第26話 不信者の人権

 司令室にいた司令員や隊員の半数以上が警察に連行されてしまったことにより、東京エリアの指揮系統は機能不全に陥りかけていた。

 五人と長官が悩んでいると、そこへ国元がやって来た。

「司令員の方が警察に連れて行かれていたみたいですが、一体何があったんですか?」

「国元くん……」

 長官はショックが大きいようで、言葉が出てこない。

 代わりに響華が説明する。

「いきなり警察が信用レートを測りに来て、レートが千五百以下の人を連行していったんです」

「なるほど。新刑法第七十三条、社会安定に関する規定ですね……」

「社会安定に関する規定?」

 響華は首を傾げる。

「はい。『信用レートが低い者は拘束、場合によっては射殺することを許可する』というものです。信用レートが低い人は不信者と認定され、社会安定を脅かす存在として扱われます。もちろん射殺は現行犯にしか許可されないでしょうが」

「それじゃあ、連行された人たちは……」

「レートが千五百を超えない限り、戻ってこられないでしょうね」

「そんな……」

 響華は息を呑む。

「機械だか人工知能だか知らないが、そんなものに人間が測れるのか? 大体、それを基に国家を維持するなんておかしな話ではないか」

 碧は新刑法そのものに憤りを感じていた。それも無理はないだろう。新刑法はAIによる国民の統治、すなわちAIに国を支配させるようなものだ。

「きっとこれもアマテラスとかいう魔獣が考えたことなんでしょ?」

 遥の言葉に雪乃が頷く。

「はい、多分。でも私、一つおかしいと思うことがあって……」

「おかしいと思うこと?」

 芽生が聞く。

「魔獣は人を支配しようとしているはずです。それなのにAIに任せるというのは、なにか矛盾しているような気がして……。あの、別に私の勝手な想像なのであまり深く考えないで大丈夫ですよ!」

 雪乃はそう言うが、矛盾しているというのは全員が薄々感じていることだった。

「そもそも信用レートとは何なのか。それがブラックボックスである以上、どんな細工が仕掛けられていても不思議じゃないわね」

 芽生の言葉を聞いた響華は。

「そしたら信用レート自体が信用できるものじゃないじゃん! それなのに不信者認定して司令員の人たちを連れていくなんて……、そんなのひどすぎるよ!」

 連行していった警察官への怒りが込み上げてきた。

「響華さん、これは法律で決まってしまってることなので警察もどうしようもないんですよ。恨むなら改憲案を出した公民党を恨んでください」

 国元は警察を庇うように言う。

「ああ。アマテラスと繋がっている時点で公民党には恨みしかないがな」

 碧は拳をぎゅっと握りしめた。

(アマテラスと公民党。ん? 警察……?)

 国元はふと頭に新たな考えが浮かぶ。しかしその考えに確証は得られなかった。

「……とりあえず、私と木下副長官、残った司令員で対応に当たるわ。かなりギリギリだけどみんなには迷惑かけないようにするから」

 長官が五人に微笑みかける。

「分かりました。東京の魔災隊の指揮はここからしか出せないですもんね。無理しないようにしてくださいね」

 響華の言葉に長官はこくりと頷いた。




 警視庁、魔法犯罪対策室。

『今日午前、公務員に対する抜き打ち信用レート測定が行われ、魔法災害隊の隊員や職員など、計三十一名が社会安定に関する規定に反するとして拘束されました。警察によりますと、拘束された三十一名は今後、拘置所内でレートが回復するまで特別なカリキュラムを受けることになるということです。以上、JPBニュースをお伝えしました』

 守屋刑事がリモコンでテレビを消す。

(信用レート、それ自体は一概に悪いとは言えない。だけど、社会安定に関する規定、これが問題なのよね。疑わしきは罰せず、新刑法になってこの言葉は過去のものとなった。まさか射殺を許可するなんて、そんなの人権侵害みたいなものじゃない)

