第11話 彼女の弾き出した解
「なあ、榎並」
「ん?」
「……花ちゃん、どういうつもりなのかな」
「───。そりゃ、さっき言った通りだ」
そうは返すが、俺も未だに彼女の言葉を上手くは消化できなかった。事の発端は、昨日の茅野のもとに行ったときの彼女の言葉だった。
『───私、もっともっと、皆さんのこと知りたいです……!だから、教えてくれますか?』
そして二度目の発端を思い出す。それは、つい先ほど終わった学校の、教室内での会話であった。
『榎並、花ちゃん、帰ろうぜ!』
放課後になり、文化祭前と同じように藤枝が声をかけてくる。俺もまた荷物をまとめて教室を出ようとするが、そんな俺達をいつかのように、桐崎が呼び止めた。
『あ、あの……!もしよろしければ、』
『お、なになに花ちゃん?またゲームでもする?』
文化祭前日のNGワードゲームのことを思い出す。そういえばあの日は、茅野もいたっけ───……。彼の体調はもう大丈夫だとは言われたものの、やはり心配の気持ちは残る。そんなことを考えていると、桐崎は首を縦に振って口を開いた。
『はい、ゲームをしたいです。───外で」
そうして時間は進み、今に至る。目の前には懐かしく感じてしまう、あのテニスコートが。場所は学校から少し歩いた先にある市民用テニスコート場だ。平日ということもあり他の人間は少ないため、こうして簡単にコートの確保には成功できたのだが。
「ラケット、持ってきました!これでよろしいでしょうか?」
タッタッタッと小走りしてやってきた桐崎は、俺と藤枝に軟式用ラケットを持ってきた。すると藤枝が、そんなやる気満々の彼女に向かって口を開く。
「あ、あのさ……花ちゃん。俺も榎並も、もうテニスはやらないんだ。そう、決めてるから、だから、ちょっとこれは───」
しどろもどろになって、藤枝が答える。彼の気持ちは、俺には痛いほどわかる。桐崎に話したことはないが、こんなことをすれば、俺達はきっと、あの日々のことを───いとも容易く思い出してしまうから。
「……覚えています。お二人が中学時代のときに、テニス部で何かをして、そのせいで、もうテニスをしないと誓っているということは」
「───」
そこは、前にも話したか───。その中身、内容に関しては言っていないため、彼女には察することもできないであろう。
「でも、私は知りたいって思いました。……いえ、知らなければいけないんです。なぜか……そんな気がして、なりません」
「……どうして」
俺が低い声色で尋ねる。しかし彼女はそのまま、ありのままの自分の主張を貫く。
「茅野くんのライブを聴いていて、思い出したからです。私は───彼と逢っています。昔、確かに……彼と」
「───え?」
「その当時に有名だった人気バンド、after worldのライブの日でした。私と茅野くんはそのとき小学三年生で、その日たまたま話したんです。───それを、つい一昨日に、彼の歌を聴いていて思い出したんです。彼の歌も、曲調も、ライブの雰囲気も、バンドの編成も、何もかもが、あのafter worldにそっくりだったから───」
それは初耳だった。あの桐崎と茅野が知り合いだったなんて。……そのことを桐崎が一昨日に思い出したのだとしたら、なら、茅野は?あいつはいつ、それに気づいたというのか。
『───桐崎 花って人間に、俺はどうしても近づきたいって思いました!だって彼女は、俺の───』
あの言葉が頭をよぎる。間違いない、茅野もまたとっくに気づいていたのだ。自分と桐崎が八年前にも逢っているということに。───あの熱の入った声は、言葉は、その紛れもない証拠である。
「もしかしたら彼は、私達の好きだったafter worldを自分が再現することで、私に前向きになってほしかったのではないでしょうか……。今ならそう、思えるんです」
そうして彼女は空を見上げ、静かに零した。
「───after worldのボーカルが病死したことで、彼らのバンドは解散したんです。それ以来、彼らはその姿を表舞台から消しました」
「……ああ、有名な話だからな。それくらいは小耳に挟んだことはある」
俺が答えると、彼女は頷いた。───つまりafter worldというバンドはもう、この世界にはいない。茅野と桐崎の愛した彼らは、もうどこにもいなくなってしまったのだ。
「……じゃあ、茅野は自ら、after worldになろうとして───?」
藤枝が呟く。……おそらくそうだ。高校で軽音楽部に入ったのだって、それが目的だったに違いない。そうして訪れた桐崎の転入という奇跡は、彼にどんな想いを与えたのだろう。───その考察は、想像に容易い。
「チャンスだって、そう思ったんだろうな」
「はい」
俺の言葉に力強く頷いた桐崎は、今度は俯くような表情で続けた。
「それなのに私は……茅野くんのことを、何も知らないでいた。彼の想いを直前まで、気づいてあげることができなかった。……そんな自分が、自分で許せないんです」
歯噛みし、彼女はいつにもないような感情で己を責め立てていた。そうして今度は俺達の方を向き直り、最後に振り絞るように声を繋げる。
「ですから、私はもっともっと知らなければいけないんです!ここに来てから私は、本当に皆さんに感謝をしています。日々笑えて過ごせています。そんな皆さんのことを、このまま知らないままでいるのは───……寂しい、です」
「だから、テニスに誘ったのか」
「はい」
テニスをすれば、相手のことが深くわかる。それを彼女は狙っていたのだろうか……。
「───やりましょう!三人で……!」
───桐崎の持つラケットが、夕陽に反射して眩しく映っていた。
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