第5話 ヒロイン攻略用イベント、その名は文化祭

「なんで……なんで、信じてくれないんだよっ!?あんた教師だろ!?教師ならっ、生徒の面倒くらいきちんと見ろよ!」


とうとう沸騰して破裂した怒りが、その矛先を向けるように───彼は激情のままにしがみついた。今にもその手が暴力に訴えるのではないかと思うくらいに、その主張は怒鳴り声で強まっていく。


「事態は深刻なんだよ!あんたが呑気に顧問やってる間にも、見えないところで……あいつは、あいつは!───なのに!なんで!」


喉が枯れても構わない、そんな勢いで溜めてきた言葉を吐き出す彼を見て、自分は何を思ったのだろうか。それが正解か、不正解かを見定めていたのだろうか。それとも……彼を、その行動を───、


「……お願いしますっ、あいつを───あいつを助けてやって、ください!」


掠れかけた吐息を引っ張りながら、そいつは頭を下げて懇願した。対する顧問はそれを一瞥すると、心底面倒そうに頭を掻きむしりそっぽを向く。


「……藤枝さぁ、今がどんな時期かわかってんのか?中体連前で、受験だって控えてるこの大切な時期の途中で、俺がそんなデマで動かされるとでも本気で思ったのかよ?───あいつらが、そんな馬鹿な非行に走るわけないだろうが。お前はあいつらの仲間で、部活の一員なんだ。……お前は今まで、あいつらの何を見てきたんだよ?」


「───っ、見てきたさ……もう、これ以上ないってくらい、その性根の腐り具合を見てきたさ!だからあんたに説得してるんだろ!?あいつらをやめさせてくれって!なんでそれがわからないんだよ!?」


「わからないのはお前だ、藤枝。俺が信じるのは、共に部活で汗をかいた仲間の姿だけだよ。……あいつらを信じることが、俺のできる顧問の義務だ」


そう言い切ったそいつは、藤枝から離れて背を向ける。そうして廊下の奥に消えていくそいつを、藤枝は、藤枝の瞳は───、


憎悪の黒だけで、睨みつけていた───。




2

「六月の半ばに、文化祭がある。今日はその役員の係決めをしたいんだわ」


「はいはーいっ!俺は花ちゃんと同じ係ならなんでもオッケーでーす!」


「花っちと校内回れるんなら俺はどんなドサ回り仕事でもやってのける!他の発汗製造機の男は一切いらねえ!」


「お前……!席が隣なんだからもういいだろうが!どこまで搾取すれば気が済むんだこのド性欲ホルモンが!」


ギャーギャーと教室中が騒ぐ。この流れになることはもう最初から予想はついていた。というか、この短期間でもはや慣れてすらいたのかもしれない。


「こうなるとは思ってたけど、本当に予想通りすぎるな……。お前らの思考回路が一直線すぎて震えるぞ」


木内はため息混じりにそう呟くと、黒板にコッコッコッと白文字を加えていた。


───『文化祭実行委員 係分配』。


「まずお前ら、桐崎の取り合いだけで話を進めるのはダメだ。そんなんじゃ地球が寿命を迎えてもまだ議論するだろうからさ」


「当たり前ですよ先生ー!俺だって文化祭は待ちに待ってたわけですからね!」


ホッケー部の生徒がすかさずそうアピールしていた。……まあ、きっとそれは誰しもが期待していたと思う。原因が原因なのだから、もちろん楽しみにしていたに決まっている。


「はいはい……。だから決め方はこっちで決めさせてもらった。お前らが細胞の欠片から桐崎を望んでるってんなら、正当に勝負で決めてもらうしかないんでね」


「───殺り合いの予感がすんなぁ!?」


立ち上がり、そう声高々に叫ぶのはパソ部の眼鏡だった。すぐ死にそうである。


「いちいち喋んな。……つーわけで、だ」


───バン!と木内が教卓の上に置いたのは、なんの変哲もないただの四角形の箱であった。しかし、それがなんの勝負をするためのものかは、大体検討がついてしまう。


「……まさか、クジ引きッ!?」


生唾をゴクリと呑み、隣の藤枝が叫ぶ。すると全方角から、同じように驚愕を意味する声が飛び交った。


「正気じゃねえ!───アンタ狂ってる!」


「いや、クジ引きは普通だろ……。だからいちいち反応すんな、疲れる」


木内がバスケ部の一人にそう窘める。……しかし、ここにきて急にこんなシンプルな決め方、ありなのだろうか?───さては木内先生、面倒になってきたな?


「いいかお前ら。この箱の中には、桐崎を除く三十人分の紙切れが入ってる。で、その三十枚の中に二枚だけピンクのハートマークが付いた紙を入れさせてもらった。───引いた二人が、桐崎と同じ係になれるってわけ」


「やっぱり正気じゃねえ!───デスゲームだ!」


「まあ、そりゃあ勝利を掴めなかったら死を意味するかもしれねーけどな。……まあせいぜい頑張りな」


木内がニヤリとほくそ笑むと、教室中が戦慄した。……運。それは、誰もが手に取れない形なき力。幸運の女神に微笑まれた者こそが、同じく女神を手に入れられるのだ。それができなかった奴らから───ワキ汗ビキニホルモン地獄野郎共と過ごす文化祭に堕ちていくことになる……。これは、世界を統べる王を決める、戦争……!



「……あ、あの───私は、誰と一緒になれても、嬉しいですから」



クジ引きの大袈裟な空気に耐えかねて、桐崎が発言する。すると彼らは、脂汗を宙に踊らせて立ち上がる。



「「ぜってぇに勝つ───ッ!!」」



そして、


「───なあ、榎並」


唐突に藤枝に声をかけられ、俺は横を向く。するとそこには、何かを見据えて目を細めていた、悟った顔の藤枝がいた。


「会えたら───来世で笑い合おうぜ」


「……もちろん、そのつもりで臨むさ」


互いに互い、拳を交わす。そして立ち上がり、俺達はその箱のもとへと向かった。



「───すぅ、」



吸った息を、全身で感じ目を閉じた。すべてのノイズを、ボリュームを下げてゼロにする。シャットダウンされた音域の中、暗闇を引き裂いてその手を───箱の中へと伸ばした。



「笑うのは……俺だ!」


引き抜いた手は、確かにその戦果を持ち合わせていた。その紙を、熱を、体中で受け止める。三十分の二、すなわち、十五分の一の確率の世界で、俺は勝者になるんだ。



───そして俺は、その紙をそっと開いた。



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