 そこへ楠木管理官が入って来た。

「新しい警察用情報端末の使い方にはもう慣れたかな?」

 守屋刑事は警戒心を強める。

「はい、慣れました」

「それは良かった。これからは常にスカウターを起動しておき、すれ違う人全ての信用レートを気にしておけ。千五百以下の人間は容赦無く拘束しろ。いいな?」

「そんな、いくらなんでもやりすぎです!」

 守屋刑事は反論する。しかし楠木管理官は淡々と続ける。

「やりすぎではない。社会の安定のためだ」

「社会の安定? 今までずっと、そんな数字に惑わされることなくこの国の平和は保たれてきました。それなのになぜ?」

 守屋刑事の問いかけに、楠木管理官は冷たい笑みを浮かべた。

「この国の未来のためだよ」

「未来……?」

「いずれ分かる」

 楠木管理官はそう言い残して出ていってしまった。

「……それでも私は、自分を信じて行動するわ」

 守屋刑事は楠木管理官の出ていった扉を睨みつけた。

『プルルルル……!』

 突如電話が鳴り響いた。緊急通報だ。

「はい、警視庁魔法犯罪対策室の守屋です」

『あの、魔災隊目黒管轄の結城ゆうきなんですが……』

 通報してきたのは所轄の魔災隊員だった。少し声が震えている。

「どうしました?」

『あれっ、すみません! 気が動転して警察じゃなくて魔犯室にかけちゃいました……』

「別に大丈夫よ。どうかしたの?」

『えっと、今目の前に銀行強盗がいて……。私は何とか隠れられてますが、お客さんや従業員の方がかなり危険な状況で……』

 守屋刑事は急いでメモを取る。

「分かったわ、場所はどこ?」

水菱みずびし銀行目黒支店でっ、ひゃっ……! ガチャ』

 隊員の悲鳴と同時に電話が切れる。

「もしもし? 結城さん?」

 守屋刑事は慌てて部屋を飛び出した。

(おそらく銀行強盗に通報していることに気づかれた。だとしたら一刻を争う状況ね……。そうだわ……!)

 守屋刑事はパトカーに乗り込むと、どこかに電話をかけた。電話が終わるとスマホを助手席に投げ、サイレンを鳴らし目黒へと急行した。




 水菱銀行目黒支店。

「おい、よくも警察に通報してくれたな」

「す、すみません!」

 結城隊員は銀行強盗に両手を縛られ、身動きが取れなくなっていた。

「早く金を出せ! さもなくばこいつを撃つぞ!」

 銀行強盗は銃を結城隊員に突きつける。

 銀行員は怯えた声で言う。

「わ、分かりました。今すぐお金は用意します。ですからそのお客様を……」

「黙れ! 金が先だ。あと通報ボタンとか押すんじゃねぇぞ」

「か、かしこまりました!」

 銀行員が金庫の方へと向かう。

「お前らもこいつみたくなりたくなきゃ余計な真似すんなよ?」

 銀行強盗は客にも脅しをかけた。

 その時、銀行に一人の少女が入ってきた。

「魔法災害隊です! 警察の要請で来ました!」

 入ってきたのは響華だった。

「あっ、あの人……!」

 結城隊員にはその顔に見覚えがあった。

(シナイ王国で戦争を止めた英雄。日本最強の魔法能力者の一人、藤島隊員!)

「あん? 何だお前? わざわざ死にに来たのか?」

 銀行強盗は響華に銃口を向ける。

「私はそんな簡単に死にません」

「子供だろうが女だろうが容赦はしねぇ。せいぜいあの世で後悔するんだな」

 銀行強盗は引き金を引いた。

『バン!』

 銃弾は響華へ向けて一直線に飛んでいく。

 普通なら避けられるものではない。しかし、響華は違う。

「よっ、と」

 軽々とした身のこなしで銃弾を避けきってみせたのだ。

「は? なんで当たらねぇんだ!」

 銀行強盗は目を疑う。

「魔法に比べれば銃なんて大した武器じゃありませんから」

 響華はさらりと言った。

(すごいなぁ、藤島隊員は。私なんて一人で魔獣一匹も倒せないのに……)

 結城隊員は響華を尊敬の眼差しで見つめていた。

 銀行強盗と響華が対峙していた時、外からサイレンの音が聞こえてきた。

「これ以上の抵抗はやめなさい!」

 守屋刑事は銀行に入ると、アイプロジェクターを装着した状態で銃を構える。

 守屋刑事の目の前に銀行強盗の信用レートが表示される。

《Credit Rate:920 under580》

(アンダー五百八十……。まあ現行犯だし、レートは関係ないわね)

「動くんじゃねぇ! こいつを撃つぞ! いいんだな!?」

 銀行強盗は結城隊員に再び銃を突きつける。

「刑事さん、助けてください……!」

 結城隊員の目から涙がこぼれ落ちる。

「やめなさい! 今すぐ銃を置いて投降しなさい!」

 守屋刑事は銀行強盗に強く呼びかける。だが、心の中では大きな迷いがあった。

(このレートなら射殺が許可されている。でも、本当にそれでいいの? 法の裁きも無しに人の命を奪うことは、正しいことなの……?)

