第2話 プラチナ世代

 二〇一九年十月十五日、霞ヶ関、魔法災害隊東京本庁舎。

「おはようございます。今日から魔災隊見習いとして配属される藤島響華です」

 響華は受付で生徒手帳を見せた。

「はい、藤島響華さんですね。二十三階の第二会議室になります。そちらのエレベーターをお使いください。降りて左手すぐになります」

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げ、エレベーターに向かおうとする。その時。

「おい、藤島」

 後ろからよく知っている声が聞こえてきた。

「あっ、碧ちゃん!」

 振り返るとそこには碧がいた。

「お前も今来たところか?」

「うん、そうだよ。一緒に行く?」

「ちょっと待ってくれ。受付を先に済ませる」

「分かった」

 碧は響華を待たせないようにサッと受付を済ませた。

「本庁舎ともなるとかなり緊張するな。しかもここで働くんだぞ?」

 碧がキョロキョロと周りを見ながら響華に話しかける。

「あれ? もしかして碧ちゃんこういうの苦手?」

「ああ、少しな。慣れるまではどうも不安でな」

「少しというか結構緊張してるように見えるけど……」

 普段クールな印象の碧が不安なのを知り、響華も少し不安な表情になる。

 その様子を見た碧は、響華の不安をほぐそうと冗談っぽい口調で呟いた。

「でもお前を見たら少し緊張がほぐれた」

 それを聞いた響華は頬を膨らませ言い返す。

「それどういう意味〜?」

 二人はお互いの顔を見るとケラケラと笑った。

 ふと、碧が真剣な表情になる。

「でも……、私はお前なら安心して背中を任せられる、全部預けられる、そう思えるんだ。だから、さっきの言葉も嘘というわけじゃない」

「碧ちゃん……」

 響華は碧が素直に気持ちを伝えてくれたのが嬉しかった。

「碧ちゃ〜ん!」

 響華が碧に飛びつく。

「こら抱きつくな! 恥ずかしいだろう……」

「わ〜ごめんごめん。舞い上がっちゃってつい」

「ついじゃないだろう、全く。エレベーター来てるぞ、早く乗れ」

「あっ、待って〜!」

 碧は照れを隠すように冷たい態度をとった。でも響華には全部お見通しなのだった。




『ピンポン。二十三階です』

 エレベーターの扉が開いた。すると目の前に。

「あれ、雪乃ちゃん?」

「私もいるよ〜!」

「滝川、お前なんで?」

 雪乃と遥が立っていた。

「びっくりした? いや〜、早く目が覚めちゃったから一番に行ってみんなを驚かせようかと思って」

 エレベーターを降りる二人に、遥がしたり顔で言う。

「も〜、ほんとにびっくりしたよ〜」

「ああ、私も心臓が止まるかと思った。まさか私より先にお前がいるなんて思わないからな」

 碧の言葉に遥は反論した。

「ひどいな〜。私だって早起きくらいできるよ〜」

 すると雪乃はすぐに遥の言葉の矛盾に気づく。

「でも滝川さん、早起きしようと思ったんじゃなくて、たまたま早く目が覚めただけですよね?」

「うっ、そこを突かれるか〜」

 雪乃に痛いところを突かれた遥は右手で頭を抱えた。

「あなたたち、魔災隊に入っても何も変わらないのね」

 声がした方を向くと、芽生がこちらを見ていた。つい話が盛り上がってしまい、四人はエレベーターホールから移動することを忘れていた。

「みんな揃ったことだし、え〜と……、なんだっけ?」

 響華が部屋の名前を思い出せずにいると、それを見かねた芽生が囁く。

「第二会議室?」

「そうそれ! 早く行こ!」

 響華は周りを見渡すと右に向かって歩き出した。

「おいお前、違うそっちじゃない、左だ!」

「あわわそうだった!」

 碧に呼び止められた響華は、慌てて左を向く。

「ホント響華っちは抜けてるよね〜」

「え〜、そうかな〜」

 すっかり緊張が解けた五人は第二会議室へと向かった。




「おじゃましま〜す」

 第二会議室と書かれた扉を開けると、会議室と言う名の通り、机やイス、プロジェクターなど、会議に使うようなものが整然と並べられていた。

「なんか歓迎会的なやつじゃないのか〜」

 遥は何かを期待していたようで、明らかにテンションが下がる。

「滝川さん、いくらなんでもそれはないかと……」

 雪乃は苦笑を浮かべた。

「そういえば雪乃ちゃん」

 響華は思い出したように雪乃に話しかける。

「遥ちゃんと雪乃ちゃんはどっちが先だったの?」

 振り返ってみると、遥は一番に来てみんなを驚かせようとしたとは言ったが、一番に来たとは言っていなかった。

「う〜ん……。ここに着いたのは私が先だったんですけど、なんか入るのが怖くて入り口のあたりでキョロキョロしてたら……」

「そこに私が参上!」

