第24.8話 晴人と陽菜

 翌日、二〇二〇年三月二十二日。東京、警視庁魔法犯罪対策室。

 響華と遥は再び同じ出来事に遭遇したことを長官に報告しに行ったのだが、日曜日でいなかったため守屋刑事を頼ることにした。

「……ということがあったんです」

「みーちゃんはどう思う?」

 守屋刑事は二人の話を聞くと。

「そうね。魔法犯罪かはともかくとして、何らかの事件性は感じられるわね……。少し調べてみましょう」

 守屋刑事はパソコンをカタカタと操作する。

「黒いフードを被っていて、身長は百五十五から百六十センチメートルって言ったわね?」

「はい、それくらいだったと思います」

 守屋刑事の質問に響華が頷く。

「国民情報システムでその時の現場周辺の映像に検索をかけてみるわ」

 守屋刑事は情報を入力しデータベースに検索をかける。しかし。

《現在システムメンテナンス中です。終了予定:2020/04/01/04:00》

 大規模なシステム改修に入ってしまっていた。

「そうだった。四月までこれ使えないの忘れてたわ……」

 守屋刑事は一瞬落ち込んだが、すぐに気持ちを切り替える。

「そのゲーム会社の電話番号って分かる?」

「ちょっと待ってください」

 響華が空中で指を滑らせる。

《マジックモンスタープラネット サポートはこちら》

「う〜ん、メールフォームしか載ってない……」

 響華が見た限りではサポート宛てのメールフォーム以外、連絡先が書かれていなかった。

 すると、遥がふと思い出したように言う。

「そうだ、お父さんに聞けば分かるかも!」

「遥さんのお父さん、そのゲーム会社と何か関係あるの?」

 守屋刑事が聞く。

「はい。同じサイバージェネレート系列の会社に勤めているので、もしかしたら知ってるかなって」

 遥はアイプロジェクターから電話をかける。

『はい、滝川です』

「もしもし、お父さん?」

『なんだハルか、どうかしたか?』

「いきなり聞くけどさ、お父さんってマジックモンスタープラネットの運営の電話番号分かる? 今そのゲームのプレイヤーを追ってて、知ってたら教えてもらえる?」

『ああ、運営とは違うかもしれないが、プロジェクトマネージャーの下田さんなら知ってるよ』

「ホントに? 教えて教えて!」

『分かった。すぐにチャットで送るよ。日曜なのに仕事とは、魔災隊も大変だな』

「ううん、すっごく楽しいよ! ありがと、お父さん。じゃあね〜」

 遥は電話を切る。

「なんて言ってた?」

 響華が聞く。

「プロジェクトマネージャーの下田さんって人の番号を知ってるからチャットで送るねって」

「下田さんって、ええ!?」

 響華が驚いて大声を上げる。

「何? その人そんなにすごい人なの?」

 あまり分かっていない様子の守屋刑事に、響華が興奮気味に教える。

「すごいも何も、二十代でこのゲームのプロジェクトを任された超天才ですよ! 一昨日のテレビ見てなかったんですか?」

「そ、そうなのね……。私最近テレビ見れてなくて、そういうのついていけてないのよ」

 守屋刑事は響華の圧に少し引いてしまった。

「あ、来た来た」

 遥がチャットの画面を開く。

「遥さん番号教えて。私が電話するわ」

 守屋刑事はスマホを取り出して問いかける。

「え〜と、ゼロハチゼロ……」

 遥が番号を伝える。

「じゃあかけてみるわね」

 守屋刑事は発信ボタンを押した。

『プルルルル……、プルルルル……、ガチャ。はい?』

「もしもし、下田晴人様の携帯でしょうか?」

『ええ、そうですが……?』

「警視庁魔法犯罪対策室の守屋都と申します。突然お電話してしまい申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか?」

