第7話 雪乃の過去
北千住駅前、歩行者デッキ。もう日はだいぶ傾いていた。
響華と雪乃が少女の後ろ姿を捉える。
「ねえ、待ってよ!」
少女は立ち止まると、ゆっくりと振り向いた。
「何、アンタ達」
「いや、何っていうか……、悩みとか困ってることとか、あるんじゃないかなって」
響華が優しく話しかける。
「別にアンタ達には関係ない。そもそも何でアタシを追いかけるわけ?」
少女は二人を睨みつける。
響華は一度深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。
「単刀直入に聞くよ。昨日の練馬の災害と今日の上野の災害、どっちもあなたの仕業だよね?」
少女の目がたじろいだ。
「やっぱりそうなんだね。どうしてそんなことしたの? 怒らないから言ってみて」
その言葉に、少女は疑うように言った。
「怒らない? そんなの嘘に決まってる。どうせアンタ達だって警察の手下でしょう?」
響華はなんて返していいか分からず、黙ってしまった。
「ふん、まあいいや。どうせアンタ達みたいに順風満帆な生活を送ってきた人間には、アタシのことなんか理解できっこないんだから」
少女はそう言い残すと、二人の前から立ち去ろうとした。その時、雪乃が声を上げた。
「待ってください!」
「何? まだ何か言いたいことあるの?」
少女は振り返ると雪乃を睨みつける。
「今の言葉、少し悲しそうでした」
「はあ? 何言ってんの?」
雪乃の言葉に強い口調で言い返す少女。
「もしかして、本当は理解して欲しいんじゃないですか?」
「そんな訳……そんな訳ない!」
明らかに少女は強がっている。雪乃はさらに続ける。
「確かにこの世界は理不尽かもしれません。でも、この世界の全員があなたの敵というわけではありません」
「そんな綺麗事聞きたくない!」
「綺麗事じゃないです」
雪乃が強く言うと、少女の表情が変わった。
「……アタシだって、誰かを信じたいよ。だけど、信じた人は全員裏切った。もう誰も、信じられないんだよ……」
少女の目には、涙が浮かんでいた。それを見た雪乃は優しい表情をすると、自分の過去を話し始めた。
「私は少し変わってるんです。少しというか、かなりかもですが。極度な怖がりだったり、人見知りだったり、偏食だったり。色々変なんです。そのせいで、小学校の頃はクラスメイトからいじめを受けていました。三年生の時なんか、そのことを先生に相談したら逆に怒られましたからね。『まずはいじめと思い込んでいるそのカチカチの頭を直しなさい』って。もうこの世界に味方なんていないんだって、子供ながらに絶望しました。でも中学校に入って、その考えが間違っていたって分かったんです。私のことを全部受け入れてくれる最大の理解者、滝川さんに出会ったんです」
「遥ちゃん!?」
響華は雪乃の顔を見て驚く。
「は? それ誰?」
少女が雪乃に聞く。
「あっ、すみません。滝川さんというのは私たちのクラスメイトです」
「ふ〜ん、で?」
雪乃は話を続ける。
「中学校で滝川さんに出会って、私はすごく驚きました。こんなに何でも受け入れてくれる人がいるんだって。人見知りの私は、なかなか自分から人に話しかけられなくて、休み時間とかもずっと一人でいました。そんな時、声をかけてくれたのが滝川さんだったんです。すごく嬉しかった。だけど、もし変な子だって思われたらどうしよう、そしたらまたいじめられるんじゃないかって、怖くなってしまって。でもそんな心配は杞憂でした。滝川さんは全然気にしない様子で、普通に接してくれたんです」
「例えば?」
響華が興味津々に言う。
