第8話 少女の正体
二〇一九年十月十七日。警視庁魔法犯罪対策室。
「おはようございます」
「おはよう。みんな朝早いのね?」
響華、碧、芽生の三人が魔法犯罪対策室に入ると、守屋刑事がパソコンを操作していた。
「何をされているんですか?」
碧が問いかける。
「雪乃さんの居場所、自分なりに調べてみてるんだけど……そう簡単に見つかるものではないわね」
守屋刑事は大きく伸びをした。
「もしかして、ずっと調べてたの?」
芽生は守屋刑事の顔を覗き込んで言う。
「ええ。あれから気になっちゃって、眠れそうもなかったから。あなた達こそ眠れてないんじゃない?」
「はい、でも大丈夫です。あの子のこと、早く助けてあげないと。それが雪乃ちゃんを見つける手がかりにもなるはずですし」
響華はやる気に満ちた表情を見せた。
「藤島のそのポジティブ思考、私も見習いたいものだな」
「ええ、こういう時だけは響華が羨ましいわ」
碧と芽生が響華の後ろで呟く。
「えっ? なんか言った?」
響華は振り返って二人を見る。
「いやなんでもない」
「あなたには関係ないわ」
「え〜、絶対私のことなんか言ってたのに」
しらを切る二人に、響華は頬を膨らませた。
「そういえば遥ちゃん遅くない?」
響華が思い立ったように言う。
「ああそういえば」
「確かに。また遅刻かしら?」
三人が首を傾げる。
「もしかして遥さん……本当は雪乃さんのこと、悲しんでるのかも」
守屋刑事の言葉に、響華がハッと顔を上げる。
「そうだよ、一番つらいのは遥ちゃんだよ!」
碧と芽生は昨日の出来事を思い返す。
「あっ、そうか!」
「遥は雪乃と中学から友達だった。そう言ってたわよね?」
昨日その場にいなかった人も、無線から聞こえてくる音声によって一部始終は知っていた。
「ちょっと電話してみる」
響華はスマホを取り出し、遥に発信する。
『プルルルル……、プルルルル……、お掛けになった電話は、現在電波の届かないところにあるか、電源が……』
「遥ちゃんなんで出ないの?」
響華は何度か発信してみたが、繋がる気配はなかった。
「家で寝込んでるとかならいいが……」
碧が心配そうに言うと、芽生が深刻な顔で呟いた。
「それならいいのだけれど、もしそうじゃなかったら……」
「そうじゃなかったら?」
響華は芽生を見つめる。
「最悪の場合、あの子を殺すかもしれない」
その言葉に、全員が凍りつく。
「いやそんな、まさか。遥ちゃんがそんなこと……」
響華は口ではそう言ったが、内心は不安に襲われていた。遥からしてみれば、雪乃は一番の親友だったはずだ。もし親友を消された時、人はどんな感情を抱くだろうか。もし自分がそんな目に遭ったら、正気を保っていられるだろうか。
「昨日は藤島のことを慰めたり、国元さんをいじったりしていたから全然気にしていなかったが、滝川は今どんな思いなんだ? どんな感情を抱いているんだ?」
碧は俯いて、必死に考えを巡らせる。
「なんにせよ、今遥がどこで何をしているか、それを確認しないと」
芽生が冷静に話しかける。
「そ、そうだね。守屋さん、昨日みたく監視カメラ映像とかから調べられたりしませんか?」
響華が守屋刑事に聞く。
「それは難しいわね。あのシステムは、何らかの事件の犯人である可能性が高い者を追跡する為でないと利用許可が下りないの。国民を監視するようなシステムだから、むやみに使うと国民を縛り付けることになりかねないから」
「そうですか……」
肩を落とす響華に、芽生が声をかけた。
「あなたなら、遥のこと探せるんじゃない?」
「えっ、どういうこと?」
首を傾げて聞き返す。
「あなた確か、索敵魔法使えたわよね?」
「うん、使えるけど……」
それを聞いた碧が閃く。
「そうか! 索敵魔法を応用すれば滝川の居場所を探れるということか!」
「ええ、そういうこと。響華、やれる?」
しばらく考えた響華は、大きく頷いて言った。
「うん、多分やれる。やるしかない」
響華は目を閉じて、神経を集中させる。
「魔法目録十七条、索敵。対象、滝川遥」
遥のイメージを浮かべ、耳を研ぎ澄ます。
『ピッ、ピッ、ピッ……』
潜水艦のソナーのような音を頼りに方角と距離を探る。
「西の方向、およそ三十七キロ。場所を特定、八王子市大和田町、浅川の河川敷にいる」
響華は目を開けると、守屋刑事の方を向いた。
「ここからどれくらいかかりますか?」
「もし今遥さんと少女が接触していた場合、ヘリで行っても間に合うかどうか分からない」
守屋刑事も困った表情を浮かべる。
「転移魔法。普段は法律上禁止されている魔法だけど、許可さえあれば使ってもいいのよね?」
そう声を上げたのは芽生だった。
「なるほど、その手があったか!」
碧の表情が明るくなる。
「私たちに、転移魔法の使用許可を下さい!」
響華に詰め寄られた守屋刑事は、その圧に押されたのか首を縦に振った。
「分かったわ。万が一のことがあったらそれは私も嫌だし。上にはうまく説明しとくから」
「ありがとうございます!」
三人は手を繋ぎ、同時に魔法を唱える。
