第24.9話 十年前の真実
陽菜が泣き崩れる。
「お兄ちゃん、いつまで進藤長官を恨んでるの? もう気付いてるんでしょ? 進藤長官はあの時、見殺しにしたわけじゃないって」
晴人はハッとした表情を見せて首を横に振る。
「聞きましたよ。下田さんは十年前、東京湾横断道で起きた大規模魔法災害に巻き込まれたって。その時救助に向かった一人が長官だったんですよね?」
遥が言うと、晴人は驚いたように聞く。
「なぜそれを知っている?」
「警視庁の刑事さんから聞きました。すみません、裏でこそこそと調べてしまって」
遥はモンスターを倒した後、長官の元へ向かっている途中に守屋刑事から電話で情報を得ていたのだ。
十分前。
『プルルルル……』
長官の元へ向かう途中、電話が鳴った。
「はい、もしもし。みーちゃん?」
『良かった繋がった。大変なことが分かったわ』
「何? 大変なことって」
『プロジェクトマネージャーの下田晴人さんのことを調べてたら、魔災隊の養成校に通ってる妹さんがいることが分かった。しかもその妹さんの名前が陽菜、あのプレイヤーと同じ名前だった』
「ってことは、あの攻撃は魔法の可能性が高いってことですね」
『そうなるわね。それに、十年前に東京湾横断道で起きた大規模魔法災害で両親を失ってる。もしかしたら魔災隊に恨みを抱いてるかも』
「みーちゃん、それだ!」
『えっ?』
「今さっき下田さんに会ったんです。下田さんは長官を殺すって言ってました」
『長官を殺す……? あっ、救助メンバーの中に長官の名前があるわ。相当な恨みを持ってるかもしれない。私もすぐ向かうわ。遥さんは響華さんと協力して長官を絶対に守って』
「分かりました!」
「……何だよ。何なんだよお前ら! あいつは両親を見殺しにした! そんなやつを何で庇うんだよ! あいつも、お前らも、陽菜だって、もう誰も俺の気持ちなんか分かってくれない!」
晴人は声を荒げる。
「お兄ちゃん、本当にもうやめて……。進藤長官は悪くないよ……」
陽菜は晴人を涙目で見つめる。
「陽菜、俺を止めないでくれ。こうでもしないと俺の気が収まらないんだ……」
晴人は陽菜を優しい目で見ると、ポケットに手を突っ込んだ。
「下田さん、何をするつもりですか?」
響華が聞く。
「お前らを、全員殺してやる」
晴人がポケットから取り出したのは、折りたたみ式のナイフだった。
「長官はこっちへ!」
遥は長官を安全な場所に誘導する。
「下田さん、落ち着いてください!」
「うるせぇ!」
晴人は響華に向かってナイフを振るう。
「魔法を使えない人間に魔法を使いたくはないので、ここは穏便に済ませませんか? 今ならまだやり直せます」
「やり直す? 俺はやり直せないところまで来ちまったんだ。今さら引き返すわけにはいかねぇよ」
晴人は何度もナイフを振るうが、響華は涼しい顔でそれを躱し続ける。
「くそっ、ちょこまかと避けてんじゃねぇよ!」
しびれを切らした晴人が、ナイフを思い切り響華の胸に突き刺そうとする。
しかし、響華にナイフを持つ手を掴まれてしまい腕をひねられてしまった。
「お前、何をするんだ……!」
晴人は必死に響華の手を振りほどこうとする。
「下田さん、いい加減こんなことやめてください! 陽菜さんだって、あんなに悲しそうじゃないですか……。長官を殺しても誰も得しません。もう、やめましょう?」
響華は晴人を説得する。
「お前に何が分かる? 魔獣に囲まれて、目の前で両親を失って……、そんな気持ちお前には分からないだろう!」
晴人は目を潤ませながら、掴まれた手を振りほどこうと暴れる。
響華はより強く晴人の腕をひねり、晴人の目をまっすぐに見つめる。
「分かります! 半分くらいは、その気持ち分かります」
「は?」
晴人が首を傾げる。
「私も十年前、下田さんと同じ東京湾横断道の魔法災害に巻き込まれたんです」
「お前も……?」
響華の言葉に晴人が固まる。
「はい。私は家族と車で出かけた時に災害に巻き込まれました。それも、一番犠牲者の多かったトンネルの中間あたりでした。私と家族は車に閉じ込められてしまって、魔獣に襲われる寸前のところで魔災隊の方に救ってもらったんです」
響華の話に、陽菜が驚いたような表情を浮かべる。
「あの人、まさか……」