『ちょっと忙しいので、手短にお願いします』

「分かりました。では簡潔に伺います。マジックモンスタープラネットのプレイヤー情報の開示を請求したいのですが、どちらに問い合わせればよろしいでしょうか?」

『それでしたら、僕の方で今調べることもできますが。プレイヤーネームは?』

「プレイヤーネームは、ローマ字でエイチアイエヌエー、『Hina』です」

 それを聞いた瞬間、晴人が息を呑んだ。

『……「Hina」ですね。検索してみます。』

 電話の向こうからキーボードを叩く音が聞こえる。

「一昨日に有明、昨日は王子にいた履歴のあるプレイヤーはいますか?」

 守屋刑事の質問に、晴人は答えづらそうに言う。

『そうですね……、該当するプレイヤーは存在しませんね』

「該当者なし……そうですか、ありがとうございます。お時間お取りしてしまって申し訳ありませんでした。失礼いたします」

『ガチャ、ツー、ツー……』

 晴人は挨拶もなく電話を切った。

「みーちゃん、どうだった?」

 遥が聞く。

「下田さんが調べてくれたけど、該当者はいなかったそうよ。それよりも、下田さんの様子がおかしかった気がするのだけど」

 守屋刑事は晴人の様子に違和感を感じたようだ。

「下田さんが、ですか?」

 響華が首を傾げる。

「ええ。警視庁って言った時くらいから何か警戒しているような気がしたのだけど……。考えすぎかしらね」

 守屋刑事は二人に微笑みかける。

「でも、ますます『Hina』ってプレイヤーが怪しくなってきたね」

 響華が言葉に遥が首を縦に振る。

「私たちも引き続き探してみるから、みーちゃんも何か分かったら教えて」

「分かったわ」

 二人は謎のプレイヤー『Hina』を探しに、警視庁を後にした。




《SJK cpk:Level hard》

 二人はイベントエリアに設定されている新宿中央公園にやって来た。

「あれだけ熱心にゲームに参加してるんだ。きっとここにも来るはず」

 遥が言う。

「そうだね。とにかく捕まえて、話を聞かないと」

 響華は周囲を見回して、『Hina』がいないか探す。すると。

「あれ? 響華さんと遥さん、お疲れ〜!」

 後ろから長官が歩いて来た。

「あっ、長官! 何してるんですか?」

 響華が問いかけると、長官は微笑んで答える。

「散歩よ。私この近くに住んでるから」

「さすが長官、やっぱり新宿のタワーマンションにお住いでしたか!」

 遥が茶化すように言う。

「いや、そんな高級なところじゃないけどね……。それで、二人はまだあのプレイヤーを探してるの?」

「はい、もしかしたらこの公園にも現れるんじゃないかなって……」

 響華の言葉に、長官は。

「そしたら、探すの手伝ってあげようか?」

「本当ですか! お願いします」

 遥が長官の手を握る。

「よし、じゃあ三人で手分けして探そう!」

 長官の掛け声で、三人は公園内の捜索を開始した。

「う〜ん、この辺りは誰もいないな〜」

 響華は公園の北側へ向かったが、そこはあまり人気がなかった。その時、目の前に文字が表示された。

《ボーナスイベント:PvP戦で勝利してポイントを大量ゲットしよう!》

「ボーナスイベント?」

 響華はその文字をタップする。

《公園内で他のプレイヤーと出会ったら、自動的にバトル開始です。相手を倒して大量のポイントをゲットしちゃいましょう!》

「自動的にバトル開始……、ってまさか!」

 響華はハッとした表情を浮かべ駆け出した。

(もしこの公園に『Hina』さんがいたとしたら……)

 その場合、出くわしたプレイヤーは正面からあの攻撃を受けることになりかねない。今までと違って命中率も高く狙いも定めやすいため、最悪命を落とす危険性もあるかもしれない。

 必死に走る響華に、木の陰から誰かが声をかけて来た。響華は立ち止まって声のした方を見る。

「魔災隊の藤島響華さんですね? シナイ戦争では大活躍でしたね?」

「あなたは……!?」

 響華はその顔に見覚えがあった。響華に声をかけて来たのは、このゲームのプロジェクトマネージャー、下田晴人だったのだ。

「その様子だと、どうやら僕をご存知のようですね? 日本の英雄にゲームをプレイしていただけるだけでも嬉しいのに、僕のことまで知っていただけているなんて本当に光栄です」

