第19話 荒野の一本道

 シナイ王国フィールド内、ミン・アルバリカ。

「なんとか日が暮れる前に着いたね〜」

 響華はホッとしたように言う。

「思ったより距離があったな」

「地図上だと結構近く感じたけど、何もない荒野をただ歩き続けるというのは辛いわね」

 碧と芽生は少し息を切らしている。

「ねえ、あれが池じゃない?」

 遥が指をさした先にはかすかに水面が見えた。

「本当だ! 行ってみよう」

 響華は一目散に池の方へと駆け出していった。

 池の周りには木や草が生えていて、まさに荒野の中のオアシスといった感じだ。

「みんな早く〜! この場所ちょっとだけ涼しいよ〜」

 池のほとりに立つ響華が振り返って三人を呼ぶ。

「ホントに〜?」

 遥が笑顔で駆け出す。

「全く、あいつらは子供か……」

「戦場の中でくらい、息抜きさせてあげたら?」

 碧と芽生も遥の後を追いかけた。

 四人は池を眺める。

「この景色って、この戦いに参加してる人しか見られないんだよね?」

 響華がふと呟く。

「まあ、そうなるな」

 碧が響華の方を見て言う。

「それってなんか、すごくもったいなくない?」

「もったいないって?」

 遥が首を傾げる。

「だって、こんな綺麗な景色なのに、この国の国民すら見られないなんておかしいよ」

「確かに、富士山が立ち入り禁止の中にあるようなものだものね」

 芽生は共感する。

「こんな戦い早く終わらせて、魔獣からこの国を取り戻そう」

 響華が力強く宣言すると、三人も大きく頷いた。




 二〇二〇年二月二十三日。

 ミン・アルバリカを出発した四人は驚異的なペースで歩き続け、三つ先の町ムンタサフ・アルバリアまでやってきた。

「今日一日で結構歩いたよね?」

「そうね、このペースなら一週間かからずに行けるかもしれないわよ?」

 響華と芽生が話していると、遥が割って入ってきた。

「魔法災害隊プラチナ世代の力を思い知るがいい〜!」

「お前は調子に乗るな」

 碧は遥の頭をコツンと叩いた。

「あたっ! も〜、アオ叩かないでよ〜」

「あはは。でも実際、魔法の力があるからこのペースで歩けてるんだよね?」

 響華の言葉に芽生が頷く。

「定期的に回復魔法を使うことでロスタイムなく歩き続けられているというのはかなり大きいわね」

 四人がここまでのハイペースで歩き続けられるのは、体力はもちろんだが回復魔法のおかげという面も大きい。定期的に回復魔法を使うことで食事休憩以外の立ち止まる時間を無くし、歩くペースも落とさずに進むことができる。他の参戦している軍の兵士からしてみれば、重い荷物を背負い、武器を携え、ただでさえ疲れが溜まりやすいのだから、この四人の進むペースは想定外に違いない。

「とりあえず早く王宮までたどり着かないと。もう戦いが始まってから何ヶ月も経ってるんだし、誰かがたどり着くのは時間の問題だと思う」

 響華が言うと、碧は考えを巡らせる。

「確かにそうなんだが、何かが引っかかる……」

「何かって何?」

 遥が聞くと、碧は悩みながら口を開いた。

「いや、あくまで私の想像に過ぎないのだが……何か障害があるんじゃないか?」

「障害って、壁みたいな?」

 響華が言うと、碧はこくりと頷いた。

「その可能性もあると思う。ただ、壁である場合ここまで攻略に時間はかからないはず。となると考えられるのは、門番のような存在」

「門番? それって魔獣が邪魔してるってこと?」

 芽生が聞く。

「魔獣という可能性は十分あるだろうな。魔獣には通常兵器は通じない。米軍やロシア軍が攻略できない理由も頷ける」

 碧は魔獣が王宮の手前にいると考えているようだ。

「でもさ、ちょっと待って?」

 響華が疑問を浮かべる。

「碧ちゃんの考えがもし本当だとしたら、今まではどうやってその魔獣を倒してたの? もちろん今回が初めてってこともあるかもしれないけど……」

「言われてみれば確かにそうね。これじゃあ魔法能力者以外攻略できないもの。もちろん世界中に魔法能力者はいるけれど、この戦いに参加しているのは普通の人間だけのはずよ」

