、次のフェーズに移る。捜索差押の執行だ。

「棚や引き出しを調べてもいいかしら?」

「構わないわよ。まあ、何も無いとは思うけど」

 明石はまだ余裕があるようだ。

 五人は手分けしてラボの中を探る。

「ユッキー、何かあった?」

「いえ、特におかしなものはありません……」

「藤島、そっちはどうだ?」

「う〜ん、何も無いかな……。芽生ちゃんは?」

「そうね、手がかりすらも見つからないわね……」

 行き詰まる五人に、明石が声をかける。

「いつまでもラボにいられると仕事ができないんだけど?」

「すぐ終わらせるから、もう少しだけ待ってくれるかしら?」

 芽生はそう言いながらデスクの引き出しに手をかけた。

『ガチャ、ガチャ……』

「あれ、おかしいわね?」

 他の引き出しには鍵がかかっていなかったのに、なぜかここだけ鍵がかかっている。

「この中には何が入ってるんだ?」

 碧が明石に問いかける。

「何だったかしらね〜? もう何年も開けてないから忘れちゃったわ」

 明石は明らかにとぼけている。

「いや、明石さん絶対何か知ってるでしょ? 鍵はどこ?」

 遥が明石に詰め寄る。

「滝川ちゃん怒らないで。私だって開けられるものなら開けたいわよ」

「じゃあ業者に開けてもらえばいいでしょ?」

「でも絶対どこかに鍵があるのに、合鍵作るなんてもったいないでしょ?」

 明石はどうしてもこの中を見られたくないようだ。

「じゃあ開けてあげよっか?」

 遥がニヤリと笑って言う。

「え?」

 明石はその言葉の真意が分からず首を傾げる。

「つまり、こういうこと!」

 遥は鍵穴に手をかざす。

「魔法目録七条、物体干渉!」

「しまった!」

 明石がハッとして声を上げる。

 今目の前にいるのが魔法能力者であることを、明石は忘れていたのだ。

『ガチャッ』

 鍵が開く。

 遥は引き出しの中を確認しようと取っ手に手をかける。

「やめてっ!」

 明石が遥を止めようとするが、碧と芽生に防がれてしまった。

 遥が引き出しの中を覗き込む。

「こ、これって……!」

 中に入っていたのは、大量の魔法結晶だった。




「魔法結晶がこんなに……」

「私もここまでの数は見た事ないわ」

「何で貴重な魔法結晶がこんなに沢山あるんだろう?」

 碧、芽生、響華は魔法結晶を手に取り、まじまじと見つめる。

 すると雪乃が慌てた様子で声を上げた。

「あれ? 明石さんがいません……!」

 四人はハッとしてラボの中を見回すが、そこに明石の姿は無かった。

「逃げられたか!?」

 碧がラボの扉を開け廊下に飛び出す。

 左右を確認すると、右側に明石の後ろ姿があった。

「おい待て!」

 碧が叫ぶ。

 しかし明石は走る足を止めない。

「まだあそこにいる。追うぞ」

 碧の言葉に四人は頷き、急いで明石の後を追った。

 明石が廊下の突き当たりを右に曲がる。

「確かそっちはエレベーターホールのはず。なんとかそこで取り押さえたいわね」

 芽生が言うと、遥が何か思いついたようだ。

「じゃあさ、電子操作魔法でエレベーター来ないようにする?」

「遥ちゃんナイスアイデアだよ!」

 響華は遥の考えに賛同する。

「やるなら早くしないと、明石さんがエレベーターに乗っちゃいますよ?」

 雪乃の言葉に遥はこくりと頷くと。

「分かってる。じゃあ行くよ!」

 と言って、魔法を唱えた。

「魔法目録二十三条、電子操作!」

 遥の放った魔法は、エレベーターの制御システムに干渉できたと思われた。

 だが、すぐにシステムが操作できなくなってしまった。

「あれ!?」

「遥ちゃん?」

 驚いた様子の遥に、響華が問いかける。

「確かにシステムを乗っ取ったはずなのに、一瞬で権限を取られちゃった」

「それって……」

 響華は空母遼寧に電子操作魔法を放った時のことを思い出していた。

 あの時はシステムに何らかの上位魔法が使われていたようで、遥だけの魔力ではシステムを止められなかった。ただ、四人の魔力を合わせることでシステムを止める事ができた。ならば今回も上位魔法を上回る魔力を放てば、権限を奪えるかもしれない。

 響華がそれを伝えようとしたその時、五人の体に異変が起きた。

「うっ、何これ……?」

「一体これは……」

「もしかして、重力魔法……?」

「ユッキー、大丈夫……?」

「く、苦しいです……」

 五人は何かに押しつぶされているような感覚を覚え、苦しみながらその場に倒れ込む。

 そこへそんな五人を見下すように、明石がやって来た。

「ごめんなさいね〜? ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してくれる? ま、元はと言えば魔災隊ちゃん達が悪いんだけど」

《Credit Rate:948 under552》

 明石の信用レートは千五百を大きく下回っている。

「まさか……お前がやったのか……?」

 碧が声を絞り出すように聞く。

「いいえ、私じゃないわ。だって魔法能力者じゃないもの」

「じゃあ、誰の仕業かしら……?」

 芽生はなんとか首を動かし明石の顔を見る。

「そうね〜……」

 明石は少し考えてから口を開いた。

「クライアント、かしらね?」

「クライアント……?」

 響華が聞き返す。

「まあ、誰とは言えないけど」

 そう言って、明石はエレベーターの方へと歩いていってしまった。


 三分ほど経った時、急に体にかかる重さが無くなった。魔法が解けたのだろう。

 五人はゆっくりと立ち上がり、顔を見合わせる。

「雪乃ちゃん、大丈夫?」

「はい。苦しかったですけど、何とか……」

 心配そうに問いかける響華に、雪乃が息を切らしながら答える。

「重力魔法はかなりの上位魔法で、使える人も限られる。まさかそんな強い魔法能力者が石倉製薬の裏にいたなんて」

 遥が言うと、碧が頷く。

「ああ。これは只者ではなさそうだな」

「大量の魔法結晶に上位魔法を扱えるクライアント。下手したらシナイ戦争の時よりも過酷な戦いになるかもしれないわね」

 芽生は服の中に付けている魔法結晶のペンダントを握りしめる。

(大丈夫。どんな敵であっても倒してみせるわ。だって私は、コンパイルと約束したから)

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