信用レート編

第25話 国民信用レート

 二〇二〇年四月一日。JPBニュース。

『九州みらい党議員の一斉辞任による衆議院補欠選挙で政権を奪還した公民党。神谷総裁は今日、公民党が掲げていた最大の公約、改憲を実現しました。その中でも目玉となるのが「国民信用レート」制度。「国民信用レート」とは警察の国民情報システムを基本に、国民一人一人の信用度を人工知能で判定し、信用度に応じて減税や年金受給額の増額といった様々な特典が受けられるというものです。しかし、改憲当日の発表となったことに野党や国民からは批判の声も上がっています』




 東京、新砂。

「グルルルル……!」

「魔法目録二条、魔法光線!」

『ドカーン!』

「グワァ……」

 響華は碧と芽生と共に、魔法災害の対処に当たっていた。

「誰か、こっちも頼む!」

「響華、碧のサポートをお願い」

「分かった!」

 大型ショッピングモールの近くに十体以上の魔獣が現れ、買い物客や従業員は建物から出られない状況だ。一刻も早く鎮圧する必要があった。

「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」

 芽生は刀を振るいながら言う。

「五人いれば、もう少し楽なのだけど……」

「桜木、お前の気持ちは分かるが、北見に無理をさせるわけにもいかない」

 碧の言葉に響華が続ける。

「雪乃ちゃんならきっと大丈夫だよ。遥ちゃんも頑張ってくれてるし」

「……そうね。今は雪乃を信じるしかないわね」

 芽生は雪乃の様子を気にかけていた。

 シナイ王国から帰ってきて以降、雪乃は魔法を使うことを避けるようになった。魔獣に操られていたとはいえ、兵士を傷つけてしまったことを気にしているのだろう。

「魔法目録二条、魔法光線!」

 響華の放った光線が魔獣に直撃すると。

「グギャァ……」

 魔獣はバタッと倒れた。

「これで全部か?」

 碧が周囲を見回す。

 芽生はスマホを取り出して魔法災害情報の画面を開く。

《魔法災害情報 魔獣 出現場所:新砂 状況:鎮圧 対応:新海班》

「ええ、これで全部ね」

 芽生は頷いて答える。

「じゃあ、私はショッピングモールの人に知らせに行ってくるね!」

 響華はいち早く鎮圧したことを知らせるため、駆け足で建物の方へ向かって行った。




 東京、魔法災害隊東京本庁舎。

「ユッキー、まだ自分を責めてんの?」

「…………」

 遥の問いかけに、雪乃は黙って俯いている。

「何度も言ってるでしょ? ユッキーは操られてただけなんだから、気にすることないって」

「でも……」

 雪乃が顔を上げる。

「でも何? 操られてなくても自分は誰かを傷つけちゃうとか思ってる?」

「あっ……、うう……」

 雪乃が再び俯く。

 遥はため息をついた。

「全く、ユッキーはネガティブだな〜。ユッキーは罪のない人に銃口を向けたりしない、それは私がよく知ってる。だから、もう自分を責めるのはやめて?」

 雪乃は黙って下を向いている。

 遥はなんとか雪乃を戦列に復帰させようと、ある提案をした。

「そうだユッキー、ヒーラーやってみない?」

 雪乃は少し驚いた様子で遥の顔を見る。

「ヒーラーって、回復役ですよね? 私、回復魔法使い慣れてないんですけど」

 雪乃が困惑気味に言う。

「大丈夫、それは私が教える! ユッキー、やってみない?」

 遥は雪乃の肩にポンと手を置く。

