第8話葛藤


 小鳥遊京子はワシュキツラの巫女神殿に戻りぼうっと虚空を眺めていた。



 「キョウコ、あのスブタを作ってくれ。あれは美味い」


 クルムがひょっこりと現れて京子にそう言う。

 しかし京子はまだぼぉっとしたまま虚空を眺めている。



 「小鳥遊京子さん、どうしましたか?」


 かけられたその声にびくっとして京子は声のした方を見る。

 すると今日のお祈りを終えたミリアが見習い巫女のイリムとパル、そしてソミアを連れてやって来ていた。

 だが京子はミリアを直視できないでいた。

 そんな京子にミリアは優しく言う。


 「まだ…… ソエの事を思っていてくれているんですね……」


 言われて京子は思わずミリアの顔を見る。

 そのミリアの顔は無理をした作り笑いが張り付いていた。


 「ミリア様、私、こんなお料理勝負で人の命が……」


 「小鳥遊京子さん、ソエは私の中で私と一緒に生き続けています。だからもう……」


 そう言うミリアに京子は思わず首を振る。



 「それは詭弁よ! だって、ソエさんは…… それに次の二の門でもし負けたら今度はミリア様が……」



 思わず涙がにじんでくる。

 まさか料理勝負で人の命がかかるだなんて思いもしなかった。

 だからと言ってこの世界を救うためには大巫女の後釜が必要だ。

 そして自分も元の世界に帰る為にはミリアに勝ち進んでもらわなければならない。

 そう理屈では理解している。


 「ありがとう小鳥遊京子さん。でも私たちはそれを承知で巫女になったのです。何時かは大巫女様の選定に挑まなければならない。そうしないとこのイルバニアの世界は滅んでしまうのです」


 「他に、他に方法は無いんですか!? もっと巫女さんを増やして祈りを捧げればこんな事しなくても何とかなるんじゃないんですか!?」


 「キョウコ、それは無理だ。この世界は『世界の柱』に支えられている。そしてその安定には大巫女様の祈りが必要不可欠。ゲド大陸の残る八つの国も同じく巫女様の祈り無くしては存続できない」


 今まで黙っていたクルムがそう京子に言う。

 京子は思わずクルムに向き直り涙をためた瞳のまま話す。


 「クルムって大魔導士なんでしょ? 魔法で何とかならないの? もうこんな事でお料理して誰かの命が無くなるなんて嫌だよ……」


 言い終わり京子は下を向く。

 するとミリアはそっと京子の手を取り優しく言う。


 「小鳥遊京子さん、あなたのお気持ちはうれしく思います。でも大巫女選定はもう始まってしまったのです。小鳥遊京子さんを元の世界に送り届ける為にもまた協力をしてもらえませんか?」


 「ミリア様……」


 ミリアにそう言われ京子は顔を上げる。

 そこには優しい表情でありながらその瞳には硬い決心をうかがわせる光が宿っていた。


 「ミリア様…… でも私は……」


 「キョウコの作る料理は美味い。それはこの私が保証する。キョウコはミリア様を大巫女様にする手伝いをするのだ」


 クルムはそう言いながらふんっと鼻息荒く言い放つ。

 まるで自分が料理を作ってミリアを大巫女にするのだと言わんばかりに。


 「そうです、もう始まってしまったのです大巫女選定が。その舞台に立ったからには私は出来る限りの事をしなければなりません。ソエの為にも、だから小鳥遊京子さんまた力を貸してください」


 真剣なまなざしでミリアは京子にそう言う。

 ぐっと強く握られた手に京子はミリアのその眼差しを受け止める。

 

 もう始まってしまった。

 後には引けない。

 そして自分が作る料理ですべてが決まってしまう。



 だったら!



 「分かりました、ミリア様。私も出来る限りの事をします。クルムも手伝ってね?」


 「勿論だ。私の望みはミリア様を大巫女様にする事だ」


 「ありがとう、小鳥遊京子さん」


 京子はそんな二人を見ながら絶対に負けられないと自分に言い聞かせるのだった。



 * * * * *



 「クルム、出来たわよ?」


 「おおぉっ! ホットケーキだ!! キョウコ凄いぞ!!」



 いつもは無表情の癖に好きな食べ物を目の前にすると年相応、いやそれより幼く感じるくらい喜んでいる。

 キョウコは何となく昔飼っていた犬を思い出す。


 そう言えばあの子も餌やるとものすごく喜んでいたっけ?   


