第24話 日本の英雄

 東京、羽田空港。

 五人が空港に降り立つと、長官と国元が駆け寄って来た。

「雪乃さん、とりあえず無事で良かった!」

「皆さん、お疲れ様でした」

「長官、国元さん! 何かあったんですか?」

 響華が聞くと、二人は焦ったように答える。

「何から説明していいのか分からないんだけど、奈津美ちゃん、水瀬支局長が行方不明なのよ」

「それで少し調べてみたんですが、どうやら公民党の裏に魔獣がいるみたいで……」

 五人は顔を見合わせる。

「はい。雪乃ちゃんから話を聞いて、私たちも飛行機の中で色々考えてみたんですが……」

 響華に続けて碧が言う。

「私たちも公民党と魔獣が繋がっているという結論に至りました」

「それじゃあ、雪乃さんはその魔獣と直接会ったんですか?」

 国元が問いかけると、雪乃はこくりと頷いた。国元は雪乃から情報を聞き出す。

「その魔獣はどんな感じでしたか? 見た目でもなんでも、些細なことでもいいので」

「え〜と、その魔獣は目が赤く光ってて、肌が白くて、自らのことをアマテラスと名乗っていました」

「その魔獣、人の言葉を話せるのか?」

 国元が驚いたように聞く。

「はい。少しおかしなところはありましたけど、普通に聞き取れるレベルの日本語を話していました」

 それに続けて芽生も補足する。

「その件について言えば、シナイ王国で倒した魔獣も同じような感じだったわ。それに、『どの国にも我のような存在はいる』とも言っていたから、もしかしたらこれは相当深い闇かもしれないわね」

 長官が考え込む。

「う〜ん……、私も詳しく調べたいところだけど、これに関しては迂闊に手を出さない方がいい気がする」

「魔獣については一刻も早く対処する必要がありますが、公民党を敵に回してしまうと魔災隊の立場が危うくなりますからね。慎重にいくべきでしょう」

 国元も長官に同意する。

「でもさ、そもそも何でユッキーの居場所がアマテラスにバレたんだろうね?」

 遥がふと疑問を浮かべる。

「言われてみれば、確かにそうだな」

 遥の言葉を聞いて、碧も不思議に感じたようだ。

「誰かが教えた、とか?」

 響華が言うと、芽生は首をひねる。

「そうなると魔災隊の中に内通者がいることになるわよ? そんなことするような人があの中にいるとは思えないけど……」

 すると、雪乃がゆっくりと口を開いた。

「あの……、木下副長官、ということはないですよね……」

「えっ、木下副長官? どうしてそう思ったの?」

 長官が雪乃に聞く。

「すみません、別に疑ってるとかそういう訳じゃないんですけど……。鍵をかけ忘れて出ていったのは、アマテラスが入って来た時が初めてでした。だから、それって偶然なのかなって……?」

