第5話一の料理
小鳥遊京子は女騎士ワシャルに連れられて巫女宮殿の近くの市場に来ていた。
途中ワシャルは街の詰め所で事情を伝え、同じ騎士団にこの話を持っていくよう伝える。
そしてその事実を確認させるために後で騎士団を巫女宮殿に来させるようにとも伝えた。
巫女宮殿にはあの邪悪なゴーレムどもはもういないはずだと。
京子は街を見る。
中世ヨーロッパのような感じの街並みに中東っぽい感じの民族感が有って何とも言えない雰囲気だ。
基本石やレンガ造りの街並みは石畳が敷かれきれいに整備されている。
気候は意外とカラッとしていて熱くもなく寒くもなく快適な日本でいう秋のような感じがする。
ワシャルに連れられてきた市場は人でにぎわっていた。
「とりあえず野菜、果物、そして調味料、小麦粉や肉、魚が欲しいですね」
「なんだと? それでは荷馬車が必要になってしまうではないか? 小鳥遊京子よ、聞くがお前ミリア様にいただいたお金はいくらほどあるのだ?」
京子はミリアから渡された小さな革袋を引っ張り出してワシャルに見せる。
「ミリア様からどのくらい必要か分からないけどこれだけあれば多分大丈夫って渡されました。これってどのくらいの物が買えるのでしょうか?」
「ふむ、どれ見せてみろ…… って! こ、こんなに!?」
ワシャルは渡された革袋の中を見て驚く。
「ワシュキツラ大金貨がこんなにあるとは!! これ一枚で荷馬車ごと食材が買えるぞ!?」
「えーとそれってすごい大金って事ですか?」
「ああ、こんなに有れば私の給料の数年分だ」
「そんなにっ!?」
驚く京子、肩を落とすワシャル。
しかしそうすると一気に欲しい物は買いそろえられそうだ。
京子は移動用の荷馬車を含め買えるものはとにかく買い集めた。
幸いにここには肉や魚の類もあり予想はしていたものの干し肉や海産物の乾物もあった。
いくつか聞いた事の無いものもあったが人間では無いし食べても毒にはならないのだとワシャルに聞かされた。
「しかし、お前の世界では人間を食うのか?」
「食べません!! なんでそうなるんですか!?」
「いや、売っている肉を見てしきりに人間かどうか聞いてくるからな」
そりゃあ、召喚されてすぐに自分が食材だとか言われればこっちの世界はそうではないかと思ってしまう。
いくらクルムがそう言った事に疎いとは言えどうもこちらの世界は人の命の重さが違うようだ。
ついつい変な事を考えてしまうのも致し方ない。
あらかた買い終わった京子だがワシャルは心配をする。
「こんなに一度に買い込んだら食べる前に腐らせてしまうのではないか? 野菜は数日持つが肉や魚は今日明日には食べないと傷んでしまうぞ?」
「ああ、それなら出かけにクルムに凍らせる魔法か何かないか聞いたので大丈夫です。肉も魚も凍らせると長期保存できるんですよ?」
「なに? 塩漬けでもないのに長期保存できるのか!?」
どうやらこの世界では冷凍保存の概念が無いようである。
京子は簡単に説明しながら更に必要なものを探す。
それは香辛料の類だ。
「できれば香辛料は沢山ほしいのですが、こっちの世界って胡椒や月桂樹の葉、桂皮に胡麻、八角や唐辛子、蓮の実、クコの実、孜然、ウコンやナツメとかってありますか?」
「な、なんだそれは? 聞いた事の無い香辛料ばかりじゃないか? 私が知っているのは胡椒ぐらいだぞ!?」
京子はうーんと唸る。
中華料理屋をやっていたのである程度の香辛料も見た事も使った事も有る。
しかしどうやらそこまでこちらの世界では香辛料が無いようだ。
仕方ないので有る物だけでも買っていく事とする。
そしてそうこうするうちに荷馬車は食材でいっぱいになった。
「ほんと凄いですね金貨一枚でこんなに買えるなんて! しかもお釣りまでもらってるし!」
「だから言っただろう、大金なのだよ。残りやおつりはちゃんとミリア様にお返しするんだぞ?」
「勿論ですよ。あ、そうだ、こちらの世界ってホットケーキの食材簡単に手に入りますか?」
