第23話 魔獣アマテラス

 国元は庁舎へ戻るため桜田門のあたりを走っていた。

 すると向こうからスーツ姿の女性が走ってくるのが見えた。

(あの人は確か……)

 女性は国元に近づくと話しかけた。

「こんにちは。魔災隊の国元さんよね?」

「こんにちは。ええと……」

 国元は会ったことのある顔だと思ったが名前が出て来ない。それを察したのか女性が名乗った。

「警視庁魔法犯罪対策室の守屋です。確か北千住で……?」

 国元はそれを聞いて思い出した。

「あ〜、そうでしたね。雪乃さんがいなくなった時に」

 守屋刑事は雪乃がいなくなったという言葉に反応する。

「そうだ。国元さんは雪乃さんが見つかったこと、ご存知ですか?」

「えっ、見つかったんですか!?」

 驚く国元を見て守屋刑事は続ける。

「はい。ですが手放しに喜べる話じゃなくて……」

「どういうことです?」

 国元は首を傾げる。

「あくまで聞いた話なんですが、響華さんたちがシナイ王国で発見したみたいなんです」

「シナイ王国で……?」

「どうやってシナイまで行ったのか、何をしていたのか、そういった情報が得られていないので、こちらも独自に捜査してみようかと思いまして」

 守屋刑事の言葉に国元が目の色を変えて聞く。

「それで、君は今どちらに?」

 守屋刑事は国元の圧に押され一歩下がる。

「え、あの……国会の方に」

 国元は守屋刑事の肩に手を置くと、顔を近づけて言った。

「今は国会に行くべきじゃない。もっと言えば君はこの事件には手を出すべきじゃない。悪いことは言わない。これは君のために言ってるんだ」

「国元さん、何を言ってるんですか? あんまりしつこいと公務執行妨害で逮捕しますよ?」

 守屋刑事は国元を怪しんでいる様子だ。このままではまずいと思った国元は、意を決してゆっくりと口を開いた。

「……本当は明かすべきではないと思いますが、君を信じて伝えます。僕はこういう人間なんです」

 国元が胸ポケットから何かを取り出し守屋刑事に見せた。

「国元さん、あなたそれ……」

 守屋刑事はそれを見て言葉を失った。

「とにかく、そういう事です。この事件は危ない。君は手を引くべきだ」

「……分かりました」

 国元は守屋刑事に一礼すると、再び走り出した。

 守屋刑事は国元の後ろ姿を見つめ、その場に立ち尽くしていた。




 シナイ王国首都、シャルル・エム・シェイク国際空港。

 五人がヘリコプターを降りると、空港の職員が笑顔で出迎える。

「この国を戦争から救っていただきありがとうございました」

 職員が響華に握手を求める。

「いえいえ、別に大したことはしてませんから」

 響華は照れながら職員の手を握った。

「皆さん、どうぞこちらへ」

 職員が五人を案内する。

「あれ? 船で帰るんじゃないのかな?」

 響華がキョロキョロと周囲を見回す。向かっている先は明らかに駐機場の方だった。

「日本政府が皆さんのためにと、こちらの飛行機をチャーターしてくださったそうです」

 職員が指差した先には、日本の航空会社の旅客機が止まっていた。

「きっと水瀬支局長が気を利かせてくれたのね」

 芽生が言うと、響華は嬉しそうに頷いた。

「では、お気をつけてお帰りください」

 職員が深々と頭を下げる。

「はい、ありがとうございます!」

 響華は元気に返事をすると、タラップを登り飛行機に乗り込んだ。

 五人が座席に座ると、ほどなくして飛行機は滑走路へと走り出した。

「飛行機が離陸するのってなんかワクワクするよねっ!」

 遥は足をバタバタさせて窓の外を見ている。

「お前は子供か……」

 その様子を見ていた碧は呆れたように呟いた。

「滑走路に出ましたよ!」

 雪乃が言う。

「うわぁ、ドキドキする! ちゃんと飛ぶよね?」

 響華は芽生の手を掴んだ。

「響華、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。飛行機事故の確率なんて魔獣に出くわす確率よりも圧倒的に低いんだから」

 芽生が響華を落ち着ける。

「加速してきた! いざ、テイクオフ!!」

 遥の声とともに機体がふわっと浮き上がった。

「とりあえず一安心だよ……」

 響華はホッと息をついた。

「そうだ、大事なことを忘れていた」

 碧がふと思い出したように言う。

「えっ、大事なこと?」

 響華が聞き返す。

「雪乃がなぜシナイ王国にいたかという話だ」

「魔獣を倒して満足していたけど、そういえばその話を聞いていなかったわね」

 芽生も言われて思い出した様子だ。

「で、ユッキーは何があってこうなったの?」

 遥が問いかける。

「え〜と……、何が起きたか私にもよく分からなくて……」

 雪乃は頭を押さえて苦しそうな表情を浮かべる。それを見た遥は。

「別に無理に思い出す必要はないから。覚えてることだけでいいよ」

 そう言って微笑みかけた。すると雪乃はこくりと頷いて、話を始めた。

「私、あの魔法で消えたわけではなくて、魔法物質になってしまっていたんです。それで本庁舎の部屋で保護されることになって、ずっと木下副長官が付いてくれていたんですけど、ある時木下副長官が鍵をかけ忘れて部屋を出てしまったみたいで。その時……」


 二〇二〇年十月二十一日、魔法災害隊東京本庁舎。

 魔法物質化していた雪乃は保護された部屋の中で一人、ふわふわと浮かぶようにして木下副長官の戻りを待っていた。

(すぐ戻るって言っていましたけど、どこに行ったんでしょう?)

