第4話 天災か人災か

 二〇十九年十月十六日、魔法災害隊東京本庁舎。

「ごめんね、昨日はいきなり任務任せちゃって」

 長官は五人に申し訳なさそうに言う。

「もうたいへ……んぐっ」

「いえ、信頼していただき光栄です」

 響華の口を慌てて塞いだ碧は被せるように言い、長官に笑顔を見せる。するとその横で、遥が意表をつくようにポロっと愚痴をこぼした。

「ホント大変だったんですからね〜」

 注意すべき人物がもう一人いたと気づいた碧は、慌てて止めようとする。

「おい、滝川! あっ、しまった」

 しかし碧は遥の方を向いた瞬間、響華の口から手を離してしまった。もう一度響華の口を塞ごうとするも、既に手遅れだった。

「あ〜苦しかった〜。で、遥ちゃんの言う通り本当に大変だったんですからね〜! 倒しても倒しても魔獣が出て来るし挙げ句の果てには見たことないくらい大きい魔獣が出たんですよ」

 響華は愚痴が止まらない。それを聞いた長官は。

「そうだよね、初任務にしては結構大変だったよね。でもちゃんと任務を遂行してくれて本当に助かったよ。ありがとね」

 優しく受け止めると、感謝の言葉を述べた。

「長官は本当に心が広いですよね」

 雪乃がボソッと呟いた。するとそれを聞いた長官が話し始める。

「そう言ってもらえて嬉しいけど、そういう訳じゃないんだよね。魔災隊も人手不足でさ、現場の子達には色々無理させちゃって申し訳ないなって。だから愚痴とか文句は全部受け止める、ちゃんと感謝の言葉を言う、そうしないとなんかそれが当たり前になっちゃう気がして。上司としての責任ってやつ?」

「あっ、すみません」

 雪乃は呟いた言葉が長官に聞こえていたことに少し焦った様子を見せる。

「……でも本当に心が広い人だなって思います。長官の方が絶対に大変なはずなのに、自分より周りの人のことを考えてるっていいますか……」

「ありがと、雪乃さんは優しいね。でも、辛い時とか大変な時はすぐ言ってね。長官権限でなんとかするから!」

 長官は雪乃に微笑んで言うと、サムズアップで応えた。




「あっ、そうだ!」

 長官が思い出したように声を上げる。

「まだ君たちに司令室の案内してなかったよね?」

「司令室、ですか?」

 響華が首を傾げる。

「そう、でっかいモニターがあって、東京中の魔災隊の動きと魔法災害の情報が一目で分かるんだよ。本当は昨日見せてあげるつもりだったんだけどね」

「それテレビで見るやつじゃん! 早く行きましょうよ〜!」

 長官の説明に、遥が興奮気味に言う。

「遥さん落ち着いて。今から案内するから」

 長官はそう言うと、五人を引き連れて司令室へと向かった。

「ここが司令室の入り口だよ」

 長官が扉の前で立ち止まり、五人に言う。

「じゃあオープン!」

「うわ〜、すごい!」

 扉を開けた先には想像以上に大きなモニターと、せわしなく動く司令員の姿があった。それを見た五人は迫力に圧倒されてしまった。

「テレビで見るのとは違うでしょう?」

 長官が遥に言う。

「はい! やっぱ実際に見るとめっちゃスゴイですね!」

 遥は先ほどよりも興奮しているようだ。

「ここが君たちの仕事場の一つだからね。まあ最初は緊張するかもしれないけど、多分そのうち慣れるはずだから。私も最初はそうだったな」

 五人の様子を見て、長官は当時のことを思い出す。

 しばらくすると、碧が長官に質問をした。

「それで、私たちは何をすれば?」

「ああ、そうだった。君たちには昨日の練馬の災害の分析をしてほしくてね」

「分析、ですか?」

 碧は少し身構える。

「別にそんなしっかりって感じじゃなくてね。発生場所とか魔法物質の状況を見て、どうしてあのエリアに集中して魔獣が現れたのかをちょっと考えて欲しいんだ。別に君たちなりの答えでいいからね」

 長官は優しく説明する。

「あのモニター使うんですか?」

 響華が聞くと、長官はモニターを指さしながら答える。

「うん、あの端っこらへんに表示するからそこで色々やってみて」

「よ〜し、思いっきり使いまくるぞ〜!」

「必要ないことはするなよ」

 遥の言葉に碧がツッコミを入れると、五人と長官は。

「プフ、アハハハ!」

 思わず司令室に響き渡るような声で大笑いしてしまった。




 五人がモニターの前に行くと、昨日の災害に関する様々なデータが表示された。

《練馬区 魔法物質濃度:正常値》

《災害発生地点周辺に魔法能力者なし》

《災害発生箇所:東京都練馬区高野台》

「地図とか見ながら色々照らし合わせれればいいんだよね?」

 響華が四人に聞く。

「そうね。なにか不審な点があったら共有するって感じで進めましょ」

「ああ、そうだな」

 芽生が答えると、碧もそれに同調する。

「ねえ、もう始めてもいいよね?」

 遥は早くモニターをいじりたい気持ちが抑えられないようだ。

「滝川さん、ちゃんと仕事はしてくださいね」

 雪乃が遥に釘をさすと、少しふてくされた顔をして言う。

「え〜。じゃあユッキーがデートしてくれるって言うなら頑張ろうかな〜?」

「滝川、バカなこと言ってないでちゃんとやれ」

「ハイハイ、言われなくてもやりますよ〜」

 碧に怒られた遥は適当な返事を返すと、モニターを操作し始めた。

 しばらくモニターに向かっていた五人。すると響華が何かに気がついたようだ。

「あっ」

「どうした藤島?」

「やっぱりあの時人が居たんだよ、ほらこれ!」

 響華は監視カメラの映像を大きく表示させ再生する。それを見た四人は。

「えっと、どのあたりですか?」

「すまん、もう一度見せてくれ」

「そうね、右端の方になにか見えたような気もするけど……」

「響華っち、次は映ったとき映ったって言って」

 駅前ロータリーの引きの映像だったので、よく分からなかったようだ。

「じゃあもう一回行くよ」

 響華はもう一度再生する。

「ほらここ! 右端の方!」

 映像を止め、映っている箇所を指差す。四人は目を凝らしてそこを見る。

「確かに、何かいますね?」

「でもこれだけではなんとも言えないな」

「いや、これは人と見ていいんじゃないかしら?」

「え、なんで?」

 芽生が映像を拡大する。

「ほらこれ見て。ガラスに反射して映ってる。」

 映像にはうっすらではあるが、店舗のガラスに人が映っていた。

「女の子?」

「十代前半といったところか?」

 響華と碧はどんな人物か推測する。

「もしそうだとして、ここにいる理由は何でしょう?」

 雪乃が問いかける。

「一緒に戦いたかったんじゃない? 私も魔法少女になりた〜い、みたいな?」

「そんな理由で危険を冒すのなんてあなたくらいでしょう」

 ふざけた理由をあげる遥に、芽生がツッコミを入れた。

「響華の言う人影の存在は本当だったようだが、魔法災害の発生要因とは関係なさそうだな」

 碧が険しい顔で言うと。

「発生地点から見て自然災害とは考えにくいんですけどね……」

 雪乃は困った様子で呟いた。

「じゃあ人災ってこと?」

 響華が聞く。すると遥は少し考えてから答える。

「研究施設に魔法物質を運んでたトラックから漏れ出したとか?」

「いや、だとしてもこんな住宅街の路地に魔獣が出現した理由に説明がつかない」

 碧が遥の考えを否定すると、芽生もそれに続ける。

「こんな狭い路地、新聞配達じゃないんだから」

 その言葉に響華が反応した。

「ねえ、地図見て。これ発生時刻とか場所とか見ると一筆書きみたいにならない?」

「どういうことだ?」

 碧が首を傾げる。

「だから、新聞配達みたいに順番に魔獣が現れてるって言うか……」

 響華はどう説明すればいいか分からず、モゴモゴっとしてしまった。

「魔獣のお届けで〜す! ってただの迷惑じゃん!」

「そんなことする人はさすがにいないかと思います」

「ええ。立派な犯罪だし、そんなことをする動機が分からないわ」

 遥と雪乃、芽生は響華の考えを汲み取ると、すかさず否定した。しかし碧の反応は違った。

「配達とは違うかもしれないが、魔獣をばらまくことで恐怖心を与えるという動機なら可能性はあるんじゃないか?」

「じゃあこれは……」

「魔法犯罪、かもしれない」

 五人は息をのむ。

「あっ、でも待ってください」

 雪乃がハッとしたように声を上げる。

「この近くに魔法能力者はいないってデータなかったですか?」

 五人がモニターを見遣ると、確かにそのように書いてあった。

「ホントだ! じゃあ違うか〜」

 遥は落胆する。

「でも、これ以上何か筋の通る原因あるかなぁ?」

 響華は頭を抱えた。するとその時。

『ピピピピピピ』

 突如警報音が鳴り響いた。

『魔法災害情報、台東区上野付近で魔法爆発が発生しました。速やかに現場に急行し、状況の確認と災害の鎮圧に当たってください。繰り返します……』

 五人は慌てて局長の元へ向かう。

「局長!」

「あっ、君たち。今やってるのは後でいいから上野に行ってもらえるかな?」

「分かりました!」

 急いで準備をすると、司令室を飛び出しエレベーターの方へ駆け出した。

「車の準備できてます!」

 駐車場に着くと国元がすでに車を回して待っていた。

「お願いします!」

 五人は車に飛び乗り、上野へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る