第6話 謎の少女

 警視庁魔法犯罪対策室。

 守屋刑事に案内され、五人が部屋に入る。

「ここが魔犯対策室よ」

「失礼しま〜す」

 部屋には魔災隊の司令室には全く及ばないが、少し大きめのモニターがあった。

「魔犯のシステムと魔災隊のシステムは連動してるから、魔災隊のデータもここから見られるのよ」

 守屋刑事が説明する。

「じゃあ私たちはこの任務が終わるまでここで調査する感じですか?」

 響華が聞く。

「そうね。進藤長官の判断次第ではあるけど、そうしてもらえると助かるわね」

「しかし、本当に私たちでいいのですか?」

 碧が不安そうに問いかけた。

「それは私も進藤長官に聞いたわ。高校生に任せていいのかって。でも、実力も知識も優れているから大丈夫だって断言するものだから、それにのってみることにしたの」

 守屋刑事は微笑みながら言った。

「長官はなんでそんなに私たちに期待してるんだろう?」

 響華が首を傾げて呟く。

「いいじゃんバカにされるよりは。プラチナ世代らしく胸張っときゃいいんだよ!」

 遥はそう言って響華の肩をポンと叩いた。

「この仲の良さも強さの秘訣なのかしらね」

 その様子を見ていた守屋刑事が言う。

「みーちゃんも。みんなで仲間ですよ!」

 遥が守屋刑事に笑いかけると。

「そうですよ。守屋さんもみんな一緒です」

「はい!」

「ええ」

「もちろんです」

 雪乃、響華、芽生、碧も微笑んで言った。

「ありがとう。あなたたちに日本の未来を託したくなる進藤長官の気持ち、よく分かったわ。この事件、みんなで解決しましょう」

 守屋刑事の表情がぐっと引き締まった。



 守屋刑事がパソコンを操作すると、モニターに魔法爆発が起きる前の現場の映像が表示された。

「データ的には魔法能力者はいないとなってるけど、なにかシステムに抜け道があるのかもしれない。そうじゃなくてもきっとおかしな点があるはず。気づいたことがあったらすぐ言ってね」

 五人が頷くと、守屋刑事は映像を再生した。

『まもなく一番線に中目黒行きが七両編成で参ります。危ないですので黄色い線の内側でお待ちください』

 まだ何気ない日常の光景だ。

『プワーン、ガタンゴトン、ガタン、ゴトン、キキーッ……』

 電車がホームに滑り込んできた。

『ピンポーンピン……』

『ドカーン!!』

 ドアが開いたのと同時に爆発が起きた。

『キャー!』

『うわー! 逃げろ!』

『うちの子が!』

 一気に混乱に陥る駅の人々。

 映像はここで途切れた。

「どう? なにか気づいたことある?」

 守屋刑事が聞く。

「何か違和感を感じたような……。すみません、もう一回見せてください」

 響華がそう言うと守屋刑事は映像をもう一度再生する。

「違和感ってどの辺?」

 芽生が映像を見ながら響華に聞いた。

「どの辺っていうか……、あっここだ! この子!」

 響華が声を上げ指差す。

「この女の子ですか?」

「一見普通に見えるが」

 雪乃と碧は響華が指差した少女を見たが、よく分からなかったようだ。ところが遥は。

「あっ、そういうこと? 確かにおかしいかも」

 何かに気がついたようだ。

「この子、最初爆発が起きたあたりで電車を待ってたのに来る直前にどっか行ったんだよ」

 映像には少女が四号車の乗車位置で待っていたのに電車が来る直前にその場を離れる様子が映っていた。

「それは少しおかしいかもしれないわね」

 芽生が疑い始める。

「この映像、拡大できますか?」

 碧が守屋刑事に尋ねる。

「ええ、出来るわ。ちょっと待ってね」

 映像を拡大するとその少女がくっきりと見えた。すると響華がピクッと反応した。

「どうかしましたか?」

 雪乃が響華の顔を見て問いかける。

「この子、昨日の練馬の映像にも映ってた子だよ」

 四人は響華の一言にハッとする。

「きっとそうだわ、昨日の映像もガラスの反射だからよくは分からなかったけど、確かにそう感じるわ」

「ということはこの女の子が関係しているのか?」

 芽生と碧が呟く。

「この子のこと、調べられますか?」

 響華が言うと、守屋刑事はすぐにデータベースに検索をかけた。しかし。

「あれ? ちょっと待って、どういうこと?」

 守屋刑事が画面を見て固まる。

「なにかあったんですか?」

 響華も後ろから画面を覗き込む。

「データが、無いのよ」

 守屋刑事が深刻な顔で言う。

「えっと、それってどういうことなんですか?」

「国民の情報は全部システムで一括管理されてる。だから顔写真さえあれば名前も住所も、購買履歴だって分かる。もちろん魔法能力者かどうかもね。それなのにヒットしないなんて、そんなことありえない……」

 響華は恐怖を感じた。見た目はどう見ても日本人だった。でもデータベースには情報がない。もし仮に外国人だったとしても入国者のデータにあるはずだ。それなのに何も情報がないということは、不法入国者なのか、あるいは。嫌な考えばかりが浮かんでくる。

 すると碧がポツリと言った。

「無戸籍ということはないか?」

「戸籍が無い、ってことですか?」

 雪乃が碧を見て聞き返す。

「ああ、だとしたらデータが無いのも説明がつくんじゃないか?」

「そうね。その可能性はあるかもしれない」

 芽生もその意見に頷く。

「せめてその子の居場所さえ分かれば……」

 響華がモニターの少女を見て呟く。それを聞いた守屋刑事は。

「それなら多分出来るわ」

 そう言って勢いよくキーボードを叩いた。

「最後にカメラに映った場所、北千住の商店街ね」

 モニターに画像が表示される。

「じゃあそこの近くに……!」

「いるかもしれないってことだね!」

 響華と遥は顔を見合わると。

「「早く行こう!」」

 そう言って一目散に部屋を出ていった。

「おい待て!」

 それを見た碧も慌てて部屋を出る。

「じゃあ私たちも行きましょう」

「はい」

「待って、私も行くわ」

 続けて部屋を出ようとした芽生と雪乃に守屋刑事が駆け寄ると。

「これ、みんなの分あるから。付けておいて」

 そう言って五人分の無線機を芽生に手渡した。


 


 北千住駅付近、商店街。

 五人の乗った車と守屋刑事の乗った警察車両が路肩に停まった。

「この辺りだったよね?」

 車を降りた響華が周囲を見渡す。

「ああ、あれから移動していなければだがな」

 碧がそう言うと、先ほど渡されていた無線から守屋刑事の声がした。

『それは大丈夫なはずよ。あれからどこのカメラにも映ってない。この時代にカメラに全く映らずに移動するのは不可能に近いわ』

 守屋刑事は警察車両に残り、五人をバックアップしてくれるようだ。

「じゃあ怪しい場所がないか探してみよう」

 響華の呼びかけに四人は頷き、早速周辺の捜索を始めた。

「こういう路地とかかな?」

 遥が狭い路地を指差す。

「確かにカメラには映りにくそうね」

 芽生が路地を覗き込んで言った。

「この路地入ってみますか?」

「ああ、そうだな」

 雪乃の言葉に碧が同意する。

「でも五人で行ったら何かあった時に危ないかもしれない。だからここは誰か二人が見に行くくらいの方がいいと思うわ」

 芽生の提案に響華が手を挙げる。

「じゃあ私が行く!」

「そうね、もし少女と出くわした時にコミュニケーションを取れる人がいた方がいいものね。となるともう一人はあまり攻めすぎないタイプの方がのいいかしら?」

 芽生は雪乃の方を見遣る。

「えっ、それって私に行けって言ってますか?」

 雪乃が少し動揺する。

「もちろん無理に行かせるつもりはないわ。でも、響華は誰とでもフレンドリーに接するタイプだから、もう一人はあなたみたいに慎重にコミュニケーションを取れるタイプの方がいいと思ったの。どう?」