 それを聞いた国元はハッとする。

「いや、それは偶然ではないかもしれません」

「どういうこと?」

 長官は国元の方を見る。

「昨日のことなんですが、『九州支局は無事に潰れましたか?』と木下副長官が僕に対して言ってきたんです。その次の朝にあのニュースです。何か怪しいと思いませんか?」

「国元くんそれ本当?」

 長官が詰め寄る。

「はい、確かに昨日そう言っていました。もし木下副長官が内通者だとしたら、僕たちの情報は公民党、魔獣アマテラス側に全部筒抜けということに……」

「国元くん、なんでそういうこと早く言わないのよ!」

 国元の話を聞いた長官が焦りはじめる。

「何かまずいことでもあるんですか?」

 響華が聞く。

「ここに来る前に私言っちゃったのよ。空港にみんなを迎えに行って来るって」

 長官の言葉に碧がキョロキョロと辺りを見回す。

「だとしたら早くこの場から移動しないと、私たちも消されてしまうかもしれない」

「碧さんの言う通りね。車はあっちよ」

 長官と国元が五人を連れて車へ向かおうとした、その時だった。

「北見雪乃さん、いらっしゃいますか?」

 後ろから声をかけられた。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは。




「警視庁捜査一課です。北見雪乃さん、ですね?」

 警視庁の刑事だった。

「はい、そうですけど……」

 怯えている様子の雪乃を見て、長官は刑事に問いかける。

「うちの隊員に何か用ですか?」

 刑事は鞄から何かを取り出すと、長官に突きつけた。

「これを拒否するなんて言いませんよね?」

「ちょっと、何よこれ……?」

 刑事が見せたのは雪乃に対する逮捕状だった。

「え〜、二十三時四十八分、私戦予備、密出国、魔法適正使用法違反の容疑で北見雪乃を逮捕する」

 刑事は雪乃の腕を無理やり掴むと、手首に手錠をかける。

「ひゃあっ、離してください! 私そんなことして……」

 雪乃は抵抗しようとしたが、急に何かに絶望したかのように力なくうなだれた。

「ちょっと待ってくださいよ! ユッキーが何したっていうんですか? 私戦予備? 密出国? 何ですかそれ?」

 雪乃を連れて行こうとする刑事を遥が呼び止める。

「うるさいな〜。ちゃんと隊員のことしつけておいてくださいよ」

 刑事はイラついた表情を浮かべて長官の方を見る。

「すみません。ですが、この逮捕は明らかにおかしいと思います」

 長官は刑事に軽く頭を下げると、疑問を投げかけた。

 すると、雪乃が悲しそうな表情で長官や遥の方を見て首を横に振った。

「……もう、いいんです。実際に私は、この罪を犯しましたから……。転移魔法で日本からシナイ王国に行って、戦争に参加して。私はもう立派な犯罪者です……」

「雪乃ちゃん……」

 響華は雪乃にかける言葉が見つからず、黙って見つめることしかできなかった。

「ほら、行くぞ」

 刑事が雪乃の腕を引っ張る。

「北見!」

「雪乃さん!」

「ユッキー!」

 碧、芽生、遥は雪乃の名前を叫んだ。だが、雪乃はこちらを振り返ることなく、うなだれたまま刑事に連行されていく。

「このままじゃ雪乃さんが……」

 長官はその場に崩れ落ちる。その時、国元が声をかけた。

「すみません、少し準備に手間取ってしまいました。あとは僕に任せてください」

「国元くん……?」

 長官は国元の顔を見上げ、呆然としていた。

 国元は刑事に駆け寄り話しかける。

「雪乃さんを解放してください」

「はぁ? 何言ってんだお前?」

 刑事は国元を睨みつける。

「その逮捕状には誤りがあります」

 国元はスマホの画面を見せる。

「これがどうしたって言うんだ?」

 刑事は不機嫌そうに言う。

「雪乃さんのおこなった行為は全て許可を得たものだという証明です」

「そんなものある訳ないだろう」

 刑事はスマホの画面に目を凝らす。その画面は警視庁のデータベースで、記載されていた内容に刑事は衝撃を受けた。

《北見雪乃隊員に対する特別許可 手続きなしでの海外への転移および海外での戦闘行為》

「こ、これは一体……?」

「警視庁のデータベースに逮捕状と相反するデータを見つけましてね」

 国元はドヤ顔で刑事を見つめる。

「くそっ! 逮捕は取り消しだ!」

 刑事は雪乃にかけられた手錠を外すと、イライラした様子でこの場を去っていった。

「国元さん、ありがとうございます」

 雪乃が深く頭を下げる。

「いえいえ、そんな感謝されるほどのことはしてないですよ」

 国元は謙遜する。

「国元さん、そのデータってどうやって見つけたんですか?」

 響華が興味津々に聞く。

「ああ。このデータはね、警視庁のホームページから見られるようになってるんだよ。新着情報一覧ってところから《魔法災害隊との連携に係る情報の公表》を開いてみてください」

