第2章 螺旋の過去を解いていく

プロローグ

「……桐崎、大丈夫か?」


隣に座る彼女にそう声をかけるが、彼女はまるで糸の切れた操り人形のように体を微塵も動かさず、ただただ祈るように両手を固めて目を瞑っていた。……その痛々しいくらいの様子に、俺は何もできない。


「茅野───」


───昨日の文化祭のラストを着飾った、茅野達のバンド。そのフィナーレは、最悪の形となって実を結んだ。ボーカル担当の、あの賑やかで活発な茅野が、曲の最後で倒れたのだから───。


「……茅野くんは、」


そこで桐崎が口を開く。唐突であったから、俺は一度聞き直さなければならなかった。


「……茅野くんは、私に───何を伝えたかったのでしょうか」


「桐崎……」


ぎゅっと、スカートの端を両手で摘む桐崎。悲痛な声色が、俺の耳を劈いた。


わからない、としか言えなかった。彼はあの曲で、桐崎を前向きにさせたかったのだろうか?それとも、もっと別の───、



───ガラララ、と、不意なドアの開く音が聞こえてきた。その物音に過敏に反応し、俺達はそちらを向く。



「あ、あの……!茅野くんは……」


桐崎が医者の先生のもとへと駆け寄ると、すぐにその疑問を投げかけた。


「……無事です。安心してください」


「茅野は、どうしたんですか?」


無事と言われても、やはり俺は尋ねてしまった。すると先生は「ええ」と置いて、彼の倒れた原因を教えてくれた。


「行き過ぎた過労による、一時的な失神です。茅野くんには、しばらく体を休める時間が必要でしょう」


「……過労」


───その言葉と、昨日の文化祭の彼の姿が一致する。無理をしていたことなんて、傍から見ていた俺にでもわかっていた。彼だってそんなのはわかっていたはずだ。自分がボロボロになっていたことは。それでも、彼は、歌うことを最後まで、諦めなかった───。


「あの、茅野くんには……会ってもいいですか?」


桐崎がそう尋ねてみるが、先生は首を横に振った。


「今日は……止めておいた方がよろしいでしょう。また後に、彼の安静が確認されたら、連絡致します」


「……そうですか。わかりました」


やむを得ない。俺と桐崎に「では」と残し、先生は背を向けて事務室へと戻っていった。俺達もまた……帰るしかなかった。


「安心しろって。茅野は大丈夫だから」


そう元気づける。だが桐崎はそれを聞いてもまだ、どこか不安定な表情を浮かべていた。俺はそれを見て、今どうするべきかがわからなくなる───。しかし、その矢先に口を開いたのは、驚くべきことに彼女であった。


「このままでは、ダメですね」


「……桐崎?」


その表情は、つい先ほどまでのものとは違う───克己に満ちたものであった。俺は思わず、その在り方に釘付けにされる。そして、



「───私、もっともっと、皆さんのこと知りたいです……!だから、教えてくれますか?」



───それが彼女の、要求であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る