エピローグ

超人気バンド、after world《アフター ワールド》のライブ会場に到着すると、辺りはすでに人混みでいっぱいだった。俺はなにがなんでもいい位置取りで観たかったので、意地になってそこらをウロウロと歩く。


途中何度も人にぶつかり、場合によっては「気をつけろ!」と声をかけられた。しかし、今は立ち止まっている暇などない。せっかくここまで来たんだ。絶対にafter worldのステージをこの目で抑えてやる───そんな気持ちでいっぱいだった。


「……」


そこで、隣をふいに向いた。なぜかはわからない。今はそんな時間すらも惜しいくらいで、そんな暇なんてないはずなのに。


俺の両目は、機械で固定されたように、彼女を見ていた───。


背丈の低い少女であった。年齢は同じくらいか、もしくは少し低いくらい。長い髪は光に反射して綺麗に映り、その瞳は同じくらいの、鮮明な茶色を丸めたビー玉であった。彼女は直立不動のまま、この人混みの中で、ステージの上を眺めている。やがてそこに訪れるであろう彼らを待っているのだ。


「───」


「……え?」


耳を澄ます。すると、彼女が歌っているのが聞こえてきた。それだけならいい。しかし、彼女の歌には聞き覚えがあった。これは───、


「……after worldの、デビュー曲」


思わず口から零れていた。───不思議だった。こんなに大勢が密集して、個々の声なんて掻き消えてしまうような空間なのに、それなのに、彼女の歌声だけは鮮明に聞こえるのだ。


「……」


「───、───」


惹かれた、というのが率直な感想だった。彼女のそれは、たとえるなら優しいオルゴールのような音色であったのだ。優しく優しく、暖かみを与えて溶かしていくような、そんな、心地の良いメロディーなのだ。それは普段のロックな雰囲気のafter worldの曲とは不釣り合いではあったが、不釣り合いなりに美しかった。不覚にも、感動、してしまった───……。



「───あのさ!」



だから、俺はつい声をかけてしまった。なぜだったのか、自分でもわからない。でもこのまま別れてしまうことだけは、なぜだか絶対に嫌だと感じたのだ。……すると彼女はこちらを振り返り、そのまま無機質な顔を向ける。


しかしそんな口元からも、言葉は生まれた。


「……歌は」


「え?」


「───歌は……好き?」


「───。好きだよ、すっごく……好きだよ」


「……そう」


返した言葉を受けた彼女は、心なしか、笑っているように見えた。喜びを意味する声色も、感じられた。それで終わりだった。



───それが彼女との、最初の出逢いであったのだ。



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