 すると突然、ノックもなしに部屋の扉が開いた。

(ひゃあ! びっくりしました……。どなたでしょうか?)

 雪乃が扉の方へ近づくと、入って来たのは目が赤く光り肌が真っ白な女性だった。

「そなたが北見雪乃だナ?」

 その女性が話しかけてきた。

「えっ? あっ、はい。私のこと見えるんですか?」

 雪乃が問いかけると、女性はニヤッと笑った。

「然り。お前ニかかっている魔法、わらわガ解いてやろう」

「そんなこと出来るんですか?」

「あア。わらわは神ノ使いぞ?」

 女性が雪乃の方に手を伸ばす。すると体がみるみると形成されていき、雪乃は一瞬にして元の姿に戻った。雪乃は床に足がつくと、少し嬉しそうな表情を見せた。

「ありがとうございます! あなたも魔災隊の方ですか? お見かけしたことありませんけど」

 雪乃は女性に質問した。しかしその女性から返ってきた答えは、耳を疑うものだった。

「わらわはアマテラス。神ノ使いにして、日本ヲ統べる魔獣」

「神の使い……、魔獣……? 冗談ですよね?」

「冗談ではナイ。本当ダ」

 アマテラスと名乗る女性は、まっすぐと雪乃を見つめている。どうやら冗談ではなさそうだ。

「えっと、その……、私に何の用でしょうか……?」

 雪乃は恐る恐るアマテラスに話しかける。

「そなたはアドミニストレータの味方ニなる気はないか?」

「アドミニストレータ……?」

 雪乃は首を傾げる。

「そうダ。そなたノ持つ魔法能力、それハ悪しきコンパイルのもたらした力。わらわノ持つアドミニストレータの力こそ正しい力なのダ。そなたがアドミニストレータの力を手ニ入れれば、そなたノ仲間も、この国も、助けることができる。悪い話ではないダろう?」

「仲間も、この国も、助けることができる……」

 雪乃の心が一瞬揺らぐ。

「ああそうダ。わらわとともに日本ヲ救おうではないか」

 アマテラスは雪乃を落としにかかる。だが雪乃はその誘惑に乗ることはなかった。

「……魔獣の力を手に入れるなんて、そんなこと出来ません。私たちは魔獣を倒すために戦っているんです。助けてくださったのはありがたいですけど、あなたのことはあまり信用できません」

 雪乃は部屋を出ようとする。しかし。

「あれ? 扉が、開かない……!」

 雪乃は必死に扉を開けようとするが、ピクリとも動かない。その間にアマテラスが歩み寄ってくる。

「さあ北見雪乃よ。おとなしくアドミニストレータの力ヲ受け入れるがいい!」

 アマテラスは雪乃に向かって魔法を放った。

「ひゃあ〜! 誰か、助けてください……!」

 叫びも虚しく、雪乃は魔法をかけられてしまった。




 魔法をかけられた雪乃は、目が赤く光り、感情が消えてしまっていた。

「これでそなたモわらわの仲間ダ。北見雪乃よ、シナイ王国へ行き、わらわノ同胞である女王ラーを守るのだ」

「…………」

 雪乃は黙ってアマテラスを見つめている。

「そうだ、これヲ使うといい」

 アマテラスは黒いフード付きの上着を投げ渡した。雪乃はそれに袖を通すと、魔法を使いシナイ王国へと転移した。

 それから雪乃は、王宮の近くのビルの屋上から物質変換銃を使って王宮を目指す兵士たちを狙撃し続けた。

「…………」

 何の感情も無いまま銃を構え続けていたある時、雪乃に変化が起きた。

「…………?」

 日が傾いていたので照準魔法でしっかりと視認するのは難しかったが、遠くにどこかで見たような四人の人影が見えた。だが何も思い出すことはなく、また日が昇るのをただ待っていた。

 明るくなった頃、再び四人の人影が姿を現した。

「…………」

 雪乃は照準を定め、四人に向かって銃を放った。

『バン!』

 弾が外れる。それを見た雪乃は二発連続で銃を放つ。

『バン、バン!』

 すると今度は、物質変換魔法で生み出した刀を使って弾を弾き飛ばされた。

「…………」

 四人がこちらに向かって走り出した。雪乃は何度も狙い続けたが、全て躱されてしまう。

「…………」

 しかし、狙い続けているうちに四人の動きに変化が起きた。三人が岩陰に隠れ、一人だけがこちらに向かって走り出したのだ。しかもこの一人は何も手にしていない。

 雪乃は集中力を最大まで高め、引き金を引いた。

『バン、バン!』

 だがこれも外れてしまった。その一人は体操選手のような華麗な身のこなしでひらりと弾を避けたのだ。

「…………」

 間も無く一人は雪乃がいるビルの真下までやって来た。

 雪乃はビルに入ろうとする瞬間を狙って銃を放った。

『バン!』

 弾が到達するまでの時間は零コンマ何秒しか無い。それにもかかわらずその一人は弾を避けきってみせたのだ。

「…………!」

 このままでは屋上に上がって来られてしまう。雪乃は扉に背を向けたまま、扉が開く音がするのを待った。

 しばらくすると扉が開く音がして、自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ねえ、ユッキー……だよね?」

 どこかで聞いたことのあるような声だった。

「…………」

 雪乃はゆっくりと振り返って声の主を見た。

「え? ユッキー……?」

 驚いたように自分のことを見つめるその人を、自分は確かに知っている。だけど思い出せない。

 雪乃は銃口をその人に向ける。

「ユッキー! 私だよ私、遥だよ! 忘れちゃったの?」

「…………」

 遥。この名前も知っている。だけど何も思い出せない。

 雪乃は銃口を向け続ける。

「ユッキー、どうしちゃったの? いつものユッキーに戻ってよ……」

 その人の頬を涙が伝う。それを見た瞬間、雪乃の心が少し戻った。

(あれ、私なんで滝川さんを撃とうとしてるんでしょう? 違う……、私はずっと滝川さんのことを、忘れていた……?)

 雪乃の表情が少し変わる。

「ユッキー!!」

 遥がこちらに駆け寄ってくる。

(滝川さん……!)

 雪乃は声を出そうとしたが、口を動かすことができない。それどころか、体が勝手に動き、遥に向けて発砲してしまった。

(滝川さん、来ちゃだめです!)

 雪乃は心の中で必死に叫んだ。

「ユッキーの弾なら、何発当たっても痛くない!」

 遥は弾をかすめ多少の傷を負ったはずだが、痛がることもなく雪乃の元に駆け寄って来た。

「ユッキー、もう目を覚まして!」

 遥に飛びつかれた雪乃は、押し倒されて遥の下敷きになる。その衝撃で雪乃の手から物質変換銃が離れ、遠くに飛ばされた。雪乃の手から離れた物質変換銃は魔法の力を失い、一瞬にして消滅した。

「ユッキー、ずっと……会いたかった」

 遥の目から涙がこぼれ、雪乃の顔に当たる。その瞬間、雪乃は体の感覚が戻ったように感じた。

(喋れるように、なったでしょうか……?)

 雪乃は恐る恐る声を出してみた。

「私も……ずっと、寂しかったです」

(喋れました! 体も……自由に動かせる!)

 雪乃はアマテラスの魔法を自力で解くことに成功したのだ。

「ユッキー? ユッキーだ〜!」

 大粒の涙をポロポロとこぼす遥に、雪乃は優しく微笑んだ。


「全部、思い出しました……。これが、私の身に起きた出来事です……」

 雪乃の話に四人は息を呑んだ。

「それって、日本もシナイ王国みたいに魔獣に支配されてるってこと?」

 響華が言うと、芽生が続けて言う。

「つまり、あの魔獣が言ってたことは本当だったのね」

「日本を支配する魔獣、アマテラス。一刻も早くそいつを倒さなければ」

 碧は拳を握りしめる。すると遥が気付いたように声を上げた。

「でも、その魔獣が日本を支配してるとなると、いい感じに政治とかに関わってないとおかしいよね?」

「政治に? どういうこと?」

 響華が首を傾げる。

「だってさ、日本で権力を握るとなったら総理大臣じゃん? だからそれよりも上の立場になるには総理大臣を味方につけないといけないでしょ?」

 その言葉に芽生がハッとする。

「ということは、公民党の裏に魔獣がいるってことじゃない?」

「何で? 今の総理大臣は水瀬支局長でしょ?」

 ピンと来ない様子の響華に、碧が説明する。

「日本の政権は長らく公民党が握ってきた。政権交代は何度かあったが、その政権は長くは続いていない。もしそれが魔獣の手引きによるのものだとしたら、説明もつくんじゃないか? そういう話だ」

 碧の説明で、響華はやっと理解した。

「そっか! この前の民新党政権の時も震災の対応が批判されて結局公民党政権に戻った。それが魔獣による指示のもとあえて政権を譲っていたとしたら……」

「つまり、政権交代も全て仕組まれたものってこと」

 遥が言う。

「ということは、水瀬支局長も危ないんじゃない?」

 芽生は急に心配になる。それを見た響華が声をかける。

「もうすぐ日本に着くから、そしたら確認しよ?」

「ええ、そうね……」

 微笑みかける響華に、芽生は力無く頷いた。

『当機はまもなく着陸態勢に入ります。安全ベルトをお確かめください』

 五人を乗せた旅客機は、羽田空港へ向けて高度を下げ始めた。辺りはもう真っ暗で、遠くに見える東京が眩しく輝いて見えた。

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