女騎士ワシャルは京子のホットケーキと言う言葉に思わずトローンとしたような顔になる。
「ホットケーキか、久しく食べていないな。あれは高級品で高級な食材を使う。粉も卵もミルクもすべて一級品、更に高濃度のバターにはちみつなどと言う卑怯な甘味料で皆の心を懐柔してしまう危険極まりない食べ物。もしや小鳥遊京子はあのホットケーキが作れるのか? ならば必ずその食材を手に入れようではないか!!」
目を輝かせ、俄然やる気を出す女騎士ワシャル。
クルムもそうだったけどこの世界ではホットケーキってそんなに人気なんだと京子は思う。
「多分作れると思うけど、バニラエッセンスとか生クリームって有るのかな? あとふくらまし粉! なければ重曹を代用できるけどどうなんだろ?」
そう言いながらもう一度市場で買い物を続ける。
結果そこそこ欲しいものは手に入った。
「一応これだけあればホットケーキも作れるわね。それじゃワシャルさん、宮殿に帰りましょう」
「あ、ああ。それでだな小鳥遊京子よ、ホットケーキを作るのなら、その、私にも少し分けてもらえないか?」
ワシャルはもじもじと京子にお願いをする。
どうやらこのお願いは彼女には恥ずかしいものらしい。
「大丈夫ですよ、たくさん材料が有りますからワシャルさんの分も作りますよ!」
「おおそうか! それは楽しみだ!!」
表情を輝かせ本心からの笑顔を見せるワシャル。
ああ、こんな表情もするんだなと京子は思う。
京子たちは荷馬車を動かし巫女宮殿に戻る。
クルムに頼んで食材をゴーレムで運び入れお願いした簡易冷蔵庫を作る。
石で組んだ四角い箱に水はけを作り氷を魔法で作り出す。
肉や魚ですぐに使わないモノは凍らせてその氷の上に籠に載せておく。
それからふたを閉めれば簡易冷蔵庫の出来上がりとなる。
「む? これで本当に肉や魚が腐らないで済むのか?」
「そうだよ、でも氷が溶けてなくならない様に気が付いたらクルムがまた氷を作ってね。そうすれば七日くらいは腐らずに持つと思うよ」
「な、七日も肉や魚が傷まず使えるのか!? それはすごい!!」
女騎士ワシャルも驚いている。
「さて、そうするとワシャルさんとミリア様はこれから来る騎士団のお相手をお願いしますね! あたしはクルムとホットケーキを作ります!」
「ホットケーキだと!? キョウコすぐ作ろう、今すぐに!!」
目を輝かせぴょんぴょんはねるクルム。
こうしてみると普通の女の子にしか見えない。
「小鳥遊京子さん、本当にお手伝いしなくてよろしいのですか?」
なんとなく申し訳なさそうなミリアだが彼女にはもっと別の重要な事をしてもらわなければならない。
「ミリア様にはこれから来る騎士団の人たちとお話してもらってクルムが危険じゃない事、それと宮殿の人や見習い巫女さんに戻ってきてもらうという重要な役割が有ります。こちらは私に任せてどうぞワシャルさんと騎士団の人たちを説得してください」
そう言って京子はクルムを引き連れ厨房に立つ。
まずは水と火の確保だがこれはクルムの使う魔法で何とかなりそうだ。
後は道具の類いだがフライパンの様な物や鍋のようなものはどうやら元いた世界と大差ない様だ。
京子はクルムに水生成の魔法で壺に沢山の新鮮な飲み水を準備してもらい鉄製のボールに上級な小麦粉をふるいにかけながら入れる。
次いで砂糖も細かくしながらふるいにかけていれる。
何とか見つけ出した重曹を水で溶き、ボールの中がだまにならない様に牛乳を少しずつ入れてかき回す。
そこに先程の重曹を水で溶いたものを入れながらバニラエッセンスや卵、塩をほんの少し入れて生地の元を作る。
フライパンに薄くバターを塗って既に薪が無いコンロに炎の魔法で火をともしてもらいフライパンを熱していく。
フライパンが熱されるとバターのいい香りが漂い始める。
京子は頃合いを見て生地を流し込み炎の加減を見ながら時折フライパンをゆする。
するとホットケーキの生地からぷつぷつと細かい泡が立ち始めふっくらとし始めた。
京子はフライ返しでホットケーキを裏返すとあの香ばしい色のホットケーキが現れる。
「おおっ! キョウコ、ホットケーキだ!! いい匂いだ!!」
隣で見ていたクルムは瞳に星の光を宿しぴょんぴょんはねて喜んでいる。
京子はそんなクルムを見てちょっと笑う。
(ほんと、こうしてみてると普通の女の子なのにな。)
同じやり方で京子は次々にホットケーキを焼いていく。
手際の良さは上々で、既に数枚のお皿の上にはたくさんのホットケーキが出来上がっていた。
京子はそれらのホットケーキの真ん中に角切りにしたバターを乗せ、上からたっぷりとはちみつをかけた。
そして別に作っておいたホイップクリームを端に載せ飾りでそのクリームの横にチェリーを置く。
「はいっと、ホットケーキ完成!!」
クルムはさらに目を輝かせ、よだれまで流し始める。
「んと、そろそろかな? クルム水を沸かしてお茶を入れるわよ!」
そう言って京子は紅茶らしい市場で買ってきたお茶をクルムが作り出したお湯でポットに入れていく。
そしてレモンと砂糖壺を準備してこれらをカーゴに載せてミリアがいた謁見の広間のような所へ向かう。
* * * * *
広間には十数人の騎士たちが来ていた。
京子とクルムがここへ来ると途端に殺気立つ。
しかしクルムも京子もそんなことはお構いなしにミリアのもとに向かう。
「赤眼の魔女よ、止まれ! それ以上ミリア様に近づく事は許さん!!」
騎士の中でも一番偉そうな人が口を開く。
しかしクルムも京子も聞いていない。
特にクルムはホットケーキに目が釘付けで他に何も映っていないようだ。
「皆さん、まずはお茶でもいかがですか? それと、たくさんのホットケーキを作りました。皆さんの分もありますからどうぞ食べてください」
そう言って殺気立つ騎士たちに京子は次々にお茶を入れて手渡す。
「おい、小鳥遊京子今はお茶など飲んでいる場合ではないぞ!」
ワシャルは額に汗をにじませながら身構えていた。
しかし京子はそんな事どこ吹く風かどんどんとお茶を渡し今度は小皿にホットケーキを切り分けて次々に騎士たちに配る。
殺気立っていた騎士たちも甘い香りのホットケーキに毒気を抜かれたのか、渡されたティーカップとホットケーキの小皿に戸惑う。
「どうぞ召し上がってください。ミリア様もどうぞ! あ、これワシャルさんの分です」
そう言って有無を言わさずミレアとワシャルにも手渡す。
渡された紅茶のようなものもホットケーキもかぐわしい香りがしている。
クルムなどはお預けを食らっている犬のように既によだれが出て凄いことになっている。
「そ、そうですね、皆さんまずはお茶をいただきながら一息入れましょう。せっかくのホットケーキもあることだし。それではいただきます」
そう言って実は我慢がもうできないミリアはホットケーキを口に運ぶ。
「むぅううううっ!!」
「ミリア様? まさか毒を盛られたのですか!?」
一番偉そうな騎士が慌ててミリアのそばまで行くがミリアは次の瞬間神の祝福を受けたような表情でこう言う。
「おいしいぃぃぃぃぃっ!!!!」
「はっ?」
思わず呆然とする騎士。
ミレアは構わず次のホットケーキを口に運ぶ。
「な、何なのですのこれ!? 今まで食べた事の無いようなおいしさ! これがあのホットケーキなのですか!?」
それを聞いた他の騎士たちも改めてそのホットケーキを見る。
そしてつばを飲み込み一人、また一人とそのホットケーキを食べ始める。
「「「「「!!!!」」」」」
ホットケーキを口にした騎士たちの背後に稲妻が走る!
「な、なんだこれ!? 本当にホットケーキか!!」
「美味いなんてもんじゃないぞ!!」
「この白い泡みたいのがまたなんともホットケーキに絡まってとても美味しい!」
京子はその反応をうんうんと首を縦に振りながら見ている。
「キョ、キョウコもう食べてもいいだろう? 我慢の限界だ!」
クルムは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。
(うあぁっ! 可愛いいっ!!)
