第21話 想いは届く

 日本を出発して十二日目。四人はようやく王宮までたどり着いた。

「ここに魔獣ラーがいるんだね」

 響華が荘厳な建物を見上げて言う。

「ここ、何なんですか?」

 雪乃が遥に小声で聞く。

「魔獣の住み処ってところかな?」

 遥は簡潔に説明する。

「ねえ、何か視線を感じない?」

 芽生が辺りを見回す。

「おい、囲まれてるんじゃないか!?」

 碧が声を上げる。

 すると、建物の裏から兵士がぞろぞろと出てきた。

「やっぱり、全員揃い踏みって感じだね」

 遥が予想通りといった様子で呟く。

「どうするの? この数まともに相手したら敵わないわよ?」

 焦る芽生に、響華は自信ありげに言う。

「大丈夫。まともにやりあう気は無いよ」

「じゃあ、どうするんだ?」

 碧が首を傾げる。

「きっと兵士たちは、私たちのことを相当警戒してる。だから、私が堂々と真ん中に出ていっても手は出してこないはず。それを狙って私が説得する」

 響華は言葉で戦争を止める気のようだ。

「でも、もし全員があなたに銃を撃ってきたらどうするの?」

 芽生が心配そうに言うと、響華はにこっと笑った。

「その時は、みんなが助けてくれるでしょ?」

 響華は兵士たちの前へ飛び出していった。

「この世界の未来がかかっている。任せたぞ、藤島」

 碧は祈るように呟いた。




 響華がアメリカ、ロシア、中国の兵士たちの前に立った。兵士たちは銃を構える。

「私の話を聞いてください!」

 響華は大きな声で呼びかけた。すると兵士たちは罠か何かと感じたのか引き金から指を離した。

「響華の作戦通り、敵も警戒して撃とうとしないわね」

 王宮の前で響華の様子を遠巻きに見ている芽生が呟く。

「ああ、だが本当に上手くいくのか?」

「響華っちならやってのけるよ、きっと」

 不安そうな碧に、遥は自信を持って言った。

 響華は兵士たちを見回すと、深呼吸をした。

「皆さんこんにちは。私は日本から来ました、魔法災害隊の藤島響華です。私がここに来た目的は、大きく二つあります。一つは戦争を止めること、そしてもう一つが魔獣を倒すことです。皆さんは魔獣の力を得るためにここまでやって来たと聞いています。ですが、魔獣の力は本当に国のためになるんでしょうか? 魔獣の力で豊かになったとして、国民は幸せでしょうか? 考えてみてください!」

 兵士たちは鼻で笑った。

「そんなのただの綺麗事だ」

「馬鹿馬鹿しい、やってしまえ」

 兵士たちは一斉に銃を構える。

「それですよ! それです皆さん!」

 響華が一段と大きな声で言うと、兵士たちは何事かと響華の方を見る。

「今皆さんは私のことを倒そうと協力しましたよね? それこそが私が伝えたいことです。全員が手を取り合えば、どんな強い敵でも倒せる、どんな高い壁も乗り超えられる、私はそれを伝えたかった。どんなに仲が悪くても、敵が同じなら手を取り合える。だとしたら、魔獣に対しても全員が手を取り合えるはずですよね? 何で魔獣の力を手に入れるために人間同士で戦わなくちゃいけないんですか? そんなのおかしいじゃないですか?」

 響華は涙ながらに訴えかける。

「……私は子供の頃、魔獣に殺されかけたんです。その時命がけで助けてくれたのが魔法災害隊の人でした。その人は言いました。『力を持つ人は、その力を人を助けるために使わなくちゃいけない』って。それから私は、人助けのために魔法の力を使ってきました。魔法の力は人を傷つけるためにあるんじゃない。だから皆さんには最低限の攻撃しかしてこなかった。それでも撃つというのなら、私は死んでも構わない。信念を曲げるのは、何よりも嫌だから」

 兵士たちが銃を下ろす。

「皆さん、ありがとうございます。この王宮の中にいるのは女王を名乗る魔獣です。魔獣を倒せるのは魔法の力だけ。だから私たちが倒さなくちゃいけない。もちろん、日本に魔獣の力を持ち帰るという気は全く無いので安心してください。魔獣の力で日本が覇権を握っても、何も嬉しくないですから。魔獣とじゃなくて、国同士、人同士が手を取り合って、世界が平和になったらいいなって思います」

