第7話事実
天空の城はそれはそれは厳格な空気が漂い隅々まで白を基調とした美しい場所だった。
「クルム、ここに大巫女様がいるの?」
「ああそうだ。いつもは世界の柱におられて祈りを捧げられておられる」
クルムはそれだけ言うと何処となく緊張をしている。
あのクルムがここまで緊張するなど京子は初めて見た。
このゲド大陸最強の魔術師として恐れられている赤眼の魔女と名高いクルムでさえ緊張するものなのか?
そう京子は思っていたが、先ほどから一緒に歩いているミリアも同じく緊張をしている様だ。
「ワシャルさん、大巫女様ってどんな方なのですか?」
「私も初めてお会いするが、話を聞く限りは温和な方らしい」
それを聞いて京子は更に首をかしげる。
クルムもミリアも何をそんなに緊張しているのだろうか?
確かに国家の威信をかけると言う重大な場面ではあるが、クルムでさえあれ程緊張するとは。
しかし京子のそんな考えは通された大きな扉の前で断ち切られる。
「ワシュキツラ王国の巫女、ミリア様ご来場!!」
扉の両隣に立っていた衛兵が大きな声でそう告げる。
すると扉は自動的に開き、謁見の間の様な広い部屋が京子たちの前に現れる。
そして京子はその奥の上座に座る妙齢の女性を見る。
あのスクロールに現れた大巫女その人であった。
「よくぞ参ったワシュキツラの巫女ミリアよ」
「この度一の門を受けさせていただくために参りました」
大巫女にそう声をかけられミリアは厳格な態度でその場に膝をつき頭を垂れる。
そして驚くことにクルムも同じくその大巫女に頭を垂れた。
京子は慌てて同じようにする。
「既にナンダラの巫女、ソエは参っておる。双方そろったのでここで一の門を開く!」
大巫女がそう宣言すると向かって右側に既にナンダラの巫女ソエが控えており後ろに数人の者が料理の準備を進めていた。
「ミリア様、どうぞこちらへ」
衛兵にそう言われ向かって左の場所にミリアたちは連れられる。
そして事前に搬入していた道具や食材がその場に置かれている。
京子はさっそくそれらを確認する。
そして間違いなく準備したものがそろっている事をミリアに告げる。
「ミリア様、大丈夫ですちゃんとそろっています」
「小鳥遊京子さん、私の全てをあなたたちに託します」
ミリアは緊張した顔でそう京子に告げる。
京子はそれを受け、大きく頷いてから言う。
「任せてください、最高の酢豚を作っていせます!」
「大丈夫、キョウコのスブタは旨い」
クルムもそう言いながら大きくうなずく。
そして料理を始める為にエプロンをし、包丁を握る。
「それでは双方、一の門、『見た目良きもの』はじめっ!」
大巫女がそう言うと双方すぐに調理にかかる。
京子はまず肉野菜と準備したものを次々に切り刻んで行く。
そして一口大に切った豚肉にこの世界にもあった穀物を発酵させたお酒を入れ、ニンニク、ショウガ、そして豆の発酵したものを少量入れて下味をつける。
次いでクルムに頼んでおいた油を熱しておいたものに下味をつけていた豚肉のまわりに小麦粉をつけ次々に揚げて行く。
じゅわぁああぁぁぁっ~
「なんだこれは? 前のスブタより良い匂いがもうしているぞ!?」
「ワシャルさんとあの後市場で更に使えそうな食材を仕入れていたのよ。豚肉の臭みもこれで完全いなくなるし、お酒のお陰で肉は更に柔らかくなるわ」
京子はそう言いながら次々に料理の下ごしらえをしてゆく。
その手際は流石に実家の中華料理屋を手伝っていただけの事はある。
父親にはまだ及ばないも、同じ年頃の者には到底出来ないような包丁さばきである。
「こ、これって、何ていい匂い……」
横でそれを見ていたミリアも思わずつばを飲み込む。
そして京子は次々に油で揚がった豚肉を油切りに上げて油を落とす。
そしてそのうちの一つをつまみ味の確認をする。
ぱくっ!
「もごもごもご…… よし、予定通りの味になっている」
「キョウコずるいぞ! 私にも食わせろ!」
横で油の火の調整をしていたクルムは辛抱たまらなくなり京子にそう言う。
京子は笑いながらクルムに豚のカラアゲを一つつまみ口に放り込んでいやる。
するとクルムはいつものその表情を溶かすようにニヘラとする。
「凄いぞキョウコ、これだけでも十分に美味い!」
「まだまだよ! ここからが酢豚の本番よ!!」
言いながら京子は切った野菜を素揚げにする。
熱した油に人参、玉ねぎ、パプリカを入れてさっと揚げる。
過熱によりそれらの食材は更にその色を鮮やかにする。
そしてジヒニを切ろうとするが、どうしても京子にはそれが怖くてできない。
ちらりと見るとワシャルがじっとこちらを見ている。
「あの、ワシャルさん手伝ってもらえますか?」
「それは別に構わんが、その、私は料理が苦手で……」
どうもこの世界の女性は料理が苦手な人が多いのではと思わず思ってしまう京子だが、ジヒニを持ち上げ苦笑いをする。
「いえ、これを処理するのをお願いしたいかなぁ~っと」
「なんだ? そんな事か? どれ」
言いながら京子の手から包丁を受け取り一閃。
見事にジヒニは悲鳴を上げながらその首を吹き飛ばし動かなくなる。
そしてワシャルは残った体の皮をむき京子に渡す。
「ありがとうございます。これで何とか捌ける」
「キョウコはジヒニが怖いのか? あれは甘酸っぱくて美味いのに」
「味は確かめたわよ。確かに甘酸っぱくておいしいけど、私の世界にはあんな植物はいないの!」
憤然としながら京子はジヒニを一口大に切り刻む。
これで準備は出来た。
と、ちらっと相手側を見るとなんと牛の丸焼きを魔法を使って焼き上げている!?
思わず驚きクルムを見る。
「ク、クルム! あっちって牛の丸焼き!?」
「うむ、あれは御馳走だ。ナンダラ王国は畜産が盛んな国だ。肉には困らないと言われるほどにな。少しうらやましいぞ」
じゅるりとよだれを垂らすクルム。
ちらっとミリアやワシャルをいるとやはり焼きあがりつつある牛の丸焼きに唾を飲んでいる。
確かにあれは見た目が凄い。
しかし「見た目良きもの」なのか悪いのかは今の京子には判断が付かない。
「それでも私は私のやれることをする! クルム、鍋に火を!!」
「うむ、分かった」
言いながらクルムは炎の魔法を唱え、鍋を加熱してゆく。
そいて京子は下準備が済んでいた食材をそこへ入れて行く。
じゅうぅうぅぅぅ!
強めの火力に一気に食材たちが音を立てる。
豚のカラアゲ、素揚げの野菜、そしてジヒニを入れて鍋を振る。
油の香りと食材の炒められるいい香りが漂い始める。
「よっし、香りが出たからここよ!」
さっと熱が加わり食材の香りも立って来た頃に京子は作っておいたソースを入れる。
それはお酒、砂糖、ワインビネガー、トマトピューレに隠し味に少量の豆を発酵させたものを入れたもの。
途端にふわっと酸味の効いた香りが漂う。
「何この臭い!? すっぱそうなのになんかおいしそう!? 一体!?」
その香りは相手側の巫女、ソエにまで届き焼き上がった牛の丸焼きにやたらと飾り付けをしていた手を止めさせる。
ソエの手伝いをしていたナンダラの者たちも同じく手を止めてしまう程だ。
京子はソースが絡んだら作り置きしておいた片栗粉水をもう一をかき混ぜ、鍋を回しながらそれを少しずつ流し込んで行く。
ぐつぐつと煮える鍋の中身に片栗粉水が加わりだんだんととろみが増してゆく。
そして京子は最後にそれを奇麗なお皿に移して切っておいたきゅうりの様な野菜や人参で作った花の様な化粧細工をお皿に並べて行く。
「出来ました! 特製スブタ御完成です!!」
出来上がったそれはうっすら赤いあんが絶妙に豚のカラアゲやパプリカの緑、赤、人参の赤、玉ねぎのまだ白さを残す色合い、そしてジヒニの黄色い色を鮮やかに包み込み、おいしそうな香りを漂わせている。
お皿のまわりに薄く切ったキュウリの飾りも映え、脇に置かれた人参で作った花も見事だ。
「凄い! なんて奇麗なお料理なんでしょう!!」
「これは、確かに素晴らしい」
「ううぅ、キョウコ。私も食べたいぞ」
出来上がったそれを見たミリアやワシャル、そしてクルムもよだれを垂らしそうになる。
「双方出来上がったようなのでこちらに」
大巫女がそう言って双方の料理を差し出すように言う。
京子は慌ててカートにそれを乗せ、熱が逃げないように蓋をする。
双方の巫女が前に出て大巫女に一礼をする。
そして双方の料理を大巫女の前に差し出す。
「我がナンダラの最高の料理、牛の丸焼きにございます。牛も我が領地の最高の物を用意いたしました」
ソエは胸を張りそう言う。
そして差し出されたそれは牛丸々一頭を焼いたもので、脇に人参やジャガイモなどの野菜の丸焼きも置かれたいた。
そして驚くのはそれに宝石やら金のネックレスなどで化粧をしていて首を切り落とされた牛の残った部分には生け花の如く花まで挿し込まれていた。
確かに見た目のインパクトは凄い。
そしてこれがナンダラ王国の最高料理であるらしい。
「私共は『酢豚』なる物をご用意いたしました。小鳥遊京子さん、お願いします」
次いでこちらが料理の名を告げ京子に料理を大巫女に差し出すようにミリアが言う。
「はい、どうぞご覧あれ!」
ぱかんっ!
カートの上に載せられていた料理の蓋を取るとふわっとあの香りが立ち込める。
それは近くにいた者も大巫女でさえも思わず注目させる香だった。
「何なのよ、この香り? 今まで嗅いだ事の無いような香り……」
「キョウコのスブタだ。とても美味い」
ソエが牛の丸焼きから肉を切り分け、取り皿に乗せながらちらりとこちらの料理を見てつぶやく。
それをクルムがそう言いソエは驚く。
あの赤眼の魔女が美味いと絶賛する物?
ちらっと見るとそれはソエが今まで見てきた料理とは違い完成された色彩、そして色とりどりのそれは見るからに美味しそうである。
「で、でも、我が国伝統のこの料理が負けるわけがない!」
震える手で取り皿の料理を大巫女の前に差し出す。
そしてミリアと一緒に居た京子も酢豚を取り皿にとりわけ、スプーンを添えて大巫女の前に差し出す。
差し出す時に大巫女と目が合う。
その瞳は深く深く京子を見るがふっと優しくなりまた差し出された料理を見る。
「では双方の料理が出そろったので食してみる」
言いながら大巫女はまずはソエの料理から口に運ぶ。
そして咀嚼し飲み込むと静かに瞳を閉じて頷く。
「大地の恵みをその身に宿し、そしてその姿を示すモノか。確かにナンダラは豊かな国であるな」
「恐れ入ります」
大巫女がそう言いソエは深く頭を下げる。
そして今度はミリアと京子が差し出した酢豚の皿を手に取る。
「見た事の無き料理、しかしこの色彩豊かなのは面白い。して味の方は……」
そう言いながら大巫女は酢豚の豚肉を口に運ぶ。
それは口に入れたとたんに旨味と酸味を伴いながらもまろやかな味わいを口いっぱいに広げる。
「!?」
大巫女は思わず他の食材も口に運ぶ。
野菜はその物の味も十分に引き出しているもののしっかりと火が通っていて野菜本来の歯ごたえも楽しめる。
絡まる酸味の中に甘みのある、それでいてトマトの旨味も含まれるソースが絶品であった。
が、流石に此処まで油が多いと妙齢の身としてはいささかきつい。
美味いのではあるがこれ以上口に運ぶには少々きつくなっていた。
だがそれを見て考えを変える。
まっ黄色な色合いは正しく自分を食べろと訴えかけてくるようだ。
大巫女はそれに誘われるがごとくスプーンでそれをすくい上げる。
そのまま口に運び目を見開く。
シャリっ!
酸味と甘みを携えたそれは口の中に残った脂分を吹き飛ばすようなさわやかさを持っていた。
まるでその脂っこさを消しさるが為に存在するかのようなそれは大巫女になんと次の物を口に運ばせることとなる。
そして取り皿の上になった物はすべてなくなった。
「そ、そんな……」
ソエはそれを見て全てを悟る。
そしてうなだれ肩の力を落とす。
「双方の料理、誠に見事であった。ナンダラの品はその国を象徴するかのように素晴らしきモノであった。ワシュキツラの品は日常の素材でありながらその素材の良きものを引き出しておった。そして双方『見た目の良きもの』として十分であった……」
大巫女のその声に全員が視線を向ける。
そして大巫女は深く目をつぶり、ゆっくりと頷いてから言う。
「一の門、勝者はワシュキツラの巫女ミリアとする」
それを聞いた途端に京子は大はしゃぎをする。
クルムに抱き着き、そして喜ぶがミリアは下を向いたまま何も言わない。
ワシャルはただ黙っている。
そしてクルムもいつも通りの表情だ。
「どうしたのクルム? 勝ったんだよ!? うれしくないの??」
「うれしいのはうれしいが、ミリア様のご苦労を考えると浮かれていられない」
クルムにしては珍しくその発言は弱々しい。
京子はその異変に気付き、周りを見る。
するとナンダラの従者は涙を流し、そして床に伏せている者もいる。
と、ナンダラの巫女ソエはこちらに憑き物でも落ちたかのような優しい顔でやって来た。
「ミリア、負けてしまいましたわね? あなたの勝ちですわ。ミリア、最後にお願いがあるの。あなたの用意したその品を一口私にも食べさせていただけます?」
そう言いながらにっこりと笑う。
ミリアは酢豚を取り皿に救ってソエに渡す。
ソエは静かにそれを口に運び頷く。
「見た目も奇麗、我がナンダラの派手さはなくともこれは本当に素晴らしい料理だわ。美味しい」
それだけ言って取り皿をミリアに返してから言う。
「頑張りなさいね、私の分も」
「ソエっ!」
ミリアがたまらずソエの名を呼ぶも既にソエは大巫女の前にまで進んでいた。
そして首からぶる下げていたあのペンダントを取り高く掲げる。
「大巫女様、今までお世話になりました。我が魂はミリアと共に。ナンダラの巫女は次なる者へ。御お力の証、このペンダントをお返しいたします!!」
そう言ってペンダントを大巫女に手渡した瞬間、ソエの身体が光りその光がミリアの胸にかかげられるペンダントに飛び込んできた。
「なっ!?」
驚きその一部始終を見ていた京子の目の前でソエは床に倒れた。
「ソエ……」
その光を受けたミリアのペンダントがしばし光っていたが、やがてそれは落ち着きいつも通りになる。
「な、何が起こったの? どう言う事これは??」
「キョウコ、大巫女様の前だ。落ち着け」
クルムにそう言われても何が起こっているのか全く理解できない京子はミリアとソエを見比べる。
そしてミリアが涙を流しているのを見て慌ててソエに駆け寄る。
思わずソエに触れて京子は理解した。
「い、息をしていない…… し、死んでいる?」
「そなた、この世界の者ではないな?」
大巫女にそう言われぶるぶると震えながら見上げると大巫女は静かに言う。
「ソエは一の門に破れその巫女としての力を勝者であるミリアに託した、その命と共に。大巫女選定は八人の巫女の命を賭けたモノ。最後に残りし者がこの世界イルバニアを守る事となる。我が命はもうじき尽きる。その前に我が後釜を選定しなければならない。それがこの世の定め」
言い終わると大巫女は大きな声で宣言をする。
「これにて一の門を終了とする。追って二の門を開催するまで控えよ!」
大巫女の宣言をその場にいる者たちは膝をつき頭を下げて受ける。
ただ一人、事態の重要さに付いて行けない京子を残して。
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