第9話 個性

 八王子市内、浅川大橋下。

 魔法について何も知らないひかりに、遥は魔法目録の説明を始めた。

「魔法目録っていうのはね、魔法のメニューみたいな感じでね。魔法の種類がたくさん書いてあるんだよ。まず私たちはそれを覚えなきゃいけないんだ」

「どれくらい覚えなきゃいけないの?」

「う〜ん、そうだな。魔法能力者の中にも魔法の得意不得意があるんだよ。だからそれにもよるんだけど、私の場合はオールラウンダーだからほぼ全部。五十個くらいかな?」

「そんなに覚えてるの?」

 ひかりは目を見開いて驚く。

「あくまで私はね。ユッキーは確か物質変換と照準魔法くらいしか覚えてないと思うよ。ユッキーの戦術的に他は必要ないからね」

「ふ〜ん、そうなんだ。それじゃあ、なんでおねーさん達は魔法を使うときにその魔法の名前を唱えるの? 必要なくない?」

 ひかりは、いちいち魔法を唱えることをずっと疑問に思っていたようだ。

「それはね、まず唱えることによって魔法物質の力を最大限に引き出せるから」

「どういうこと?」

 首を傾げるひかり。

「つまり、魔法を唱えることで魔法物質に想いが伝わって、自分の持つ最大出力が出せるって感じかな」

「聞いてもよく分かんない」

 理解できない様子のひかりに、遥はポンと肩に手を置いて微笑んだ。

「私もよく分かってないよ。多分魔法能力者の中でも、ちゃんと分かって唱えてる人なんてほとんどいないんじゃないかな? そういうもんだと思っておけばいいんだよ、きっと」

「へぇ〜。でもアタシ、唱えなくても魔法使えてたよ?」

「唱えなくても使えるは使えるよ。力は弱まっちゃうけどね」

 ひかりは自分の手を眺める。

「そっかぁ、じゃあ強い力が必要なときには唱えたほうがいいんだね?」

「そういうこと。逆に弱くてもいいから早く魔法が使いたかったり、声を出せない状況だったりって場合はあえて唱えないこともあるよ」

 遥はそう言うと、目を閉じて神経を集中させる。

「…………、ほい!」

 するとひかりの前に一本のチューリップが現れた。

「うわぁきれい! 遥おねーさんがやったの?」

 ひかりは目をキラキラさせてチューリップを眺めている。

「そうだよ。でもこれは物質変換で生み出したやつだからすぐ消えちゃうけどね」

 遥が言い終わると同時に、チューリップは光を放ち跡形もなく消滅してしまった。

「あ〜あ、消えちゃった……」

 それを見たひかりは、少し残念そうに呟いた。




 遥はひかりの方を向くと、真剣な表情で問いかけた。

「ひかりちゃんはあの時、どれくらいの想いを込めた?」

 急に態度が変わった遥に、ひかりは身構える。

「あの時って?」

「ユッキーを魔法物質に変えた時。ひかりちゃんは物質変換魔法の逆バージョンをユッキーにかけたんでしょ?」

 ひかりは口を噤んで下を向いた。

「ということは今、ユッキーはどこにもいないけどどこにでもいられる、不思議な存在になってるってことだよね? もしかしたら真横にいる、なんてこともあるわけでしょ?」

 その言葉を聞いたひかりは、キョロキョロと辺りを見回す。

「だからさ、教えてよ。どれくらいの強さで魔法をかけたのか」

 ひかりは、恐る恐る遥の方を見るとゆっくりと口を開いた。

「一週間くらい……、それくらいは魔法が解けないようにと思って魔法をかけた」

「それはやり残したこと、誰かへの復讐? を邪魔されないようにってことだよね?」

 遥が復讐と言ったことに、ひかりはビクッとした。

「うん、そうだよ。でも遥おねーさんはなんで復讐って分かったの?」

「分かるよ。ひかりちゃんの今までの話を聞いてればね」

 ひかりは、遥に全部見透かされているように感じられた。

「……すごいな〜、遥おねーさんは。名探偵みたい」

 真剣な表情をしていた遥の顔が緩む。

「アハハ、別にそんなんじゃないけど。きっとユッキーのおかげかな」

「雪乃おねーさん? もしかして本当に今ここにいるの!?」

 驚いて辺りを見回すも、ひかりには何も見えない。その様子を見た遥が笑いながら言う。

「違う違う! そうじゃなくって」

 ひかりは恥ずかしそうに遥の方に顔を向け直す。

「じゃあどう言う意味!?」

 遥は微笑むと話を始めた。

「昨日のユッキーの話は覚えてるよね?」

「それは、覚えてるけど……」

「ユッキーはさ、自分は変わってるって言ってたでしょ? でもさ、そんなこと言ったらみんなどこか変なところはあると思うんだよ。ひかりちゃんから見たら、私だって変な人でしょ?」

「うん」

 即答するひかりに、遥は動揺する。

「えっ、私そんなに変だった? ま、まあいいや。とにかく私が言いたいのは、そういうのは全部個性ってこと」

「個性?」

 ひかりは首を傾げる。

「そう、個性。だから、まずは相手の個性を見極めて、そこからその人がどんなことを考えてどういう風に動くのかっていうのを考えるんだよ。ユッキーはその辺特に難しかったからすごい鍛えられたよ。でも、味方との連携から敵の動きの予測まで幅広く使える技術だから身につけておいて損はないと思うよ?」

「だから私のことも全部お見通しなんだね」

 ひかりが納得したように言う。

「ひかりちゃんは何か信念があって行動してるように見えたから、分かりやすかったかな」

「なにそれバカにしてる?」

 少し怒ったように聞くひかりに、遥は慌てて首を横に振る。

「してないしてない。……でもその信念はきっと、ずっと言ってたお母さんのために、なんだよね?」

 ひかりはコクリと頷くと笑顔を見せる。

「遥おねーさんには敵わないなぁ。じゃあいいや。やり残したことが何なのか、教えてあげる」

「ホントに!? それじゃあひかりちゃん不利になっちゃうよ?」

 遥が大きな声で驚く。

「いいよ。言わなかったところでどうせ止めに来るだろうし」

「それもそうか。で、やり残したことって何なの?」

 ひかりは遥の耳元に顔を近づけ、小声でその計画を伝えた。

 ひかりの話を聞き終えた遥は大きく頷いた。

「うん、分かった。確かにそれは私たちが止めなくちゃいけないな。ひかりちゃんはまず私たちと全力で戦うことになるよ? それでもいい?」

「覚悟はできてる」

「負けた時点で警察に捕まっちゃうよ?」

「それは分かってる」

「計画が果たせなくてもいいの?」

「最初から無理だろうなとは思ってたから」

 遥とひかりはしばらく見つめあった。

「ひかりちゃんは芯が強いね。それでもやるというなら、今私には止められない。当日、思いっきりぶつかろうね!」

 遥が拳を突き出す。

「遥おねーさん、私も負けないからね!」

 ひかりも拳を突き出し、二人は健闘を誓った。この時の二人は、まるでライバル同士のようだった。




 それから間も無く。

「遥ちゃん!」

「遥」

「滝川!」

 遥の元に響華、芽生、碧の三人がやってきた。

「あれ皆いつの間に?」

 三人を見て少し驚いた表情を見せる遥。

「いつの間にじゃないよもう! 心配したんだからね!」

「まあ何事もなさそうで良かったけど……」

「お前こんなところで何をしていたんだ?」

 遥は三人がなぜこんなに焦っているのかよく分からない様子で。

「えっ? どうしたの皆して。まだ別に……」

 そう言って時計を見た遥は、ここで自分の重大なミスに気がついた。

「じゅ、十時半!? ホントごめん! 遅刻したことは許して!」

 遥は全力で頭を下げる。

「違うよ遥ちゃん! 私たちは遅刻したことに怒ってるんじゃない」

 響華の強い一言に、遥はハッとして顔を上げた。

「響華っち……」

 響華は鋭い視線を遥に向ける。

「遥ちゃん、正直に言ってね。ここにいるのはあの子に会うためだよね?」

「……うん、勝手な行動をしたのは反省してる」

「理由は? 会ってどうしようとしたの?」

「別にどうってわけじゃなくて、ただ話がしたかったんだよ」

「どんな話?」

「ひかりちゃんのこと、知りたかったし。あとは魔法目録のこととか知らないだろうなって、そう思ったから……。ホントに皆が心配してるようなことは何もないから。ごめん……」

 俯く遥に芽生がふと呟いた。

「ちょっと待って。あなたひかりちゃんって言ったわよね? それあの子の名前?」

「……そうだよ? 新月ひかりちゃん。いい名前だよね……」

 チラッと芽生の方を見て答えると、遥はまた俯いてしまった。

「あなたちゃんと仕事してるじゃない。勝手な行動は良くないけど、さすが遥と言ったところね」

 芽生は遥の肩を軽く叩くと、響華と碧の方を見る。

「遥はあの子の情報をだいぶ聞き出せたみたいね。警視庁に戻ったら詳しく聞かせてもらいましょう」

「そうだね」

「ああ、そうだな。全く、勝手な行動をして心配させやがって。ほら、行くぞ」

 碧の呼びかけにすくっと立ち上がった遥は、三人を見つめる。

「こんなに心配させちゃうなんて思わなくて……、ホントに、ホントにごめん。チームは信頼関係が大事なのに、一人だけ和を乱すようなことしちゃダメだよね。私は皆のこと信頼して自由に動いてたけど、逆の立場の気持ち考えてなかった。こんな人間、信頼できないよね……」

 自分を責める遥に、響華が優しい表情で言う。

「ううん、そんなことないよ。遥ちゃんが自由にやってるのは私たちのことを信頼してくれてるからだって、ちゃんと分かってるから。だから今まで私たちはそれを許してたんでしょ? それに、昨日色々言って笑わせてくれて、励ましてくれたのは遥ちゃんじゃん。私たちは遥ちゃんのこと、信頼してるよ」

 遥は目に涙を浮かべている。

「響華っち……、あとメイメイもアオも、ホントにごめんね……。私皆より全然強くないから、ちょっとでも役に立ちたかったんだ……」

 響華は首を横に振ると、遥に歩み寄る。

「強いよ、遥ちゃんは」

「……強くないよ。響華っちの方が、何倍も強いよ」

「遥ちゃんの方が強いよ! 遥ちゃんは、誰よりも仲間を信じて、信じるからこそ一人で行動して。私には勝手に行動する勇気なんてないよ。まあ勝手に行動するなって話だけどね」

 そう言って響華は笑った。

「……響華っちはブレないね、なんかの主人公みたい。バカみたいに真っ直ぐで、こっちまで元気になっちゃうよ。ありがとね」

 遥は響華を抱きしめた。

「うん、これからもずっと大切な仲間だよ」

 響華も遥の背中に手を回した。しかし響華は何かが引っかかった。

「ん? ちょっと遥ちゃん!」

「うわあ!?」

 響華に急に突き放された遥はバランスを崩してよろける。

「遥ちゃん私のことバカって言ったでしょ?」

「言ってないよ! 私はただバカみたいに正直だって言っただけだって」

 体勢を立て直した遥は響華に反論する。

「ほら言ってるじゃん!」

「これはそういう意味のバカじゃないって!」

「もう怒ったぞ〜。魔法目録二条……」

 響華は手を後ろに引いて魔法光線を放つ構えを見せる。

「いやそれは勘弁! っていうか今使ったら魔法適正使用法違反だぞ〜」

 二人の様子を側から見ていた芽生と碧はため息をついた。

「全く、何をやってるんだか」

「こいつらはいい話では終われない呪いにでもかかっているのか?」

「どんな呪いよ、それ」

 芽生がクスッと笑う。

「だが、滝川の調子が元に戻って良かったな」

「そうね。遥は自由だからこそいいのよ。ちゃんとされちゃ困るわ」

「しかし、今日みたいな行動はもう勘弁してもらいたいところだな」

「私なんて遥を人殺し扱いしてしまったもの。自分が嫌になったわ」

 少しふてくされたように言う芽生に、碧が微笑む。

「桜木、お前の一言が無かったらそんな可能性考えもしなかったんだ。今回は何もなくて良かったが、万が一の時にそういう思考回路を持った人間は必要だ。だから自分を恨む必要はない」

「別に恨んでなんかないわ。恨むとしたらあの自由人よ」

 芽生と碧は遥の方を見る。

「響華っちは主人公みたいに真っ直ぐだって言ったんだって!」

「じゃあ最初からそう言えばいいじゃん! なんでバカとか言うの?」

 くだらない言い争いはまだ続いていた。

「おい、そろそろ警視庁に戻るぞ〜」

「十秒以内にこっちに来なかったら交通費全部負担してもらうわよ〜?」

 碧と芽生の声にビクッと反応した響華と遥は勢いよくこちらに向かってきた。

「芽生ちゃんひどいよ! 元はと言えば遥ちゃんのせいなんだから遥ちゃんだけに請求してよ」

「違うよねメイメイ? 言いがかりをつけたのは響華っちだから半々なんだよね?」

 芽生は深くため息をつくと。

「もうあなたたち、いい加減にしなさい! 信頼だなんだって言ってたのはどこに行ったのよ?」

 珍しく大きな声で怒りをぶつけた。

「「す、すみません!!」」

 響華と遥は、芽生の怒った様子に驚きと恐怖で固まってしまった。

「別に本気じゃないわよ。大体交通費くらい経費で落ちるわよ」

 いつもの静かな芽生に戻ったかと思い二人は胸をなでおろしたが。

「何してるの? 本当にもう行かないと。碧も早く」

 まだ少しピリピリしているようだった。

「まさか芽生ちゃんがあんなに怖いなんて……」

「合理主義者に無駄なこと言わない方がいいね……」

「滝川を本気で怒らせると危険だな……」

 響華と遥だけでなく碧も怖かったようで、三人はひそひそと話をすると芽生を慌てて追いかけた。

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