ARゲーム編

第24.6話 マジックモンスタープラネット

「ねえ、お兄ちゃん本当にやるの?」

「ああ、俺はこの為にずっとやってきたんだ。今更やめるなんてありえない」

「絶対上手くいかないって。それに、こんなことで私の人生棒に振りたくない!」

「大丈夫だ。悪いようにはならないから、お前は俺の言うことを聞いていればいい」

「……本気、なんだね?」

「もちろん本気だ。親父の仇は、俺が必ず討つ」




 二〇二〇年三月十五日。魔法災害隊東京本庁舎。

 今日は日曜日だが、響華は緊急時に備えて庁舎で待機していた。

「う〜ん、暇だな〜」

 響華はそばにあったリモコンに手を伸ばすと、テレビの電源を入れた。

『皆さん、今話題のこちら。なんだか分かりますか? 実はこれ、《スマホの次のデバイス》と呼ばれているものなんですが、一体どんなものなんでしょうか。こちらのVTRをご覧ください!』

「あっ、これ! 私も欲しいんだよなぁ」

 響華は食い入るようにテレビを観る。

『公民党の先進デジタル技術プロジェクトの施策の一つで、産官学が連携しオールジャパンで開発された次世代ウェアラブルデバイス《アイプロジェクター》。目の網膜に直接映像を投影することで、現実世界にあらゆる情報を重ねて表示することができ、スマホのように取り出す手間も不要。スマホで遅れをとった日本のメーカーの巻き返しが期待されています』

「こういうのを待ってたって感じだよね〜!」

 響華は目をキラキラと輝かせている。

『そして本日は、アイプロジェクター普及の起爆剤となっている専用ARゲーム《マジックモンスタープラネット》のプロジェクトリーダー、下田しもだ晴人はるとさんにお越しいただきました!』

『視聴者の皆さんこんにちは。株式会社サイバージェネレートエンタテインメント、次世代ゲーム開発事業部から来ました、マジックモンスタープラネットのプロジェクトリーダー、下田晴人です。よろしくお願いします』

「うわぁ、この人があのゲームを作った人なんだ〜! 思ったより若いな」

 響華はテレビに映る二十代後半の男性に少し驚いた。

『まずはこのゲームを知らないと言う方の為に、こちらのVTRをご覧ください』

『マジックモンスタープラネットとは、アイプロジェクター向けに開発された最新ARゲームで、街中に現れるモンスターを魔法を使って討伐していくというもの。モンスターを倒した数に応じてポイントが与えられ、集めたポイントはコンビニやファストフード店などのクーポンと交換できることも魅力の一つとなっています』

『下田さんはまだ二十代とお若いですが、なぜこちらのプロジェクトを任されることになったのですか?』

 アナウンサーが聞くと、晴人は一瞬悲しそうな表情を浮かべた。

『……実はですね、このプロジェクトはもともと父が任されていたんですよ』

『お父様、ですか?』

『ええ。しかし十年前に家族で出かけた時に魔法災害に巻き込まれてしまい、両親は亡くなってしまったんです。それから、残された僕は必死に勉強して、父と同じ会社に入りました。そしたら父と仕事をしていたという上司の方が、「ぜひあのプロジェクトを引き継いでくれ」と言ってくれまして。それでこのプロジェクトのリーダーをやらせていただけることになったんです』

「十年前……、私と同じだ……」

 晴人の言葉に、響華はポツリと呟いた。


 するとそこに遥がやって来た。

「響華っち何観てるの?」

「あれ? 遥ちゃん今日休みじゃなかったっけ?」

 響華が聞くと、遥はこくりと頷く。

「それはそうなんだけど、いい話があるから響華っちに教えてあげようと思って!」

「えっ、なになに? どんな話?」

 ワクワクしている響華に、遥は得意げな顔をするとバッグの中をガサゴソと探った。

「じゃ〜ん! 響華っち、これ欲しかったんでしょ?」

 遥がバッグから取り出したのは。

「それって、まさかアイプロジェクター!?」

 丁度テレビで特集されていたアイプロジェクターだった。

「そう、今話題で売り切れ続出のアイプロジェクターだよ!」

「どうして遥ちゃんが持ってるの? もしかして並んだの?」

 響華はアイプロジェクターを持つ遥を質問攻めにする。

「ううん。お父さんがサイバージェネレートに勤めててね、といっても広告部門だからゲームは関係ないんだけど。で、社員には優先購入権があって、お父さんがこれで友達と遊びなさいって、私と友達の分の二つ買ってくれたの」

「へぇ〜、そうなんだ〜! それで、その内の一個を私にくれるってこと?」

 響華は遥に確認する。

「うん! 最初はユッキーにあげようと思ったんだけど、ゲームやるような気分じゃないからって断られちゃって」

「雪乃ちゃん、あれ以降少し元気ないもんね……」

 雪乃はシナイ王国から帰ってきて以降、魔法にかかっていた間に多くの兵士に怪我をさせてしまった自分を責めて、魔法を使うこと自体を避けるようになっていた。

「だから気分転換になればとも思ったんだけど、ゲームの内容が……ね?」

「あ〜、確かに。この内容はまずかったかもね……」

 ゲームの内容が魔法でモンスターを討伐するというものでは、雪乃にとってはむしろ苦痛になってしまうというのは想像に難くなかった。

「今度休みいつ?」

 遥に聞かれた響華はスマホのスケジュールを開く。

「春分の日は休みだよ」

「私もその日休みだ! じゃあその日は一緒にゲームやりに行こうよ!」

「うん、絶対行こう!」

 遥の言葉に響華は大きく頷いた。

「時間とか場所はまた連絡するね」

「分かった」

「じゃあね〜! 響華っちはお仕事頑張って!」

 遥は手を振りながら廊下に出て行った。

「アイプロジェクターが……、私の目の前に……!」

 一人になった響華は、興奮が抑えきれない様子でそれに手を伸ばす。

 しかし響華の手が触れようとしたその瞬間に、長官が駆け込んできた。

「響華さん、虎ノ門に魔獣が現れたの。所轄が行くよりもここからの方が早いと思うから、ちょっと行ってきてくれる?」

 響華はビクッとして手を引っ込める。

「わ、分かりました! 虎ノ門ですね」

「ごめん、なんか邪魔しちゃった?」

「いえ、なんでもないです」

 響華はそそくさと長官の前を去る。

「……?」

 長官は響華の態度に首を傾げていた。




 二〇二〇年三月二十日。東京、有明。

「お待たせ〜!」

「遥ちゃん遅いよ〜」

「ごめんごめん、暖かくてつい二度寝しちゃって……」

 響華の元に遥が駆け寄ってきた。

「おっ、早速使ってるね?」

「そう言う遥ちゃんだって」

 二人はすでにアイプロジェクターを装着していた。

「それで、今日は何で有明なの?」

 響華が聞くと、遥は空中で指を滑らせた。

《Harukaさんから新着のメッセージがあります》

 響華の視界に文字が表示される。

 響華はその文字をタップし、画面を開く。

《Haruka:東京オリンピックの競技会場がイベントエリアになってるんだよ。湾岸地区は会場がいっぱいあるから回りやすいかなと思って》

「へぇ〜! 警備とか交通対策の訓練も兼ねてるのかな?」

《Haruka:多分、そういうことだろうね!》

 遥はニコニコしてこちらを見ている。

「って言うか何で遥ちゃんずっと喋んないの?」

 空中に表示される文字と会話する自分に違和感を感じた響華がツッコミを入れる。

「あはは、どんな反応するかなって思って……」

 遥は申し訳なさそうに頭を掻く。それを見た響華は空中で指を滑らせ、メッセージを送る。

《Kyoka:じゃあ私も喋らないからね!》

「えっ、ちょっとそれはひどいよ〜! 私もちゃんと喋るから、響華っちも喋ってよ〜」

 遥は響華の肩に手を乗せると、体をゆさゆさと揺らす。

「あはは、冗談だって! こんなことしてる場合じゃないよ、早く行こ!」

「うん、モンスター退治にしゅっぱ〜つ!」

 二人は意気揚々と有明アリーナへと向かって行った。


《ARI arn:Level easy》

 有明アリーナは初心者向けのイベントエリアで、多くの人が集まっていた。

「まずはここで肩慣らしだね!」

「動き方とか私もまだ掴めてないし、初心者レベルで様子見するか」

 二人はゲームの起動モーションを取る。

「「マジックモンスタープラネット、ゲームスタート!」」

 周囲の光景が氷の世界に変わる。

「ここは氷系のモンスターが出るのかぁ」

「じゃあ炎系の魔法だね」

 響華と遥はそれぞれ《ファイアービーム》と《ブレイズボール》を選択し、モンスターがポップするのを待った。

『ギュイーン……!』

 鳴き声とともに地面がボコボコと盛り上がる。

『ギュワァ〜!』

 二人の目の前にモンスターが現れた。

「遥ちゃん、行くよ」

「オッケー、響華っち!」

 二人はスキルを発動するため、攻撃モーションを取る。

「スキルコール、ファイアービーム!」

「スキルコール、ブレイズボール!」

 二人が手を前に出すと、響華の手からは炎が一直線に伸び、遥の手からは炎の玉が放たれた。

『ドカーン!』

『ギュワァァァ……』

 二人の攻撃は見事に命中し、モンスターは倒れこんで消滅した。

《討伐成功 Kyoka +100pt Haruka +110pt》

 二人の目の前に獲得ポイントが表示される。

「あれ? 何で遥ちゃんの方がポイント高いの!?」

 響華が驚いて遥の顔を見る。

「そりゃ当たり前だよ。私のスキルの方がコスト高いもん」

 遥はステータス画面を開くと響華に見せる。

《コスト情報 ファイアービーム:20 ブレイズボール:25》

「もう、そういうの先に教えてよ〜!」

 その画面を見た響華が言う。

「初心者レベルだからどっちでも倒せるだろうし、まあいいかなって。次行こ?」

 遥は適当にごまかすと、次のモンスターを探し始めた。

「ちょっと遥ちゃん!」

 響華は慌てて遥の後を追った。


《ARI gyc:Level normal》

 有明体操競技場。ここは有明アリーナより少し難易度が高めに設定されているが、その分獲得できるポイントも高く、有明アリーナでは物足りないと感じたプレイヤーが流れてきているといった様子だ。

「このエリアは少し薄暗いね……」

「となると、闇系かな?」

 競技場の中は真っ暗で(実際は明るい)、近くにいるプレイヤーにぶつからないか気になってしまうほどだった。

『ズドドドド……』

 突如ものすごい地響きが聞こえてきた。

「何? 地震?」

 響華が辺りを見回す。

「いや、モンスターがポップする音だと思う。だけどこの音、ノーマルレベルの敵じゃないよ!」

 二人は身構える。

『グウォアァァァ〜!』

「うわ何だこいつ!?」

「キャー、助けて!」

 そのモンスターが現れた瞬間、プレイヤーたちの驚く声や叫び声が競技場中に響いた。

「これ本当に倒せるの!?」

 響華が遥に問いかける。

「いや、無理だと思う。ここにいる人たちで一番強くてレベル五十くらいなはず。このモンスターは最低でもレベル七十五は必要。運営は何を考えてるの?」

 遥は響華の手を引く。

「えっ、ちょっと。遥ちゃん?」

「このままだとポイント全部取られて終わりだよ。早く出た方がいい」

「でも、ここにいる他の人たちは?」

 響華は後ろを振り返りながら言う。

「最悪アイプロジェクターを外せば済むんだからきっと大丈夫」

「だったら……!」

 響華が遥の手を振り解く。

「響華っち……?」

「私もここに残る。いくらゲームでも、誰かを見捨てるなんて私には出来ない。ポイントなんて別にいいよ。私はこのゲームで遊べるならそれでいい!」

 響華はモンスターの方へ駆け出した。

「響華っち! どう考えても無謀すぎるよ! あ〜もう、やるしかないか」

 遥は急いで響華の後を追う。

『グウォアァァァ〜!』

 モンスターは競技場の中を暴れまわり、プレイヤーたちは逃げるのに必死だ。

「スキルコール……えっと、何だろう?」

 響華は走りながらステータス画面を見るが、倒せそうなスキルが見つからない。

「だから言ってるじゃん! 響華っちには無理だって」

 遥は響華を追い抜くと、攻撃モーションを取った。

「スキルコール、シャイニングレイピア!」

 遥の手に細長い光の剣が出てくる。

「やぁ〜、それ!」

 遥はモンスターに光の剣を突き刺す。しかし。

『グウォン』

 モンスターはほとんどダメージを受けていない。それどころか、痛みを感じてさらに暴れ出してしまった。

「やばっ!」

 遥は慌ててモンスターから間合いを取ろうとするが、この薄暗い中で避けられる可能性はゼロに近かった。

「遥ちゃん!」

 響華は叫び、遥に近寄ろうとする。するとその時、どこかから声が聞こえた。

「あなたは近寄っちゃダメ」

「えっ……?」

 響華はその声に立ち止まる。

「私が倒す」

 響華のすぐ横を真っ黒なフードを被った人が通り過ぎる。

「スキルコール、ライトニングシュート」

 その人が攻撃を放つと、一瞬にしてモンスターのHPゲージがゼロになった。

「え、今の何!?」

「すげー!」

 プレイヤーたちが一斉に声を上げる。

 だが、その人はフードを取ることもなく、ぼーっと突っ立っている。

「あ、あの……遥ちゃんを助けてくれたんですよね?」

 響華が歩み寄ろうと右足を前に出した。それと同時に、その人は突然攻撃モーションを取った。

「スキルコール、ライトニングシュート」

 その人はプレイヤーたちに向けて攻撃を放とうとする。

「おい何だ、プレイヤーキルか?」

「どれだけ強いか知らないが、調子に乗ってんじゃねぇよ」

 それを見たプレイヤーの数人も攻撃モーションを取る。

「ダメ! みんな避けて!」

 その人のことを近くで見ていた遥がプレイヤーに大声で呼びかける。しかし一歩遅かった。

 その人の手から攻撃が放たれる。それは先ほどモンスターを倒したものと一見同じように見えた。だが、その攻撃を受けたプレイヤーの様子が明らかにおかしかった。

「うおっ……!」

「痛って〜、めっちゃ痛い……何だよこれ……」

 プレイヤーたちが攻撃を受けた箇所を押さえ、苦しがっている。

「皆さん、大丈夫ですか? 怪我とかされてませんか?」

 響華はプレイヤーたちの元へ駆け寄り声をかける。

「…………」

 黒いフードの人は、黙ってその場を立ち去ろうとする。

「ねえ、ちょっと待ちなよ」

 遥が後ろから呼び止める。しかし、その人は立ち止まることなく暗闇へと消えていってしまった。

「プレイヤーネーム、ちゃんと見とけばよかった……」

 遥はボソッと呟くと、痛がっているプレイヤーに声をかけに向かった。

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