陽菜が呟くと、それを聞いた晴人も信じられないといった様子で言う。
「お前、あの時の……」
晴人と陽菜の顔を見て、響華も何かを思い出したようだ。
「え、もしかして……、私たち十年前に会ってますか?」
突然の展開に遥がキョトンとする。
「えっと、ちょっと待って? 響華っち、ちゃんと説明してくれるかな?」
響華は十年前の出来事を話し始めた。
十年前、二〇一〇年八月二十二日。東京湾横断自動車道、川崎海底トンネル。
この日はお盆の日曜日とあって、旅行やレジャーに向かう車で渋滞していた。
「ねえお父さん、いつ着くの?」
響華がハンドルを握る父に尋ねる。
「そうだな〜、一時間以上はかかるだろうな」
響華は家族と潮干狩りをするため千葉の
「それにしてもすごい渋滞ね」
母が呟く。
前方を見るとトンネルの先の方まで赤いブレーキランプがずらっと連なっている。パーキングエリアを過ぎれば多少はマシかもしれないが、それでも木更津に抜けるには相当な時間を要しそうだ。
「お父さん、暇〜!」
響華は足をバタバタとさせる。
「暇と言われてもな……」
父は車内を見回すが暇つぶしになりそうなものはこれといって無かった。
「そうだ、ラジオでもつけたら? 歌でも聴いてればちょっとは暇を潰せるんじゃないかしら?」
母はラジオをつける。
『さあ続いての曲は、今大人気のアイドルグループ「MSB44」の最新シングルより、「レディーコーテーション」です。どうぞ』
「あ! 私この曲知ってるよ!」
響華はラジオから流れてくる音楽にテンションが上がる。
「最近のアイドルはさっぱりだ……」
父はノロノロと車を進ませながらつまらなそうに曲を聴いている。
「昔と違って大人数のアイドルグループが増えてきたものね。これからもこの流れは変わらない気がするわ」
母は曲がサビに入ると、鼻歌を口ずさんだ。
曲が終盤に差し掛かった時、突然アナウンサーの声が割って入る。
『♪〜、……曲の途中ですが、ここで魔法災害情報をお伝えします。たった今入った情報によりますと、東京湾横断道の海みらいパーキングエリアで魔法災害が発生し、魔獣による被害が出ているということです。周辺の方は魔法災害隊の指示に従い、身の安全を確保するようにしてください。新しい情報が入り次第、追ってお伝えします。以上、魔法災害情報でした。♪〜』
再び曲が流れ始めた。
しかし、車内はもう曲どころではない。
「海みらいパーキングってこの先だよな?」
「ええ。でも通り過ぎる分には平気なんじゃない?」
父と母は少し不安な表情を見せる。
「危なくないの?」
響華が聞く。
「もし危ない時は魔災隊のお姉さんたちが来てくれるから、きっと大丈夫よ」
母は響華の頭を撫でた。
するとその時、トンネル内にけたたましい声が鳴り響いた。
「ギャアァァァ!!」
魔獣だ。それもかなり近くにいる。
「まずいぞ。車を降りて逃げた方がいいかもしれんな……」
父は非常口を示す緑のランプの位置を確認する。
だが、考えているうちに状況がどんどんと悪化していく。
「ギィィィ!」
「グルルルル……」
魔獣は増え続け、前にも後ろにも進めなくなってしまった。
「お父さん、お母さん、怖いよ〜! うわ〜ん!」
響華は泣き叫んで母に抱きつく。
「大丈夫。きっと大丈夫だから……」
母は響華を安心させようと優しく声をかけ続けるが、母自身も内心怖くて仕方がなかった。
「おい、早く逃げるぞ」
「降りたら危ねぇって」
「も〜何がどうなってんの?」
「せめて荷物だけでも守らないと……」
トンネル内から様々な声が聞こえてくる。全員がどうしていいのか分からず、軽いパニック状態に陥っていた。
「俺たちも降りるか?」
父が問いかける。
「でも、車の中にいた方が安全なんじゃない? 響華だっているし……」
母はずっと泣いている響華の方を見やる。
「ギャアァァァ!」
「うわぁ!」
「きゃっ」
後ろの方から魔獣の叫び声と人間の悲鳴が聞こえて来た。
「おい、救急車! ってこれじゃあ来られないか」
「誰か包帯でもなんでも、止血できるもの!」
どうやら魔獣に襲われた人がいるようだ。
「やはり車の中にいた方が良さそうだな。しかし、籠城戦もそう長くは持たないぞ」
父はハンドルに突っ伏して気持ちを落ち着かせる。