 そんな事を思いながらたくさん作ったホットケーキをみんなにも配る。

 この世界ではホットケーキ自体が高価な食べ物で、宮殿にいる者たちも大喜びだ。


 と、京子はふと思う。

 何故巫女選定に美味しいものが必要なのだろうか?

 何故命までかけるそんなそんな重要な場面でお料理勝負なのだろうか?



 「クルム、なんで大巫女様の選定ってお料理勝負なのよ?」


 「がふがふっ! むっ? それは全ての生き物は何かを殺して食べなければ自分を維持できないからな。大巫女様に自分の全てを賭けたものを献上して自分が集められるものを如何に高め命をつないでいるかを証明しなければならない。だから食とは生きてゆくための真理なのだ」


 言い終わるとクルムは残りのホットケーキをおいしそうに残さず皿を舐めるかのように食べきってしまった。

 そしてまたいつもの無表情に戻り残念そうに空になったお皿を見る。


 「なくなってしまった」


 「クルムほどの大魔導士なのだから魔法で出せばいいじゃない?」


 「むっ? キョウコは本当に何も知らないのか? 魔法とは自然の摂理を崩すモノ、理の外に存在するモノ。それは魔素を魔力として使い、マナに干渉して自然の摂理を覆すモノ。食べ物を生み出す魔法などあれば誰も困らない」


 なんか難しい事言い始めたと京子は苦笑いする。

 ただ、魔法で食べ物を出す事は出来ないと言う事は理解できた。


 「はははは、そうなんだ」


 「そうだ」


 クルムはそう言いながらフォークを持ってゆらゆらと虚空を泳がせる。


 「人が口に出来るものなど魔法ではこの水くらいなものだな」


 言いながらフォークの先に水を生成する魔法を唱えて出現される。

 それはクルムの魔力により宙に小さなお饅頭のようにふよふよと浮いている。


 その水を見て京子はとあることを思い出す。



 「そう言えばイルバニアの世界には海ってないの?」



 「ありますよ? ゲド大陸の周りは全て海で出来ています」


 同じくホットケーキを食べ終わって嬉しそうに至高の笑みをしているミリアがそう告げる。

 それを聞いて巨子は首をかしげる。

 天動説ではないが周りが海に囲まれていると言うならばその先はどうなっている?

 この世界は大きな柱にお皿のようにゲド大陸が載っていると聞いた。

 ならばその周りの海はどうなっているのだろう?


 「海があるって…… じゃあその先には何が有るのよ?」


 「何も無い。その先は途切れ奈落の底へ落ちて行く。だから海の端に行くのは危険だ」


 クルムは水生成魔法で出来あがった水球を自分が飲み干したお茶のカップに入れる。

 それは何事も無かったかのようにカップの中で水面を揺らした。


 「でも、そうしたら海の水は奈落に落ちてゆくの? だったらいずれ海の水も無くなっちゅんじゃないの?」


 「そうですね、大きな滝のようになっていると言い伝えられています。でも雨が降るから海の水が無くなる事は無いみたいですね」


 京子はそれを聞いて思わず聞いてしまった。


 

 「じゃあ、この世界って、奈落の底って何が有るのよ?」



 「キョウコ、それは二万年前の大魔導士がこう語り継いでいる。『闇』だけだと」


 一瞬自分のいた世界と同じく実は地球のようになっているのではと期待をしたがどうやらそれは違うようだった。

 やはりここは異世界。

 自分の知っている常識が必ずも通用すると言う訳では無いのだろう。



 「でも小鳥遊京子さんの作るお料理は本当に驚かされます。まるで魔法のようですね?」


 ミリアはそう笑いながら言う。

 するとクルムも大きく頷き京子を見ながら言う。


 「確かにキョウコの作る料理は凄い。まるで錬金術だ。あれらの素材を組み合わせるだけでこのホットケーキがここまでおいしくなるとは」


 「はいはい、世界最高の大魔導士様にお褒めにいただき光栄です。クルム、ホットケーキのおかわりいる?」


 「何っ!? まだホットケーキがあるのか!! すぐくれ! 今すぐ!!」


 瞳を輝かせ無表情だった顔が子犬のように変わる。



 京子は笑いながら又ホットケーキを作るのだった。

  

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