 いつのまにテンションが回復したのか遥が話に入って来た。

「いや〜、ユッキーが入り口でワタワタしてたからここは私の出番だ! って思って」

「でも本当に助かりました」

 雪乃はペコリと頭を下げる。

「いいのいいの。ユッキーは私のフィアンセだからね!」

 突然の発言に雪乃はたじろぐ。

「えっ、なんですかそれ! いやいや、その……」

「こら雪乃ちゃんを困らせないで!」

「ごめんごめん」

 遥は雪乃がお気に入りのようでしょっちゅう変なことを言っては雪乃を困らせている。

「おいお前たち、バカなことしてないでそろそろちゃんとしとけ。もうすぐ時間だ」

「は〜い」

 碧に一喝され、静かに扉の方を向く。

 すると間も無く扉が開いた。

「ああ、君たちが東京校のキャリアクラスの子だね。座っててもらってよかったのに」

「ああ、お、おはようございます!」

 扉を開け入って来たのは魔法災害隊東京本庁長官であり、魔法省事務次官の進藤しんどうさゆり。三十代にして東京の魔法災害隊の指揮をしながら、国との調整役もこなしているエリートである。

「わざわざ長官にお越しいただけて、誠に光栄です」

 シャキッとした碧を見た長官は、五人の緊張をほぐそうと笑顔を見せた。

「そんなかしこまらなくていいよ。一応自己紹介をしておくと……」

 胸ポケットから手帳を取り出す。

「私は進藤さゆり。魔法災害隊東京本庁長官、まあ君たちの上司って言ったらいいのかな? それと魔法省事務次官って言って、君たちが円滑に活動できるように、国に掛け合ったりしてるの。って、君たちは優秀だから知ってるよね?」

「いえ、ご丁寧にありがとうございます。私は……」

 長官に続いて自己紹介をしようとした碧。すると長官はそれを遮るように一言。

「新海碧、でしょ?」

「え? あっ、はい」

 突然自分の名前を呼ばれ戸惑う碧。長官はさらに続ける。

「それから……、桜木芽生、滝川遥、藤島響華、北見雪乃。だよね?」

「私たちのこと、知ってるんですか!?」

 響華は長官が自分たちの顔と名前を知っていたのが嬉しかったのか、大きな声を上げる。

「おい、声が大きい。少しボリューム下げろ!」

 碧が小声で注意する。しかし長官は全く気にしていないようで。

「あはは、若いうちは元気なくらいがいいよ」

 とても優しい雰囲気の長官を見て、五人は肩の力が少し抜けたようだった。

「あっ、そうだ。そういえば君たち?」

「?」

「自分たちがなんて呼ばれてるか知ってる?」

 突然の質問に五人は顔を見合わせ、コソコソと話し始めた。

「私たち?」

「何か通称でもあるのか?」

「確かに、班ごとに名前がついていても不思議じゃないわね」

「もしかして、天才集団! みたいな?」

「滝川さん、恥ずかしいからふざけないでくださいよ!」

 五人は長官に慌てて謝罪しようとしたが。

「天才集団か〜、意外といい線かもね」

 予想外の答えが返って来た。

「先に答えを言っておくと、プラチナ世代」

「えっ、プラチナ……ですか?」

「そう、プラチナ」

 プラチナは分かるのだが、なぜ自分たちがそう呼ばれているのか響華にはいまいちピンとこなかった。

「まあ突然そう言っても困るよね。説明するとね。ああごめん、座って座って」

 五人が並べられたイスに座ると、長官は説明を始めた。




「私も元々は君たちと同じ魔災隊だったの。だから養成校にも通ってた。キャリアクラスに入って、必死に勉強して、戦闘訓練も頑張った。そしたらね、他の養成校にもそういう子がいて、史上最強の世代だって言われるようになったの。魔災隊に配属されてからは、その子たちと一緒に行動することが多くなってね、強力な魔獣とか悪質な魔法犯罪とか、色々対応してた。そしたら当時の長官がこう名付けてくれたの。黄金世代」

「黄金世代?」

 響華が首を傾げる。

「そう。自分で言うのもあれだけど、私たちの世代は優秀な人が多かった。だから長官はそう言ったんだろうね。サッカーとかでもよくあるでしょ?」

 すると雪乃がゆっくりと口を開く。

「あ、あの……、七十九年組、みたいな……」

 それを聞いた長官は目を輝かせる。

「そうそう! 雪乃さん詳しいね? サッカー好き?」

 雪乃は長官のテンションに少し動揺するも。

「あっ、えっと、観るのは好きです」

「いいね〜。今度ゆっくりサッカー談義でもしようね」

「は、はい!」

 長官と共通の趣味を見つけた雪乃は、少し嬉しそうだった。

 長官は話を戻す。

「で、なんだっけ? ああそうだ。私たちが黄金世代って呼ばれてたわけだけど、君たちも私たちと同じくらい、いやそれ以上に優秀だって思ったから黄金の一つ上の……、上なのかは分からないけど、プラチナ世代って名付けた訳」

「それもサッカーからですよね?」

 雪乃が問いかける。

「ご名答! 九十二年組だね。まあそんな訳で、君たちには結構期待してるからね!」

「はい、期待に応えられるよう頑張ります!」

 響華は元気に返事をした。




 長官がふと腕時計を確認して呟く。

「そろそろなんだけどな〜。あいつ何やってるんだ?」

「誰か来るんですか?」

 遥が問いかける。

「そう。来てから紹介しようかと思ってるんだけど……」

「どういう人なんですか?」

「遥さんは魔法災害が起きた時何で移動するか分かるよね?」

「車です!」

「正解。その車を運転してくれるドライバーさんなんだけど……」

「が、まだ来ないと?」

「そうなんだよ〜」

 長官も少し困った様子で扉の方を見遣るが、まだ姿は見えなかった。なんとか場を持たせようとした長官は、五人の方を向いて女子が食いつきそうな言葉を放つ。

「でも期待してて! かなりイケメンだから!」

 ニコッと笑うと、また扉の方を見遣った。

「いくらイケメンでも時間を守れない時点で無理」

 長官の言葉に最初に反応したのは芽生だった。

「桜木もか。私も仕事仲間には時間を守ってもらいたいところだな」

 その意見に碧も同調した。しかし響華と遥は。

「どんな人だろう?」

「塩顔がいいな〜」

 色々と妄想をしているようだった。

「藤島さんも滝川さんもなにか勘違いしてませんか?」

 雪乃が二人をたしなめる。と同時に、ゆっくりと扉が開いた。

「すみません、少し遅れてしまいました」

 申し訳なさそうに入って来たその人は、確かにイケメンと呼ばれるような顔立ちをしていた。長官はほらねと言わんばかりの表情を浮かべると、五人に紹介をした。

「この人は君たちの班のドライバーの、国元くにもと勇也ゆうやくん」

「国元です。よろしくお願いします」

 国元が少し緊張した様子で頭を下げる。そんな彼を長官は軽くいじった。

「パシリとして使っちゃっていいからね」

「ちょっと長官!」

 慌てて反論する国元に、響華と遥は思わず笑ってしまった。

「まあこんな感じだから。国元くんにはそんなに気を使わなくていいよ」

「はい。気軽にどうぞ」

 長官と同じく、国元も優しい人柄のようだ。

「よろしくお願いします!」

 五人は国元に頭を下げる。

 顔を上げると国元が遥の方を見つめていた。

「そういえば君……」

「えっ、あ、遥です」

「ああ遥さん。確かいつだか下北沢で……」

「あっ、あ〜!」

 遥が国元を指差す。その反応を見た国元は確信を持ったように質問する。

「あれやっぱり遥さんですよね?」

「そうですそうです! そうだ響華っちの拾ってくれたのこの人だ!」

 突然盛り上がる遥と国元。その様子に四人は驚きを隠せなかったが、一番驚いていたのは長官だった。

「え、何? 遥さんと国元くん会ったことあるの?」

 遥と国元は軽く説明をする。

「いや、会ったってほどでもないですけど、響華っちの落し物を届けてくれたんですよね?」

「はい。本当は拾った駅の駅員に届けようと思ったんですけど、魔法災害で混乱していて。それで乗り換え駅まで行って、そこで届けようと思ったところに遥さんが」

「「ね?」」

 二人の声が重なった。

「へぇ、そんなことがあったんだ。じゃあ響華さんと国元くんはめぐり合う運命だったのかもね」

「そうかもしれませんね! 国元さん、私の落し物を拾ってくれてありがとうございました!」

 長官の言葉に頷いた響華は、国元に笑顔で礼を述べた。すると国元は。

「響華さん、これからは全力でサポートするので、落し物とか気にせずに災害の鎮圧に努めてくださいね。もちろん他の皆さんも」

 響華と四人に優しく語りかけた。

「はい!」

 五人と国元が打ち解けた様子を見て、長官は安心したのだろう。

「五人ともいい返事。じゃあ君たちは一旦、国元くんに建物の案内でも……」

 この後の指示をしようとした。ところが。

「長官!」

 緊迫した様子で女性が部屋に入って来た。

「木下副長官、どうしたの?」

 長官の顔が引き締まる。

「練馬区で魔獣が大量に出現しました。管轄の魔災隊が対処にあたっていますが圧倒的に戦力が不足しています。こちらから応援を出しますか?」

「今出せる班は?」

「四ツ谷で警戒任務中の長沼班なら」

「いや、新国立競技場の周辺に穴を開けるわけにはいかない」

「ではどうしますか? 管轄だけでは限界が……」

 少し考えた後、長官は五人の方を向いた。

「……君たち、やれるよね?」

 黙ったままの五人にもう一度問いかける。

「実戦、いきなりでもいけるよね? だって君たちは……」

 五人は顔を見合わせ、互いの意思が同じであると確認すると、気合の入った声で長官の言葉に続けた。

「はい、プラチナ世代ですから!」

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