外からはさらに悲鳴が聞こえてくる。先ほどよりかなり近くなっている。
「グルルルル」
「ひゃ〜!」
「助けてくれ! 誰か……!」
トンネル内はまるで地獄のようだった。魔獣に襲われた人があちこちに倒れていて、魔獣の叫び声と人間の悲鳴が響き続けている。たとえこれが悪夢であったとしても、二度と見たくないと思えるほどのものだった。
「はっ! お父さん、前……」
響華が息を呑んで固まる。
父が顔を上げると、魔獣がボンネットに足をかけていた。
「もう、だめだ……」
父は半ば諦めたように呟く。
「お母さん……!」
「響華……!」
響華と母はぎゅっと抱き合って、目を閉じた。
「グワァー!」
魔獣の叫び声を上げる。
(私、死んじゃうんだ……)
響華が死を覚悟したその時。
「グ、グワァ……」
魔獣がバタッと倒れる音がした。
響華が目を開くと、そこには魔獣ではなく魔法災害隊の隊員の姿があった。
「魔災隊の、お姉さんだ……! お父さん、お母さん、魔災隊のお姉さんが助けに来てくれたよ!」
響華は嬉し涙を流す。
「皆さんご無事ですか? お怪我とかありませんか?」
隊員が声をかける。
「はい、大丈夫です」
父が答えると、隊員は安堵の表情を浮かべる。
「それは良かったです。さあ、早くトンネルを出ましょう。車を降りてください」
隊員の指示に従い、響華は父と母と共に車を降りた。
「まだ魔獣が残っているので、もし魔獣を見つけた場合は私にお知らせください」
「分かりました」
隊員の言葉に父が頷く。
「お母さん、これでもう安心だね!」
響華が笑顔で母の顔を見上げる。
「そうね、ひとまずは安心ね……」
母はまだ少し不安そうだ。
トンネルの出口はまだ遠く、無言の時間が続いていた。隊員は和ませようと響華に話しかける。
「ねぇ君、名前は?」
響華は恥ずかしそうに答える。
「えっと、響華。藤島響華です」
「響華ちゃんか〜。いい名前だね。今いくつ?」
「七歳です」
響華は指で七を表す。
「そっか、じゃあ小学生だ!」
「うん!」
響華は徐々に恥ずかしさが無くなってきたのか笑顔を見せる。
「響華ちゃんは将来何になりたいの?」
「私はね〜、お姉さんみたいなかっこいい魔災隊の人になりたい!」
「えっ、私? 私はそんなかっこよくないよ〜」
隊員は照れ臭そうに笑う。
「ううん、お姉さんはかっこいいよ。だって、魔法の力でみんなを助けてるんでしょ? 今だって私とお父さん、お母さんを助けてくれた。だから私ね、お姉さんみたいに魔法の力でみんなを助けたいの!」
響華は満面の笑みを浮かべる。
「そっか、じゃああなたも魔法が使えるのね?」
「うん、そうだよ! いっぱい魔法使えるよ!」
魔法能力者だと言う響華に、隊員は真剣な顔をする。
「響華ちゃん、魔法の力でみんなを助けたいって気持ちは絶対忘れないようにね。力というのは人を助けることも傷つけることも出来てしまう。だからこそ『力を持つ人は、その力を人を助けるために使わなくちゃいけない』の。響華ちゃんなら、きっと傷つけることはないと思うけどね」
「うん! 私、絶対に人を傷つけたりしない!」
隊員の言葉に、響華は力強く頷いた。
話をしているうちにトンネルの出口が見えてきた。
「もうすぐパーキングエリアです。そこから船で避難していただく形になります」
隊員がこの後の説明をしていたその時。
「ギヤァ!」
魔獣の叫び声が聞こえてきた。出口の手前には魔獣の影が見える。
「すみません、魔獣の退治に向かいます。みなさんはこの辺りで待っていてください」
「分かりました」
父が答えると、隊員は勢いよく駆け出していった。
隊員が魔獣に近づくと、車の中に人影が見えた。
「まずい! まだ人がいる!」
隊員は慌てて魔法を繰り出す。
「魔法目録一条、魔法弾」
隊員の手から投げるように放たれた魔法弾は、魔獣に見事に命中した。
「ギャァァ」
魔獣が体勢を崩す。
その隙に隊員は車に駆け寄って中にいる人に声をかける。
「皆さん大丈夫ですか? 早く逃げてください!」
しかし、運転席にいた男性と助手席にいた女性は血を流していて動けそうになかった。
「ギヤアァァァ!」
魔獣が起き上がりこちらを狙っている。
(どうする? どうすればいいの?)
