第6話一の門


 京子たちは一の門である大巫女選定の義で一番最初に行われる勝負に向けて課題である『見た目良きもの』を作るためにもう一度決まりと材料の確認をしていた。



 「えーと、勝負である一の門は今日から四日後に天空の城で開催されるので良かったわよね?」


 「そうだ、それで合っている」


 「献上するお料理はその場で作るでいいのかな?」


 「それは自由のようです。その場で作っても出来あがったものを献上してもどちらでも良いはずです」



 京子はうーんと唸る。


 得意とする中華料理はその場で作らないとおいしさも何も半減してしまう。

 なので料理はその場で作るとして、「見た目良きもの」とはどういう意味なのだろうか。



 「ミリア様、『見た目良きもの』とはどういった物を指すのでしょうか?」



 「ええと、飾り付けがきれいだったり色合いが良かったりするものだと思います。過去には牛の丸焼きなんてのもあったらしいですから、すごいですよね」


 そう言ってミリアはつばを飲み込む。

 意外と食いしん坊なようだ。


 「それで、私たちの方ですが前回騎士団の人に食べさせたあれってどうでしょうか?」



 「スブタは美味い! キョウコまた作ってくれ!」



 クルムは目を輝かせて言う。

 もしかしてこの子、今までまっとうに食べたのホットケーキと肉まん、酢豚だけなんじゃないだろうかと京子は思う。


 しかしそうすると酢豚を出すにしろもう少しオリジナルに近づけたい。

 京子はもう一度素材の確認をする。


 この世界にも豚肉はあったのでそれは問題無い。

 パプリカや玉ねぎ、にんじんなどもある。

 そうするとあとは……


 「ねえ、クルムこの世界にも果物って有るのでしょう? 酸味のある繊維質が多めな熱を通しても崩れず味も変わらないようなものってないかしら? 私の世界ではパイナップルって言うのだけどこちらにもあるかな?」


 「む? 食材については残念ながら詳しくない。ミリア様知っていないか?」


 「ごめんなさい。私もそう言ったのは詳しくなくて……」


 自然とワシャルにみんなの視線が集まる。



 「果物か? 小鳥遊京子が言ったようなパイナ何とかは知らんが似たようなものはあったな。今の時期は市場に出ているかどうかわからんが行ってみるか?」



 ワシャルが知っているその果物がパイナップルに似ていれば更に酢豚をおいしく出来る。

 京子はワシャルとまた市場に行くのであった。



 * * * * * 



 「こ、これがその果物??」


 「ああそうだ、ジヒニと言って甘酸っぱくて繊維質が多い。栄養価も高く熱にも崩れず味も変わらない。戦場では串にさして皮をむき軽く焼いた後にパンにはさんで食べたぞ?」



 京子は渡されたそれを見て唸った。

 どう見ても出来損ないの人型だ。

 ご丁寧に口の様な物が有る。

 色は紫、大きさはかろうじて片手で持てるくらい。

 頭にニンジンの葉っぱの様な物が生えている。


 

 「これ、食べれるの??」



 「食えるぞ、貸してみろ」


 そう言って女騎士ワシャルは腰から剣を抜きジヒニの首をはねる。

 とたんに悲鳴を上げるが口をしばらくパクパクしてそれは動かなくなる。

 そしてワシャルは切り口から指で皮を引っ張って剥く。

 その時に首なしのそれはわずかにもがくように動いた。


 「よし剥けた、このままかぶりつけばいい。小鳥遊京子、どうしたんだ?」


 京子は無残にも上半身を剥かれたジヒニを見て怯えてた。


 「こ、これ本当に果物? なんかの動物の間違えじゃないの!?」


 「いや、間違いなく植物だ。森に生えている。大雨の時とかは自分で動き出して水はけの良いところに逃げたりするがな」


 そう言ってワシャルは腕をもぎ取り口にする。

 シャリシャリとした歯ごたえのある音が聞こえる。


 京子にはもう片方の腕をもぎ取られ渡される。

 皮を剥かれたジヒニは見た目には鮮やかな黄色でリンゴっぽい感じだ。

 京子は恐る恐るそれを口にする。



 シャリっ!