 響華はスマホを取り出して、言われた通りの操作をする。

「国元さん、PDF形式のやつが色々出てきましたけど」

「その中のどれだったかなぁ? あとでゆっくり見てみるといいよ」

 国元はそう言って微笑んだ。

「さあ、もう日付も変わっちゃったし早く帰ろう。こんな夜中に未成年の子達を連れ回すわけにもいかないからね」

 長官が言う。

「色んなことがありすぎてもうヘトヘトだよ〜」

「そうね、今日何があったのか半分くらい忘れてる気がするわ」

 五人はたわいもない会話をしながら、長官と国元に連れられて車の方へと歩いていった。




 翌日、二〇二〇年二月二十六日。魔法災害隊東京本庁舎。

「おはよ〜、まだ眠くて目が開かないよ〜」

 響華があくびをしながら入ってくる。

「まあ、昨日の今日だしな」

「私も仕事だから起きてるけど、本当はゆっくり寝ていたいわ」

 碧と芽生も少し眠そうな様子だ。

「雪乃ちゃんは眠くないの? まあ色々ありすぎて眠いとかそういう次元じゃないかもだけど」

 響華が雪乃に聞く。

「そうですね……、四ヶ月くらい寝ていたようなものなので、眠気とかは特に……」

 雪乃は俯き気味に答える。響華は雪乃を傷つけてしまったと思い、慌ててフォローする。

「いやぁ、別に雪乃ちゃんが悪いとかそういうことを言いたいわけじゃないよ?」

「すみません、気を遣わせてしまって。藤島さんはそんなこと言わないって分かってますから」

 雪乃はそう言って微笑んだ。

 間も無く遥がやって来た。

「おはよ〜、ってもうみんな来てる!」

 遥が四人を見て驚く。

「それはいるだろう。出勤時間なんだから」

 碧は当たり前だといった感じで言う。

「アオはホントに冷たいな〜。ね、ユッキー?」

 遥は雪乃のそばへ行くと、肩にポンと左手を乗せた。

「……おはようございます、滝川さん」

 雪乃は遥の顔を見ると、気まずそうに小声で挨拶した。それを不思議に思った遥が雪乃の顔を覗き込む。

「あれ? ユッキーどうかした?」

「…………」

 雪乃は黙って顔をそらす。遥は雪乃がどうしてこんな態度を取っているのか、しばらく考えると。

「あっ、そういうことか……」

 そう呟いて悪戯な笑みを浮かべた。遥は雪乃の顔をもう一度覗き込む。

「……な、何でしょうか?」

 雪乃が小声で問いかける。

「ねえユッキー? もしかして……おはようのキス、してほしいのかな?」

「ふぁっ!? そんな、全然違いますよ! もう昨日のことは忘れてください!」

 雪乃は顔を赤くしてぶんぶんと首を横に振る。

「あはは、そんな気にしなくて大丈夫だよ〜。あんなの事故みたいなもんだって、ね?」

 遥が笑いかける。雪乃は小さく頷くと、しばらくそのまま俯いていた。

「ねえ遥ちゃん、雪乃ちゃんと何かあったの?」

 響華が聞く。遥は雪乃の方をちらっと見ると、響華の耳元で囁くように答える。

「昨日さ、私一人でユッキーの所に行ったでしょ? その時、響華っちとかが来る少し前にね、ユッキーが私にキスしてきたんだよ」

「えぇっ、どういうこと!?」

 響華が驚いて大きな声を上げる。

「ちょっと響華っち、ボリューム下げて」

 遥は慌てて響華を注意したが、手遅れだった。

「滝川さん?」

 後ろから雪乃の声が聞こえる。少し怒っているようだ。

「ユッキー、違うんだよ。これはその……」

 遥がゆっくりと後ろを振り返る。

「もう、滝川さん! あんまり人に言わないでもらえませんか? あれはぼーっとしてて訳が分からなくなってしまっただけで、別に滝川さんのことが好きとか、そういうことじゃ……。とにかく、恥ずかしいのでやめてください!」

