第10話 やり残したこと

 警視庁魔法犯罪対策室。

「もう遥さん、余計な心配かけさせないでくれる? 刑事も色々大変なんだから」

 四人が戻ると、守屋刑事がため息まじりに言った。

「みーちゃんホントすみませんでした。有用な情報ゲットしたんでどうかご慈悲を!」

 遥は頭を下げる。それを見た守屋刑事はもう一度ため息をついた。

「別にいいよもう。それで、有用な情報って?」

 遥は顔を上げると、ニコリと笑った。

「それはですね〜。ズバリ、ひかりちゃんのやり残したこと!」

 守屋刑事は一瞬固まった。

「えっ、ちょっと待って? それが分かったなら裏付けさえ取れれば未遂容疑で捕まえられるってことよね?」

「そう言われたらそうかもしれませんね〜」

 遥はドヤ顔を見せた。

 守屋刑事は遥に詰め寄る。

「ねえ、やり残したことって何なの?」

「都庁で魔法爆発を起こす。狙いは都の職員だって」

「それはいつ?」

「え〜と確か、来週の火曜日って言ったかな」

 守屋刑事はカレンダーを見る。

「来週の火曜日……、十月二十二日。それって即位礼正殿の儀の日じゃない! 警察は皇室関連の方に重点的に配置されるからその他が手薄になる。もしそれを狙っているのだとしたらその少女、ひかりちゃんはかなり頭がいいわね」

 その言葉に頷く遥。

「はい、今までの行動と無戸籍ってことを考えると学校には行っていないと思う。けど、話をした限りでは間違いなく頭もいいし、魔法能力もかなり高いと思います。警察が出たところで、逆に危険かもしれないですね」

 守屋刑事は四人の方を見る。

「あなたたちに任せても大丈夫? 私も最大限バックアップするから」

 四人は顔を見合わせると、首を縦に振った。

「はい、任せてください!」

「ごめんなさいね、一週間の間に色々させてしまって……」

 守屋刑事が申し訳なさそうに言うと、響華はそれを否定した。

「いいんですよそんなこと。局長もそんなようなこと言ってましたけど、私たちはもう魔災隊の一員です。どんな大変な任務であれやり遂げないと魔災隊失格です。そうでなくても誰かの役に立てることが、私は何より嬉しいんです。だから気にしないでください」

