第6話 神話戦争リザルト
許せない───心の底から煮え滾る思いが、その一言だけを彩っていく。憤怒は黒で塗り潰され、怒りだけが飽和していく。その刹那、その目は雨を映した。
「───」
ザーっと降りしきる雨が、まるで槍のように肌をつんざく。その度に、体は冷え切り全身が痛んだ。
何もかもが、砂時計の中に閉じ込められた砂のように落ちていく。それはやがて過去というフィルムに変わり果てていき、結果として最悪がもたらされたとしたなら───この頭は、瞳は、口は、胸は、痛みは、嘆きは、苦しみは、悲しみは、怒りは、何を叫ぶのだろうか。
傷口をそのままにして、この脚は一歩だけを踏み出し、暗がりの彼方を魅せる黒の空を睨みつけて声を上げた。
───いつまでも、いつまでも。それは獣の咆哮のように、街を走った。
2
「───いやー、奇跡ってあるもんすね!天は我に味方した、ってやつです♪」
ピンクのハートが描かれた紙切れを広げ、無邪気にはしゃぐ青年───茅野
「というわけで、よろしくお願いするっす榎並くん!一緒に花ちゃんをエスコートするっすよ!」
「ああ、よろしく頼むよ。……にしても、お前はいつまで落ち込んでるつもりだよ?」
振り返り、俺の背に隠れるように藤枝はこの世のすべてを恨み絶望していた。……先ほどから、怨嗟の言葉がずらずらと聞こえてくるのが心底面倒だ。たしかに、気持ちはわかるのだが───、
「どんまいっす藤枝くん!や、でも次があるっすよ!そんなに失望しててもダメっす!」
「あなたに言われると余計腹立つんですけど!?くっそー!普通あそこまで言葉を交わしあってたら俺と榎並が引くってのがお決まりだろ……」
お決まりというのには頷けるが、これは何かの漫画やドラマではない。そんなご都合主義な展開など、期待するだけ無駄というわけだ。結果的にこいつは天に見放され、その代わりに選ばれたのが俺とこの茅野ということ。藤枝は負けたのだ、このデスゲームに。
「でも、担当の係が違うだけで、校内を回るメンツは自由っす!だからそのときは、藤枝くんが独占すればいいんじゃないんすかね?」
「そ、そうなれば理想だけどさ……どうせ取り合いになるんだろうな……」
だろうな、と頷く。彼らにとって桐崎とは、まるで一つしかないシュークリームのような存在なのだ。飢えた獣は、ただ純粋に欲求のために動く。その結果として敗者が生まれるのは当然の摂理なのだから───。
「とりあえず……俺と茅野と桐崎は、ポーカーの経営係に決定したわけだけど。これはこれで忙しくなりそうだな」
「そうっすねー。特に、校内の生徒は花ちゃん目当てでやってくるのが大半のはずっす。そういう意味でも、大繁盛の予感はするっすけどね」
「けど、そうなると女子の桐崎にはちょっと重労働になる。……そこを俺と茅野でカバーしろって話なんだから、骨が折れそうだよ」
ため息混じりに呟く。ちなみに言い忘れていたが、俺達のクラスの出し物はカジノに決定した。もちろん、金で動くものではなく、勝者には景品として玩具やら菓子やらが進呈される、可愛いものだ。ただでさえスタンダードに大変そうなものに決定したのに、桐崎目当てでカジノの客として来る連中が大半という話だ。───想像しただけで、かなりブラックかもしれない。
「そういや、藤枝はどこの係に決まったんだ?」
「……ああ、俺は宣伝だよ。一番人口の多い係に入れられたってわけかな」
俺の疑問に無念そうに答える藤枝。せめて桐崎と同じポーカー係ではなくとも、他のゲームの、たとえばブラックジャックなどの担当にさえなれたなら、彼女と同じ空間で仕事ができただろうに……。本当に気の毒な話だ。宣伝係ともなると、教室から離れるわけだから、桐崎とは何があろうが共に作業ができない。茅野の言うように、校内を回る自由時間のときは共に行動はできる……が、無論それを狙うのは藤枝だけではない。ライバルは三十人近くもいるわけだから、こればかりは厳しいのだ。
「まあ、文化祭ってのは楽しむためにあるもんだ。今からそう気を落とすなよ」
バンバンと肩を叩いてやる。藤枝の負ったダメージを癒すために、茅野もまた言葉を投げかけていた。それに対してむがーっ!、と激昂する藤枝を、俺達は微笑ましく眺めていた───。
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