 雪乃は怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。

「ごめんごめん。今度なんかおごってあげるから! ねっ、許して?」

 遥は顔の前で手を合わせ、必死に謝る。

「……じゃあ、欲しい小説があるので、それを買ってくれたら許してあげてもいいですよ?」

「オッケー、何冊でも買う。だからもう怒らないで」

 ツンデレっぽく言う雪乃に、遥は大きく首を縦に振って答えた。


 しばらくすると、国元が入って来た。

「皆さん、この動画見てください!」

「国元さん、いきなりどうしたんですか?」

 焦った様子の国元に響華が問いかける。

「響華さんの映像をどこかの軍の兵士が撮っていたみたいで……」

「えっ、私の映像ですか?」

 五人は国元のスマホを覗き込む。

『皆さんこんにちは。私は日本から来ました、魔法災害隊の藤島響華です。私がここに来た目的は、大きく二つあります。一つは戦争を止めること、そしてもう一つが魔獣を倒すことです』

 その映像は、確かにシナイ王国での響華の映像だった。

「この映像が何か問題なんですか?」

 碧が聞く。

「いえ、問題と言えるのか分からないんですが……」

 国元はスマホをスクロールし、概要欄を見せる。

「うわっ、何これ!? 再生回数二千万って!」

 遥は驚いて何度も数字を確かめる。

「それだけではなくて、コメントの方も見てみてください」

 国元はコメント欄を開く。そこには。

《戦争を止めた日本の少女の演説、素晴らしすぎる》

《一国の戦争を終結させた五人の魔法少女、まさに世界の宝だ!》

《ありえない! 日本の高校生はどれだけ優秀なんだ!》

《この少女は言葉で世界を救った。まさに日本の英雄だ》

 響華、そして五人を称賛するコメントが大量に投稿されていた。

「これ、世界中からコメントが寄せられてるわよ」

 様々な言語のコメントに、芽生は驚きを隠せない。

「これだけ有名になってしまうと、私たちまともに仕事できないんじゃ……」

 雪乃が不安そうに呟く。

 その時、長官が息を切らして入って来た。

「みんな大変だよ〜! テレビとか新聞からみんなに取材依頼が来てるの! それも世界中から」

「ええっ!? どうするんですか?」

 響華が長官に聞く。

「どうしていいか分からないからみんなに聞きに来たのよ! こんな経験初めてだからどうしたらいいのか……」

 長官は頭を抱える。

「とりあえず、どこか一つだけ受けるとかどうかな? 例えば、JPBとか」

 遥がアイデアを出す。

「なるほど! その手があったか」

 長官は着信履歴からJPBを探すと、そこに電話をかけた。

「もしもし、JPB取材班の方でしょうか? 魔法災害隊の取材の件なんですが……」

「私たち、ついにテレビデビューか〜」

 響華がワクワクしたように言う。

「あまり目立ちたくはないのだけど、断るのも嫌だし。まあいいわ」

 しかし、芽生はあまり乗り気じゃないようだった。

「……はい、分かりました。ありがとうございます」

 長官が電話を切る。

「どうなりました?」

 響華が長官に問いかける。

「うん、明日取材に来るって言ってたよ」

「明日!? じゃあどんなこと聞かれてもいいように考えておかないと!」

 響華はメモ用紙を取り出す。

「おい、まずは今日の仕事だろ?」

 碧が響華の頭を叩く。

「痛っ! 碧ちゃん、いくらなんでも叩くことないでしょ〜」

「アハハハハ!」

 五人と長官、国元はいつもの日常が戻って来たことが嬉しかった。そして、この日常がずっと長く続いてほしいと心から願った。




『シナイ王国の戦争を止めた日本の英雄、インターネット上で話題となっている魔法災害隊の五人の少女に、独占取材が許されました! 今から早速行ってみましょう! こんにちは〜!』

『『こんにちは!』』

『まずはお名前を教えてください!』

『はい! 藤島響華です』

『新海碧です』

『桜木芽生です』

『滝川遥ですっ!』

『北見雪乃です……』

『今日は皆さんに、様々な質問をしていこうと思います! では最初の質問……』


「藤島響華。やはり、イレギュラーの存在ハ厄介だナ……」

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