第18話 最初の町
シナイ王国、アルマディナット・アル・アウラー近郊。
「やっと町が見えてきたよ!」
響華が遠くを指差して言う。
四人はフィールドに入ってから三時間ほど歩き続けていた。そろそろ休憩したいというのが本音だった。
「あの町でお昼ご飯にする?」
遥の問いかけに碧が答える。
「ああ、そうだな」
すると芽生がふと思い出したように言う。
「でも、もしあの町がすでに占領下にあった場合戦闘になるわよ?」
それを聞いた碧は少し考えると口を開いた。
「確かに最初の町である以上、その可能性も捨てきれない。よし、先に食事を済ませてしまおう」
「やった〜! お昼だ!」
響華は喜びの声を上げ、その場にリュックを下ろした。
四人はホテルで受け取ったおにぎりを取り出した。
「ねえ、本当にこの先のどこかに雪乃ちゃんがいるのかな?」
響華がおにぎりを頬張りながら言う。
「確かに、雪乃が単独で乗り込む理由がよく分からないわね」
芽生の言葉に碧も同調する。
「それもそうだな。それに、そもそも北見は危険な場所に突っ込むタイプの人間ではないと思うのだが……。滝川はどう思う?」
「う〜ん、自分から好んで行くことはないと思うけど、誰かに頼まれればもしかしたら?」
遥の答えに三人は頭を悩ませる。
「仕事だからね〜。頼まれたら行かないわけにもいかないか」
響華は自分が頼まれた時のことを考えたようだ。
「それに雪乃って断れないタイプなんじゃない?」
芽生は雪乃の性格から想像する。
その時、碧が疑問を投げかけた。
「ちょっと待ってくれ。頼むとしたら誰がこんなことを頼むんだ? 明らかに長官ではないだろう?」
三人がハッとする。
「行方不明になってた雪乃ちゃんがここにいるって、言われてみれば不自然だよね?」
「ええ、長官よりも権限を持った人ってそうそういないわよ?」
「私は確かに頼まれればとは言ったけど、考えてみればおかしい」
考えれば考えるほど謎が深まってくる。
「とにかく、雪乃ちゃんを見つけられれば全部解決ってことでしょ? だから早く見つければいいだけだよ!」
響華の発言に遥が笑う。
「さすが響華っちはポジティブだね〜」
芽生と碧もつられて笑顔になる。
「でも、それが一番手っ取り早いかもしれないわね」
「ああ、考えるだけ無駄だな」
四人はおにぎりを食べ終えると、町へ向けて歩き出した。
四人はアルマディナット・アル・アウラーのすぐ近くまでやって来た。
「あそこ、国旗が立ってるよ」
響華が建物の上の方を指差す。
「あれは……中国国旗か?」
碧は目を凝らして国旗を確認する。
「これは戦闘になるわね」
芽生が確信したように言う。
「イージス艦を襲った借り、返してやろうじゃん!」
遥は中国相手に気合いが入る。
するとその時、『バーン!』と銃声が鳴り響いた。
「気づかれた! 戦闘の準備しないと」
慌てる響華に碧が声をかける。
「準備も何も魔法以外に私たちに武器はない、突入するぞ」
「分かった!」
響華は力強く頷いた。
四人は町の中へと駆け出すと、同時に魔法を唱える。
「魔法目録二条、魔法光線」
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
「魔法目録一条、魔法弾!」
町の中は人気が無く、不気味な雰囲気が漂っていた。
『バーン!』
突如鳴り響いた銃声に四人は立ち止まり構える。
「今どこから撃ってきた?」
「すまない、分からなかった」
四人は周囲を見回す。
『カチャ』
かすかに銃を構える音が聞こえた。響華はすかさず音のした方へ魔法光線を放った。
「うあぁ……!」
光線が当たったのか、うめき声とともに人がバタッと倒れるのが見えた。
「敵は物陰に隠れているようね」
芽生は注意深く建物内を覗き込む。
「常に注意しとかないとだね!」
遥は魔法弾を右手に構えながら進む。
「でもこんなにゆっくりだと町を抜けるだけで夜になっちゃうよ」
響華の言葉に碧は。
「それもそうだな。注意しつつも普通のペースで進もう」
四人はとりあえず町の中心まで向かうことにした。
先ほど見えた国旗が掲げられた建物の下までたどり着いた。
「ここが拠点なのかな?」
「きっとそうだろうな」
響華と碧が話していると遥が聞く。
「突入する?」
「ちょっと、さすがにそれは危ないんじゃない?」
芽生は反対のようだ。