隊員はこの状況を切り抜ける方法を考えるが、怪我人二人を守りながら魔獣と戦うのはいくら何でも無理がある。すると。
「あ、あの……魔災隊の方……」
運転席の男性が消え入りそうな声で話しかけてきた。
「どうしましたか?」
隊員は男性の声を聞き取ろうと顔を近づける。
「後ろに乗ってる……子供達だけでも、助けてほしい。僕らはもう無理だ……」
男性の言葉に、助手席の女性も首を縦に振っている。
「……では、子供達から避難させます。すぐに救急隊を呼んでくるので、お二人ももう少しだけ待っていてください」
隊員は後部座席のドアを開け、青年と女の子を外に出す。
「私の後ろにいてね。魔法目録一条、魔法弾」
隊員は魔獣に向けて魔法弾を放とうとした。
しかしその瞬間、悲鳴が聞こえてきた。
「この声は、響華ちゃん!?」
隊員が振り返ると、別の魔獣が響華に襲いかかる寸前だった。
(今目の前の魔獣を倒さないと車の中の二人が……、でも響華ちゃんも危ない。どうすれば……)
隊員が車の方を見ると、男性が何か喋っている。声は聞こえなかったが、隊員は口の動きで何と言ったのか理解した。
『僕らより、あの子を助けてあげて……』
「すみません。私の力不足で……」
隊員は男性への謝罪の言葉を口にすると、魔法弾を響華を襲おうとしている魔獣に放った。
「グギャァ……」
魔獣は魔法弾に当たり倒れ込んだ。響華はギリギリで助かったのだ。
だが、気が付いた時には目の前にいた魔獣は車を襲いかかっていて、男性と女性を助けることは出来なかった。
「親父! お袋!」
「お父さん! お母さん!」
青年と女の子は泣き叫ぶ。
「ごめんなさい。私、君たちの大事な人、守れなかった……」
隊員は目に涙を浮かべ、その場に立ち尽くした。
十年前を思い出し、響華がふと気がつく。
「あれ? じゃあ私を助けてくれた隊員って、長官だったんですか!?」
響華が驚いて長官を見る。
「あの時助けたのがまさか響華さんだったなんて。そんな偶然があるのね……」
長官も驚いている様子だ。
「ってことは、親父はお前を助けるために……」
晴人は響華を見つめる。
「お兄ちゃん、もう分かったでしょ? あの時進藤長官は見殺しにしたんじゃないって。だからやめて。もう、終わりにしよう……?」
陽菜が晴人に話しかける。
すると晴人の目から涙がこぼれ落ちる。
「……気づいてた、気づいてたんだ。だけど、どうしても許せなくて……。俺、何やってんだろうな……」
そこに守屋刑事がやって来た。
「下田晴人さん、あなたを殺人未遂の容疑で逮捕します。それと下田陽菜さん、任意同行願えますか?」
「陽菜、悪かったな」
「お兄ちゃんを止められなかった私の方こそごめん」
晴人は長官の方を見ると、深く頭を下げる。
「すみませんでした!」
「私も、本当にすみませんでした」
晴人に続いて陽菜も頭を下げた。
「さあ、行きましょう」
守屋刑事に促され、晴人と陽菜は警察車両に乗り込んだ。
二〇二〇年三月二十八日。東京、飛鳥山公園。
「遥ちゃん、こっちこっち!」
「響華っち、ちょっと待ってよ〜」
響華と遥は再び飛鳥山公園を訪れた。
「これだよこれ! ほら!」
「ホントだ〜! こんなところにあるんだね」
響華が指差した先には、汽車があった。
「これが私の思い出の汽車だよ! 遥ちゃん、写真撮りたくならない?」
「う〜ん、別にいいかな……」
「え〜、そんな〜!」
そっけなく言う遥に、響華はがっかりする。
「あはは、冗談だって。一緒に写真撮ろ?」
遥が響華に笑いかける。
「もう、遥ちゃん! 意地悪だな〜」
響華は頬を膨らませて言うと、スマホを取り出した。
「いくよ、ハイチーズ!」
『パシャ!』
汽車をバックに撮られた響華と遥の写真は、とても平和な時間を写していた。
しかしこの平和は、そう長くは続かなかった。
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