思わず抱きしめたくなるようなそれに自制をかけ京子はクルムに特大のホットケーキを渡し食べてよし! と言う。
とたんにクルムはそのホットケーキにかぶりつき背後に騎士たち同様稲妻を走らせホットケーキを食い漁る。
「ど、どういう事なんだ小鳥遊京子? 何故みんなここまでホットケーキで感動しているんだ?」
「うーん、あたしの世界のホットケーキの作り方なんだけど、こちらと少し違うのかな? とりあえずワシャルさんも食べてみて!」
女騎士ワシャルはつばを飲み込み改めて渡されたホットケーキを見る。
きれいに切り分けられたそれに白い泡のような物が添えられて見た目にもふかふかなそのホットケーキはこちらの世界のモノとはずいぶんと違う。
こちらの世界のホットケーキはもっと平べったくてパンよりは柔らかいがここまでふっくらとしてはいない。
ワシャルもそのホットケーキを恐る恐る口に運ぶ。
そして驚く。
ふわっとしていながらもっちりしたその触感に濃厚なバターの味がしてそれら全体をはちみつの甘さがやさしく包んでくれている。
一口、もう一口と続けて口に運ぶが時折端に添えれある泡のようなものを一緒に口にすると濃厚なミルクのような味が相まって更にホットケーキがおいしく感じられる。
気付けばワシャルの皿の上のホットケーキは無くなっていた。
「小鳥遊京子! これがホットケーキなのか!?」
「キョウコもっと欲しい! 作ってくれ!!」
ワシャルもクルムも京子に詰め寄る。
「そんな、たかがホットケーキで!」
そう言って一番偉そうな騎士もホットケーキを口にしてみる。
すると特大の稲妻が彼を打った!
彼はそのままがっついてあっという間にホットケーキを平らげてしまった。
京子は全員が食べ終わったのを見てお茶もどうぞと言ってから話始める。
「さて、皆さん私は異世界からこの世界に召喚された小鳥遊京子と言います。このホットケーキは私とクルムで作ったモノ、食べていただいて分かったようにクルムは大巫女様の命によりミリア様に協力して美味しいものを献上します。以前何が有ったかは知りませんが、私とクルムがいればミリア様を大巫女様に出来るかもしれませんよ?」
そう言って京子はにっこりと笑う。
ほんわりとした表情になってお茶を飲んでいた騎士たちはその言葉に思わずクルムを見る。
赤眼の魔女と呼ばれ人々から忌み嫌われ恐れられていた魔女は借りてきた猫のようにおとなしく幸せそうにお茶を飲んでいた。
「あれが赤眼の魔女なのか?」
「ゲド大陸最強と言われる大魔導士?」
「いきなりミリア様を監禁してこの宮殿を邪悪なゴーレムで占領した張本人?」
騎士たちは口々にこう言う。
「皆さん、クルムは私に協力してくれると言いました。ですので落ち着いて話し合いましょう」
ミレアのその言葉にあからさまに騎士たちに動揺の色が見られる。
それは一番偉そうな騎士にしても同じだった。
「皆聞いてくれ、信じられないかもしれないが赤眼の魔女はミリア様に助けられ忠義を誓っている。その忠義は私も見た。本物だ。今はワシュキツラの巫女ミリア様が大巫女様の選定一の門に参加しなければならない。どうだろう、信じろとは言わないが今は赤眼の魔女が選定が終わるまでそのままにしてもらえないだろうか?」
女騎士ワシャルの提案に騎士たちはどうしたらいいか迷っている。
それを見た京子は最後の一押しをする。
「私とクルムが必ず一の門を勝ち抜いて見せます! 私だけではだめです、クルムの魔法も必要なんです!」
クルムの魔法、赤眼の魔女の魔法が必要。
その言葉は先ほどのホットケーキを食べた者たちに重い事実としてのしかかる。
ミリア様が大巫女様に選定されればワシュキツラの国にとってこれほど名誉でその後の安泰についても保証されるようなもの、国としても是非でもミリアに勝ち進んで欲しい所である。
一番偉そうな騎士はずっと押し黙っていたが京子とクルムを見やりこう告げた。
「いいだろう、しかし一の門を突破する料理を俺たちにも見せてくれ。それが本当に素晴らしい料理かどうか見せてもらわなければ納得がいかない。これには国の運命がかかっていると言っても過言ではないのだからな」
そう言い、ミリアを見る。
ミリアはこくりとつばを飲み込んだ。
いきなり一の門に出す料理と言われてもどうしていいのか分からない。
ミリアは京子とクルムを見るが二人とも全く動じた様子は無い。
「わかりました、それでは少し待っていてもらえますか? クルム、ミリア様の為だよ一緒に来て!」
「む? ミリア様の為か分かった、ついて行こう」
そう言って京子とクルムは厨房へと戻った。
* * * * *
「さて、どうしたものか? とりあえず食材と調味料で出来そうなものを考えると……」
京子はパプリカのような植物を手に取る。
そしてワインビネガーをなめ味を確認する。
大蒜のような根物の食材の香りを確認する。
フライパンは大き目なものもある。
「よし! じゃあ始めようか!!」
京子は惜しみなくオリーブ油を鍋に入れクルムに熱してもらえるように頼む。
その間に豚肉を一口大より小さめにカットして塩と少量の酒、大蒜のような植物を混ぜて軽くもんだ後しばらく放置する。
たまたま見つけた豆の塩漬け発酵食品を取り出す。
豆は半分くらいつぶれていて、なめてみると塩辛い味噌のような味がする。
京子はそれを更に押しつぶし、酒、ワインビネガー、砂糖と混ぜる。
さらにトマトピューレのようなものを取り出しそれを細かく刻み更に押しつぶしペーストのようなものにする。
緑と黄色のパプリカ、ニンジン玉ねぎをニンジンは小さめに、他は一口大にきざんでおく。
先ほどの豚肉に片栗粉をつけてクルムに温めてもらっていた油の中に投入する。
じゅわ―っ! と音がして途端に香ばしい良い匂いが部屋に充満する。
「おお? キョウコなんだこれ? 嗅いだ事の無い良い匂いだ! なんとなくうまそうだぞ!!」
「まだまだこれからよ!」
京子は油で揚がった豚肉を取り出し油切りして先ほどのパプリカとニンジン、玉ねぎをまたまた油の中に投入する。
じゅわーっ!!
油に揚がる野菜の周りから出る泡が少なくなったらすべてすくいあげ豚肉と同じく油切りする。
「クルム、今度はこっちの大きなフライパンに強めの炎をお願い!」
クルムが炎の準備をしている間に京子は片栗粉を水で溶く。
そして十分にフライパンが熱せられたら先ほどの豚肉のから揚げと野菜の素揚げをフライパンに投入してお玉でざっと混ぜる!
これらの食材は野菜と豚のから揚げについた油分で十分に炒められる。
そして作り置きしておいた味噌もどきと酒、ワインビネガー、砂糖のミックスを流し込む。
じゅわじゅわーっ!
混ぜられた液体が一瞬で沸騰して豚肉や野菜に絡まっていく。
全体が絡まったら今度はトマトピューレを入れて軽く炒める。
酸味と甘みの混ざった旨そうな匂いがしてきた。
京子はお玉の端に指をちょっとつけ味見する。
(うん、いい感じだ!)
「クルム、火加減を弱くして!」
フライパンの中の具を円を描くように揺らしながら溶いた片栗粉を少しずつ入れていく。
軽くお玉で混ぜる。
そして全体にとろみがついてきたら出来上がり!!
京子は真っ白なお皿にきれいに盛り付け、飾りのトマトやキュウリを盛りつけ完成。
「できたわ! うちのお店の特製酢豚よ!!」
「おお! なんだこれ? 赤や緑、黄色に茶色、すごくカラフルだぞ!!」
出来上がった酢豚を見たクルムは目を輝かせている。
京子はさっそくこの料理をカーゴに載せてふたを閉めて騎士団たちの元へ行く。
* * * * *
「できました! 特製酢豚です!!」
カーゴを押して先ほどの部屋に戻る。
そして騎士団の人やミリアに集まってもらう。
「それではご覧ください、あたしとクルムの作った特製酢豚です!!」
京子は蓋をばっと取って出来上がった料理を見せる。
おおーっ!!
騎士団やミリアから驚きの声が上がる。
「な、なんだこれは!? 見た事の無い料理じゃないか!!!?」
「色とりどりで奇麗」
「ほんと何なんだろう、ちょっと酸っぱいようなにおいがするけどすごく食欲をそそる?」
京子は取り皿とフォークを一番偉そうな騎士に渡す。
騎士は無言で小皿に酢豚を取る。
そしてそのまま豚の唐揚げを口にする!
「!!!?」
少しカリッとした触感が残った豚肉は下味のおかげで肉の臭みが全くなく周りの甘酸っぱいソースに抜群に合う!?
騎士はそのまま他の野菜も口にする。
さっと油で揚がった野菜はまだシャキシャキ感が残っており歯ごたえも十分、生と火が通るギリギリ境目でソースの酸味のおかげで脂が多めなのに苦にならない。
そのくせ野菜本来の味もしっかりとして十分に楽しめる。
「これは一体どういうことだ!? こんなうまいものは食ったことが無いぞ!!!?」
騎士のその言葉にたまらず他の騎士たちもこの料理に手を出す。
京子はミリアやワシャル、クルムの分も小皿にとって手渡す。
そしてそれを口にした一同は驚きの声を上げる!
「う、うまいっ!!」
「何これ食べた事ない味!」
「小鳥遊京子さん、これは一体!?」
クルムが瞳を輝かせて美味しそうに食べているのを京子は見ていたがミレアに聞かれて答える。
「酢豚って言う料理です。あたしの世界では結構有名な料理なんですよ」
そして自分も少し食べてみる。
微妙にオリジナルの味と違うけどポイントの部分は想定通り。
もっと時間をかけていろいろと食材を探せばオリジナルと同じ味が再現できるかもしれないがそこまで高望みは出来ない。
「どうですか騎士の皆さん、納得いただけましたか?」
京子は騎士団を見渡す。
しかしみんな黙ってしまった。
一番偉そうな騎士も苦虫をかみつぶしたような表情でじっと空になったお皿を見ている。
しばらくそうしていたがやがて京子に向き直りはっきりとこう言う。
「小鳥遊京子殿でしたな。私は騎士団団長ジャジャルと申します。この料理、感服いたしました。国王には私から話をつけます。どうぞミリア様をお願いします。それと赤眼の魔女よ! 貴様の処遇も選定が終わるまで我ら騎士団は手を出さん事を誓おう。しかしミリア様が万が一敗れるようなことが有れば貴様の責任追及をさせてもらうぞ! よいな!!」
そう言ってクルムを睨みつける。
酢豚をおいしそうに食べていたクルムだが騎士団長ジャジャルに啖呵を切られてうなずく。
「む? わかった。しかしミリア様は必ず大巫女様になる。それは私の望み」
そしてまた残りの酢豚をおいしそうに食べ始める。
ジャジャルは今度はミリアに向き直りこう言う。
「それでは我々はこれで失礼します。これより国王陛下や重鎮に説明をせねばなりません。逃げ出し城で保護している宮殿の者たちや見習い巫女についても事情説明してこちらに戻らせましょう」
そうして「行くぞ」と騎士たちに言ってこの場を後にした。
「ふううぅぅぅ、うまく行ったぁ!!」
京子はその場に座り込んで安堵の息を吐く。
そんな京子にミリアは駆け寄り手を取る。
「小鳥遊京子さん、本当にありがとうございます。騎士団の皆さんを説得までしていただき、こんな美味しいお料理まで。なんとお礼を言ったらいいのやら!」
「やめてくださいよ、まだ始まったばかりじゃないですか。それにミリア様には大巫女様になってもらって私をもとの世界に返してもらうって重要な役割が有るんですからね!」
「小鳥遊京子さん!」
ミレアは涙目でもう一度感謝の言葉を口にする。
「小鳥遊京子、貴殿の協力心より感謝する。あのジャジャル殿をこうもあっさりと納得させるとは。私はこの場でジャジャル殿に切り捨てられる覚悟だったのだがな。助かった」
ワシャルも京子に頭を下げる。
「もう、ワシャルさんまでやめてください」
照れ隠しをしながら京子はクルムを見る。
よほど気に入ったのかお皿のソースまで舐め取っている。
京子は思う。
クルムと一緒ならやっていけると。
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