第22話 魔獣の女王

 シナイ王国フィールド内、王宮。

 五人が中に足を踏み入れると、そこは薄暗い広間になっていた。

「なんか不気味だね……」

 響華が呟いたその時、ぱっと明かりが灯った。

「これが、王宮……」

 五人は息を呑んだ。明かりが灯ったことで王宮の内部が照らし出され、その広さや装飾が目に飛び込んできたのだ。

「こんなところに魔獣なんているんでしょうか?」

 雪乃は疑問を浮かべる。

「ユッキーの言う通り、何かの間違いなんじゃない? 覇権戦争なんて全部嘘なんだよ、きっと」

 遥は帰ろうと出口の方を向いた。その瞬間。

『キー、ガシャン!』

 出口の扉が閉まり、閉じ込められてしまった。

「えっ、ちょっと! どうなってんの!?」

 遥は扉を開けようとするがどうやっても開かない。

「やっぱり、魔獣がどこかにいるのよ」

 芽生は周囲を見回す。

「おい、向こうから誰か来るぞ!」

 碧が王宮の奥の方を指差す。

『コツン、コツン、コツン……』

 足音がこちらに近づいて来る。五人は身構える。

『コツン、コツン……』

 やがて足音の正体があらわになると、雪乃以外の四人は目を疑った。

「これが、魔獣……?」

 その姿は人間の女性の姿そのもので、赤く光る目と真っ白な肌を見ない限り魔獣とは気づけないほどだった。

「よく来タナ、日本の者ヨ……」

 魔獣が話しかけてきた。

「今喋った!?」

「こいつ、しゃべれるのか!?」

「少しおかしなところはあるけど、人の言葉を喋るなんて……」

「いや冗談きついって!」

 四人は驚きの声を上げる。意思を持たないはずの魔獣が人間の言葉を発したことは、衝撃的すぎる出来事だった。

「我ハ女王ぞ? それくらい造作モない」

 魔獣は五人を見ると。

「ほう、魔法の力ヲ持つ者カ……」

 そう言ってにやりと笑った。

「魔獣にも魔法能力者かどうか分かるのね?」

 芽生が聞く。

「当然ダ。悪しきコンパイルの力を排除スルのが我らノ役目だからナ」

「コンパイル?」

 響華が首を傾げる。

「そんなことも知ラヌのか」

 魔獣は呆れたように言う。

「魔獣のくせに偉そうに! コンパイルって何なの?」

 イラつく遥を見て魔獣が不機嫌そうな表情になる。

「我ハ魔獣ではなく女王ラーだ。そして、コンパイルの力を使いながらソノ存在も知らないとは、もはやその力ヲ使う資格も無いナ……」

 魔獣、もとい女王はため息をつくと鋭い目線を五人に向けた。

「攻撃が来ます……!」

 雪乃が声を上げる。

「えっ、ちょっと待って! え〜と、魔法目録三条、魔法防壁!」

 響華は慌てて魔法を唱えた。

 響華の手から防壁が展開されると同時に、女王の手から魔法光線が放たれた。

「くっ、強い……」

 響華は耐えるのに精一杯だったが、女王の表情は全く崩れていなかった。

「どうやって倒せばいいの……?」

 芽生は防壁越しに女王を見つめていた。




 光線を防ぎきった響華は、もう息が上がってしまっていた。

「はぁ、はぁ……。ダメだ、私もう無理……」

「響華っちがこんなになるなんて、これじゃあ勝ち目ないよ」

 遥が弱気な発言をする。

「もう終わりカ? ここまで来たからニハさぞかし強いト思ったのだが……」

 女王は少し残念そうに言うと、再び魔法を放った。

「しまった!」

「ひゃっ」

「うわぁ!」

「きゃあ」

 四人は避けきることができずに吹き飛ばされてしまった。

「みんな、大丈夫?」

 響華が話しかけると、四人はなんとか立ち上がった。

「ごめん、私が反応できなかったから……」

「いえ、予測できなかった私がいけないんです。すみません……」

 遥と雪乃が謝ると、碧が言う。

「気にするな、別に誰のせいでもない。だが、このダメージじゃまともに攻撃もできない……」

 芽生は打開策を探る。

「攻撃を当てることさえできれば、相手はただの魔獣。簡単に倒せるはず。ただ、その前に攻撃されてしまっては、こちらは守勢に回るばかり。何かいい方法があればいいのだけれど……」

 考え込む芽生の肩を響華がトントンと叩いた。

「ねえ、芽生ちゃん。こういう作戦ならどうかな?」

「えっ?」

 響華はごにょごにょと耳打ちする。

「でもその作戦が失敗したらあなたが危ないわよ? 本当に平気?」

 心配する芽生に響華はこくりと頷いた。

「大丈夫、今のでばっちり見えたから」

「貴様ら、何ヲこそこそと話しておる」

 女王が二人を睨みつける。

「じゃあ、サクッと倒して来るね」

 響華は芽生に笑顔を見せると、女王をまっすぐ見据えた。

 女王が魔法を繰り出そうとする。その一瞬を響華は見逃さなかった。

「魔法目録二条、魔法光線!」

 女王の攻撃より先に響華が光線を放った。

「ナニ!?」

 女王は光線を避けることができず、吹き飛んで倒れ込んだ。

「やった!」

 響華が喜んで芽生の方を見る。

「さすが響華ね」

 芽生は安心したようにホッと息をついた。

「さあ女王を名乗る魔獣、観念するがいい」

 倒れたままの女王に碧が弓を向ける。

「フ、フフフ……。アハハハハ!」

「何がおかしい?」

 高笑いする女王に碧が問いかける。

「コンパイルの力で、本当に我らに勝てるト思っているのカ?」

「我ら? 何が言いたい?」

 女王は不敵な笑みを浮かべる。

「我を倒したところデ、我のようナ存在はいくらでもいると言ってイルのだ。もちろん、日本にもナ?」

 その言葉に四人は言葉を失った。

「どうだ、驚いたカ? 貴様らのような存在を世界カラ無くし、魔獣と人間が共ニ暮らせる世の中にスルこと、それが我らノ目的だ。素敵ダと思わないか?」

 すると、響華がゆっくりと口を開いた。

「……そんなの、全然素敵じゃないです。魔獣と人間が共に暮らせる? 魔獣が人間を支配したいだけでしょう? 共に暮らしたいなら、なんで人間を傷つけるんですか?」

 女王は反論する。

「先に傷つけてきたのハ貴様ら人間の方だろう?」

「先に?」

「ああ、そうダ。我ら魔獣ヲ恐れた人間が、コンパイルと契約ヲ結んだ。それガ貴様ら魔法能力者の始まりだ」

「コンパイルと、契約……?」

 女王はさらに続ける。

「コンパイルから魔法の力を得タ人間どもが、我ら魔獣を痛めつけテきたのだ。だから我らハ、ずっとそれに抵抗シテきた。ただそれだけノこと」

「そんないつの時代だか分からないこと言われても、私たち関係ないし!」

 遥が声を上げる。

「関係ナイ? 我をこんな目に合わせておきナガラ、関係ないト言うか?」

 女王は向けられた弓を見る。

「だが、今回先に攻撃してきたのはお前の方じゃないか」

 碧は矢を放とうと手前に引いた。

「我は人間ノ為に力を与えてきた。それなのに、貴様らはコンパイルの力を用いて我ヲ殺そうとしている。我が貴様らニ何をしたと言う? 何モしていないではないか」

 自分が正しいと主張し続ける女王に、響華が語気を荒げる。

「何もしてない? それは違う。あなたはこの国を、この国の国民を、ずっと傷つけてきた。違いますか?」

「ほう?」

 女王は響華の方を見る。

「あなたはシナイ王国の土地を支配し、世界を戦争に巻き込んで、ゲームのように楽しむために使っていた。それによってこの国の国民が、世界中の人たちが、どれだけ辛い思いをしてきたのか、あなたは分かってない。そして、分かろうともしていない。それでもまだ何もしていないと言えますか?」

 女王が言い返す。

「貴様こそ何モ分かっていない。この国は我ノおかげで成り立っているのだ」

「あなたのおかげ?」

 響華は女王を睨む。

「そうだ。我がこの国デ戦争を行い、勝った国に力ヲ与え、その対価をシナイ王国ガ受け取る。そうやってこの国ノ国民は幸せな生活を送ることガ出来ているのだ。我がいなければこの国はとっくに存在シテいない」

「そんなの……、そんなの分かるわけないじゃないですか! シナイ王国は人も優しいし、食べ物も美味しい。それに綺麗な景色だってある。あなたがいなければこの国は存在していない? それはあなたの勝手な想像じゃないですか!」

 響華は涙ながらに訴えかける。だが女王には全く響かない。

「人間ノ大きな欠陥は感情に流されることだ。感情ニよって何が最善なのかが見えにくくなり、それが常に大きな過ちトなる。我らこそガ完璧な存在。世界ヲ導くべき存在なのだ」

 女王は勝ち誇ったような表情を浮かべる。

「お前……、調子に乗るな〜!」

 碧は叫び、矢を放とうとする。しかし矢が放たれる前に、突如女王が苦しみだした。

「ぐ、グワァッ」

 女王の脳内に声が響き渡る。

『ラー、お前には失望シタ……。お前ノ様ナ無能はいらない』

「お、おのれ……、アドミニストレータ!!」

『さらばダ……』

「グワァ〜〜〜!!!」

 女王は苦しそうに叫ぶと、一瞬にして消滅してしまった。

「一体何が起きたの?」

「分かんない。いきなり苦しみだしたよね?」

「ああ。まだ私は矢を放つ前だった」

「それに、アドミニストレータって言いましたよね?」

「アドミニストレータ……。それがあの魔獣の管理者ってこと?」

 五人は突然の出来事に理解が追いつかなかった。それもそのはずだ。アドミニストレータ、女王がそう呼んだ主の声は五人には聞こえていなかったのだ。

『キィー、バタン!』

 出口の扉が開いた。女王がいなくなったことで、扉にかかっていた魔法が解けたのだろう。

「でも、この戦いはもう終わったんだよね……?」

 響華の言葉に碧は頷く。

「ああ。この戦いだけじゃなく、これから先もあの魔獣による戦争が起きることはない」

 五人は出口の方を向くと、ゆっくりと歩き始めた。

 王宮の外に出ると、兵士たちがこちらを向いて待っていた。

「おお、帰って来たぞ!」

「この短時間で女王を倒したのか!?」

「ありえないだろ!」

 兵士たちは歓声を上げ拍手を送る。

「いや〜、どうもどうも〜」

 それを見た遥は頭を掻いて照れる。

「調子に乗るな滝川。恥ずかしいだろう」

 碧が遥に言う。

「え〜、せっかく英雄気取れると思ったのに〜」

 遥は頬を膨らませた。

「この戦いに参加した兵士さんたちも、これだけ喜んでる。ってことはやっぱり、魔獣の力で国が豊かになっても嬉しくないってことだよね」

 響華の言葉に芽生が頷く。

「そうね。あなたの言った通り、魔獣は世界中の人を苦しめている。だから私たちは、魔法の力で魔獣を倒し続けなければならない。それがどれだけ強い敵であろうとも」

 ヘリコプターの音が聞こえてきた。どうやら五人を迎えに来たらしい。

「じゃあ、帰ろっか!」

 響華が笑って言うと。

「うん、帰ろう!」

 四人は笑顔で頷いた。




 東京、魔法災害隊東京本庁舎。

 司令室にいた長官の元に国元がやって来た。何やら慌てている様子だ。

「長官、テレビ! テレビを見てください!」

「えっ? テレビ……?」

 長官は手元のパネルを操作し、司令室のモニターにテレビ画面を映し出した。

「ちょっと、何これ……!?」

 長官は目を疑った。目に飛び込んで来たのは信じられない様なニュースだった。

『永田町、そして九州から日本中に衝撃が広がっています。九州みらい党幹部十二名と、魔法災害隊九州支局幹部七名が先ほど逮捕されました。衆院選で公職選挙法違反があったとみられています。警察は現在、九州みらい党党首で魔法災害隊九州支局長の水瀬奈津美容疑者の行方を捜索していますが、依然として見つかっていないということです。逮捕されたのは、九州みらい党の……』

「奈津美ちゃんが、行方不明……?」

 長官は水瀬支局長の行方が分からないということにショックを受けていた。

「これは一体、どういうことなんでしょう?」

 国元は画面を見つめて言う。

『九州みらい党の議員によりますと、水瀬党首とは二十五日の夜から連絡が取れなくなっているとのことで、ある公民党の議員からは「みらい党は解散したも同然だ」といった声も聞こえてきました』

「私と連絡が取れなくなったのと同じ頃だ……」

 長官が涙声で呟く。

「そのタイミングで何かあったのは間違いなさそうですね」

 国元は冷静に推理を続ける。

『警察は水瀬容疑者が事前に何らかの情報を得て、逃亡を図ったとみて捜査を進めています。こちらのニュースは続報が入り次第またお伝えします。続いてのニュースです……』

 長官はテレビ画面を消すと。

「そんな……、奈津美ちゃんはそんなことする人じゃない……!」

 顔を手で押さえて椅子に座り込んだ。

 国元はこの出来事に違和感を感じていた。

(水瀬支局長の失踪、みらい党と九州支局の幹部逮捕、みらい党は解散も同然……。ん? 解散……?)

 国元はハッとした表情を浮かべると、司令室を飛び出した。

「どちらに行かれるんです?」

 廊下で木下副長官とすれ違う。

「ちょっと用事が出来まして……」

 国元は適当にごまかして庁舎を抜け出した。

(何で気付けなかったんだ……! みらい党は公民党と取引をした時点で、すでに罠にかかっていた。シナイ戦争への戦力の派遣は公民党も考えていた。ただそれは国民の反発を招きかねない。その役割をみらい党に任せ、それが済んだら解散に追いやって議席を奪い返す。完全に公民党の思う壺じゃないか! ということは水瀬支局長は今頃……)

 国元の頭に嫌な考えが浮かぶ。

(とにかく、確かめないと……!)

 全力で走り続け、国会議事堂の前までやって来た。

(でも、どうやって確かめる……?)

 柵の間から敷地の中を覗き込んでいると、人の姿が見えた。

(あれは、神谷総裁か? もう一人誰かいる。女性、にしても何かおかしい。……まさか!)

 国元は目を疑った。神谷総裁の横にいたその女性は、目が赤く光り肌が真っ白だったのだ。

(まずい! このままではもっと大変なことになる!)

 国元は急いで庁舎へと駆け出した。

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