第16話 魔法対空母

 スリランカ沖を航行中のイージス艦つわのは、中国軍機にロックオンされ絶体絶命の状況に陥っていた。

「私たちの魔法で何とかします!」

 響華が自信に満ちた表情で言う。

「私と遥ちゃんで戦闘機のシステムを狂わせるから、碧ちゃんと芽生ちゃんはレーダーとか見ながら指示をお願い」

「分かった」

 響華の言葉に三人は頷くと、遥は響華とともに艦橋の最前部へ、芽生と碧はモニターの前に向かった。波岡艦長や隊員たちは呆気にとられてただその様子を眺めている。

「「魔法目録二十三条、電子操作」」

 響華と遥は同時に魔法を唱えた。

「おい、ミサイルがくるぞ!」

 碧が叫ぶ。

「距離まだ結構あるけどいける?」

 芽生が響華に問いかける。

「これくらいなら余裕!」

 響華は目を閉じ神経を集中させる。

『ピッ、ピッ、ピッ、ピピピピ……』

「そこだ!」

 響華が勢いよく右手を前に突き出すと、指先から細い光のようなものが一直線に海の向こうへと放たれた。

「どう?」

 響華は碧の方を振り返る。

「反応が消滅した。命中だ」

「良かった〜」

 響華は肩をなでおろした。

「遥、もう一発来るわよ」

「オッケー、私に任せて!」

 芽生の言葉に遥はこくりと頷く。

「魔法はどんな通常兵器よりも強いと思い知るがいい!」

 遥の指先から一直線に光のようなものが放たれると、遠くの方で水柱が立った。

「よっしゃあ!」

 遥はガッツポーズをする。

「もう遥、あんまり調子に乗らない」

 芽生が遥の方を見て言う。

「大丈夫、気は抜いてないから」

 そう言ってウインクをする遥に、芽生は呆れてしまった。

「おい、また二発来るぞ!」

 碧の声に響華と遥はすぐさま魔法を唱える。

「「魔法目録二十三条、電子操作」」

 二人が同時に魔法を放つと、水柱が二つ立ったのが見えた。

 レーダーを見ていた芽生が響華と遥に声をかける。

「中国軍機が引き返して行くわ。どうやら諦めてくれたみたいね」

「助かった〜」

「これ以上連続で魔法を使ったら集中力がもたないよ〜」

 響華と遥はその場に座り込んだ。

 艦橋は安堵に包まれた。

「君たちすごいね!」

 波岡艦長が四人に歩み寄る。

「いえ、私たちは全然」

 響華は謙遜する。

「何を言いますか。あの状況を切り抜けられたのは君たちのおかげだよ。一体どんな魔法を使ったんだい?」

 波岡艦長は魔法に興味津々といった様子だ。

「電子操作魔法です。ミサイルの電子機器を魔法で操作して爆発させました」

 遥が得意げに答える。

「そんなことまで魔法で出来るのか〜。君たちがいれば通常兵器なんて必要ないな。本当にありがとう」

 波岡艦長は感心したように言うと、四人に微笑みかけた。

「いえ、こちらこそ艦橋を使わせていただいてありがとうございました」

 響華は頭を下げた。

 するとその時、碧の声が聞こえた。

「おい、これはまずくないか?」

 全員がレーダー画面を見る。そこに映っていたのは。

「空母遼寧、だと……」

 波岡艦長の言葉に艦橋が凍りついた。




 空母遼寧。それは中国海軍の誇る航空母艦である。イージス艦一隻で対抗できるような相手ではない。

「この子たちをSH-60Kでインドの方へ移送させる。早く準備を」

「はい」

 波岡艦長が隊員に指示を出す。

「ちょっと待ってください! 私たちが逃げたらこの船はどうなっちゃうんですか? 隊員の皆さんはどうするんですか?」

 その様子を見ていた響華が波岡艦長に詰め寄る。

「君たちは強い。だからこそ君たちにはシナイに行ってもらいたい。そのためには、こうするのが一番確実だから」

「それじゃあ答えになってません。私たちはみんなを助けるために戦ってるんです。だから、この船と隊員の皆さんを守るためにも、私は逃げません!」

 響華はまっすぐに波岡艦長の目を見つめる。

「さっきの私の魔法、見てましたよね? なら私たちがそんな簡単に負けないことも、イージス艦の艦長さんなら分かりますよねっ?」

 遥も波岡艦長に歩み寄る。波岡艦長は少し悩むと。

「君たちがそこまで言うなら、我々も負けてはいられないな。よし、では共に戦おうではないか、頼れる魔災隊の者よ」

 そう言って微笑んだ。

「絶対に皆さんのこと、守ってみせます」

 響華は力強く誓った。


「空母遼寧、魚雷発射。四発来ます」

 隊員が言うと、響華と遥が魔法を唱えた。

「「魔法目録二十三条、電子操作」」

 二人の魔法は見事に命中した。だがまだ二発残っている。

「私たちが援護する」

 碧は芽生を引き連れ甲板に飛び降りた。

「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」

「魔法物質八条二項、物質変換、打刀」

 碧と芽生は魔法を唱えると、すかさずその武器を手に取り構える。

「…………そこかっ!」

 碧が矢を放った。その矢は水面すれすれを飛び、魚雷に命中した。

「あと一発ね」

 芽生は刀を構え、タイミングを計る。

『ゴー……』

 魚雷の近づいて来る音が聞こえる。

「今!」

 芽生は刀を大きく横薙ぎに振るった。するとその刀から衝撃波が発せられ、その衝撃波が魚雷に命中し爆発した。

「結構ギリギリだったわね」

 芽生はホッと息をつく。

「碧ちゃ〜ん、芽生ちゃ〜ん、大丈夫〜?」

 艦橋の方から響華の声がする。

「ああ、大丈夫だ。今戻る」

「分かった〜」

 碧が音にかき消されないよう大声で答えると、響華は頷いて手を振った。


「空母の様子は?」

 艦橋に戻って来た芽生が聞く。

「まだこっちに向かって来てる」

 響華はレーダー画面を見て答える。

「早く次の手を打たないと」

 遥の言葉に波岡艦長は。

「それはそうなんですが、先に相手が仕掛けてこない限りこちらからは攻撃できないので。我々としてはどうすることも……」

 そう言って俯いた。

「でもそれって自衛隊の話ですよね?」

 響華が波岡艦長に問いかける。

「ああ、それはもちろん」

「だとしたら、私たちが攻撃する分には問題ないんじゃないですか?」

 響華の言葉に遥が続ける。

「響華っちの言う通り! 私たちは魔法災害隊です。海外の戦争に行けって言われてるくらいですからこれくらいきっと平気ですって!」

「それを信じてやってみますか?」

 波岡艦長は顔を上げる。

「早くご決断頂かないと私たちも行動に移せません。艦長、許可を」

 碧が波岡艦長に迫る。

「分かった。君たちに任せる。ただ我々が援護することは出来ない」

 艦長の許可を得た四人は、空母の機能を停止させるための行動を始めた。


「魔法目録二十三条、電子操作」

 響華が魔法を放つ。しかし。

「あれ? 上手く当たらなかった?」

 命中したように見えたが、空母はまだこちらに向かって進んで来ている。

「もしかして、今の魔力じゃ足りなかったんじゃない?」

 芽生の言葉に響華が首を傾げる。

「えっ? どういうこと?」

「つまり、あの空母自体かシステムに何らかの魔法科学技術が使われていて、その時に使われた魔法が上位魔法なんじゃない?」

 響華はハッとする。

「そしたらあの船を止めるには」

「その上位魔法を上回るレベルの魔法、もしくは魔力が必要になるわね」

 ここにいる魔法能力者では空母遼寧は止められない。響華は一瞬諦めそうになった。だが。

「そうだ。四人の力を合わせれば!」

 響華は三人の目を見る。

「そうか、足し算か」

「確かにそれなら上位魔法も破れるかもしれないね!」

「ええ、やってみる価値はあると思うわ」

 碧、遥、芽生が頷く。

「じゃあ手を繋いで」

 響華は遥と、遥は碧と、碧は芽生と、それぞれ手を繋いだ。

 四人は一斉に魔法を唱える。

「「魔法目録二十三条、電子操作!」」

 三人の魔力が響華に集中する。極限まで魔力を溜め込んだ響華は。

「行っけ〜〜〜!!!!」

 叫びながら右手を前に突き出した。指先からは今までと比べ物にならないほど強い光のようなものが放たれた。

「どうだ」

「やっちゃえ〜」

「お願い」

 碧、遥、芽生もその行方を見守る。

『ピッ、ピー……』

「空母遼寧、機関停止」

 レーダー画面を見ていた隊員が言った。

「やった〜!」

 響華は三人に抱きついた。

「高校二年生であそこまでの能力とは……」

「魔法だけでなく、メンタルもかなりすごいですよ。あの子達」

 波岡艦長や隊員たちは危機を脱したことよりも、四人の活躍に目を奪われていた。




 二〇二〇年二月二十一日、イージス艦つわの艦内。

「港が見えて来たよ!」

 響華が指をさした先には、シナイ王国の首都シャルル・エム・シェイクの港がくっきりと見えてきた。

「色々あったけど、楽しかったね」

 遥が感慨深そうに言う。

「いや、本番はこれからだぞ」

「私たちの目的は戦争を止め、この国を支配する魔獣を倒すこと、でしょ?」

 碧と芽生が釘をさすと。

「もう、分かってるってば〜」

 遥が頬を膨らませた。

「まずはシナイ政府の人に会うんだよね?」

 響華の質問に碧が答える。

「ああ、シナイ政府に申請をしてから戦地に向かうという話だったはずだ」

「確かそこで詳細な地理とか物資の補給場所とかについても教えてもらえるって話よ」

 芽生も碧に続けて言う。

「そっか、普通の戦争じゃないからそういう情報は参加している人全員に平等に伝えられるってことだね」

