第24.7話 存在しないプレイヤー
翌日、二〇二〇年三月二十一日。東京、魔法災害隊東京本庁舎。
響華と遥は、長官に昨日の有明での出来事を報告する。
「その人は突然他のプレイヤーに向かってゲームの攻撃をしました」
「そしたらその攻撃をくらったプレイヤーが痛そうに苦しみだしたんです。まるで本当の魔法をくらったみたいに。というか、私には本当の魔法に見えました」
長官は顎に手を置いて考える。
「うーん……。いくらなんでも本当の魔法ってことはないんじゃないかな? ゲームの攻撃で実際に痛みを与えるなんて、私はそんなことが出来る魔法聞いたことないなぁ」
「そうですか……。長官が知らないならきっと無いんでしょうね。すみません、あはは」
響華は笑ってごまかす。
「でも、もしまた何かあったらすぐ教えてね」
「はい、分かりました」
長官の言葉に、遥はこくりと頷いた。
「「失礼しました〜」」
二人は長官の元を後にする。
「遥ちゃん、やっぱり魔法じゃないんだよ。きっとあの人たちは驚いて体勢を崩した時に痛めちゃっただけなんだよ」
魔法ではないと考える響華に、遥はどうも納得いかない様子で。
「いや、あれは確かに魔法だった。私にはそう見えた」
「だけど、長官もそんな魔法ないって言ってたし」
「じゃあ、確かめに行く?」
遥の言葉に響華は首を傾げる。
「確かめるって?」
「昨日有明のイベントに参加してたってことは、今日のイベントにも参加してる可能性が高い。今日のイベントエリアは……」
遥は空中で指を滑らせ、ゲームのお知らせ画面を開く。
《本日のイベントエリア:飛鳥山公園 形式:共闘戦》
「イベントエリア、飛鳥山公園……。ってどこ?」
遥はその公園がどこにあるか分からず、地図アプリを開こうとした。しかし、その前に響華が言う。
「飛鳥山公園は王子駅の方だよ」
「あっ、そうなんだ。この公園ってそんなに有名なの?」
「いや、そこまで有名じゃないかな。おばあちゃんの家がそっちの方にあって、昔よく遊びに行ってたんだ。この公園には汽車があるんだよ!」
響華は昔を思い出して、懐かしい気持ちになる。
「公園に汽車。確かに子供は喜ぶかもね」
遥自身はそこまで汽車に興味は無さそうだ。
「きっと遥ちゃんも見たら写真撮りたくなると思うよ?」
「え〜、そうかな〜? 響華は思い出補正かかってるからそう感じるだけじゃない?」
遥は響華の言葉を疑う。
「そんなことないって! 見れば絶対写真撮りたくなるから。用事でもない限り王子なんて行かないでしょ? ついでだよついで!」
響華はどうしても遥に汽車を見せたいようだ。
「分かった分かった。どのみち飛鳥山公園には行くんだし、汽車も見に行こう」
遥は響華の熱意に押され、仕方なく頷いた。
「やった! 久しぶりの飛鳥山公園、楽しみだな〜」
テンションの上がる響華。それを見た遥は少し意地悪を言う。
「ねえ響華っち、さっきの『用事でもない限り王子なんて』ってところ、ダジャレ? 『用事』と『王子』って」
「えっ、私ダジャレなんて言ってないよ!」
響華は慌てて否定する。
「じゃあ偶然のダジャレだ」
遥はいたずらな笑みを浮かべる。
「もう遥ちゃん、からかわないでよ〜」
響華は頬を膨らませる。
「あはは、ごめんごめん! 楽しそうだったからつい意地悪したくなっちゃって」
「それじゃあ理由になってないよ〜」
二人は顔を見合わせ笑った。
そんな話をしているうちに、地下鉄の駅に着いた。
「響華っち、何線に乗ればいいの?」
遥に聞かれた響華は、路線図を見て答える。
「とりあえず御茶ノ水線で四ツ谷に出て、そこで北南線に乗り換えだね」
二人は改札を抜けてホームに向かった。
二人は四ツ谷駅で北南線に乗り換える。