 晴人は笑顔を見せる。

「あの、すみません。会えたことは私も嬉しいんですけど、今ちょっと急いでるので」

 響華は頭を下げて、この場を去ろうとした。しかし。

「俺の前から逃げられると思うなよ……」

 晴人の態度が一変し、道を塞いで来た。

「えっ、あの。ちょっと……」

 響華は何が起きたのか理解できず、動揺する。

「進藤長官を助けようとか思ってるんだろうが、そうはさせない」

「下田さん、一体何の話ですか……?」

 響華が問いかけると、晴人は声を荒げた。

「あいつはな、十年前魔法災害に遭った時両親を見殺しにしたんだ! あんなやつが長官? ふざけんじゃねーよ!」

「下田さん……」

 強い憤りを見せる晴人に、響華は言葉も出なかった。

「だから、あいつを今から殺す。お前は邪魔するな」

 するとそこに遥がやって来た。

「殺すなんて……冗談ですよね? もしかしてゲームでの話ですか?」

 晴人は遥を睨みつける。

「違う、現実の話だ」

 その時、響華が遥を見て声を上げた。

「あれ? 遥ちゃんアイプロジェクターは?」

 遥は先ほどまでアイプロジェクターを装着していたはずだが、今は装着していない。

「さっき長官に貸した。長官は『Hina』ってプレイヤーがどんな人か分からないと思うから、プレイヤーネームが分かった方がいいかなって」

「ってことは……、長官が危ない!」

 響華が慌てて駆け出す。

「どうしたの響華っち? 待ってよ!」

 遥も響華の後を追った。

 それを見た晴人が叫ぶ。

「お前ら……、俺の邪魔をするなぁ〜!!」

 晴人が空中で指を滑らせると、二人の目の前に巨大なモンスターが出現した。

『グギャァァァ!!』

「嘘でしょ!?」

 響華が腰を抜かして尻餅をつく。

「このモンスター、下田さんの操作で出てきたよね?」

 遥の言葉に、響華は首を傾げる。

「どういうこと?」

「下田さんが操作したと同時にこのモンスターが出てきた。そんな偶然、そうそう起きないよね?」

 響華がちらっと晴人の方を見る。

「もしそうだとしたら、下田さんはこの場から離れられない。長官を殺すなんて出来ないんじゃ……」

 遥は首を横に振る。

「違うよ響華っち。きっと共犯者がいるんだよ」

「共犯者?」

「そう。もし私の勘が正しければ、共犯者は『Hina』だと思う」

 響華は息を呑む。

「……そしたら早く行かないと。長官が本当に危ない!」

 二人はステータス画面からスキルを選択する。

「スキルコール、ファイアービーム!」

「スキルコール、ブレイズボール!」

 二人は一刻も早く長官の元へ向かうため、モンスターに攻撃を放ち続けた。




 その頃、長官は公園の南側を捜索していた。

《ボーナスイベント:PvP戦で勝利して大量にポイントをゲットしよう!》

「この文字ずっと出てるけど何だろう?」

 長官はずっと表示されている文字を邪魔に感じていた。しかしその文字をまともに読んではいなかった。

「きっとしばらくすれば消えるよね。それよりも『Hina』って人を探さないと……」

 その時、突然周りの景色が変わる。

「えっ、ちょっと! どうなってるの?」

《PvP戦:あなた VS Hina》

 目の前に文字が表示される。

「ピーブイピー戦って何だろう? それよりも『Hina』って、もしかして二人が言ってた人かな?」

 遠くから黒いフードを被った人が現れた。

「…………」

 その人は俯いたまま、黙ってこちらに歩いてくる。

「あの……『Hina』さん、ですか? 私、魔災隊東京本庁長官の進藤です。少しお話を聞いてもいいですか?」

「…………」

 長官がいくら話しかけても、その人は俯いたまま黙り込んでいる。

「えっと……。昨日隊員から、ゲームの攻撃を受けた人が実際に怪我をしたって聞いたんですけど、『Hina』さんは何か知りませんか?」