「そうですね……、そうだ。私は偏食なので、お昼ご飯の時はいつもコンビニの鮭おにぎり一つしか食べないんです。それを見た滝川さん、なんて言ったと思います? 『どこのコンビニが一番美味しい?』って、そう言ったんです。私その時びっくりしました。こんなこと言う人、初めてだったので。あと、とにかくいろんな話をしてくれました。アニメの話から近所のディスカウントストアの話まで、本当に色々。私はすごく嬉しかった。全然私の趣味ではなかったですけど、知らない世界の話を聞いているのはとても楽しかった。私は滝川さんという理解者がいたから、今こうして魔法災害隊としてここにいる、そう思うんです」
響華と少女は、雪乃の話に聞き入っていた。
「すみません、自分の昔話をこんな長々と」
「私雪乃ちゃんのこと、全然知らなかったよ。驚いちゃった」
響華が微笑みかける。
「もしかしたら、アンタと私、一歩間違えたら反対だったのかもね」
少女が呟く。すると雪乃は少女に歩み寄りながら語りかける。
「確かに、私が事件を起こす側の人間だったかもしれません。でも、私とあなたは反対じゃないと思います。あなたもきっと、私と同じです。どんな事情かは分かりませんけど、私はあなたのその辛い気持ち、よく分かります。私はあなたの理解者になりたい。だから、私たちの所に来て欲しい。それで、今まであったこと、事件を起こした理由、全部教えて欲しい。一緒に行きましょう?」
雪乃が少女に手を差し伸べる。
少女は少し悩むと、雪乃の方へゆっくりと足を踏み出した。
「大丈夫です。私たちは味方です」
雪乃は少女に優しく笑いかける。
少女は雪乃の目の前まで来ると、手を差し出した。
「信じてくれて、ありがとうございます」
雪乃のその言葉と同時に、少女の口が動いた。
「魔法目録八条二項、物質変換、片手剣」
響華が叫ぶ。
「雪乃ちゃん、離れて!」
「えっ? 何でで……」
雪乃は響華の方を振り向こうとしたその瞬間、腹部に強い痛みを感じた。恐る恐る目線を下に向けると、物質変換によって形成された剣が体を貫いていた。全身の力が抜け、その場に倒れこむ。
「やっぱり、信用できませんでしたか?」
雪乃は今にも消え入りそうな声で問いかけた。
「アンタ……いや、おねーさんのことが信用できなかったわけじゃない。ただ、まだアタシの復讐が終わってないの。だから警察に捕まるわけにはいかない」
雪乃はその言葉に大きく頷いて微笑んだ。
「信用してもらえただけでも、私は満足です。何かあったら、そっちの藤島さんに……、言って…………、下さいね………………」
「雪乃ちゃん!」
響華の叫びも虚しく、雪乃の体は光を放ちながら消滅した。
「ねえ、雪乃ちゃんはどうなったの? 殺したの? ねえ教えてよ」
響華が少女の顔を見て涙声で訴える。
「安心して。アタシはおねーさんのことは殺してない。ただ少し消えてもらっただけ」
「消えてもらっただけって……、じゃあ今雪乃ちゃんはどこにいるの?」
少女はその質問に答えることはなく、響華の前から立ち去ってしまった。
「雪乃ちゃん、ごめんね……」
響華は雪乃がいた場所まで歩くと、そこで泣き崩れた。
「私が、私が消えればよかったんだ。私は、雪乃ちゃんを助けられなかった」
すっかり夕日は沈み、街灯が響華を明るく照らしていた。
少し落ち着いた響華は、ゆっくりと立ち上がり呟いた。
「ごめん、全部私のせい。私が悪いの」
響華の後ろには、碧、芽生、遥、守屋刑事、国元が並んで立っていた。
「藤島……」
碧は慰めようとしたが、言葉が出て来なかった。
「雪乃ちゃんは最後まであの子を助けようとしてた。それはきっと、私が人助けだって言ったからだよね。私がそんなこと言わなければ、雪乃ちゃんは身を守れたはず」
自分を責め続ける響華に、芽生が口を開いた。
「サバイバーズギルトね」
「えっ?」
響華が芽生の方を見て固まる。
「あなたはサバイバーズギルト、生き残ってしまった罪悪感を感じてるようね。でもそれは違う。雪乃が消えてしまったのはあなたのせいではないわ」
それを聞いた遥は。
「そうそう。サバイバーなんちゃら? はよく分かんないけど、響華っち一人のせいじゃない。そんなこと言ったらここにいる私たち、みんな同罪だよ」