『さいたま高速交通線直通、浦和美園行きが六両編成で参ります。危ないですので……』
「良かった、間に合った〜!」
響華は階段を駆け下りると、呼吸を整える。
「も〜、そんなに急がなくても大丈夫だよ。汽車もイベントもどこにも行かないよ」
遥はゆっくりと階段を降りてきた。
「それはそうだけど……」
「まあでも、あの人の被害者が出る前に私たちがイベントエリアに行かないとだし、早いに越したことはないかもしれないけどね」
遥が言うと同時に電車がホームに滑り込んできた。
『ガタンゴトン、ガタン、ゴトン……、キキー……』
二人は乗車位置に立ち、電車の中を見た。
「席は空いてなさそうだね」
「三連休の真ん中だし出かける人も多いんじゃない?」
電車は席が埋まっていて、立っている人が数名いるといった感じだ。
『四ツ谷〜、四ツ谷〜』
扉が開く。二人は降りる人を待つと、電車に乗り込んだ。
電車が出発すると、二人は改めて周りの乗客を見渡す。
「パパ、遊園地まだ〜?」
「マジかよ
「それでうちの彼氏なんて言ったと思う?」
遊びに行く親子連れ、サッカーの話をしている男性、愚痴を言っている女子大生。北南線の沿線には遊園地や大学、スタジアムなど様々な施設があるので、乗客の行き先や目的も多種多様だ。
「遥ちゃん、あの人」
突然響華が乗客の一人を指差す。
「ん? あの人がどうかした?」
遥は響華が指差した方を見る。
「あのアイプロジェクターしてる人、ゲーム起動してない?」
「それが何か問題なの?」
遥が首を傾げる。
「いや、電車の中じゃ人も多いし揺れるし危なくないかなって」
「確かにそうかもだけど、歩きスマホみたいなものじゃない?」
「どうも私にはその程度の危なさには思えないんだけど……」
しばらくするとその乗客が移動しはじめた。どうやら隣の車両に行くようだ。
「ちょっと付いて行ってみよう」
「響華っち、別にそんな心配しなくても……」
二人はその乗客の後に続いて隣の車両に向かった。
その乗客は隣の車両に行くと、立ち止まって空中で指を滑らせた。
「よし、アイテムゲット! ……って、あれ? おい、誰だ横取りしたやつ!」
その乗客が突如声を荒げる。
「何? ちょっと怖いんだけど……」
「ったく、地下鉄でゲームなんかするなよ」
車内が騒然とした雰囲気に包まれる。
「電車の中にアイテムが落ちてることなんてあるの?」
響華が聞く。
「いや、無いと思う。運営も違法行為やマナー違反を助長するような場所にアイテムやモンスターを配置することは無いって説明してるし……」
遥はこの状況をとても不可解に感じていた。
「あっ、いた! お前だろ、アイテム取ったやつ!」
その乗客がドアの横に立っていた人の胸ぐらを掴む。
「あれ、あの人?」
「うん、昨日の……」
二人はドアの横に立つ人の服装に見覚えがあった。あの服装は、昨日有明で会ったあのプレイヤーと全く同じものだ。二人は身構える。
「少しでもおかしな行動をとったらすぐに行くよ」
「うん、他の人の安全を第一にね」
響華と遥は顔を見合わせ頷いた。
「おい、黙ってねぇでなんとか言えよ。アイテム取ったのお前以外いねぇだろ?」
「…………」
その乗客はその人を問い詰めるが、その人はフードを深く被り黙り込んでいる。
「あ〜、もう何だよこいつ! スキルコール、ブレイズボール!」
しびれを切らした乗客が攻撃を放とうとする。
その瞬間、その人が手首をくいっと動かした。
「……スキルコール、ライトニングシュート」
響華と遥はそれを見逃さなかった。
「危ない!」
響華が乗客に向かって叫ぶ。
「魔法災害隊です。電車内でARゲームをプレイするのは危険ですので今すぐやめて下さい!」
遥は乗客とその人に注意喚起する。
「分かったよ! こんなとこで戦うなって言ってんだろ?」
乗客は二人を一瞥すると元の車両に戻っていった。
「あの、昨日有明で遥ちゃんを助けてくれた人ですよね?」
響華がその人に声をかける。
「…………」
その人は黙ったまま俯いている。
「もし良かったらお名前を教えてもらえませんか? ゲームのプレイヤーネームの方でもいいですよ?」
響華が笑いかけると、その人は頭の上を指差した。
アイプロジェクター越しに見ると、頭の上にプレイヤーネームが表示されるようになっている。響華はその人の頭の上を見る。
《Hina》
「ひな。ひなさんで読み方合ってますか?」
響華が聞くと、その人は小さく頷いた。
『まもなく市ヶ谷、市ヶ谷。お出口は右側です』
電車が次の駅に着くと、その人は降りてどこかへ行ってしまった。
「響華っち、大丈夫?」
遥が響華に駆け寄る。
「うん、平気。遥ちゃん、あの人のプレイヤーネーム分かったよ」
「ホントに? そしたらある程度どんな人か絞り込めるかも。どんな名前?」
遥はプレイヤー検索機能を開きながら響華に聞く。
「ひなさん。ローマ字でエイチ、アイ、エヌ、エー」
「エイチアイエヌエー、っと」
遥が検索すると、複数のプレイヤーが出てきた。しかし。
「おっかしいな〜。ログイン時間が一番最近でも一時間前の人しかいない。響華っち、ホントに名前合ってる?」
検索に出てきた中でその人と一致するプレイヤーはいなかった。
「本当だよ! ちゃんと本人にも確認したし」
響華は確かに『Hina』だと確認している。間違いなはずがない。
「う〜ん、考えてもしょうがないし、とりあえず飛鳥山公園に行こう。『Hina』って人もあの駅で降りざるを得なかっただけで、この電車に乗ってたってことは飛鳥山公園に行く可能性は十分に高い」
遥の言葉に響華は頷く。
「なんか汽車どころじゃなくなってきちゃったね」
響華は少し残念そうに言う。
「今はあのプレイヤーが何者なのか調べることの方が重要だからね。汽車はまた落ち着いた時にゆっくり見に行こう?」
遥が微笑みかけると、響華は首を縦に振った。
《ASY prk:Raid Battle》
二人が飛鳥山公園に着くと、イベントエリアに多くのプレイヤーが集まっていた。
《このイベントエリアは共闘戦イベントです。プレイヤーが規定人数に到達次第モンスターが出現します》
「ここは有明みたいにそれぞれが戦うんじゃないんだね」
響華が説明文を読んで言う。
「うん。共闘戦イベントは全員で一体の強力なモンスターを倒して、貢献度に応じてポイントがもらえるんだよ。個人戦だと倒した人、もしくはチームにしかポイントが入らないから横取りだのなんだのって問題になることもあるけど、これはあくまで貢献度だから最後に倒した人だけじゃなくて参加した人全員にポイントが入るから問題も起きにくいんだよ」
遥は説明文を補足するように教える。
「へぇ〜、じゃあこのイベントは協力することが大事なんだね?」
「そういうこと!」
間も無く、周囲の景色が炎に包まれた火山のような景色に変わった。
《イベント開始まで 5秒前》
目の前にカウントダウンが表示される。
「とりあえず普通のプレイヤーに交じってモンスターを倒しつつ、あの人がいないか見張っておこう」
「そうだね。何もしないのも逆に怪しいしね」
響華と遥はステータス画面からスキルを選択し、カウントがゼロになるのを待った。
《GAME START》
その文字と同時に、空からモンスターが大きな翼を羽ばたかせて降りてきた。
『ギヤアァァァ!』
モンスターの咆哮と共に、プレイヤーたちが一斉に駆け出す。
「私たちも。スキルコール、ウォーターブラスター!」
「スキルコール、バブルアタック!」
二人もモンスターに向かって駆け出し、攻撃を放つ。
『ギヤアァァァ!』
《Kyoka:349dmg Haruka:442dmg》
「あんまり削れてないね……」
響華が呟く。
「このモンスター、というかこのゲーム自体なんかおかしいよ」
遥はゲームへの不信感を口にする。
「どういうこと?」
響華が首を傾げる。
「このゲームはまだサービス開始から数ヶ月しか経ってない。だからプレイヤーのレベルも低い。それなのにここまで強い敵を毎日のように出現させる理由が分からない。大体昨日のあれだってイベントエリアの難易度とは桁外れの強さだったし」
「そういえば確かに! 昨日のモンスターはあの人が来てくれたから倒せたけど、もしあの人がいなければ誰も倒せなかったはず」
響華は昨日のことを思い出す。有明体操競技場に出現したモンスターは遥の攻撃が全く効いていなかった。つまり、レベルの低いプレイヤーではいくら頑張っても絶対に倒せないことになる。
「まずい、攻撃が来る!」
遥の声に響華はとっさに反応する。
『ギヤアァァァ!』
二人はモンスターの口から放たれた炎をギリギリで躱した。
「これ倒せるの?」
響華が聞く。
「倒せないこともないだろうけど、時間はかかるだろうね」
遥は左上に表示されている時刻を見る。
(すでに三分は経ってる。これでこのダメージしか与えられてないとしたら、あと三十分はかかる……)
その時、モンスターに見たこともないようなダメージが入った。
『ギヤアァァァ!』
《45208dmg》
プレイヤーから驚きの声が上がる。
「四万五千ってまじか!?」
「おいおい、チートじゃね?」
響華と遥はそのダメージを与えたプレイヤーを見る。
「「やっぱり……!」」
そのプレイヤーは地下鉄で出会った『Hina』と名乗る人と同じ格好をしていた。同一人物と見て間違いない。
「……スキルコール、ライトニングシュート」
『ギヤァァ……、バタッ』
《51021dmg》
その人はたった二発でモンスターを倒してしまった。
「…………」
その人は黙って俯いたまま他のプレイヤーの方を向く。
「この感じ、昨日と同じだ」
響華が呟く。
「どうする? 防御魔法で守る?」
遥は魔法を唱えようとする。しかしそれを響華が止める。
「でも、もし魔法じゃなかった場合に問題になっちゃうよ」
「だけど……」
そうこうしているうちに、その人は攻撃を放った。
「スキルコール、ライトニングシュート」
その攻撃が周りにいたプレイヤーたちに命中する。その瞬間。
「うわぁ……!」
「痛いっ……」
その攻撃に当たったプレイヤーたちが苦しみだした。
「しまった! 大丈夫ですか?」
響華は急いでプレイヤーたちの元に駆け寄った。
「…………」
黙って去ろうとするその人に遥が声をかける。
「ちょっと止まって! あなた『Hina』さん、でいいんですよね?」
「…………」
その人が立ち止まる。遥はその人の頭の上のプレイヤーネームを確かめる。
《Hina》
やはり『Hina』で間違いない。
「あなた、なんでプレイヤー検索に引っかからないの? 私『Hina』って検索してみたんだけど、あなたと一致する人はいなかった」
「…………」
「黙ってないで答えてよ。別に責めてるわけじゃないからさ」
その人は少し考えると、ゆっくりと口を開いた。
「……私は『存在しないプレイヤー』。それ以上詮索しないで」
「存在しない? どういう意味?」
その人は遥の質問に答えることなく、その場を立ち去ってしまった。
「実際に痛みを与える攻撃、検索に引っかからない、存在しないプレイヤー……。あなたは何者なの?」
遥は『Hina』というプレイヤーに恐怖すら感じていた。
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