「魔法目録十五条、転移。場所、八王子市内、浅川の河川敷!」
三人は光に包まれ、魔法犯罪対策室から一瞬でいなくなった。
「遥さん、変な真似してないでよね」
守屋刑事は祈るように呟くと、転移魔法の使用を報告しに部屋を出ていった。
数時間前、八王子市大和田町、浅川大橋下。
「見〜つけた! こんなところで何してるの?」
膝を抱えて座り込んでいた少女は、驚いて声のした方を見る。
「っ! アンタもしかして昨日のおねーさんの仲間?」
少女は昨日北千住で会った響華と雪乃のことを思い出した。
「そうと言えばそうなんだけど、ちょっと違うかな」
「なにそれ意味分かんない」
橋の下で一夜を明かしていた少女の元に現れた遥は、いつものように馴れ馴れしい態度で少女に接する。
「私の名前は滝川遥。あなたは?」
少女はしばらく悩むと、遥の方を見上げ口を開いた。
「……、ひかり。
「そっかぁ、ひかりちゃんって言うんだ。いい名前!」
遥が笑いかけると、ひかりは少し怒った口調で呟く。
「お母さんからそう呼ばれてただけ。本当は名前なんて無い」
それを聞いた遥は、首を横に振るとひかりの頭を撫でた。
「ううん、それは違うよ。あなたの名前はひかり。それは紛れも無い事実だよ」
ひかりは少し俯いて、今度は悲しげに呟いた。
「でもアタシ、戸籍も何も無いんだよ?」
「そんなの関係ないよ。名前なんて言ったもん勝ちだよ!」
「そんなことな……」
反論しようとしたひかりを遥が抱きしめる。
「ずっと頑張ってきたんだもんね。つらかったよね。でも、一人で全部背負おうとしちゃだめだよ。それじゃあ自分が潰れちゃうよ」
ひかりは遥に体を預けると、目から涙がこぼれた。
「アタシ、何か間違ってたかな? お母さんの為にやったこと、全部間違ってたのかな?」
遥は何も言わず、ただひかりの言葉を受け止めた。
「……ねえ、遥おねーさん?」
「ん? どうした?」
泣き止んだひかりが遥に話しかける。
「アタシ、まだ一つやり残したことがある。けどそれは、間違ったことかもしれない。アタシは、どうしたらいい?」
遥は少し考えると、ニコッと笑った。
「自分が間違ってないって思うんなら、やればいいんじゃない? それがもし間違ったことだったら、その時は私たちが止める。それでいいでしょ?」
するとひかりは、少し驚いたような表情を浮かべた。
「遥おねーさん、昨日のおねーさんの仲間なんだよね? なんで止めようとしないの?」
「仕事中じゃないから、かな?」
「どういうこと?」
ひかりは、満面の笑みで意味不明なことを言う遥を見つめる。
「ん〜、なんて言ったらいいのかな〜? 今ここに来てるの、勝手な単独行動なんだよね。誰の許可も指示も得てないんだよ。バレたらきっと怒られちゃうな」
「じゃあなんで?」
「ひかりちゃんに、会いたかったから」
その言葉にひかりはドキッとした。
「ちょ、ちょっと遥おねーさんからかわないで!」
「ごめんごめん。でもさ、ユッキーが心を許した相手がどんな人なのか、気になっちゃって」
「ユッキーって誰?」
「北見雪乃。昨日見事に魔法物質にしてくれた子だよ」
ひかりはハッとした。
「あっ、もしかして理解者って遥おねーさんのこと?」
「そうだよ?」
「っていうか、どうして物質変換魔法って分かったの? あれ誰も気づいてなかったはずだよ?」
まくし立てるひかりに、遥は少したじろいだ。
「分かった分かった、ひかりちゃんちょっと落ち着こうか?」
ひかりが落ち着いたのを確認すると、遥は質問に答える。
「なんで物質変換魔法に気づいたか。それはね、こっそりその時の映像を見たときに映ってたんだよ、ひかりちゃんがその魔法を使うのを」
「こっそりって、遥おねーさん大丈夫なの?」
「アハハ、そんなのヘーキヘーキ!」
驚くひかりに、遥は笑い飛ばして続ける。
「そんなことより、ひかりちゃんってどこで魔法を覚えたの?」
「いつだったか魔法を使って戦ってるおねーさん達を見て、かっこいいなって思って真似してみたら出来たっていうか……」
その言葉を聞いた遥が固まる。
「あれ、遥おねーさん?」
しばらくすると、急に顔を近づけて来て興奮気味に言った。
「ひかりちゃん何者!? そんなのチートじゃん! 魔法能力検査も受けてないんだよね?」
「その検査すら知らないんだけど……」
「じゃあ魔法目録は? さすがに知ってるよね?」
「いや、何それ……?」
「ひかりちゃんヤバすぎるって! 超天才じゃん!」
急激にテンションが上がった遥に、ひかりは引き気味に言う。
「あの、遥おねーさん。落ち着いて喋ってよ……」
「あっ、ごめん。ホントごめん」
我に戻った遥は、慌ててひかりから離れる。
「魔法能力検査はもう受けるまでもないだろうからいいとして、問題は魔法目録だよね。これ知らないで魔法使ってるの、結構危ないよ?」
「そうなの?」
キョトンとするひかりに、遥は魔法目録の説明を始めた。
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