 守屋刑事の迷いが伝わっていたのか、銀行強盗は引き金に指をかけた。

「投降なんてする気はねぇ。無能な警察で残念だったな」

『バン!』

 銀行内に銃声が轟く。

 守屋刑事と響華が恐る恐る結城隊員の方へ目を向ける。

 結城隊員はゆっくりと視線をこちらに移す。

「……私なんて、社会のお荷物でしたから……。これできっと、良かったんです……」

 結城隊員は頭から血を流して床に倒れた。

「大丈夫!? 早く救急車!」

 響華は結城隊員に駆け寄る。

 守屋刑事は再び銃を構える。

《Credit Rate:308 under1192 caution》

 信用レートが更新され、五百を下回った。

(私が最初から迷わず撃っていれば……)

 守屋刑事は銀行強盗へ向けて銃を放った。

『バン』

「うっ、うぅ……」

 弾は銀行強盗の腕に命中し、銀行強盗の手から銃が落ちる。

「十二時三十四分、殺人未遂の容疑で現行犯逮捕」

 守屋刑事は腕を押さえながら苦しんでいる銀行強盗に近寄り、手錠をかけた。

 ちょうどそこへ所轄の警察官がやって来た。

「中目黒警察です。この事件についてはこちらで捜査します」

「分かりました。では犯人の身柄はそちらに」

 守屋刑事は中目黒署の警察官に銀行強盗の身柄を引き渡すと、結城隊員の元へ駆け寄った。

「響華さん、結城さんの状況は?」

「大丈夫です。息はあります……」

「救急車は?」

「呼びました。だけどあと五分はかかるって……」

「そう。……全部私のせいね」

 守屋刑事は自分を責めるように呟く。

「えっ? そんなこと、別に守屋刑事のせいじゃ……」

 響華は守屋刑事を気遣う。

「いえ、私のせいなのよ。私がここに来た時点で犯人の信用レートは千五百以下だった。それなのに私が犯人を撃たなかったからこんなことになった」

「社会安定に関する規定、ですか?」

 俯く守屋刑事の顔を、響華が覗き込む。

「響華さん、新しい法律にも詳しいのね」

「いえ、これは国元さんから聞いただけで……」

「国元さん。確かにあの人は……、いえ何でもないわ」

 守屋刑事は何かを言いかけてやめた。

「……?」

 響華は守屋刑事が国元について何か隠しているような気がした。

「それで、その規定についてどこまで知ってるの?」

 守屋刑事が問いかける。

「え〜っと、信用レートが低い人は不信者認定されて拘束されたり射殺されたりする、みたいな?」

 響華はうろ覚えの知識を言う。

「まあ、間違ってはないわ。だけど、それはあなた達側の見え方ね。警察側から見るとそんな簡単な話ではないの」

「どういうことですか?」

 響華が首を傾げる。

「あくまで私の意見だけど、信用レートはあくまで判断基準で、最後に決めるのは刑事だと思ってる。だってスカウターが不信者認定したとしても、その人が本当に信じられないのかっていうのは、結局のところ人にしか分からないでしょう?」

「じゃあちょっと意地悪なこと聞きますよ? もし私がそこに落ちてる銃を拾って守屋刑事に向けました。信用レートは千五百以下。守屋刑事は私を射殺しますか?」

 守屋刑事は戸惑う。

「そんなこと、あなたは絶対しないでしょう?」

「もしもの話ですよ。守屋刑事の考えも確かに分かります。だけど、人の心は相手や状況によって左右されてしまう。だったら『いっそのこと全部AIに任せてしまえ!』って考えは、一つの手なんじゃないかなって私は思います」

 響華の言っていることは一理ある。ただ、守屋刑事にはその信用レート自体に不信感があった。

「それでも、私は撃たないわ」

「えっ?」

「さっきの質問の答えよ。私は自分を信じるって決めたから、いくらスカウターが危険だと言っても、私は響華さんを撃とうとはしない。だって、あなたの行動は『全て人助けのため』のものだから。もし実際そんな状況になった時は、きっと私が間違ってるのよ」

「守屋刑事……。でも、さすがに間違ってるからって私が守屋刑事に銃を向けようなんて思わないですけどね」

「そうね。あなたの言う人助けって『心を助ける』ってことだものね」

 響華と守屋刑事はお互いを深く信頼しているようだった。

「救急隊です! 負傷者の方はどちらに?」

「こっちです」

 話をしているうちに五分が経ち、救急隊が到着した。

「結城さん、助かって……」

 祈るように言う守屋刑事に、響華は声をかける。

「助かりますよ、きっと」

(所轄の魔災隊だって、立派な隊員。社会のお荷物だなんて、そんなことないよ)

 運ばれていく結城隊員に、響華は優しく微笑みかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る