 歯ごたえはまさしくリンゴ、しかしかみつぶした果肉はややゴリゴリした繊維質が残る。

 そして甘みはほどほどだが清々しい酸味が有る。


 いける!

 

 京子は直観した。

 パイナップルとは少し違うがこれは行けると感じた。

 

 京子たちはこのジヒニを数個購入して巫女宮殿に戻った。



 * * * * *



 宮殿に戻った京子たちは十人ちょっとの宮使い服などを着た人たちが来ているのを見た。

 宮使いたちの一番前には先日来た騎士の一人がいた。



 「おお、小鳥遊京子殿にワシャル殿、良いところに参られた。ミリア様にこの者たちを引き合わせてやってくれ。我々が保護していた者たちだ」



 そう言ってその騎士は年配の宮仕えを着た女性をこちらに呼んでくる。


 「こちらはミリア様お付きだったハナン殿だ。」


 「ハナンと申します。お恥ずかしい話、赤眼の魔女が現れた時ミリア様をお守りできませんでした。しかし今はお話を聞く限りずいぶんと状況が違うようですね? ただ、未だ赤眼の魔女を恐れる者もいます。本当に大丈夫なのでしょうか?」


 「大丈夫ですよ、クルムってそんなに悪い子じゃないと思いますもん。あ、あたしは小鳥遊京子って言います。クルムに異世界から召喚されました」


 そう挨拶するとハナンは目を見開き驚く。



 「召喚ですか? 一体何のために? いえいえ、それ以前に異世界から召喚するなど魔術師百人使っても足らないというのに?」



 相当驚いているようである。


 「まあ、相手はあの赤眼の魔女。常識が通用せん! しかし、ミリア様には危害を食わえる事は無いから安心してくれ」


 そう言ってワシャルは自分も簡単に自己紹介をする。

 ハナンはやはり信じられないというような顔をしているが王国の騎士二人に言われ渋々宮殿に入っていくことにした。


  京子はふと思い出したことをハナンに聞いてみる。


 「そう言えばミリア様が一の門とか言うのに出席するとここは誰が巫女様の代わりをするのですか?」


 「ああ、それでしたらイリム、パル、ソミアの三名が巫女見習です。この者たちがミリア様の代わりに祈りを上げます」


 そう言って後ろを振り向くと京子より少し若いクルムくらいの女の子三人が頭を下げた。

 京子はそうか、それならここを離れても大丈夫かと思ったが、可愛らしいはずの三人の表情は硬く少し震えている。


 「もしかしてクルムが怖いの? それなら大丈夫よ、ご飯を食べさせておけば大人しいから」


 「ご飯ですか?」


 思わず三人のうち一人が聞き返してきた。

 

 「うん、ご飯合食べてるときなんて幸せそうな顔してるよ?」


 「あの冷血無慈悲の赤眼の魔女がですか!?」


 クルムの評判はものすごく悪い様だ。

 確かに無慈悲な所もあるけど京子が感じている範疇ではそれほど怖い存在には思えない。


 「とりあえず会ってみて、そうすればわかるから」


 京子はそう言いいまた歩き出した。

 三人はそんな京子を見ながら仕方なく歩き出しあたのだった。



 * * * * *



 「ハナンさん! それに皆さんも!!」


 笑顔で出迎えるミリア。

 ハナンはそんなミリアの姿を見て涙を浮かべて寄っていく。

 

 「おお、ミリア様ご無事で何よりです。申し訳ありません、ミリア様をお救いする事ままならず生き恥晒して戻ってきました」


 「何を言うのです、あなたたちが戻ってきてくれてこんなにうれしい事は無いです。他の皆さんも変わりないですね?」


 「「「はいっミリア様。ご無事で何よりです」」」


 きれいに声をそろえて三人の巫女見習は膝をつきミリアに頭を下げる。

 ミリアはそんな彼女たちに近寄り手を取り立たせる。


 「皆もよく戻ってきてくれました。これで安心して一の門に参加できます」


 「良かった。これでミリア様動ける」


 再会を喜んでいるところにクルムの声がする。

 それを見た宮使いたちは途端に悲鳴を上げる。



 「きゃぁあぁっ! 赤眼の魔女よ!!」


 「呪われし赤き目!!」


 「ふ、不浄の者よ!!」



 一斉に現れたクルムから距離を取る。

 ハンナでさえ額に汗を浮かべながらかろうじてミリアの前に立つが既に逃げ腰である。



 「皆さん落ち着いて、クルムは危険ではありません!」



 「し、しかしミリア様!?」


 「あー、皆さん信じられないかもしれませんがこの度一の門に参加するにあたりクルムは協力を約束してくれています。ですので危害を加えるつもりはありませんから安心してください。それと、一の門のお料理にはクルムの協力が必要なんです」


 京子がここぞとばかりに割って入る。

 そしてクルムが無害であることをアピールする。


 「せ、赤眼の魔女が協力ですって? しかも大巫女様の御前である一の門に参加するですって!?」


 ハンナは目を剥き驚く。

 勿論他の宮使いや見習い巫女も同じだ。

    

 しかし京子は無言でうなずきそれを肯定する。

 彼女たちは何度もクルムとミリアを見比べるがミリアも京子と同じく無言でうなずく。


 「……どうやら本当のようですね。わかりました。その話、信じましょう。ミリア様がご不在のこの宮殿は私共にお任せください」


 ハンナのその言葉にミリアは大きく安堵の息を吐く。

 そしてもう一度ハンナを見て言う。


 「お願いします。そして後の事はよろしく、私は全てを賭けて一の門に挑みます」


 そう言うミリアの表情は強い決心をしたものだった。



 ◇ ◇ ◇



 「見えてきたな、あれが天空の城だ。このイルバニアのゲド大陸を常に浮遊している城だ。今はあそこに大巫女様がおられる。そして一の門が開かれる場所だ」


 ワシャルはそう言いながら見えて来たそこを指さす。



 「うわぁっ! ワシャルさんいきなり動かないでっ!!」



 しかしワシャルにしがみついていた京子はそれを見るどころでは無かった。

 何せ飛竜の背中は言う程乗り心地の良い場所ではない。

 二人乗りの鞍ではあっても気をつけなければ振り落とされてしまう。



 「キョウコは飛竜にもちゃんと乗れないのか?」

 

 「こらクルム、人にはそれぞれ得手不得手があります。私やクルムだってお料理は出来ないでしょう? でも小鳥遊京子さんにはできます、それと同じですよ?」


 「むぅ、ミリア様がそう言うならもう言わない」



 隣を飛ぶ飛竜の上でクルムとミリアが話しかけてくる。

 しかし京子は今はそれどころではない。

 こんな高さから落ちたら一巻の終わりだからだ。


 だがそんな京子の心配も天空の城に飛竜が到着した時には無くなっていて大きな安堵の息を吐いたものだ。

 そして京子はその天空の城をもう一度まじまじと見る。


 それは島一つを浮かせて出来上がった物だった。


 周りが海で無い以外島と言っても誰も疑わないだろう。

 到着した場所は石畳で出来た広場ではあるが、その先に門があり衛兵たちが立ち並び京子たちを出迎える。


 ミリアはさっそくあのペンダントを取り出し衛兵たちに見せる。


 「私はワシュキツラ王国の巫女、ミリアです。大巫女様の命により一の門を受けに参りました!!」


 「確認いたしました。間違いなくミリア様であります。どうぞお通りください」


 衛兵はそう言って門を開き遠くに見える城へと案内をする。



 京子たちはいよいよ一の門である会場の城へ足を踏み入れるのだった。   

 

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