「誰かの役に立つ、か……。あなたは立派ね。うん、お願いね」

「はい!」

 響華は元気よく返事をした。




 一週間後。二〇一九年十月二十二日。

「いよいよだね」

「ああ」

「警戒、怠らないようにね」

「は〜い」

 響華、碧、芽生、遥の四人は都庁前の広場で張り込むことになった。

『都庁の中にいた人には、一旦外に出てもらったわ。祝日といえど今日みたいな日はやっぱり結構仕事の人いるみたいね』

 建物内にいた人の避難誘導を終えた守屋刑事から無線が入る。

「それは私たちもですけどね」

 響華がそう言うと守屋刑事の笑い声が聞こえた。

『アハハ、そうだったわね。公務員ってなんだかんだ大変よね』

「みーちゃんそれ私たちに言われても……」

 遥が困ったように言う。

『ごめん。つい同期みたいな感覚になっちゃって』

 守屋刑事の言葉に響華がフォローを入れる。

「まあ一週間で随分仲良くなりましたしね!」

 これを聞いた碧と芽生が呆れたように呟いた。

「仲良くって……。信頼関係が築けたとかの間違いじゃないのか?」

「響華らしいといえばらしいけど」

「え〜、仲良くでいいんだよ!」

 響華は頬を膨らませる。

「言い回しなんて何でもいいじゃん! 私たちとみーちゃんの関係は揺るがないものなんだから。ね、みーちゃん?」

 遥が無線機のマイクに向かって聞くと、すぐに返事が返ってきた。

『そうね、こういうのは言い方の問題じゃないと思うわ』

「ほら遥ちゃんも守屋さんもそう言ってるじゃん!」

 響華が碧と芽生に怒った表情を見せる。

「悪かった悪かった。確かにその通りだ」

 碧は慌てて響華に同調する。しかし、芽生は黙ったまま固まっている。

「ねえ芽生ちゃんも謝ってよ。ねえってば!」

 響華が肩を揺さぶると、芽生はその手を払いのけた。

「邪魔しないで! そろそろ来るかもしれない」

 真剣な表情の芽生を見て、響華は驚いて一歩下がる。

「あっ、ごめん。何か感じるの?」

 芽生は神経を研ぎ澄ませる。

「転移魔法の反応を近くに感じた。おそらくあっちの方から来ると思うわ」

 三人は芽生の指差した方を見る。

「いよいよ、ひかりちゃんと戦うんだね……」

 響華の呟きに、四人の鼓動が早くなっていく。

「でもひかりちゃんは、私たちのことを傷つけることはないと思う」

「だとしても、油断は禁物だぞ」

 遥の言葉に碧が釘を刺した。

「来るわよ」

 芽生が言ったと同時に、建物の陰から人が出てきた。

 響華は照準魔法でその人の顔を確認する。

「やっぱりひかりちゃんだ」

 四人は臨戦態勢をとった。




 ひかりが四人に近づいて来る。

「あれ? おねーさん達他の人連れてこなかったの?」

「だって、信頼できる人しかいない方がいいでしょ?」

 ひかりの問いかけに遥が答える。

「まあそうだけど。でも全員倒すから誰でもよかったんだけどね」

 ひかりは不敵な笑みを浮かべる。

「……この前のひかりちゃんじゃない」

 響華の呟きに遥も頷く。

「うん、かなり強い想いを持ってここに来たって感じがする」

 碧と芽生も表情が引き締まる。

「彼女はおそらく年下だが、私たちと魔法能力は互角か、それ以上かもしれない。かなり手強いぞ」

「ええ、そうね。手加減したら多分やられるわ。全力で行きましょう」

 四人は魔法を唱える。

「魔法目録二条、魔法光線!」

「魔法目録一条、魔法弾!」

「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」

「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」

 それを見たひかりも、すかさず魔法を唱える。

「魔法目録二条、魔法光線!!」

 しかしひかりが狙ったのは四人ではなかった。

「まずいよみんな!」

 ひかりの思惑に気が付いた響華が声をあげる。

「どうした藤島?」

 碧が弓矢を構えながら問いかける。

「ひかりちゃんが狙ってるのは私たちじゃなくて都庁だよ!」

「私たちは眼中にないってこと?」

 芽生は刀を強く握り締めて言った。

「響華っち、まずはその攻撃を防がないと。都庁が吹っ飛んじゃう!」

 遥が魔法弾に魔法物質を蓄えながら響華に伝える。

「そうだね。それは私がやるよ」

 響華はそう言うと、少し上に狙いを定める。

「魔法光線に魔法光線をぶつけるなんて出来るのか?」

 碧は少々不安そうに響華を見る。

「分かんない。でも、とにかく今はやるしかないよ」

「そうか、そうだな。私たちは今できることをやるだけだ。よし、行くぞ!」

 碧の掛け声と同時に一斉に攻撃を始めた。

 ひかりが放った魔法光線が一直線に都庁へと伸びて行く。

「よし、今だ!」

 響華はひかりの放った光線とぶつかるように角度を調整して魔法光線を放った。

「当たって」

 響華が呟いたと同時に空中で光線同士がぶつかり、ドーンと爆発が起きた。

「では私たちもいくぞ」

 続けて碧が遥に合図を出す。碧の矢と遥の魔法弾がひかり目掛けて同時に放たれる。

「へえ、考えてきたね」

 ひかりはニヤッと笑うと左手を前に突き出した。すると魔法物質によるシールドが出来て、矢と魔法弾はあっけなく防がれてしまった。

「今度は私の番!」

 ひかりは右手から魔法弾を繰り出す。左手で防いでいる間に次の攻撃の手を打っていたのだ。

「しまった!」

 碧は反応するも少し遅かった。

「グハッ……!」

