第20話 二人の絆
四人は王宮の手前の町までやってきた。もう日はほとんど落ちている。
「この町にいるときにアメリカ軍の人たちは狙撃されたんだよね?」
響華が言うと碧が頷く。
「ああ、多分そのはずだが」
町の真ん中を南北に貫く道からは、王宮の周りに立つビル群が見えた。
「ユッキーならこういう場所にいる人間は確実に仕留められると思う」
遥はビル群を眺めている。
「でもなかなか撃ってこないわね?」
芽生が警戒しながら言う。
「日が暮れたら狙いにくいとか?」
響華の言葉で、遥が何か思い出したようだ。
「そうだ、そういえばユッキーが言ってた。照準魔法は暗いところだと精度が落ちるって」
「じゃあ夜の間にビルの方まで行ければ安全ってこと?」
響華が聞くと遥は首を横に振った。
「それはないと思う。近づいたら照準魔法はいらなくなるからきっと普通に撃ってくる。そしたらこっちが窮地に立たされちゃうよ」
「そっか、じゃあやっぱり明るいときに弾を避けながら駆け抜けないといけないんだね」
響華は困った表情を浮かべる。すると碧が響華に話しかけた。
「そうだ。藤島、索敵魔法で北見がいるかどうか確かめられないのか?」
「あっ、そっか! 雪乃ちゃんがいるなら反応があるはず! 碧ちゃんナイスアイデアだよ!」
響華はすぐさま魔法を唱えた。
「魔法目録十七条、索敵。対象者、北見雪乃」
響華は神経を集中させる。
『ピコン、ピコン、ピコン……』
近くに反応を感知した。
「やっぱり、雪乃ちゃんがあのビルのどこかにいる」
響華の言葉を聞いた遥は落ち着きを失う。
「ユッキーがいるなら早く行かないと! きっと寂しい思いをして待ってる」
ビルの方に向かって駆け出そうとする遥の手を芽生が引っ張る。
「遥、落ち着きなさい!」
「離して!」
「遥、あなたの気持ちは分かるわ。だけど、さっきあなたも言ったでしょう? 暗い中近づいたら危ないのは私たちだって」
「でも……」
遥は力が抜けたようにその場に崩れた。その様子を見た響華は遥に歩み寄ると優しく話しかけた。
「雪乃ちゃんが見つかって、私ももちろん嬉しいよ。だけど雪乃ちゃんは銃で人を狙ってる。もしそれで私たちがやられちゃったら誰が雪乃ちゃんのところに行くの?」
遥の目から涙がこぼれ落ちる。
「ごめん……雪乃ちゃんが見つかって嬉しくて、でも状況がよく分からなくて、私どうすればいいの……?」
響華は遥の頭をなでる。
「とりあえず今日はゆっくり休もう? 明日になったら、私たちと一緒に雪乃ちゃんのところに行こう。言ったでしょ、バックアップするって?」
「そうだね……、取り乱しちゃってごめん」
遥は響華に抱きついた。
「うん、大丈夫だよ。ずっと雪乃ちゃんのこと心配してたこと、知ってるから」
響華は遥の涙が止まるまで、ずっと見守っていた。
二〇二〇年二月二十五日。
「準備はいいな?」
「ええ」
四人は建物のドアを勢いよく開けて外に飛び出した。
「一気に駆け抜けるよ!」
「待っててねユッキー!」
ビル群までは直線道路で二キロほど。もし撃ってきた場合、一体何発の弾を避けなければならないのか。
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
芽生は刀を手に取るとブンブンと振り回した。
「これである程度防げると思うわ」
「じゃあ前線は任せたよ!」
遥の言葉に芽生はこくりと頷いた。
『……ヒュン!』
耳元で風を切る音が聞こえた。
「撃ってきてるね」
「大丈夫。当たりそうなやつは私が全部弾き飛ばすから」
響華の言葉に芽生は自信満々に言う。
『カキン、カキン』
芽生が刀を振るうと弾がそれに当たって弾き飛ぶ。
「さすが桜木だな」
「これくらい大したことないわ」
感心する碧にさらりと答えた芽生は、ブンブンと刀を振り回し続けた。
『カキッ!』
「しまった」
芽生が急に立ち止まる。
「どうしたの?」
響華が問いかける。
「そろそろ魔法が限界ね……」
芽生が刀を握る手を見ながら言う。物質変換によって生み出された武器を使うには強い精神力が求められるため、連続して使い続けると武器の耐性が弱まってしまう。
その様子を見た遥は三人に言う。
「ありがとう。私は一人で行けるから、みんなは安全なところで待ってて」
「遥ちゃん、いくらなんでもそれは危ないよ! 私が防御魔法とかで援護するから、だから一緒に……」
一緒に行かせてと言おうとする響華に、遥は微笑みかける。
「ラスボス戦の前に全員が疲れちゃったらダメだよ。だから、私一人で行ってくる。もうそんなに距離もないし、ちゃちゃっと行ってくるね!」
一人で駆け出して行く遥を、三人はただ見ていることしかできなかった。
『ヒュン』
「おっと!」
遥は華麗な身のこなしで弾を避けながら走り続ける。
「魔法目録十七条、索敵。対象者、北見雪乃」
遥は索敵魔法を唱え、雪乃がどのビルにいるのか探る。
『ピコン、ピコン……』
「この感じだと、そこのビルだね! 待ってて、今行くから」
遥はほぼ直上から飛んでくる弾丸をギリギリでかわしながらビルの中へと駆け込んだ。
ビルの中は薄暗く不気味な雰囲気が漂っていた。
「エレベーターは……、動かないよね〜」
エレベーターのボタンが反応しないのを確認した遥は、階段で上へと向かう。
「雪乃ちゃんはきっと屋上にいる。早く行かないと……」
二キロを走ってきた後の階段は、いくら体を鍛えている遥でもきついものだった。回復魔法を使いながらなんとか屋上までたどり着いた。
「やっと着いた……」
屋上へ出る扉を開けると、そこには真っ黒なフードを被った人が後ろを向いてポツンと立っていた。
「ねえ、ユッキー……だよね?」
遥が話しかけると、その人はゆっくりとこちらを振り向いた。
「…………」
「え? ユッキー……?」
その人は確かに雪乃だった。しかし雪乃の目は赤く光り、まるで心が無いかのような冷たさを感じた。
「…………」
雪乃は黙って遥を見つめると、銃口を向けた。
「ユッキー! 私だよ私、遥だよ! 忘れちゃったの?」
「…………」
遥が懸命に話しかけても、雪乃は黙って銃口を向け続けている。
「ユッキー、どうしちゃったの? いつものユッキーに戻ってよ……」
遥の頬を涙が伝う。
「…………!」
すると、雪乃の表情が少し変わった。
「ユッキー!!」
それを見逃さなかった遥は、雪乃めがけて一目散に走り出した。
『バン、バン!』
向かってくる遥に雪乃が発砲した。弾丸は遥をかすめる。
「ユッキーの弾なら、何発当たっても痛くない!」
遥は痛がるそぶりも見せずに雪乃の元へ駆け寄った。
「ユッキー、もう目を覚まして!」
遥が雪乃に飛びついた。遥は雪乃に覆いかぶさるように倒れ込んだ。雪乃の持っていた物質変換銃は遠くに飛ばされて消滅した。
「ユッキー、ずっと……会いたかった」
遥からこぼれ落ちた涙が、雪乃の顔に落ちた。その時、雪乃が口を開いた。
「私も……ずっと、寂しかったです」
「ユッキー? ユッキーだ〜!」
遥から大粒の涙がポロポロとこぼれる。
雪乃の目は元に戻り、優しい顔をしていた。
「滝川さん……」
雪乃がまっすぐに遥を見つめている。
「どうしたの?」
遥が聞くと、雪乃は遥の頬に右手を伸ばす。
「ん? ユッキー?」
遥が不思議そうな顔をしていると、雪乃は目を閉じて顔を近づける。
「え、ちょっと……」
困惑する遥に、雪乃はどんどんと顔を近づけ、そっと口づけをした。
「……滝川さん、大好きです」
「うん、私も。ユッキーのこと、大好きだよ」
二人はぎゅっと抱き合い、しばらくの間離れることはなかった。
二人の元に三人がやってきた。
「遥ちゃ〜ん……って、うわぁ!」
響華は見てはいけないものを見たような気がして、手で顔を覆った。
「あっ、響華っち! アオもメイメイも! 大丈夫だった?」
遥は起き上がると三人に手を振った。
「ええ、なんとか岩陰に隠れられたから。あなたも無事でよかったわ」
芽生は遥の元気そうな様子を見て安心する。
「北見、お前こそ何やってたんだ? 大丈夫なのか?」
碧が雪乃に話しかける。
「すみません、なんだかよく分からなくて……」
頭を押さえながら起き上がる雪乃。それを見た遥は雪乃の肩をぽんと叩くと代わりに言う。
「ユッキーは何かしらの魔法にかかってたみたい。最初見た時目が赤く光ってて、感情も何も感じられなくてすごく怖かったんだよ」
「その魔法、どうやって解いたの?」
響華が聞くと遥は首を傾げる。
「う〜ん、魔法を解いた覚えはないんだよな〜。ユッキー自分で解いた?」
雪乃は少し考えると。
「滝川さんの声が聞こえて、その後何かが顔に当たって、それで目が覚めました」
そう答えた。
「じゃあ私の涙で気がつくまでは記憶がないってこと?」
遥の質問に、雪乃はこくりと頷いた。
「とりあえず、雪乃ちゃんとまた会えて本当に良かったよ」
響華が嬉しそうに言う。
「そうだな。色々気になるところはあるが、北見と再会できたことを今は素直に喜ぼう」
「そうね。雪乃もまだ混乱しているみたいだし、話を聞くのは後にしましょう」
碧と芽生も雪乃との再会に笑顔が溢れていた。
「あの、皆さんは何をしていたんですか? 何かの任務中ですよね?」
四人に雪乃が問いかけると、遥が答える。
「ちょっと魔獣を倒しにね。といってもそんな簡単な問題じゃないんだけど……」
「私も何かお手伝いしましょうか?」
「いいのいいの。ユッキーは私の後ろにいてくれればいいよ。無理しないで」
遥は優しく微笑んだ。
「ここから王宮までどれくらい?」
響華が聞くと、碧が地図を広げる。
「もう五百メートルも無いぞ。さっさと決着をつけよう」
その言葉を聞いた芽生は。
「でも油断は禁物よ。王宮の手前の障害が無くなった今、私たちはただの邪魔者。全員から狙われるわよ?」
と釘を刺した。響華は芽生の方を見る。
「分かってるよ。だけど、私たちが行かないとこの戦争は終わらない。だから行くしかないよ」
四人は顔を見合わせる。
「魔獣ラー、絶対倒すよ」
響華の言葉に、三人は力強く頷いた。
雪乃は状況が飲み込めないといった様子で遥の顔を見る。
「ユッキー、あと少しで全部終わるから、その時に説明するね。だから、もうちょっと待っててね。立てる?」
遥は座ったままの雪乃に手を差し伸べる。雪乃はその手を掴むとゆっくりと立ち上がった。
東京、国会議事堂。
「なぜまた反対したのですか? あれだけ忠告したのに」
「再検討の結果、やはり改憲には賛成できないという結論に至りました。それだけです」
暗い廊下で、神谷総裁と水瀬支局長が言い争っていた。公民党の提出した改憲法案を九州みらい党はまたしても反対したのだ。
「本当に潰しますよ? いいんですね?」
脅しをかける神谷総裁に、水瀬支局長は怯まずに言い返す。
「いいですよ、潰してみてください。そんなことしたらあなたの立場が危ないんじゃないですか?」
「お気遣いなく。強力なサポーターがついてますから」
神谷総裁は不敵な笑みを浮かべる。
「それってもしかして、魔獣……ですか?」
水瀬支局長が鋭い視線を向けると、神谷総裁は首を傾げた。しかし、水瀬支局長は逆に確信を持った。神谷総裁、公民党の裏には魔獣がいると。
「やはり、あなたは魔獣と契約をして、自分の欲望を満たそうと」
問い詰める水瀬支局長に、神谷総裁は笑って言う。
「そんな言い方ないじゃないですか。この国のために助力いただいているだけですよ」
「助力? あなたが権力を握る代わりに、魔獣にこの国を支配させてるだけでしょう?」
水瀬支局長の言葉に、神谷総裁の顔色が変わった。
「そんなこと、どこの国もやってますよ。この国だけじゃない、アメリカもロシアも、中国だって魔獣の力で大国に成し得たんです。日本も魔獣に頼らなければ、奴隷にされて終わりですよ。そんなことも分からないなんて、一国の首相としてどうなんですか?」
水瀬支局長は唇をかんだ。どうやっても神谷総裁に言いくるめられてしまう。水瀬支局長は駆け引きをしても無駄だと悟った。
「私たちは国民のために頑張りたい、それだけなんです。魔獣に支配されている国が日本だけとは思っていません。ただ、魔法の力は私たちも持っています。だから、私たちがいる限りは日本が没落することはありません!」
水瀬支局長は思いの丈を神谷総裁にぶつけた。想いが届くことを願って。
だが、それは全くの無意味に終わった。
「はぁ、クールビューティーな女性で素敵だと思っていたんですがね。結局は感情論ですか。水瀬支局長、あなたはもう終わりだ」
神谷総裁は残念そうに言うと、去っていってしまった。
「私の人生もここまでですか……。さゆりさんに、挨拶くらいしたかったですね」
水瀬支局長が呟く。その真後ろには赤い目が光っていた。
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