 遥が納得したように呟いた。

 四人が窓の外を眺めていると、そこに隊員がやって来た。

「皆さん、間も無く港に着きます。荷物とか準備しておいてくださいね」

「分かりました!」

 隊員の言葉に頷いた四人は荷物を取りに向かった。


 イージス艦つわのがシャルル・エム・シェイクの港に着いたのは、もう午後三時を回った頃だった。

「お待ちしておりました」

 四人が船を降りると、スーツ姿の男性が一人立っていた。

「こんにちは」

 四人は頭を下げる。

「あなた達が日本からの参戦者ですね? まさかこんなに若くて可愛い方が来るとは思いませんでしたよ」

 男性はそう言って笑う。

「あの、あなたは?」

 碧が聞くと、男性は慌てたように言った。

「おっとこれは失礼。私はシナイ王国政府の者です。機密上身分などを明かすことができず申し訳ないのですが……」

「いえいえ、よろしくお願いします」

 響華は男性にもう一度頭を下げた。

 男性が車のドアを開ける。

「では行きましょうか」

「ちょっと待ってもらっていいですか?」

 響華はそう言うと後ろを振り返った。そこには波岡艦長がお見送りに船から降りて来ていた。

「波岡さん、ありがとうございました!」

 深くお辞儀をする響華に波岡艦長は。

「こちらこそ、君たちのおかげでここまでたどり着くことができた。ありがとう」

 そう言って微笑んだ。

「絶対戦争を止めて、世界を平和にします。待っててください」

「ああ、君たちには本当に世界を平和にできる力があると思っている。信じているよ」

 波岡艦長の言葉に力強く首を縦に振った響華は、前を向き車に乗り込んだ。


「まずあなた達にはホテルの方で説明を受けていただきます。それからフィールドへ向かっていただくのですが、本日はもう夕方ですのでそれは明日にしましょう」

 男性は運転しながら四人に流れを説明する。

「じゃあ私たちはそのホテルで一泊する感じですか?」

 遥が聞くと、男性は頷いて言う。

「そうですね。こちらの方で手配は済ませてありますので、あなた達は説明を受けていただいた後、お部屋の方はすぐ使えると思います」

「シナイ政府は随分と手際がいいわね」

 芽生が呟く。男性はそれが聞こえていたようで嬉しそうな顔を浮かべた。

「ありがとうございます。参戦者の皆さんは大切なお客様ですからね。さあ、着きましたよ」

 車が建物の前で停まった。

「ここに泊まるんですか!?」

 響華は建物を見て驚く。

「はい。シナイ王国一のリゾートホテルです。普段はヨーロッパからの観光客で賑わうんですが、この情勢もあってキャンセルが相次ぎまして。代わりに参戦者の方を泊めることで全員がウィンウィンの関係になってるんです」

 男性の説明に響華はへぇ〜と頷いた。

「早く行こうよ〜」

 リゾートホテルに興奮が抑えきれない様子の遥が急かすように言う。

「余計な話をしてしまいましたね。では早速中へ」

 男性は四人をホテルの入口へと案内した。

 四人は中に入ると同時に声を上げた。

「うわぁ〜何これ!」

 入口すぐのロビーは見たこともないほどの豪華な装飾品で溢れていた。床にはフカフカの絨毯が一面に敷かれていて、吹き抜けの天井には大きなシャンデリアが吊り下がっている。その光景に四人は目を奪われた。

「いかがですか? シナイ王国の誇るこちらのリゾートは」

 男性の問いかけに、響華は目をキラキラさせて答える。

「すっごく素敵です! こんなホテル初めてです!」

「それは良かったです。日本にはこのようなホテルはあるのですか?」

 男性はどうやら日本のことをあまり知らないようで、日本に興味があるらしい。

「はい、あります。だけど私は行ったことなくて、テレビとか雑誌で見ただけですけど……」

 響華の言葉に、男性は不思議そうな顔を浮かべる。

「あなた達は普段から危険な任務をこなしていると聞きました。ですから待遇も良いと思っていたのですが、もしかしてそこまでではないのですか?」

「う〜ん、どうなんでしょう? 高校生に払う額としては破格だと思います。だけど別に裕福に暮らせるほどの額じゃないってところでしょうか」

 誤解を与えてもいけないのでどう答えればいいのか少し悩んだが、何とか言葉を絞り出した。

「なるほど、ではまだこれからといった感じですかね」

「ですね」

 男性に誤解なく納得してもらえたようで、響華は一安心した。

「では皆さん、説明を致しますので会議場の方へご案内します」

 四人は男性の案内で会議場へと向かった。

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