 ひかりの放った魔法弾は碧の腹部に命中し、碧は吹き飛ばされ地面に打ちつけられた。

「碧ちゃん!」

 響華が慌てて声をかける。

「……すまない。私は大丈夫だ。あとはお前らに任せたぞ、藤島……」

「うん、分かった。後は任せておいて」

 響華は大きく頷くと、もう一度魔法を唱えた。

「その隙に……」

 芽生は戦闘の混乱に乗じてひかりの背後に回り込んでいた。

「後ろから斬りかかれば、多分いけそうね」

 ひかりのちょうど真後ろまでたどり着くと、ひかり目掛けて全力で駆け出した。

「これなら、いける……!」

 芽生が確信したその瞬間。

「おねーさんバレバレだよ〜?」

 ひかりは後ろを振り返り芽生を睨みつける。

「まずい、やられるわ!」

 芽生は地面を強く蹴り、ひかりの攻撃を左に躱そうとした。しかし、ひかりはその動きを見逃さなかった。

「魔法目録八条二項、物質変換、片手剣」

 ひかりは剣を取ると、くるっと体を捻らせ剣を横薙ぎに振るった。

「ひゃっ!」

 芽生は驚いてバランスを崩した。だがそのおかげで、ひかりの剣は芽生の右の脇腹をかすめ致命傷は免れた。

「くっ、痛た……」

 芽生は斬られた箇所を右手で押さえながら、地面に左手をついて立ち上がろうとした。

「そうはさせないよ」

 芽生の顔に剣先が突きつけられる。芽生は動きを完全に封じられてしまった。

「私も、ここまでかしらね……」

「おねーさん、諦めるんだ?」

 ひかりは芽生を挑発するように言う。

「諦めよう……と思ったけど、仲間のおかげで助かったわ」

 芽生の言葉にひかりは焦りの表情を見せる。

「後ろ!?」

 ひかりが振り返ると、響華と遥が魔法光線と魔法弾を放つ寸前だった。

「もう、邪魔しないで! って逃げられた」

 ひかりが目を離した一瞬に、芽生は距離をとり刀を構え直す。

「連携プレーが私たちの持ち味だからね!」

 響華はそう言うと、遥とアイコンタクトを取りそれぞれ魔法光線と魔法弾を同時に放った。

「でも、まだまだだよ!」

 ひかりは不敵な笑みを浮かべ、その場に直立している。

「シールドも張らずに何してるの!? あのままじゃ光線と魔法弾をもろに受けちゃう!」

 遥が驚いた様子で言うと、その横で響華が冷静に呟いた。

「きっと何か、考えがあるんだよ」

「考えって?」

 響華はひかりの意図を必死に考える。

「攻撃を直前まで避けないことのメリット……。今この状況から考えるんだ……」

「ねえ響華早く! ひかりちゃんが危ない!」

 響華が何かを思いついたようにハッとする。

「危ないのはひかりちゃんじゃない。芽生ちゃんだよ!」

「それってどういう……あっ、そうか! メイメイ避けて!!」

 遥もひかりの意図に気づき、芽生に向かって叫んだ。しかし。

「え? 何?」

 芽生にその言葉は届かなかった。

「魔法目録十五条、転移」

 ひかりは魔法光線と魔法弾をギリギリまで引きつけると、直前でその場から転移した。ターゲットのいなくなった光線と魔法弾はそのまま一直線に進んで、その先にいた芽生に迫る。

「芽生ちゃ〜ん!!」

 響華の叫びも虚しく、光線と魔法弾は芽生に直撃した。

「くっ……」

 吹き飛ばされた芽生は、壁に背中を打ちつけ地面に倒れこんだ。

「芽生ちゃん!」

「メイメイ生きてる?」

 響華と遥が慌てて駆け寄る。

「………………」

 芽生は倒れたまま微動だにしない。

「芽生ちゃん……死んじゃ、やだよ……」

「メイメイ……私の魔法弾のせいで……」

 響華と遥は目に涙を浮かべながら、芽生の手を握った。すると。

「……あなたたち、勝手に殺すんじゃないわよ…………」

 芽生はゆっくりと目を開き、苦しそうに文句を言った。

「芽生ちゃん! 良かった〜!!」

「も〜、心配させないでよねっ!」

 響華と遥は安堵の表情を浮かべる。

「……いくらあの子相手だからって、さすがに威力強すぎよ……。あくまで私たちの任務はあの子を警察に引き渡すこと、でしょう?」

 芽生は痛めた箇所を気にしながら、響華と遥に話しかける。

「そうだった!」

「つい本気になっちゃって」

 すっかり本来の目的を忘れていた様子の二人に、芽生は起き上がりながら呆れたように言う。

「まあ本気じゃないと敵わないところもあるけど、とにかくあの子を早く捕まえて。任せたわよ?」

「うん!」

「任せといて!」

 響華と遥は笑顔で返事をすると、勢いよく走っていった。

「全く、なんで怪我人が指示出さなきゃいけないのよ……」

 芽生はポツリと愚痴を呟くと、壁に寄りかかり目を閉じた。

「もう二人しか残ってないの? さっさと諦めたら?」

 ひかりが響華と遥をバカにしたように言う。

「私たちは諦めない」

 響華が力強く言い返す。

「ふ〜ん。じゃあおねーさんから倒そうかな。いいよね?」

 ひかりが挑発すると、響華はあえてそれに乗った。

「いいよ。だってひかりちゃんは、私を倒せないから」

「は? どうして?」

「だって、私には遥ちゃんがいる。順番に倒そうとした時点で負けなんだよ」

「負けって、そんなわけ……」

 気がつくと遥の姿が見当たらない。

「ウソ!? どこに行ったの?」

 いくら周囲を見回してもどこにも姿はなく、ひかりは動揺を隠せない様子だ。

「ねえ、ひかりちゃん。私の話、聞いてくれる?」

「へっ?」

 突然響華の優しい声が聞こえたひかりは、気の抜けた声をあげた。

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