 雪乃は一瞬考えてから口を開いた。

「……そうですね。何もしないのも申し訳ないですし、ヒーラーやってみようと思います」

「よしっ、そうと決まれば早速特訓だね! ユッキー、回復魔法はね……」

 遥は雪乃に回復魔法についてのレクチャーを始めた。


 およそ二時間後。

 魔獣を倒し終わった響華たちが本部に戻って来た。

「あれ? 雪乃ちゃん、それって回復魔法?」

 響華が話しかけると、雪乃はこくりと頷いた。

「はい。滝川さんがコツを教えてくれました。藤島さんにもかけてあげましょうか?」

「え、本当に? やった〜!」

 響華は喜んで回復してもらおうとする。しかし。

「おい藤島、そんなに疲れてないだろう。それに北見にも迷惑だ」

 碧に止められてしまった。

 がっかりする響華を横目に、芽生が遥に聞く。

「それで、なんで雪乃に回復魔法を教えたの?」

「それはね〜、ユッキーにはしばらくの間ヒーラーをやってもらおうと思って。ね?」

 遥が答えると、雪乃も首を縦に振った。

「なるほど。攻撃するのが怖いならまずは回復役から、ということね。いいアイデアだと思うわ」

 芽生は遥を褒める。

「おお! メイメイに褒められた〜!」

 遥は雪乃に抱きつく。

「良かったですね、滝川さん。……じゃなくて、恥ずかしいので離れてください!」

 雪乃は遥を突き放す。すると遥は後ろに倒れそうになり、腕をぐるぐると回した。

「うわっ、とっと……。危うく転ぶとこだった……」

「全く、調子に乗るからそういうことになるんだ」

 碧は呆れた様子で遥を見つめていた。


 間も無くすると、そこに長官がやって来た。

「君たち、ちょっと時間いいかな?」

「はい、大丈夫です。何かありましたか?」

 響華が聞くと、長官は微笑んで言う。

「別に暗い話じゃなくってね。君たちに紹介したい人がいるの」

「それってどんな人ですか!?」

 遥が前のめりになる。

「遥さん落ち着いて。今紹介するから」

 長官は遥を落ち着かせると、その人を呼び込んだ。

「リンファさん、入って」

「どうもコンニチハ」

 五人の前に現れたのは、背の高い綺麗な女性だった。名前や発音からして日本人ではなさそうだ。

「こんにちは!」

 五人が挨拶すると、その人はぺこりと頭を下げた。

「私は中国から来まシタ、ユー・リンファと申しマス。二十三歳デス。よろしくお願いしマス!」

「よろしくお願いします!」

 リンファの日本語は語尾が訛っていたが、それはそれで可愛らしかった。

「リンファさんは中国で魔法科学技術について研究していて、日本の技術を学ぶために来日したそうよ」

 長官の説明にリンファが加えて言う。

「ハイ、中国では軍の通信システムや国営企業のハッキング対策など、主にIT関連の魔法科学技術について研究していまシタ。日本で国民信用レートというシステムが始まると聞いて、いてもたってもいられなくて日本の魔法災害隊に入れてほしいとお願いしたんデス!」

「へぇ〜、すごい人なんですね!」

 響華は感心している様子だ。

「でも、中国にも信用スコアってあるわよね? それなのになぜ日本に?」

 芽生の質問に、リンファはため息をついて答える。

「中国の信用スコアは体制派か反体制派かを判別するためのようなもの。党を持ち上げればスコアは上がり、批判すれば下がる。信用スコアとは名ばかりで、あれはただの踏み絵デス。……あの、ここだけの話ですからネ?」

 リンファは他の人には言わないようにと念を押す。

「中国の人も色々大変ですね……」

 雪乃はリンファに同情する。

「そんな、気を使わないでくだサイ。中国が嫌になったわけじゃなくて、もっといい国にするためにワタシは日本に来たんですカラ!」

 リンファはそう言って笑顔を見せた。

 長官が時計を確認する。

「リンファさん、そろそろ時間ね」

「もうそんな時間でしたカ!」

 時計を見て少し慌てるリンファに遥が声をかける。

「どこに行くんですか?」

「データ分析室に行きマス。ワタシはそこでお手伝いをさせていただくことになってますカラ。では、失礼しますネ!」

 リンファは頭を下げると、長官に連れられこの場を後にした。

「リンファさん、綺麗だし頭も良くて、うらやましいなぁ〜」

 響華が呟くと、遥は自分を指差して言う。

「まるで私みたいだね!」

「お前のどこがだよ」

 碧は遥の頭を叩いた。

「痛てっ! も〜、アオがそうやって叩くからバカになるんでしょ〜!」

 遥はムッとした表情を浮かべる。

 その時、雪乃がふと疑問を抱いた。

「あれ? そういえばリンファさんって、どうして信用レートのこと知ってたんでしょう? 前から知っていたみたいでしたけど、発表されたの今日ですよね?」

 雪乃の言葉に、芽生がハッとする。

「言われてみれば確かに……。発表前の情報を知っているのは、少し怪しく感じるわね」

 芽生の頭の中に嫌な想像が思い浮かぶ。

(まさか……。いいえ、そんなことさすがに無いわよね……)

 ブンブンと首を横に振る芽生。響華はそれを不思議そうに見ていた。




 翌日、二〇二〇年四月二日。東京、魔法災害隊東京本庁舎。

 五人は司令室で魔法災害に備えて待機していた。

「昨日は朝から大変だったけど、今日は平和だね」

 響華が司令室のモニターを見ながら言う。

「そうだな。何も起きないことは幸せなことだ」

 碧はパソコンで昨日の報告書を作っていた。

「そうだユッキー、回復魔法はマスター出来そう?」

 遥が雪乃に問いかける。

「はい、何とかコツを掴んできました」

 雪乃は昨日家に帰ってから何度も練習をして、回復魔法を上手く扱えるようになっていた。

「よ〜し、じゃあユッキーのヒーラーデビューの日は近いね! ちょっとずつでも、前に進んでいこう」

 遥は雪乃の頭を優しく撫でた。

 響華がふと芽生の方を見る。

(あれ、芽生ちゃん? 考え事してるのかな?)

 芽生は真剣な顔をして一点を見つめている。

「芽生ちゃん、どうしたの? 芽生ちゃ〜ん?」

 響華が芽生の顔を覗き込む。

「……え? ごめんなさい、聞いてなかったわ。何の話?」

 芽生はピクッと驚いて響華に聞く。

「いやまだ何も話してないけど」

「そう、少しぼーっとしてたわ。何か用?」

 響華は心配そうに問いかける。

「芽生ちゃん、悩み事? もし私でよければ相談乗るよ?」

「大丈夫。大したことじゃないから……」

 芽生は胸元のあたりを右手で押さえる。

 その動きを響華は見逃さなかった。

「もしかして体調悪いの? 早退する?」

「響華、本当に違うの! 大丈夫だから……」

 芽生は強めの口調で言う。

「分かった。でも、もし何かあったらいつでも相談してね! ろくなアドバイスできないかもだけど」

 響華が微笑みかけると、芽生は無理やり笑顔を作った。

(大丈夫って言ってるけど、絶対大丈夫じゃないよ……。芽生ちゃんは何に悩んでるんだろう?)

 響華はしばらく芽生を観察することにした。


 引き続き待機を続けていると、芽生がふと立ち上がった。

「ちょっと外の空気を吸ってきてもいいかしら?」

「ああ、構わないぞ」

 碧が答える。

「ありがとう。五分で戻るわ」

 芽生が司令室を出て行くのを確認すると、響華も立ち上がって言う。

「私飲み物買ってくる」

「それ今か?」

 碧の言葉にぎくっとする響華。

「えっと、もう喉が渇いてしょうがなくてさ〜! 緊急事態!」

 碧は訝しむように響華をじっと見つめている。

 響華は両手を合わせて必死にお願いする。

「しょうがないやつだな。三分で戻れよ」

「ありがとう、速攻で戻るね!」

 響華は急いで芽生を追った。

(芽生ちゃん、どこに行ったのかな? あっ!)

 芽生の姿を見つけた響華は、壁の陰に隠れて顔をのぞかせる。

 芽生は制服の中に右手を入れ、胸元から何かを取り出した。

(あれは……、魔法結晶!?)