 その言葉を聞いた途端、黙っていたその人が口を開いた。

「……スキルコール、ライトニングシュート」

 その人の手から放たれた攻撃が長官に直撃する。長官は攻撃が当たった箇所を手で押さえる。

「くっ……、本当に痛いわ……」

 二人の言う通り、ゲームの攻撃を受けた箇所が痛んだ。

「どういう仕組みなの……?」

 長官が聞く。ただ『Hina』は聞く耳を持たなかった。

「スキルコール、ライトニングシュート」

 もう一度攻撃が放たれる。

「魔法目録三条、魔法防壁」

 長官はとっさに魔法防壁を展開した。

『ドカーン!』

 攻撃が防壁に当たって大きな音を立てる。

「しまった」

 少し慌てたように『Hina』が呟く。

「ゲームの攻撃じゃなくて、魔法……? もしかして、あなた魔法能力者?」

 長官が問いかけると、『Hina』は明らかに動揺を見せた。

「あ〜もう、やっぱりバレた……。お兄ちゃん、まだやるの?」

 何かぶつぶつと呟いた『Hina』は、開き直ったようにフードを取る。

「やっと顔を見せてくれた。どんな怖い人かと思ったら、随分可愛らしいじゃない。結構若く見えるけど、高校生?」

 長官が安心させようと微笑みかける。しかし、『Hina』は真顔で長官を見つめている。

「……詮索しないでください。魔法目録二条、魔法光線」

 長官は『Hina』の放つ魔法を防ぎながら、さらに話しかける。

「じゃあせめて名前だけでも教えてくれる? あなたの魔法能力は高い方だと思う。もしかしたら今後魔災隊の手伝いをしてもらうこともあるかもしれない。だから名前だけでも教えて欲しいな」

 長官の言葉に、『Hina』は少し考える。

「……分かりました。私は下田しもだ陽菜ひな

「下田陽菜さんって言うのね。教えてくれてありがとう」

 長官はニコッと笑った。

「でも、あなたはここで終わりです」

 陽菜は魔法を唱える。

「魔法目録二条、魔法光線」

 長官は魔法防壁を展開しようとしたが。

「だめだ。もう体力が持たない……」

 体力の限界だった。このままでは魔法光線を正面から受けてしまう。長官はぎゅっと目を閉じた。その時。

「長官!」

「あの攻撃、やっぱり魔法だったか!」

 響華と遥がやって来た。

「お兄ちゃん、どうするの?」

 陽菜が晴人に問いかける。

「構わない。早く殺せ」

 晴人の指示に陽菜は小さく頷くと、長官に向けて魔法光線を放つ。

「させない!」

 響華が叫びながら長官の前に立った。

「響華さん!」

 長官が驚いて響華を見る。

「長官は後ろに下がっててください。魔法目録二条、魔法光線!」

 響華も魔法光線を放つ。

『ドーン!』

 魔法光線同士がぶつかり合い、衝撃音が鳴り響く。

「何をしている。早く殺せ!」

 晴人が陽菜に向けて怒りの声を上げる。

「無駄ですよ」

 響華が言う。

「何? 今無駄だと言ったか?」

 晴人が響華を睨みつける。

「はい言いました。陽菜さんの魔法では私も遥ちゃんも倒せません」

「っ……!」

 響華の言葉に陽菜が反応する。

「惑わされるな! お前の心を乱すことがあいつの目的だ」

 晴人は陽菜を落ち着かせようと声をかける。

 響華は陽菜に歩み寄り、語りかけた。

「陽菜さん、あなたの魔法には迷いがある。そんな魔法じゃ、魔獣一匹も倒せないよ」

「魔獣、一匹……」

 陽菜の目に涙が浮かぶ。

「おい陽菜! そいつの言うことを聞くな!」

 晴人が陽菜に駆け寄ろうとする。しかし、陽菜はそれを止めた。

「お兄ちゃん、もうこんなことやめようよ……。私、魔法で人を殺すなんてしたくない」

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