 芽生も響華と同じ疑問を抱いたようだ。

「うーん……」

 碧は頭を悩ます。

「碧ちゃん、何にしてもとにかく先に進むしかないよ。今日はゆっくり休んで、また明日歩きながら考えよう?」

 響華が碧に向かって微笑む。

「ああ、それもそうだな」

 碧も響華の方を見て微笑んだ。

「よし、じゃあ今日はあの建物で泊まろ?」

 遥が三階建てのビルを指差す。

「そうね、あの建物なら突然襲われても対処できそうね」

 芽生が言うと、四人はその建物へと向かった。


 二〇二〇年二月二十四日未明。

 ぐっすりと眠っていた四人を起こしたのは、ドーンという衝撃だった。

「うわぁ、何!?」

「おい、外を見てみろ」

 窓の外を見た碧が声を上げた。

「やばいよ、私たち完全に包囲されてるじゃん!」

 遥がその光景を見て驚く。窓の外には数え切れないほどの兵士がこちらを向いて立っていた。

「とりあえずすぐに突入ってことはなさそうね。さっと着替えて私たちも準備を整えましょう」

 芽生が落ち着いて指示を出すと、三人は頷いて戦う準備をした。

 準備ができた四人は、もう一度窓の外を見た。兵士達は建物に突入しようと銃を構えている。

「もしかしてここから攻撃した方が早い?」

 響華の言葉に遥は。

「響華っち天才じゃん! それで行こう」

 そう言って首を縦に振った。

「じゃあ始めるか」

「ええ、いくわよ」

 四人は一斉に魔法を唱える。

「魔法目録二条、魔法光線」

「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」

「魔法物質八条二項、物質変換、打刀」

「魔法物質八条二項、物質変換、狙撃銃」

 響華、碧、芽生は「ん?」と首を傾げ、遥の方を見る。遥は明らかにいつもと違う魔法を唱えた。

「いやいや、なぜ北見の魔法をお前が使うんだ?」

 碧がつっこむと、遥は笑って言った。

「上から狙うなら狙撃銃の方がかっこよくない?」

「まあ何でもいいけど、ちゃんと仕事しなさいね」

 芽生はため息をついた。

「じゃあ、作戦開始!」

 響華の掛け声で、四人は同時に攻撃を開始した。

「どうだ!」

 響華が魔法光線を放つと数人が倒れ、陣形が乱れる。

「よし、今の内に」

「オッケー」

 碧が矢を放つと、それに続いて遥も銃を撃った。二人の攻撃は百発百中で、バタバタと兵士が倒れていく。

「じゃあ私がとどめを刺すわ」

 芽生は刀を構えると、勢いよく横薙ぎに振るった。

「おい、早く撃て……ぐわぁ!」

「どうした……なにっ」

 刀から放たれた衝撃波が残った兵士を吹き飛ばした。

 建物の前にいた数え切れないほどの兵士は、一瞬にして全滅してしまった。

「ふぅ、危なかったね〜」

 響華がホッとした様子で言う。

「寝ている時間を狙って奇襲してくるなんて、ちょっと油断してたわ」

「そうだな、寝る場所を適当に決めていたら結構危なかったな」

 芽生と碧は苦笑いを浮かべる。

「で、どうする? もう一回寝る?」

 遥が三人に問いかける。

「寝るのもなんかちょっと……。せっかくだし、早めに出発しない?」

 響華の提案に芽生と碧は。

「そうね。それもいいかもしれないわね」

「今から出発すれば王宮の一つ手前の町までいけるかもしれない」

 そう言って荷物を手に取った。

「じゃあ、行こっか!」

 響華を先頭に、まだ日が昇り始めたばかりの荒野へと歩き始めた。




 響華が思い出したように言う。

「そういえば、さっきのはどこの兵士だったんだろう?」

「そうだ、倒すのに必死で全然気にしてなかった!」

 遥がハッとした表情をする。

「出発した時に見た感じだとロシア軍だったと思うわよ」

 芽生が答えると、碧もそれに続ける。

「ああ、私も服に書いてある文字を見たがあれはロシア語で間違いなかった」

「じゃあこれでロシア軍も撤退してくれるかな?」

 響華の言葉に、遥は首を横に振る。

「それは無いんじゃない?」

「えっ、何で? あそこまでやられたら普通撤退するよね?」

「普通はね。だけど、これは一番最初に王宮に入ったもの勝ち。ずっと後ろを付いて行って、美味しいところをもらうっていうのが中国軍の作戦なんだと思う」

「中国軍?」

 響華はキョトンとした。中国軍は最初の町で撤退に追いやったはずだ。それなのになぜ遥が中国軍を持ち出したのか、響華はしばらく理解できなかった。

「私たちの力を利用して王宮までたどり着き、最後に私たちを倒す。それが中国軍の目的なのか?」

「そういうことっ!」

 碧の問いかけに遥は笑顔を見せた。

「じゃあ最初の中国軍同様、ロシア軍も私たちの力を見たかったというところかしら?」

 芽生はロシア軍の奇襲の意図を考える。

「まあ、そういうことだろうね〜。考えたところでどうしようもないけどねっ」

 遥は残酷なことを言っている自覚もなく、笑顔で話し続けた。

(最後は絶対に戦闘になる。戦闘にならないようにするにはどうすればいいんだろう?)

 響華は遥の話を聞いて、平和的に解決する方法を探っていた。


 四人は王宮まで二つ手前の町までやってきた。

『バタバタバタバタ……』

 上空からヘリコプターの音が聞こえてくる。

「お〜い! ここだよ〜!」

 響華がヘリコプターに向かって両手を振る。

「ちょうどいい、ここで昼食にするか」

 碧が言うと、三人はこくりと頷いた。

「皆さん早いですね〜。毎回位置情報おかしいんじゃないかと思いますよ」

 パイロットがヘリコプターを降りながら言う。

「ですよね、驚きますよね?」

 響華はパイロットからお昼ご飯や消耗品が入った荷物を受け取る。

「もうここまで来れば距離的にはあと少しですから、頑張ってください。……これで戦争も終わりかぁ」

 パイロットはヘリコプターに戻ると、すぐに離陸して首都の方へと飛び立っていった。

「やっぱり、戦争なんて望んでないんだよね……」

 響華はお昼ご飯を取り出しながら呟く。

「それはそうだろうな。国民からしてみれば不安でしょうがないだろう」

 碧はヘリコプターの飛んでいった方を眺めて言う。

「とにかく、私たちは一刻も早くこの戦争を止める。それが響華の言う人助け、でしょ?」

 芽生が響華の方を見る。

「うん! 魔獣のいる王宮まではあと少し。明日には戦争を終わらせちゃおう!」

 響華は人助けという言葉を聞いて一層気合いが入ったようだ。

「響華がそう言うなら、私も頑張っちゃおうかな」

 遥も気合い十分と言った様子で拳を握りしめた。

「じゃあ早くお昼食べよ!」

 響華はおにぎりを一つ手に取ると口いっぱいに頬張った。

 お昼ご飯を食べ終えた四人は、次の町へと出発するため立ち上がった。

「次の町までは結構距離がある。ただそこまで行けば王宮まではもう数キロしかない。最後の踏ん張りどころだ」

 碧が地図を見て言う。

「よ〜し、頑張るぞ〜!」

 響華の元気な声とともに、四人は次の町へと歩き出した。


 王宮までもう十キロも無いというところまで歩いてきた四人。次の町まではあと七キロほど。日が傾いてきたので少し急ぐことにした。

「ラスボス戦の前にあんまり体力消費したくないんだけどな〜」

 遥が歩きながら呟く。

「町に着いたらゆっくりできるんだ。もう少し辛抱してくれ」

 碧は前を向いたまま言う。

「も〜、アオは冷たいな〜」

 遥はふてくされた表情を浮かべる。

「ねえ! 前から何か来るよ?」

 突然響華が道の先を指差した。

「何かって?」

 芽生が響華の指差す方を見る。するとそこには大量の人影のようなものが見えた。

「うわ何あれ!?」

 遥が驚いて声を上げる。

「アメリカ軍かもしれん。戦闘の準備だけはしておいてくれ」

 碧は冷静に三人に指示を出す。四人はいつでも魔法を唱えられるように構えながら、人影が近づいて来るのを見つめていた。

 目の前までやってきたその人たちは、やはりアメリカ軍の兵士だった。四人は魔法を唱えようとする。ところが兵士たちは一向に武器を構える気配がない。

「あの……、何かあったんですか?」

 響華が恐る恐る問いかけると、兵士のリーダーが答える。

「次の町は危ない。どこかから狙撃されるんだ」

「狙撃? どこかの建物の上にでも誰かいるんじゃないですか?」

 響華の言葉に、兵士は首を横に振る。

「全ての建物を確認したが、どこにもスナイパーはいなかった。それに、その確認中にも狙撃され続けた」

「じゃあどこから……?」

 響華は首を傾げる。

「憶測に過ぎないが、我々は王宮のある都市の建物から狙撃していると考えている。ただ、その間の距離は二キロある。そんな遠距離を狙える代物なんて信じがたいがな」

「そうですか……」

「とにかく、我々は今そちらと戦闘できる状況ではない。見逃してくれ」

「はい、分かりました」

 アメリカ軍の兵士は四人の横を通り過ぎていった。

「射程距離二キロって、そんなものあるのか?」

 碧の疑問に芽生が答える。

「無いことも無いわ。だけど実際にそんな距離で使うことはまず無いわね」

「う〜ん。新型の兵器なのかな〜?」

 響華が考えを巡らせていると、遥がポツリと言った。

「……魔法なら。物質変換銃なら、多分できる」

「えっ?」

 響華が聞き返す。

「前にユッキーが言ってた。物質変換銃なら通常兵器では不可能な遠距離射撃ができるって。だから、もしかしたら……」

「遥ちゃんは、狙撃してるのが雪乃ちゃんだって言いたいの?」

 響華が信じられないといった顔で遥を見つめる。

「私だって、そうじゃないって思いたい。だけど、ユッキー以外にそんなことできる人知らないんだもん……」

 遥の目には涙が浮かんでいる。

「遥ちゃん……」

 響華は遥をただ見ていることしかできなかった。

「遥、あなたはどうしたいの?」

 芽生が遥の肩に手を置いて話しかける。

「私……? 私は、ユッキーかどうか確かめて、もしユッキーだったら……」

「だったら?」

「そこまで走っていく! 走っていって抱きしめる!」

 遥は涙を拭って芽生の目をまっすぐに見た。

「その間弾を避けきれるのか?」

 碧が聞くと、遥はこくりと頷いた。

「避けられる。避けてみせる。だから、私を行かせて!」

 遥は本気のようだ。三人は目を見合わせると遥に言う。

「分かった。とりあえず次の町まで行って確かめよう」

 四人は次の町へと駆け出した。

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