 魔法結晶とは魔法物質が何らかの原因によって変異し、結晶化したものである。

 芽生はその魔法結晶のペンダントを服の中で着けていたのだ。

(大事なものなのかな? そりゃそうだよね。魔法結晶なんて貴重なものを肌身離さず身につけてるんだもん、きっと相当大事なものなんだろうなぁ……)

 響華はこの時、魔法結晶に気を取られすぎて壁の陰からほとんど体が出てしまっていることに気がついていなかった。

 芽生が人の気配を感じて振り返る。

「誰……!?」

 響華と芽生の目が合う。

「あっ。ごめん芽生ちゃん、勝手に見ちゃって……」

 響華は頭を掻きながら芽生に歩み寄る。

 芽生は慌てて魔法結晶のペンダントを服の中にしまった。

「見たわね?」

 芽生は響華を問い詰める。

「うん、見ちゃった……。それって魔法結晶だよね?」

 響華が聞くと、芽生は顔を近づけて周りに聞こえないように言う。

「そうよ。だけど、絶対に他の人には言わないで。見られたのが響華だったから良かったけど、もし別の誰かだったら私はその人を殺してたかもしれない」

 芽生はそう告げると司令室に戻っていった。

「芽生ちゃん、殺してたかもって……」

 響華は芽生の裏の一面を見たような気がして、怖くなってしまった。


 響華が司令室に戻る。

「おい藤島、飲み物を買いに行ったんじゃないのか? 三分以上もどこに行ってたんだ?」

 碧が怒り気味に言う。

「いや〜、どの飲み物も美味しそうで迷っちゃってさ〜」

 響華は笑ってごまかす。

「それで、響華っちは結局何を買ってきたの?」

 遥が問いかける。

(遥ちゃん余計なこと聞かないで〜!)

 響華は食堂の自販機を思い浮かべる。

「え〜と、あれだよあれ! 最近新発売のやつ!」

「新発売……?」

 遥が首を傾げている。

(まずい、誤魔化しきれてない……? どうしよう、別の言い訳考えないと……)

 響華は必死に頭を巡らせていた。

 その時、司令室の外が何やら騒がしくなった。

「この部屋への立ち入りは長官の許可が……!」

「うるさい、邪魔だ!」

 警備員と男性がもみ合っている様子だ。

「どうしたんだろう?」

 長官が確認に向かおうとしたのと同時に、司令室にスーツ姿の男性が十名ほど入ってきた。

「警察だ! 今から抜き打ち信用レート測定を行う。その場から動くな!」

「抜き打ち信用レート測定? そんな話聞いてませんけど?」

 長官が戸惑ったように聞く。

「だから抜き打ちって言ってるんだ。余計な口を挟まないでいただきたい」

 警察官は全員、アイプロジェクターという網膜に直接映像を投影するタイプのAR型ウェアラブルデバイスを装着していた。どうやらそのアイプロジェクターで測定するらしい。

「測定が終わるまでは動かないように」

 警察官は司令室にいた司令員や隊員の顔を順に見ていく。

《Credit Rate:1785 over285》

《Credit Rate:1394 under106》

《Credit Rate:1147 under353》

「千五百を下回る者は全員連れて行け!」

 警察官は司令員や隊員を次々と連行する。

「ちょっと待ってください! 一体何を理由にこんなことを?」

 長官の質問に警察官は。

「レートが千五百以下の人間は『不信者』として拘束することが出来る。これが新しい法律なんでね」

 そう言って去っていってしまった。

 司令室にいた人の半分以上が連行され、残った人はわずかだった。

「長官、ほとんど人がいなくなっちゃいましたけど……?」

 響華が不安そうに長官に問いかける。

「そうだね、どうしようかな……?」

 長官はどうしたらいいのか分からず、今にも泣いてしまいそうだった。




「信用レートの判断基準。それは思想? 性格? 行動? いや、どれも違いますネ。信用レートは一体何で判断されるのか。それはまさに、『神』のみぞ知る、ですネ」

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