そう言って響華に笑いかけた。
「雪乃さんのことは私たち警察が全力で探してる。だから心配しないで」
守屋刑事のその言葉を聞いて、響華は顔を上げた。
「ってことは、まだ雪乃ちゃんはどこかで生きてるんですか?」
その質問に答えたのは国元だった。
「それは分かりませんが、長官は完全に消滅してしまったわけではないと考えているようです」
「それじゃあ、また会えるんだね……!」
響華の目に涙が浮かぶ。ただそれは、きっと悲しみではなく嬉しさから来る涙だった。
遥が響華の肩をさすって言う。
「響華っち、泣くのはまだ早いよ! ユッキーが見つかるまでは、ね?」
響華は大きく頷くと、手で涙を拭い笑顔を見せた。
「ごめん、気を使わせちゃって。でも、もう大丈夫。雪乃ちゃんの為にも、あの子のこと、助けてあげないとだねっ!」
「そういえば藤島、あの子と言っているが、名前聞かなかったのか?」
碧の言葉に、響華がハッとした表情を見せる。
「そうだった! あの子の名前、なんて言うんだ〜!?」
「全く、お前と言う奴は……」
「そういうところが、あなたらしいと言えばらしいけど……」
碧と芽生が呆れたように言う。
「まあでも、いつもの響華に戻って良かったよ! ね?」
遥は響華のことを小突いた。
「今日はもう夜になっちゃったから、あなたたちは家に帰ってゆっくり休んで」
守屋刑事は時計を見ると四人に言う。それを聞いた国元は。
「もし霞ヶ関の方が便利って人がいたら車で送りますよ?」
優しい表情で問いかけた。
「あっ、私!」
遥が勢いよく手を挙げる。
「私永福町なんで。あれ? 永福町って霞ヶ関の方が近いですよね?」
遥は不安になったのか、徐々に手が下がっていく。
「そうですね。永福町なら車に乗ってもらった方がいいかもですね」
「じゃあ国元さん、お願いします!」
遥は国元にペコリと頭を下げた。
「他のお三方は大丈夫ですか? あっ、そういえば響華さんも世田谷の方じゃなかったでしたっけ?」
「えっ!? あ、そうです!」
国元に住所を当てられた響華は、少し動揺を見せる。
「すみません、驚かせてしまいましたね。落し物のことがずっと頭に残っていて……」
「あ〜、そっか! そうですよね。そりゃあ私の住んでる場所分かりますよね。アハハ〜……」
響華は住所を当てられた理由が分かり安堵した。ただ、何かが引っかかる。でもそれが何なのかまでは分からなかった。
「ジ〜〜……」
遥が国元のことをジト目で見つめている。
「な、なんでしょうか?」
国元が困惑した様子で聞くと、遥は顔を近づけて言う。
「もしかして響華っちのこと、興味あったりします?」
「いやいや! とんでもない。そんなわけないじゃないですか」
国元は慌てて否定する。
「ホントかな〜? 落し物拾った場所覚えてるとか、ほぼストーカーですよ?」
「遥さん、本当にそんなんじゃないですから」
遥はふ〜んと頷くと、道路に降りる階段の方へ歩き出した。しかし、数歩歩いたところで国元の方を振り返り、釘をさすように言った。
「霞ヶ関で私だけ降ろして、響華っちに手を出そうなんて思ってませんよね?」
「ちょっと声が大きいですよ! 思うわけないじゃないですか」
遥に翻弄される国元。すると、その様子を見ていた守屋刑事が二人に近づいてきた。
「もしそんなことしたら、逮捕しますからね?」
「いやそんなこと微塵も思ってませんから!」
二人の最後のやりとりは、どうやら周りに丸聞こえだったようだ。
「遥、国元さんをいじるのもほどほどにしなさいね」
芽生が遥に向かって言う。
「フフ、アハハハハ!」
響華も、碧も、遥も、芽生も、国元も守屋刑事も、一斉に笑ってしまった。
この時響華は、雪乃も近くで一緒に笑っている、そんな感覚がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます