第14話 家族の形
世田谷区、響華の自宅。
「ただいま〜」
響華が玄関を開けると、父と母がリビングから出てきた。
「おかえり、響華」
「おかえりなさい」
「うん、ただいま……」
普段は出迎えることのない二人が玄関まで出てきたことに、響華は少し戸惑いを見せた。
着替えを済ませ部屋着になった響華がリビングへ向かうと、父が真剣な表情で言った。
「響華、ここに座ってくれ。話がしたい」
響華はこくりと頷き、椅子に座る。
「昼間の電話、戦争に行くというのは本当か?」
父が問いかける。すると母もそれに続けて聞く。
「響華、それがどれだけ危ないことなのか分かってるの?」
響華はすぐに答える。
「うん、分かってる。だけど、行かなくちゃいけないの」
「別に断ってもいいと聞いたが?」
強い口調で言う父に、響華も強く反論した。
「それでも、行かなくちゃいけないの。私は、魔法で一人でも多くの人を助けるって決めたから。いくら危なくても、誰かのためになるなら私は行きたい」
父と母は顔を見合わせる。
「全く、響華は一度決めたら絶対に曲げないからな」
「ホント。誰かさんみたいね」
「それって俺のことか?」
二人の表情が緩む。それを見た響華は。
「えっ、止めないの? 行ってもいいの?」
前のめりになって父の顔を見る。
「ああ、どうせ止めても無駄だろうからな。電話をくれた人も言っていたよ、響華の覚悟は本物だって」
「お父さん……!」
響華は立ち上がると父に抱きついた。
「おい響華、高校生にもなってお父さんに抱きつくなんて恥ずかしくないのか?」
「ぜ〜んぜん、恥ずかしくないよ!」
響華はより強く父を抱きしめる。
「もう、恥ずかしがってるのはあなたの方じゃない」
父の顔が赤くなっているのを見た母が言うと。
「違うよ、俺はただ……ちょっと苦しいだけだよ」
父は照れを隠すように分かりやすい嘘をついた。
「お父さんと響華の頑固なところ、ホントそっくりね」
母は小声で呟くと、夕飯の支度を始めた。
二〇二〇年二月四日。魔法災害隊東京本庁舎。
「おはよう。あれ、碧ちゃんどうかした?」
響華は碧が浮かない顔をしているのが少し気になった。
「ああ、ちょっとな」
曖昧な返事をする碧に、響華が聞く。
「ちょっとなじゃなくて、何があったの?」
「家族と少し……」
「ケンカしたの?」
「ケンカってほどでもないが、言い争いのような形に……」
響華はふ〜んと頷くと、碧の横に立った。
「私でよければ話聞くよ?」
響華は碧に微笑みかける。
「じゃあ……、聞いてもらってもいいか?」
「えっ、あ、うん。もちろん!」
普段は遠慮する碧が素直に応じたので、響華は少し動揺してしまった。
「私の家系は国を守る人間が多いと言う話は、確かしたよな?」
「うん、最初の頃に聞いたよ」
「だから、戦争というのがどれだけ危険で、どんなリスクがあるのか、そういうのを全部知ってるんだ。それもあって、私が戦争に行くという話を聞いた時はもうカンカンで」
「それで言い争いになっちゃったんだね?」
碧はこくりと頷く。
「私も進んで戦争に行きたいという訳じゃない、任務だから行くんだと何度も言ったんだが、なかなか受け入れてもらえるものではないな」
「まあ普通の戦争じゃないなんてことも言えないしね。言ったところで信じてもらえないだろうけど」
「そうなんだよな。普通の戦争じゃないからこそ私たちが行って止めなければならないのだがな。ん〜、どうしたものか」
二人が悩んでいると、芽生がやってきた。
「あら、あなた達。二人して何難しい顔してるの?」
「あ、芽生ちゃん!」
響華は芽生を呼び寄せる。
「一体どうしたの?」
芽生が問いかける。
「碧ちゃんがね、戦争のことで家族と言い争いになっちゃったんだって」
「なるほど」
芽生は納得したように言う。
「なるほどって芽生ちゃん、もっとちゃんと考えてよ」
「考えるまでもないわよ。これが普通の反応だもの」
「だから悩んでるんだって」
響華はまともに相談に乗ってくれない芽生に少し苛立ちを見せた。
「そうだ、そういえば桜木はどうだったんだ?」
碧が思い出したように質問する。
「確かに! 芽生ちゃんの家もやっぱりこんな感じだった?」
響華も気になる様子で言う。すると芽生は。
「しょうがないわね。ちょっと長くなるわよ?」
そう前置きして話を始めた。
「私の家は少し特殊なのよ」
「特殊って?」
響華が首を傾げる。
「両親ともイギリスに海外赴任してて、私は一人で住んでるのよ。保護者の承認とかハンコがいるものは電話で聞いて私がサインしてる。もちろん今回のことも電話で相談したわ」
「それで、何と言われたんだ?」
碧が聞く。
「自分の意思に従いなさいって、そう言われたわ」
「それ、なんか冷たくない?」
響華は芽生に言う。
「別に。一人の人間として扱ってくれてるって感じがするけど?」
「そういうものかな〜」
響華は芽生の家族の形に、あまり納得できないようだった。
間も無く遥がやってきた。
「おっはよ〜!」
朝から元気な遥に、三人は冷たい視線を向ける。
「あれ? みんな朝から元気ないね〜」
「朝から元気な方がおかしいと思うけど……」
響華が苦笑いを浮かべる。
「滝川、お前の家はどうだったんだ? 戦争の件」
碧が聞くと、遥は笑顔で答えた。
「バッチリ! オッケーもらってきたよ」
あまりの即答に碧は驚き、もう一度聞いた。
「戦争の件だぞ?」
「うん、だからオッケーもらってきたよ」
遥は当たり前のように言っているが、碧にはそれが信じられなかった。
「一体、どうやって説得したんだ?」
碧は遥に詰め寄る。
「説得も何も、戦争行ってくる〜って言ったら、行ってらっしゃ〜いって。そんな感じ」
「そんな感じって……」
響華も思わず呆れてしまうほど、意味の分からない答えが返ってきた。
「そんな訳ないだろう」
碧は遥に確認するが。
「それがあるんだって。ウチは適当だからね〜。飲み物買ってこよ」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
響華と碧は顔を見合わせる。
「遥ちゃんの話、本当なんだよね?」
「多分、本当なんだろうな……」
「「はあ……」」
二人は肩を落とす。その様子を見た芽生は。
「とにかくこういうのは人によって全然違うんだから、あなたの場合は家族と真正面からぶつかるしかないんじゃない? さすがに遥の家は適当すぎだと思うけど」
そう言い残し、司令室の方へと行ってしまった。
響華は碧の肩にポンと手を置いた。
「碧ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。ちゃんと話せば、想いは伝わるって。ね?」
碧はしばらく響華の顔を見つめると、大きく頷いた。
「そうだな。もう一度家族に自分の気持ちをぶつけようと思う」
「それじゃあ、そろそろ周辺警備行こっか?」
「ああ」
碧の表情は、すっかり明るくなっていた。
二〇二〇年二月十日。九州みらい党東京支部。
「皆さん、本当にシナイに行っていただけるのですね?」
「はい」
水瀬支局長の質問に、響華は力強く返事をした。
「本当にありがとうございます。それと、明日会見をこちらの建物で行うのですが、出来れば皆さんにも登壇してほしいと思っております。無理にとは言いませんが、いかがでしょうか?」
響華は碧、芽生、遥と顔を見合わせ、全員の気持ちを確認する。
「はい、分かりました」
「ありがとうございます。プラチナ世代の皆さんには感謝してもしきれません」
頭を下げる水瀬支局長。それを見た響華は慌てて謙遜する。
「いやそんな、まだ何もしてないですから!」
「いえ、その決断を下してくれた、そのことに感謝しているのです」
水瀬支局長は響華の手を握る。
「これから皆さんには、いくつもの苦労や困難が待ち受けていると思います。私たちもあなた達四人を、全力でサポートいたしますので、どうか世界を救ってください。よろしくお願いします」
その言葉を聞いた響華は。
「ちょっといいですか?」
そう言って手を離した。
「すみません、何かお気に障りましたか?」
水瀬支局長は申し訳なさそうに言う。
「そういう訳じゃないんですけど……。プラチナ世代は、本当は五人なんです。だけどその仲間は去年事件に巻き込まれてから、ずっと行方不明なんです」
「そんな……! 警察はもちろん知っているのですよね?」
水瀬支局長の声が震えている。相当ショックを受けたようだ。
「はい。その時一緒に事件を捜査していた刑事さんがずっと捜してくれているんですが、全く手がかりも掴めないみたいで……」
「……分かりました。大切な魔災隊の一員が行方不明なのは、国にとっても大きな損失です。あなた達がシナイに出発するまでにというのが理想ではありますが、せめてシナイから帰還されるまでには、その大切な仲間を捜し出せるように働きかけたいと思います」
「すみません、ありがとうございます」
響華は水瀬支局長に深々と頭を下げた。
翌日、二〇二〇年二月十一日。
水瀬支局長による会見が始まった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。これから国民の皆さんに重要なお話をします」
集まったマスコミの記者が一斉にフラッシュをたく。
「シナイ王国の内戦が激化していることは皆さんご存知かと思いますが、多くの方は関係ないとお思いかもしれません。ですがこの問題は、実は日本にも大きな影響があります。それはスエズ運河を航行する船舶に被害が及んだり、スエズ運河に航行禁止措置がとられたりすることで起こる貿易への影響です。日本は原油や食料など多くのものを輸入に頼り、また自動車や工業製品を輸出することで成り立っています。シナイ王国の内戦は、もはや対岸の火事ではないのです。そこで、日本からシナイ王国に戦力を派遣することを決定いたしました」
会見場に記者たちのどよめく声が響いた。
「自衛隊の派遣は憲法九条に違反するのではないですか?」
記者から野次に近い質問が飛ぶ。
「はい。ですので今回派遣するのはこちらの皆さんです」
水瀬支局長は四人を呼び込む。
「魔法災害隊の藤島響華、新海碧、桜木芽生、滝川遥の各隊員です」
「ど、どうも」
四人は困惑気味に壇上に上がった。記者たちはさらにどよめく。
「魔法災害隊は原則、日本国内で魔法災害の対処と魔法犯罪の捜査協力が任務内容ですが、日本に明確に影響を与えるおそれのある問題については海外であっても派遣することができると規定されています。今回はそのケースに該当すると考え、魔法災害隊の派遣を決断いたしました」
「一つすみません、今まで幾度もシナイで戦争が起きていますが貿易への影響はありませんでした。今回は今までと何か事情が違うのでしょうか?」
質疑応答の時間ではないのだが、記者たちは手を挙げてさされるのを待っている。それを見た水瀬支局長はすぐに対応した。
「質問したい方が多いようなので、ここからは質疑応答形式で会見を進めたいと思います。ではまず今の質問ですが、今までは主に米国とロシアの二カ国が戦争に介入していましたが、今回は中国も介入しています。これによって大国同士の衝突の危険性が以前と比べて高まっていると考えられます。そこで、平和的戦力である魔法災害隊を派遣することでこれを平和的に解決できるものと考えました」
水瀬支局長は別の記者をさす。
「東横新聞の渋谷です。なぜ魔法災害隊の派遣メンバーがこの四名なのでしょうか? ベテランや経験のある隊員の方がいいのではないですか?」
「もちろんその考えもありました。ですが、こちらの四名は歴代の中でも魔法能力が一番と言っていいほど高く才能も豊富なので任せることにいたしました」
「でもその子達いくつ? とても成人してるように見えないけど?」
さしてもいないのに勝手に質問する記者に、水瀬支局長は顔をしかめて言う。
「すみませんが、指名されてから質問していただけますでしょうか。一応今の質問に関してお答えすると、学年で言うと高校二年生です。ただ彼女達は養成校キャリアクラスで厳しい訓練を受け、高度な知識も学んでいます。また、魔法災害隊としても主力級の活躍をしていただいているのでそのような不安は一切ございません。ご安心ください」
その後も記者の質問は続き、会見の時間は一時間近くに及んだ。
「すみません。こんなに時間を取らせてしまって……」
会見が終わると水瀬支局長は四人に申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、別にいいですよ謝らなくて。私たちはほとんど立ってただけですし」
響華はそう言って笑顔を見せる。
「あなたは心が広いですね」
「いや〜そうですか〜?」
水瀬支局長の言葉に響華は照れて頭を掻いた。
「それで、いつ出発するんですか?」
碧が水瀬支局長に聞く。
「そうですね、なるべく早い方がいいので……。今週の金曜日、二月十四日でもよろしいですか?」
四人は頷く。
「では、その方向で話を進めます。ご協力、本当に感謝します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
四人は水瀬支局長に深くお辞儀をした。
その日の夜。九州みらい党東京支部では、水瀬支局長が電話をしていた。
『史上最年少にして初の女性総理大臣になった気分ってどんな感じなの?』
「さゆりさん、別に私はなりたくてこうなった訳じゃないんですよ?」
相手は長官のようだ。
『でも現になってるんだから、気分くらい教えてくれてもいいでしょ?』
「別に、そんな嬉しいものでもないですし、こんなものかなといった感じです」
『え〜、相変わらず奈津美ちゃんはドライだな〜』
「ドライとかではなくて、こうするしかなかったからこうなっただけで……」
電話の向こうから長官の笑い声が聞こえた。
『全く、奈津美ちゃんは変わらないね』
「何がですか?」
『全部自分で背負いこんで、周りには頼ろうとしないところ』
「なっ、ちょっと急に何言い出すんですか?」
長官の言葉に水瀬支局長が動揺する。
『あはは、だって奈津美ちゃんが「こうするしかなかったから」って言う時は絶対に何か抱えてる時なんだもん。自覚なかった?』
「はい、ありませんでした……」
水瀬支局長は恥ずかしい思いでいっぱいだった。
長官が声を落として聞く。
『それで、何か分かったことあった? 私を巻き込んじゃうとか、そういうのは考えなくていいから。言ってみて』
「少し前になるのですが、公民党の神谷総裁と会ったんです。その時、神谷総裁から嫌なオーラを感じました」
『それはつまり……』
「おそらく、魔獣が裏にいるものと考えられます」
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