 雪乃はしばらく考えると、ゆっくりと口を開いた。

「行きます。何もなければそれが一番ですけど、もしあの子がいた時に、あの子に何かしてあげられんじゃないかなって、そう思うんです。だから、行きます」

「じゃあ決まりね」

 芽生が頷いて言うと、響華が雪乃の手をとる。

「行こう? どっちにしても行かないことには始まらないからね!」

 微笑む響華に、雪乃は少し緊張した様子で答えた。

「はい、何かあったら怖いですけど、頑張ります」

 それを聞いた響華は、雪乃の目をしっかりと見つめて言った。

「きっと何もないよ。怖い犯人に会いに行くって思うんじゃなくて、困ってる女の子に会いに行くって思えばいいんだよ。これは人助け!」

「人助け……ですか?」

 雪乃は首を傾げる。

「そう! そう思えば少しは怖くないでしょ?」

「そうですね。少し気が楽になった気がします」

 雪乃の表情が緩む。

「全く、お前と言う奴は……」

「響華っちはホント人助けって言葉好きだよね〜」

 碧と遥が呆れたように言う。

「え〜、いいじゃん人助け!」

 響華は二人の言葉に頬を膨らませる。その様子を見た芽生は響華をフォローするように言う。

「でも、その言葉で雪乃を勇気付けた。そういうのも響華の才能なのかもしれないわね」

「芽生ちゃん……! ありがとう!」

 響華は芽生に抱きつこうとするが。

「そういうのいいから、早く行きなさい」

 芽生に止められてしまった。

「じゃあちょっと行ってくるね」

「私も行ってきます」

 響華と芽生は路地へと入っていった。

 一歩足を踏み入れると、人影もなく静かで商店街とは全く違う雰囲気だった。

「こういうの全部空き家なのかな?」

 草が生い茂った木造住宅やアパートを見て響華が言う。

「もしこの辺の建物が全部空き家だとしたら、こういう所にあの子が隠れてるかもしれないですよ。例えば……、この家とか」

 雪乃が一軒の空き家を指差す。だがよく見ると、玄関付近の草が踏み潰されたようになっていて、つい最近人が出入りしたような痕跡があった。

「うん、この家少し気になるね。入ってみる?」

「はい、そうですね」

 二人は玄関の扉まで近づいた。

「一応戦う用意だけしておいて。まあそんなことにはならないと思うけど」

 響華は雪乃にそう言うと、ゆっくりと玄関を開ける。

「失礼しま〜……、っ!」

 家の中に誰かいる。ゆっくりと顔を見ると、あの少女だった。

「なっ……」

 響華と目が合った少女は驚いた表情を見せると、裏手から家を飛び出していった。

「あっ、待って!」

 響華が叫ぶ。

「今逃げて行ったのって」

「うん、あの子だった。早く追いかけよう!」

 家の中を通り抜け、裏手に出る。

「あっちだ! 商店街の方に出ようとしてる」

 二人は少女の背中を全力で追いかける。しかし、商店街に出たところで姿を見失ってしまった。

「逃げられちゃいましたね……」

 雪乃が落ち込んだ様子を見せる。

 するとそこに商店街で待機していた三人がやってきた。

「おい、どうした?」

 碧の問いかけに響華が答える。

「あの子を見つけたんだけど、今逃げられちゃって」

 するとそれを聞いた遥は。

「ああ、さっき全力で走って行った子? そんなような気もしたんだけど、反応できなかったんだよね、ごめん!」

 そう言って謝った。

「いやそれは私のミスだから。それより逃げた方向分かる?」

 響華は遥に聞く。

「う〜ん、あの信号までは見えてたけど、その先どっちに行ったかまでは……」

 遥が悩んでいると、守屋刑事の無線が入ってきた。

『駅前に停まってたタクシーのドライブレコーダーにあの子が映ったわ。歩行者デッキに上がっていったみたい』

「急がないと、行くよ雪乃ちゃん!」

「は、はい!」

 無線が切れると、響華と雪乃は勢いよく駅の方へと走りだした。

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