 兵士たちは響華の話に聞き入っていた。

「じゃあ、倒してきますね」

 響華は深く頭を下げると、王宮の前で待つ四人の元へと向かった。

「藤島さん、なんかすごいことしましたね」

 戻って来た響華に、雪乃が話しかける。

「いや〜、ちょっと緊張したけどね」

 響華は頭を掻く。

「このメッセージが世界に届くといいわね」

 芽生の言葉に、響華は笑顔で頷いた。

「では、魔獣を倒しに行くぞ」

 碧の言葉に、四人の表情が真剣になる。

 響華が扉を開けると、五人はゆっくりと王宮の中に足を踏み入れた。




 東京、魔法災害隊東京本庁舎。

 長官が電話をかけている。

『プルルルル、プルルルル……。こちらは留守番電話サービスセンターです。おかけの電話は、現在電波の届かないところにあるか、電源が……』

「う〜ん、やっぱり繋がらない……」

 長官は困った表情を浮かべる。

 そこに国元がやってきた。

「あれ、長官どうされたんですか?」

 国元は長官の顔を覗き込む。

「あっ、国元くん。九州支局の奈津美ちゃん……じゃなくて水瀬支局長と連絡がつかないのよ」

「いつ頃からですか?」

「え〜と、昨日の夜からかな」

「何か心当たりは?」

「う〜ん、特には思い当たらないな。また電話するって言ってたくらいだし」

「そうですか……」

 国元は何かを考えている様子だ。

「ん? どうかした?」

「いえ、別に。早く連絡がつくといいですね」

 国元は笑顔を見せると、廊下の方へと行ってしまった。

「国元くん、なんかあったのかな?」

 長官は国元の様子が少し気になるようだった。

 廊下に出た国元はスマホを取り出し電話をかける。

『プルルルル……。もしもし、国元か?』

「ああ。進藤長官が水瀬支局長と連絡が取れないと言っていたが、何か知らないか?」

『こっちも水瀬支局長の行方が分からなくて混乱しているんだ。一体何がどうなっている?』

 電話の相手はかなり焦っている様子だ。

「九州支局の状況は?」

『もうぐちゃぐちゃだ。何とか部隊に指示を出すのがやっとなところだ』

「指揮系統はギリギリ保てているといった感じか」

『だが、他はもう機能していない。それに、みらい党の議員もこの状況じゃ国会に出られない』

 それを聞いた国元は諦めたように言う。

「そうなると改憲も時間の問題だな」

『そうだな。水瀬支局長はどこへ行ったんだ』

 困っている様子の電話の相手に、国元はポツリと呟いた。

「……消されたな」

『消されたって、まさか……』

 その時、電話の向こうが急に騒がしくなった。

『警察だ! おとなしくこちらの指示に従え!』

 騒然とした雰囲気が電話から伝わってくる。

「おい、どうした? 大丈夫か!?」

 国元が問いかけるが応答は無い。

「答えてくれ! 何があった!?」

『ツー、ツー』

 電話が切れる。

「やられたか……」

 国元は唇を噛んで壁を殴った。

 その様子を木下副長官が見ていた。

「国元さん、壁を殴るのはやめてもらってもいいですか?」

「あっ、すみません……」

 国元は頭を下げると何事もなかったかのように笑顔を見せる。だが木下副長官の言葉でその笑顔はすぐに険しくなった。

「九州支局は無事に潰れましたか?」

 平然とした様子で言う木下副長官に国元は息を呑む。

「……君は、何者だ?」

「私は魔法災害隊東京本庁副長官の木下ですが。あなたこそ何者ですか?」

 木下副長官の冷たい視線に国元は言葉を詰まらせる。

「僕は……、ただのドライバーですよ」

 木下副長官は国元をじっくりと見ると、不気味な笑みを浮かべた。

「私は副長官だし、あなたはドライバー。それで良いですね?」

 木下副長官は国元の肩を叩いて去っていった。

「バレていたか……」

 国元は木下副長官の後ろ姿を見ながら呟いた。




 警視庁、取調室。

 守屋刑事はひかりと共に雪乃の行方を探し続けていた。

「雪乃おねーさんがどこにいるのか、全然わかんないよ〜」

「日本中探していないとなると、もうお手上げね……」

 二人はため息をつく。これだけ探しても手がかりすら掴むことができないとは、全くの予想外だった。

『コンコン』

 取調室のドアが開く。

「だから捜索を中止しろと言ったじゃないか」

「楠木管理官!」

 守屋刑事は慌てて立ち上がる。部屋に入ってきたのは楠木管理官だった。

「前に捜索の中止を命じたのは君のためでもあったんだが、聞き入れてくれなかったようで残念だよ」

「行方不明者の捜索を打ち切るなんて、私にはそんなこと出来ません」

 守屋刑事はきっぱりと言う。それを聞いた楠木管理官がにたっと笑った。

「じゃあ教えてやろう。行方不明者はシナイ王国で発見された。君たちは用済みだ」

「シナイ王国……!?」

 守屋刑事は色々な疑問が頭に浮かんだが、固まってしまって口には出せなかった。

「相当驚いたようだね? とにかく、行方不明者が発見された以上、この件についてはもう調べるな。いいな?」

 部屋を出て行こうとする楠木管理官を守屋刑事が呼び止める。

「待ってください。一体、誰が見つけたんですか?」

 楠木管理官は振り返ると一言。

「魔法災害隊の協力者たち、とでも言えばいいかな?」

 そう言って部屋を後にした。

「それって、響華さんたちのことよね?」

 守屋刑事はひかりの方を見る。

「うん、多分そうだと思う」

「ということは……、一体誰が黒幕なの?」

 守屋刑事は思考を巡らせる。楠木管理官は明らかに怪しい。楠木管理官と繋がっている警視総監も怪しいと見ていいだろう。つまり、警視庁の上層部は黒と見て間違いない。では、その先はどこに繋がっているのか。響華たちを派遣した九州みらい党なのか、派遣を受け入れた魔法災害隊なのか、はたまたシナイ王国なのか。考えれば考えるほど謎は深まる。

「刑事さん、顔怖いよ?」

 ひかりの声に守屋刑事はハッと我に返る。

「ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ」

 守屋刑事は笑顔を作った。

「雪乃おねーさんが見つかって良かったね! みんなとも会えたみたいだし」

 ひかりは純粋に雪乃が見つかったことを喜んでいる様子だ。

「そうね、良かったわね。じゃあこれで、捜索もおしまい。解散にしましょう」

 守屋刑事はひかりを連れて取調室を出る。

「刑事さん、またお話ししようね?」

 ひかりは笑顔で手を振る。

「ええ、また会いましょうね……」

 見送る守屋刑事の目は、少し憂いを帯びた目をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る