第15話 イージス艦つわの

 二〇二〇年二月十四日、海上自衛隊横須賀基地。

「うわぁ〜! 私たちこれに乗るの!?」

 響華がイージス艦を前に大きな声を上げる。

「おい、あまりはしゃぐな」

「そうよ、自衛隊の方に迷惑でしょう?」

 碧と芽生はテンションが上がっている響華を落ち着かせようとする。

「まあ響華っちの気持ちも分かるけどね。私も今めっちゃ写真撮りたいもん」

 遥はそう言うとイージス艦にスマホを向けた。

「こら滝川、機密情報が漏れる可能性があるから撮っちゃダメだと言われているだろう」

「も〜アオ、冗談だよ冗談。私がそんなことすると思う?」

 碧に注意された遥は、笑って聞き返す。

「「思う」」

 碧と響華の声が重なった。

「ちょっとアオ〜! それに響華っちもひどいよ〜」

 遥は芽生に泣きつく。

「ねえメイメイ、二人が私のこと信じてくれてなかったんだよ〜」

「はいはい、分かった分かった」

 芽生は面倒臭そうに言う。

「メイメイは私のこと信じてくれてるよね?」

 遥は芽生の目を見つめる。芽生はしばらく遥の目を見ると、スッと目をそらした。

「……ノーコメント」

「みんなひどいよ〜!」

 遥は芽生を突き放した。

「でも、ここまでが冗談なんでしょ? 遥ちゃんも」

 響華が遥に声をかける。遥は響華の方を見ると、ニコッと笑った。

「あれ、バレてた? まあそうだよね。みんな私のこと信じてくれてるもんね」

「さて、それはどうだろうな」

 それを聞いた碧が真顔で呟く。

「えっ!? 今のも冗談だよね? そうだよね?」

「さあな」

「え〜、アオ〜……」

 わざとらしく落ち込む遥。くだらない茶番を終えた四人は大笑いした。

「君たちが噂の魔法災害隊かな?」

 後ろから声が聞こえた。振り返ると、五十代くらいの男性が数人を引き連れてこちらに向かってくる。

「こんにちは。えっと、あなたは?」

 響華が問いかけると、男性は帽子を取って四人に軽く頭を下げた。

「こんにちは。私はイージス艦つわの、君たちが乗る船の艦長の波岡なみおかと申します。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 四人も頭を下げた。

 波岡艦長はイージス艦へ四人を案内する。

「では、どうぞ中に。ようこそ《つわの》へ」




 つわの型護衛艦一番艦、イージス艦つわの。海上自衛隊のミサイル護衛艦で、最新鋭のシステムが搭載されている。この船に魔法災害隊の人間が入るのは初めてのことだった。

「皆さんにはこちらでゆっくりお過ごしいただければと思います」

 波岡艦長は四人を仮眠室のような部屋に案内した。

「あの、私たちも何かお手伝いした方が……」

 響華が波岡艦長に問いかける。

「いやいや、そんな気を使わなくていいよ。君たちにはシナイに着いてから最大限のパフォーマンスを発揮してもらいたいからね」

「そうですか、ありがとうございます」

 波岡艦長は一礼するとすぐに去っていってしまった。響華は何もできないのが少し歯がゆかった。

「ただ乗せてもらうだけなんて、なんか申し訳ないな……」

「だからと言って、私たちが出ていったところで足をひっぱるだけよ。ここはプロに任せておきましょう?」

 響華の様子を見かねた芽生が言う。

「うん、そうだね」

 響華は芽生の方を見ると、小さく頷いた。

 間も無く船は横須賀基地を出航し、シナイ王国の首都シャルル・エム・シェイクへの航海が始まった。


 夕食の時間。

「やった〜! 本物の海軍カレーだ〜!」

 食堂にやってきた響華はテーブルに並んだカレーを見ると満面の笑みを浮かべた。

「そういえば今日は金曜日だったわね」

 芽生がスマホを見て言う。

「本物のイージス艦のカレー、ぜひたくさん食べてくださいね」

 給養員の男性が優しく話しかける。

「はい、たくさん食べます! あれ、お兄さんかっこいいですね?」

 遥は男性をじっと見つめる。

「おい滝川! すみませんご迷惑をおかけしまして」

 碧は遥をつまみあげると、男性に対して慌てて謝罪した。

「いやいや、お気になさらず……」

 男性はそう言うと、そそくさと厨房の方に戻っていった。

「全く、いちいち余計なことをするな」

「は〜い」

 碧の言葉に遥は適当な返事をする。

「はぁ、伝わっているのやらいないのやら……」

 碧は頭を抱えた。

「碧ちゃん、早く食べようよ!」

 響華は碧に声をかける。

「ああ、食べよう」

 碧は急いで席に着いた。

「いただきま〜す! はむ、モグモグ……。うん、すごく美味しい!」

 響華はカレーを一口食べると、幸せそうな顔を浮かべる。

「おお、これはなかなかだな」

「ええ、程よい辛さで止まらなくなるわね」

「これは何杯でも食べられるよモグモグ……」

 碧も芽生も遥も、自衛隊のカレーにやみつきになった。

「どうです、うちの艦のカレーは?」

 カレーを食べている四人のところへ波岡艦長がやってきた。

「艦長さん、本当に美味しいです!」

 響華は口いっぱいのカレーを飲み込むと笑顔で答える。

「そうか、それは良かった。私もこの艦のカレーが大好きでね。金曜日を楽しみにしているんだよ」

「毎日でも食べたくなるくらい美味しいですもんね!」

「気に入ってもらえたようで良かったよ。おかわりもあるから好きなだけ食べるといいよ」

 響華は頷くと、残りのカレーを一気にかきこんだ。

「ちょっと響華、そんなに焦らなくてもおかわりくらいあるわよ。給食じゃあるまいし」

 それを見た芽生が呆れたように言う。

「ん? そっか、焦らなくてよかったのか〜」

 その横で遥が呟く。

「滝川、お前もか……」

 碧が遥の皿を見ると、その皿はすでに空になっていた。

「おかわりですか?」

 最初に話しかけてきた給養員の男性が再び話しかけてきた。

「「はい! お願いします!」」

 響華と遥は元気よく言うと、皿を差し出した。

「緊張感のない奴らだな」

「ええ、全く」

 碧と芽生は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。




 二〇二〇年二月十八日未明。イージス艦つわのはスリランカ沖を航行していた。

「艦長、そろそろ休憩を取られてはいかがですか?」

「そうだな、もう少ししたらな」

 艦橋では波岡艦長と副艦長が休憩のタイミングについて話していた。

「あれ? レーダーに機影がありますがこれは……」

 レーダーを監視していた隊員がふと呟く。

「どれだ」

「これです」

 艦長はレーダーの画面を見る。レーダーには識別不明の機影が一機映っていた。

「呼びかけを行おう」

「はい、了解しました」

 艦長の指示を受けた隊員は、識別不明機に航空無線で呼びかけを行った。

「こちらJS Tsuwano, DDG-181。こちらのレーダーで識別信号を確認できないのですが、所属を教えていただけますか?」

 識別不明機からの反応が無い。

「もう一度呼びかけてみろ」

 艦長がそう指示を出した瞬間。

「あっ、引き返しました」

 識別不明機は進路を反転させ、レーダーの範囲外に消えていった。

「何だったんでしょう?」

「さあ、慣れない一般人の小型機とかだったんじゃないか」

 隊員たちは特に気にしていない様子だったが。

「う〜ん、だといいんだが……」

 波岡艦長だけは嫌な気配を感じていた。


 その日の昼頃。

「ネット使えないのつらいな〜。あっ、そうだ。何で早く気づかなかったんだ」

 遥がスマホを手に持って何かをやっている。

「遥ちゃん何してるの?」

 響華が問いかける。

「よし、繋がった! あのね、電波魔法を使ってウチのワイファイにスマホを繋げたの」

 遥は得意げな表情をして答える。

「いや、何マジックハッカーみたいなことやってるんだ」

 碧が遥を睨みつける。

「ちょっとそんな怖い顔しないで。別にプログラムとかコードをいじったわけじゃないし、ただウチのワイファイに繋いだだけなんだから大目に見てよ。ね?」

「全く、しょうがない奴だな……」

 碧はため息をついた。

「あちゃー、いきなりピンチだ」

 遥が突如声を上げる。

「遥ちゃんどうしたの?」

 響華が画面を覗き込む。どうやら艦船擬人化ゲームをやっているようだ。

「何だゲームかぁ」

 響華はホッとしたように言う。

「ゲームかぁじゃなくて、私の大切な諫早いさはやちゃんが大破したんだよ〜」

「諫早ちゃん?」

「そう、戦艦諫早。めっちゃ可愛いんだよ〜」

 遥はそのキャラのプロフィールページを開くと響華に見せた。

「確かに可愛い」

「でしょ〜? この子のために結構課金しちゃったんだよね〜」

 この時の遥の顔は気持ち悪いくらいにニヤニヤしていて。

「あ、あはは。遥ちゃんらしいね……」

 響華は少し引いてしまった。

「まず大破した諫早ちゃんを回復しないと」

「ねえちょっと、イージス艦の中で大破とか言わないでよ縁起の悪い」

 遥がぶつぶつと独り言を言っていると、芽生が苛立ちを見せた。

「ごめん、つい」

「はぁ、別にいいけど。そろそろお昼だからキリのいいところでね」

 芽生は立ち上がり、昼食を食べに行こうとした。その時。

『ジリリリリリ……』

 けたたましい音が鳴り響いた。

「えっ、何の音?」

「一体何があったんだ?」

 響華と碧がキョロキョロと周りを見る。

「何か案内があるまで私たちはここにいましょう」

「うん、下手に動いたら危ないもんね」

 芽生の言葉に遥は頷くと、再び視線をスマホに向けた。

「だからと言ってゲームを続けるな!」

「いやワイファイの接続切っただけだから」

 碧と遥が言い争い寸前といった状況になる。

「あなた達、落ち着かないのは分かるけどここで私たちが争ってもしょうがないでしょう」

 それを見た芽生が怒鳴り声を上げた。

「すまない」

「ごめん」

 碧と遥は少し落ち着いたようだ。

「この音、すごく嫌な予感がする」

 響華は不安な気持ちでいっぱいだった。

 しばらくすると、隊員が四人の元へやってきた。

「皆さん、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 隊員の問いかけに碧が答える。

「あの、何が起きてるんですか?」

 響華が聞くと、隊員は伏目になって黙った。

「私たちも国のために戦ってるんです。教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 遥が隊員に詰め寄る。

「ちょっと遥。この方だって私たちのことを気遣って言わないようにしているのよ? そんな言い方ないんじゃない?」

 芽生は遥を止め、隊員に頭を下げる。その様子を見た隊員は。

「……いや、こちらの判断が間違っていたかもしれません。何が起きているのか、お話しします」

 そう言って、今何が起きているのか説明を始めた。

「今現在、中国軍機十数機がこちらに向かって飛行してきています。我々は呼びかけを行っているのですが反応はなく、このままではニアミスも避けられません。そこで念のために戦闘配置を取るという決断に至りました」

「戦闘配置……!」

 四人は息を呑む。隊員は四人を安心させようと笑顔を見せる。

「戦闘配置といっても、ここにいれば安全です。皆さんはこのままこちらで」

「嫌です」

 隊員の言葉を響華が遮った。

「私たちにも手伝わせてください。私たちは戦争を止めるために今ここにいるんです。もしここで戦闘になってしまっては元も子もありません。なので、私たちも一緒に戦わせてください!」

「そう言われましても……」

 隊員が困った表情を浮かべる。すると隊員の通信機から波岡艦長の声がした。

『おい、今魔災隊の子達と話せるか?』

「ちょうど目の前にいますが」

『それは良かった。その子達を艦橋に連れてきてほしい』

「よろしいのですか?」

『もちろんだ。すぐに連れてきてくれ』

「はい、了解しました」

 隊員は四人の方を見る。

「艦長からの命令で、艦橋の方まで来てほしいとのことです」

「分かりました。早く行きましょう」

 響華は大きく頷いた。

 四人は隊員に連れられ艦橋に入る。艦橋は軽いパニック状態になっていた。

「艦長さん!」

「ああ、君たち!」

 響華が呼びかけると、波岡艦長が駆け寄って来た。

「私たちはどうすればいいですか?」

 響華が聞くと波岡艦長はレーダーの方を見て答える。

「もうすぐ相手の射程距離に入る。戦闘になった時には攻撃を防ぐ魔法を使ってほしい。そういう魔法があればの話だが」

「あります。多分大丈夫です」

「そうか、頼んだよ」

 力強く返事をする響華に波岡艦長は一礼すると、すぐに他の隊員の元へと向かっていった。


「中国空軍戦闘機、中国空軍戦闘機。こちらJS Tsuwano, DDG-181。行動の目的は何ですか?」

 隊員は何度も呼びかけを行っているが応答は全くない。もう相手の射程には入っているはずで、この状況は明らかにおかしい。

『ピー、ピー、ピー……』

 突如アラームが鳴り響く。

「艦長、ロックオンされました!」

「何だと!?」

 艦橋に緊張が走る。

「機体はおそらくJ-15。となると、空対艦ミサイルはYJ-91。かなりまずいです」

 隊員の言葉に波岡艦長の顔が青ざめる。

「YJ-91……通称イージスキラー。回避するのは難しいぞ」

 艦橋に絶望感が漂ったその時。

「いえ、大丈夫です」

 響華が波岡艦長をまっすぐ見つめて言った。

「私たちならミサイルなんて敵じゃありません!」

 響華は自信に満ちた表情をしていた。

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