「でも今建物に魔法弾を撃ち込めば確実にダメージを与えられるよ?」
遥は右手に持つ魔法弾を見せて言う。
「確かに奇襲は有効かもしれん。ただ、返り討ちに遭う可能性も否定はできない。藤島はどう思う?」
碧は判断しかねるようで響華に一任した。
「う〜ん……、迷うくらいならやって後悔したほうがいいかなって思う」
響華の言葉に遥が得意げに言う。
「そうそう、当たって砕けろだよ」
「いや、砕けたらいけないだろ……」
碧は呆れ気味に呟いた。
「じゃあ、まずは遥が魔法弾を撃ち込む。敵が出てきたら碧と響華で攻撃、私は刀だから二人が仕留めきれなかった敵の対処、それでいい?」
芽生の作戦に三人は頷いた。
「よし、作戦開始!」
作戦通り、遥が魔法弾を建物めがけて撃ち込んだ。
『ドカーン!』
建物の壁がバラバラと崩れる。
土煙の中に敵と思われる人影が見えた。
「よし、私たちも行くぞ」
碧は人影に狙いを定め矢を放つ。
「くっ……!」
矢は見事に命中し、その人影は痛がるようにして倒れ込んだ。
「魔法目録二条、魔法光線!」
土煙がおさまる前に響華は光線を放った。
「うわぁ〜」
「ぐわっ!」
バタバタと人が倒れる音がした。どうやら集団に命中したようだ。
「やったね!」
響華は拳を突き出す。
「な、何だその拳は?」
碧は響華を見る。
「もう、碧ちゃんもやってよ〜」
「こ、こうか……?」
碧も言われるがままに拳を突き出した。
「イエイ!」
響華は碧にグータッチをした。
「全く、何事かと思えば……」
碧はやれやれといった様子で息をついた。
「ちょっと二人とも!」
芽生の叫び声に響華と碧が驚いて後ろを振り返る。
「しまった!」
敵が一人後ろに回り込んでいたようで、二人のすぐ近くまで迫ってきていた。
「大丈夫、任せて」
芽生はその敵めがけて走り出した。
「フッ」
敵が不敵な笑みを浮かべ銃を構える。
「それで私を撃てるとでも?」
芽生は刀で対抗する気のようだ。
『バン!』
銃弾が芽生に向かって一直線に飛んでいく。芽生は目に見えないほどの速さで刀を振るった。
『カキン』
銃弾が弾き飛ばされる。敵は信じられないといった様子で芽生を見ている。
「ここまで来れば、私のもの!」
敵の目の前まで近づいた芽生は刀を思い切り振り下ろした。
「ぐわぁぁ……」
敵がその場に倒れ込む。響華と碧はぶつからないように少し距離をとった。
「すまない、桜木」
碧が芽生に謝る。
「別にいいわよ。でも結構危なかったわね」
芽生は倒れた敵を見て言う。
「ああ、お前がいなかったら撃たれていたところだ」
碧は敵が持つ銃を見てホッとしたように言った。
「それで、この人大丈夫なんだよね?」
響華は敵の心配をしているようだ。
「ええ、大丈夫よ。だって峰打ちだもの」
芽生は悪戯な笑みを浮かべた。
しばらくすると、倒れていた敵が目を覚まし始めた。
「あの、皆さんの中でリーダーって誰ですか?」
響華が問いかけると、敵の数人が一人の男性を指差した。
「そちらの方がこの部隊の統率者ですか?」
碧が聞くと、その男性はこくりと頷いた。
「あの、私たちも皆さんと戦いたくないんです。だから、ここはどうか撤退してもらえませんか?」
響華が問いかけると、男性は力なく頷いた。どうやら圧倒的な魔法の力を持つ四人にひるんだようだ。
「ありがとうございます」
四人は頭を下げる。
「じゃあ私たちは行きますね」
響華は敵に笑顔を見せた。
四人はアルマディナット・アル・アウラーの町の反対側までたどり着いた。
「この先もこういう感じで敵を降伏させていく感じ?」
遥が問いかける。
「そうね、私たちの目的はあくまで戦争を止めること。犠牲者を出さずに乗り切るのが理想ね」
芽生が答えると、響華が声を上げる。
「そうじゃなきゃ人助けでもなんでもないもんね!」
「そうだな、藤島は人を助けるために戦うんだもんな」
碧は響華を少しバカにしたように言う。
「もう、碧ちゃん! 私の信念を茶化さないでよ〜」
響華が頬を膨らませる。
「悪かった悪かった。……でも、お前のその信念は大切にしろよ?」
碧は改まって言う。
「碧ちゃん……! そういうところ、大好きだよ!」
響華は碧に抱きついた。
「だから藤島! いきなり抱きつくなといつも言っているだろう」
碧は響華を引き離そうとする。
「え〜いいじゃん! 碧ちゃんも私のこと好きでしょ?」
響華は碧の目を見る。
「べ、別に好きじゃない……!」
「本当は好きなくせに〜」
響華はさらに強く抱きしめる。
「だからやめろって」
その様子を見ていた遥は。
「も〜、何イチャイチャしてんの? さっさと先に進まないと、王宮までたどり着けないよ?」
響華は碧から離れ、「は〜い」と返事をした。
「全く、なんなんだあいつは……」
響華から解放された碧は疲れたように言う。
「でも、なんだかんだ言って響華のこと信頼してるんでしょ?」
芽生にそう言われた碧は、顔を赤くして黙り込んでしまった。
「次の町はどこ?」
遥が聞くと、碧が慌てて地図を開いた。
「え〜と、次の町は……。ミン・アルバリカという町だな。池があるらしいぞ」
「オアシスみたいな感じ?」
響華が問いかける。
「かもしれないな」
碧は頷いて答えた。
「ずっと荒野だもんね〜。その町で一泊にしたいね」
遥は池のある町にワクワクしているようだ。
「そこまでってどのくらいの距離なの?」
芽生が碧の持つ地図を覗き込む。
「フィールドの入り口からこの町までよりは長いが、歩けない距離ではないだろう」
「じゃあ日が暮れるまでには着けそうね」
芽生は時計を見て言った。
「ミン・アルバリカに向けてしゅっぱ〜つ!」
遥の掛け声で、四人はミン・アルバリカへと歩き出した。
東京、国会議事堂。
「水瀬さん、ちょっとお話が」
「神谷総裁……」
薄暗い廊下で、神谷総裁が水瀬支局長を呼び止める。
「水瀬さん、首相になったからって調子に乗ってもらっちゃ困りますね」
「何のことでしょう?」
二人は互いに睨み合う。
「白を切るおつもりですか? あんなことをしておいて」
「私たちはあくまで是々非々でやっているだけですが」
それを聞いた神谷総裁が笑い声を上げる。水瀬支局長は敵意をむき出しに聞く。
「何がおかしいのです?」
「だっておかしいじゃないですか? デジタル法と改憲法に賛成するという約束で議席を譲ったというのに、これはどういうおつもりですか?」
神谷総裁は水瀬支局長に詰め寄る。
「そんな約束した覚えありません」
「したじゃないですか〜、去年の暮れに。それに、話を持ちかけてきたのは水瀬さんの方でしたよね?」
「そんな口約束は効力を持ちません」
きっぱりと言い切る水瀬支局長に、神谷総裁は顔を近づける。
「我々にかかれば一人の人間を消すことくらい簡単なんですよ。ここは素直に認めていただきたいですね〜」
神谷総裁は水瀬支局長の顔を触る。
「……すみませんでした。再度法案を提出していただければ、みらい党の方でも再検討させていただきます」
神谷総裁はニヤリと笑い、水瀬支局長の尻をポンと叩いた。
「今度否決になったらその時は本気で潰しますからね」
神谷総裁の言葉に水瀬支局長は。
(潰せるものなら潰してみなさい!)
心の中で強く反論した。
「あっ、そういえば」
神谷総裁がわざとらしく言う。
「まだ何か?」
「シナイ戦争の作戦は順調ですか?」
「心配してくださってるんですか?」
水瀬支局長は嫌味っぽく聞き返す。
「そういうことにしておきましょうか。それで、どうなんです?」
「中国軍の部隊を一つ撤退させたそうです」
「ほう、なかなか優秀ですね〜」
「ありがとうございます」
水瀬支局長は神谷総裁がこの話を持ち出した理由が分からなかったが、次の言葉で真意に気が付いた。
「これなら日本の引き分け以上は確実ですね」
引き分け以上、それは勝ちが存在する状況ということになる。つまり、戦争を止めるという目的ではない人間がいるということだ。
「誰が差し金です?」
「それは簡単ですよ。参戦者を決めた理論は同じですから」
理論とは自衛隊の戦争介入は違憲、というだろうか。なんにせよ魔法能力者であることは間違いなさそうだ。
「だとしても、あの四人には勝てないと思いますが?」
神谷総裁は不敵な笑みを浮かべる。
「五分くらいでしょうかね」
「随分弱気ですね」
「いえいえ、四人に対して一人で立ち向かうんですからそりゃ確率も下がりますよ」
「一人? なら負けは確実じゃないですか?」
「まあ楽しみにしているといい」
神谷総裁はそう言い残して去ってしまった。
公民党が送り込んだのは一人の魔法能力者。それが一体誰なのか、水瀬支局長はまだ気づいていなかった。
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