魔法災害隊
横浜あおば
孤独な少女編
第1話 キャリアクラス
二〇一九年九月十七日、祖師ヶ谷大蔵駅。
『まもなく、二番線に地下鉄線直通、準急綾瀬行きが参ります。危ないですので……』
「あ〜、間に合った〜」
息を切らしてホームに駆け上がってきたのは、魔法災害隊養成校東京校二年の
魔法災害隊養成校とは、魔法能力を有する少女のみが入学することのできる、各主要都市に設置されている特別高等教育機関である。その中でも魔法能力、知識が優れた者はキャリアクラスに入り、一年次と二年次の前期に普通クラス三年分の授業範囲を学習し、二年次の後期からは魔法災害隊に見習いとして配属され、実務をこなすことになる。響華もその一人なのだが。
「降りたとき便利なのどの辺だったっけ?」
少し抜けているところがある。
『ピピピピ』
電車が来ると同時にスマホが鳴った。
「あっ、魔法災害情報。しかもすぐそばじゃん!」
魔法災害隊隊員と魔法災害隊養成校の生徒には、魔法災害が発生した際にスマホにアラームが鳴るように設定されている。
「もう、せっかく遅刻しなくて済むと思ったのに〜!」
慌てて駅の外に向かうと、駅前で魔獣が暴れていた。
「魔法災害隊です! 皆さん離れてください!」
周辺にいた人に注意喚起をしてから、魔法をひとつ唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線」
両手を後ろに引き神経を集中させると、魔獣の方に向かって両手を前に突き出した。その瞬間、突き出した両手から光線が放たれ魔獣は消滅した。
周囲を見渡し安全を確認した響華は、スマホを取り出して魔法災害情報の画面を開いた。
《魔法災害情報 魔獣 出現場所:祖師ヶ谷大蔵駅付近 状況:鎮圧 対応者:藤島響華》
鎮圧と表示されているので、災害はおさまったようだ。
「皆さん、魔法災害は無事鎮圧しましたのでご安心ください!」
そう声をかけると、響華は大事なことを忘れていたことに気づいた。
「あっ、早く学校行かなきゃ!」
赤坂、魔法災害隊養成校東京校。
キャリアクラスでは魔法学の授業が始まった。
「魔法物質について説明してください。では……、新海さん」
「はい」
先生に指名され、すくっと立ち上がったのは見た目も中身もクールな印象の
「魔法物質、またの名をマジカリウム。物質とはいうものの元素とは異なる性質を持ち、まだ謎も多く残っている。各国でその性質と、利用方法について研究がされている。また、魔法物質の濃度が高まると魔法爆発を起こしたり、魔獣化したりといった魔法災害が発生することがある。そして、一番の特徴であり最大の謎が、魔法物質を直接扱える人間とそうでない人間が存在すること。魔法物質を直接扱える者のことを魔法能力者と呼ぶが、未だ男性の魔法能力者は確認されておらず、女性の中でも魔法能力者は限られた存在である。その上、年齢を重ねると魔法能力が衰えるため、少子化の日本では本当に貴重な存在となっている」
「新海さんは本当に優秀ね」
先生が褒めると、碧は首を横に振った。
「いえ。知識だけでは優秀とは言えません」
「とはいってもキャリアクラスに入るだけの魔法能力を有しているのだから。謙遜しないで」
「ありがとうございます」
褒められるのが苦手な碧は少し恥ずかしげに頭を下げ、席に着こうとした。その時。
「すみませ〜ん! 魔獣倒してたら遅れちゃいました〜!」
勢いよく入ってきたのは響華だった。
「状況は分かっていますから、早く席に着いて」
先生が優しく声をかけると、響華は元気よく返事をして席に着いた。
「響華?」
「うん? 何?」
響華に声をかけたのは右隣の席の
「別にまだ魔災隊として活動してるわけじゃない。だから注意喚起と魔獣の監視だけして、あとは所轄の魔災隊に任せてもよかったんじゃない? というかそもそも、注意喚起だって努力義務でしょ?」
「それはそうだけどさ。でも、もうすぐ魔災隊として活動するわけだし、それに……」
「それに?」
「困ってる人がいるなら助けてあげたいから」
「……響華はブレないわね」
「えっ?」
「いえ、なんでもないわ」
響華は芽生の呟いた言葉がなんだったのか分からず少し首を傾げたが、教えてくれなさそうなのでカバンからテキストとノートを取り出そうとした。しかし。
「あれ?」
「藤島さん、どうしたんですか?」
困った様子の響華に声をかけたのは左隣の席の
「テキストもノートも見当たらないんだよ〜」
「ちゃんとカバンに入れたんですよね?」
「もちろん! 忘れないように確認して……、ってあれ!?」
「他にも何か無くなってるんですか?」
「お昼ご飯! お昼ご飯が無いんだよ〜!」
ショックで今にも泣き出しそうな響華を雪乃はなんとか落ち着かせようとする。
「えっと、家を出るときはあったのに無くなってるってことは、どこかで落としちゃったんじゃないですか? そしたら誰かが拾ってくれてるかもしれませんよ?」
「でもそんな心当たりないよ?」
「例えば……、魔獣と戦った時とか?」
「あっ」
響華はふと顔を上げる。
「何か思い出しました?」
「あの時無我夢中だったから地面にカバンを投げつけてたっぽいんだよね。もしかしたらその時……」
響華が考えを巡らせていると、後ろのドアが開く音がした。
「すみませ〜ん! 寝坊して遅刻しました〜!」
潔いのか開き直りなのか、正直に遅刻理由を述べつつ教室に入ってきたのは、キャリアクラスの中で一番の自由人である
「ねえ響華っち?」
遥に名前を呼ばれた響華は後ろを振り返る。
「大事なもの無くして泣きそうだったんじゃない?」
「あっ、それ!」
「お昼ご飯と、ついでにテキストとノート」
「ありがと〜!」
遥からお昼ご飯とテキスト、ノートを受け取ると響華の顔は一気にほころんだ。
だがそれと同時に先生の怒った声が聞こえてきた。
「滝川さん?」
遥はビクッとする。
「テキストとノートがついでですって?」
「あ……、いえ、それはその〜、つい口が滑って」
その言葉を聞いた先生はさらに語気を強める。
「じゃあそれがあなたの本心ってことね?」
「あ、その、そうではなく〜……」
失言を重ね、観念したのだろうか。
「すみませんでした! もう寝坊もしませんし真面目に授業も受けます!」
先生に対し全力で頭を下げた。それを見た先生はため息をつき、遥に顔を上げるよう促した。
「じゃあ授業を続けたいから早く席に着いて」
そう言われた遥は、席に着くと雪乃に小声で話しかけた。
「でもあと一ヶ月で魔災隊で任務にあたることになるから授業数はそんなにないんだけどね」
さっきの謝罪は何だったのか。雪乃は苦笑いをするのが精一杯だった。
「やっとお昼だ〜!」
「お疲れ様です」
「私も入れて〜!」
お昼休みになると、響華と雪乃が食事の準備をしている時に遥が声をかけてきて一緒に食べる流れになる。毎日おなじみの光景である。
「今日くらいアオもメイメイも一緒に食べようよ〜!」
「いや、私は一人がいい」
「私も。遠慮しとく」
「も〜、二人とも冷たいな〜」
遥は碧と芽生にも一緒に食べようと持ちかけるもののあっさり断られてしまう。これも毎日おなじみの光景である。
「あっ、そういえばさ」
響華はお弁当を指差し遥に問いかける。
「これどこで拾ったの?」
「あ〜確かに。藤島さんと滝川さんって家が近いって感じでもないですよね?」
雪乃も疑問に思っていたらしい。
「え〜と、下北沢の駅。駅員さんに男の人が落し物っぽいのを渡してるのが見えて、どっかで見たことあるようなものだったから近寄って見てみたんだよ。そしたらこれ響華っちのだって分かったから、友達のですって言って受け取ってきた」
「なんかごめんね。ありがとう」
響華が礼を言うと、遥は笑顔で首を横に振る。
「これくらいいいってもんよ。で、なんでそんなもの電車に落としたわけ?」
そういえば遥は、響華の朝の出来事を知らなかった。
「あのね、朝学校に行く途中電車に乗ろうと思ったら魔獣が近くに現れて……」
「あっ、それで電車遅れてたの?」
遥は響華の話を遮るように声を上げた。すると雪乃は。
「でも滝川さん、どちらにしても遅刻でしたよね?」
遥に疑いの目を向ける。
「うん、そうだよ」
遅刻をもはやなんとも思っていないような遥の返事に雪乃はため息をついた。
「ユッキーは真面目すぎるんだよ〜。遅刻したところで死にはしないんだから」
その言葉を聞いた雪乃は少し厳しい口調で言い返す。
「でも魔法災害となると話は別ですよ」
「分かってる分かってる。これはあくまで学校の話。魔災隊に配属されたら遅刻なんてしないよ」
「え〜本当に〜?」
疑うように顔を覗き込んできた響華に、遥は首を縦に振る。
「ホントホント。そのために今寝溜めしてるんだから〜」
「遥ちゃん……」
さすがにこれには響華も呆れてしまった。
それと同時に、雪乃は遥の言葉に反応した。
「あの、滝川さん。残念ですが、寝溜めは……」
「寝溜めは?」
雪乃は少し言うのをためらったが、遥が気になっているようなので続けた。
「寝溜めは、意味がないんです」
「えっ、マジで!?」
遥は驚きのあまり大きな声を上げた。
「はい、寝溜めをしたところで睡眠不足は解消されないと、科学的に言われています」
「じゃあ魔法的には?」
「魔法的とかありません」
意味不明な質問に雪乃はきっぱりと否定する。
「あ〜、じゃあ二度寝しなければよかった〜」
衝撃の事実が突きつけられ、遥はひどく落胆した。が、すぐ顔を上げると。
「まあでも、寝られるうちに寝とこう! 二度寝最高!」
どこまでポジティブなのだろう。自由人に振り回された二人は顔を見合わせ、笑いかけることしかできなかった。
およそ一ヶ月後。
「ここが魔災隊の建物か〜」
ビル群の一角にある一際大きな建物を見上げ呟く。
「いよいよ今日から魔災隊に見習いとして配属。頑張るぞ〜」
気合十分の響華は霞ヶ関にある魔災隊の東京本庁舎に向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます