第4話食材集め
小鳥遊京子は悩んでいた。
クルムとミリアに協力して美味しいものを大巫女様に献上する勝負に参加するという事で状況を確認したかったのだが……
「クルム、あなたたち本当に今までこんなもの食べてたの!?」
「む? 食えれば問題無いだろう?」
誰もいなくなった巫女宮殿の食堂に連れられて行った京子はここに残った食材を見て愕然とする。
ジャガイモが山になっている。
他には果物らしきものがちらほらと。
多分以前はもっと豊かだったろうと思しき料理用の機材や道具、保管用の壺はあるが今は空っぽで何もない。
「すみません、私たちは料理が出来ないので食べれさえすれば贅沢は言いません。しかし一の門に参加するとなると流石に……」
ミリアはすまなそうに言うものの流石にこれではどうにもならないだろう。
ふと京子は思い出す。
「そう言えばホットケーキが美味しいって言ってたけど、この世界ってパンとか麺、マカロンやクッキーのようなものはあるの?」
「ホットケーキは美味い! それは真実だ!!」
ふんっと鼻息荒くクルムは目を輝かす。
ミリアは少し考えて京子に話す。
「ええ、確かにパンとかクッキーはありますが他は聞いた事が無いですね」
「ミリア様、こちらの世界の食文化について簡単に教えてください。主食は何で一般的にはどういったものを食べているのかとか」
言われたミリアはそうですねと言って語り始めた。
「この国ワシュキツラでは一般的に主食は小麦でほとんどがパンにします。普通の家庭では一日に二食の食事でパンと野菜を煮込んだスープ、あとはチーズを食べるのがほとんどでしょう」
思っていた以上に普通の食生活だった。
イメージ的には中世ヨーロッパくらいの食文化かな?
「そうするとホットケーキや肉、魚ってそうそう食べないのですか?」
「そうですね、肉や魚はすぐにダメになってしまうので新鮮なうちでないと食べれませんからね。それに保存食として燻製やソーセージなどありますが高価でなかなか口にすることは出来ません。ホットケーキは嗜好品ですのでそれこそめったに食べれませんが」
京子はうーんと考え込む。
食材自体は自分の世界のものとあまり違いはないみたいだけど入手すること自体は難しいものもありそうだ。
「そうすると食材集めからかぁ。あの、食材の購入って出来るんですか?」
「ええと、お金はありますので買うことは出来ると思います。ただ、市場に行くにも私はこの場を離れられませんし、クルムは先ほどお話したように人の多い所へ行くのは問題が有ります」
まいった、ここへ来たばかりで右も左も分からない自分に買い出し行ってくるのは至難の業だ。
せめてだれか付き添ってくれればと思う。
そう悩んでいて京子だがふとこの部屋も掃除が行き届いていることに気付く。
「あの、話は別なんですがここって結構広い宮殿ですよね? 見た感じ清掃も行き届いているし片付けもちゃんとしてますけど誰がやっているんですか?」
どう考えてもクルムやミリアがやっているとは思えない。
「む? 掃除や片付けはゴーレムどもにやらせているぞ? 先ほどの侵入者の死骸も片付いている頃だろう」
ゴーレムが家事をやっている?
京子は思い出す、ゴーレムって確か石とかブロックみたいなやつで出来た人形だっけ?
それが器用に掃除や片付けするんだ。
だったら……
「ねえクルム、ゴーレムって買い物できないの?」
「む? ゴーレムは単調な命令は出来るが複雑なものはだめだ。掃除とか元あった場所に戻すとかの簡単なモノしか出来ない」
だめか。
京子は肩を落とす。
まずは食材購入の問題を何とかしないといけない。
唸りな先程の部屋へと戻る京子たち。
と、部屋の前で女性の騎士にばったり出会う。
「ミリア様! こちらにおいでですか!! おのれ魔女め、ミレア様をお放ししろ!!」
剣を抜いてこちらに突っ込んでくる。
「いたぁっ! この人だっ!!」
身構えたクルムやクルムを止めようとしたミリア、突っ込んできた女騎士さえ京子の素っ頓狂な声に驚く。
「なっ!?」
突撃を止めて剣を構えたまま女騎士は京子を睨む。
「貴様何者!? ミリア様解放の邪魔立てするかっ!?」
「ミレア様は大丈夫ですから、それより大巫女様からの連絡があってお料理作らなければならないんです! あなた、ミレア様の為に手伝ってくださいよ!!」
「はぁっ!?」
思わず構える剣も脱力するようなその京子の発言に女騎士は変な声を出してしまった。
「ですから、大巫女様の命令です! ミリア様はお料理勝負に出なければんらないんです!!」
京子のその宣言に女騎士は初めて構えを完全に解いた。
そして注意深くクルムを見ながらミリアに声をかける。
「ミリア様、ご無事なのですね?」
「はい、私は何も問題ありません。ですから落ち着いてください」
女騎士は剣こそ鞘には戻さなかったが最初のような殺気はもうはなってはいなかった。
代わりにその表情には疑心暗鬼の色が強くうかがえる。
京子はとりあえずホッとしてミリアに話す。
「ミリア様、大巫女様のご命令って重要なんですよね?」
「も、勿論です! 大巫女様の命はワシュキツラだけでなくこのゲド大陸すべてにおいて国王をも凌駕するモノ、最優先すべきモノです!!」
京子はそれを聞いてから女騎士に話しかける。
「えーと、クルムは大巫女様の命を重んじるからミリア様に協力するそうです。だからミリア様はクルムに拘束されているわけじゃありません。」
「赤眼の魔女がか!? 赤眼は呪われ災いを呼ぶのだぞ!!」
「クルム、ミリア様に危害は加えないわよね? それにクルムはミリア様を守っていたのよね?」
京子の声に女騎士はクルムを見る。
「む? 当然だ、私はミリア様をお守りする。我が命に代えてもな!」
その言葉に女騎士は驚く。
「な、なんだと、赤眼の魔女がミリア様をお守りしているだと? 何の冗談だ!?」
「嘘じゃないですよ、さっき来たソエさんて巫女さんも見てましたし。クルムはミリア様の味方です」
「何!? ナンダラの巫女ソエ様がおられたのか!!」
女騎士はまたまた驚く。
そして思案する。
どうやらこの娘の言う事は嘘では無い様だ。
しかしそうすると巫女宮殿の外を埋め尽くすあのゴーレムは一体何なんだ?
「では聞くが宮殿を取り巻くゴーレムは何なのだ?」
「む? あれはミリア様を守るためのゴーレムだ。ミリア様をここから連れ去ろうとする悪いやつから守るためだ」
「しかしそれはお前がミリア様を監禁しているからだろうに!」
「む? 違うぞミリア様はここから離れてはだめだぞ? この国の祈りが途切れればこの国が亡ぶぞ? 代わりの巫女候補がいない限りミリア様はここから離れられないぞ?」
「なに? 祈りだと??」
どうやら先ほど言っていたミレアはここから離れられない理由がそれらしい。
京子はよく理解できていないのでクルムに聞く。
「クルム、その話よく聞かせて。なんでミリア様がここから離れられないの?」
「む? お前ら知らなかったのか? 仕方ない、話してやろう。このゲド大陸は大巫女様のお力で安定している。しかし流石に大巫女様一人だけでは支えるのは至難、なので各国に巫女様を育て『世界の柱』は大巫女様が支え各国の『繋がり』は各巫女様が祈りの力で保っている。各国の巫女様が祈りをやめれば世界の柱から剥離してその国だけが『奈落の底』に落ちて滅びるぞ。だからミリア様はこの国を守るため毎日祈りを捧げている。この巫女宮殿で祈りを捧げなければならないのだ」
クルムの話だと世界は「世界の柱」に支えられた平たいお皿の様なモノらしい。
中央の「世界の柱」に大巫女様がいて柱とこのゲド大陸を支えているとか。
しかし平たい皿の端にある各国はともすれば割れて世界の柱から剥離してしまう。
だから各国は巫女宮殿を作り国が奈落の底に落ちないようにしていた。
「しかしそれはおとぎ話だろうに! この国そのものが『奈落の底』に落ちるなど信じられん!!」
「む? 古代十六の国の話は知らんのか? あれは事実だぞ?」
「馬鹿な! それでは八つの国は本当に『奈落の底』に落ちたというのか!?」
女騎士は吐き捨てるがミリアが静かに話し始める。
「そのお話は本当です。すでに一万と二千年の時が経ち人々の記憶から薄れてはいますがもともとこのゲドの大陸は今の約二倍の広さが有りました。当時の人々はその文明に酔いしれ神の忠告を忘れたのです。そして本当に一夜にして八つの国が『奈落の底』へ落ちたのです。ですから私はここで祈りを捧げ続けなければなりません」
ミリアのその話に女騎士は驚愕する。
小さいころから聞かされていたおとぎ話は事実だった。
そして今自分の目の前にいる巫女様がこの国をつなぎとめていてくれる。
そしてその祈りはここ巫女宮殿でしか成し得ないのだ。
女騎士は剣を床に突き立て膝をつき脱力する。
数か月前に赤眼の魔女がこの巫女宮殿を襲いミリア様を拘束したと聞いたときは憤りを覚えた。
現にこの宮殿に仕えていたものは全て逃げ出し、ミリア様を救いに向った者たちはことごとく退けられ、殺された。
やっとの思いで自分もミリア様をお助けに上がってみれば赤眼の魔女がミリア様をお守りしていただと?
「いったい何からミリア様をお守りしていたというのだ、赤眼の魔女よ?」
「む? それは他の巫女様の手下だ」
クルムは即答する。
女騎士はそのクルムを見据えるがもう一つ質問をする。
「ではなぜ赤眼の魔女がミレア様をお守りする? その理由はなんだ?」
「ミレア様が私を救ってくれたからだ」
クルムのその一言に女騎士は口元をふっと緩める。
そしてミレアを見る。
おどおどして世間知らずのこの女性はきっと赤眼の少女であれ何であれ救いの手を伸ばしてしまうような人なのだろう。
女騎士も何度かこの宮殿に悩みを相談に来たことが有る。
ミリアの人柄は重々承知だ。
「ミリア様、あなたと言うお人は……」
「は、はい?」
きょとんとしているミリア。
口元に小さなほほえみをする女騎士。
女騎士は立ち上がり剣を鞘に納める。
「わかった。私も協力しよう」
そう言ってもう一度クルムを見る。
「む? 手伝ってくれるのか? 助かる。感謝する」
「まさか赤眼の魔女から感謝の言葉が出るとはな! 私はまだお前を完全に信用したわけではないがミリア様を守るというなら私も協力する。して、私に何を協力しろと言うのだ?」
「お買い物に付き合ってください!!」
唐突に京子に言われ女騎士はあっけに取られてしまった。
「お、お買い物ぉ??」
「そうです、ここの食堂にはなにも有りません! 食材が無いんです! これじゃ美味しいモノを献上する前にミリア様たちが餓死しちゃいます。あたしはこっちの世界のことよくわからないから一緒にお買い物してくれる人がいないと困るんです!」
京子の必至なその言葉に女騎士は改めて京子をまじまじと見る。
そして気付く、この者が着ている衣服も黒髪黒い瞳の人種もこの世界では見たことが無い。
「お前は一体何者だ? 赤眼の魔女も怖がっていないようだし、この宮殿の使用人でもなさそうだし」
「私は小鳥遊京子と言います。異界からクルムに召喚されて一緒にミリア様を大巫女様にするために美味しいものを献上しなきゃならないんです」
「大巫女様に献上? と言う事はいよいよ噂に聞いていた大巫女様の選定が始まるのか!? その為にわざわざ異界から有能な者を呼び寄せたのか!?」
女騎士は天の神に祈りをした。
噂には聞いていた大巫女様がいよいよ後釜を決められる。
つまり八大巫女の一人をお選びになられるのだ。
「む? こいつは食材として召喚したんだ。美味いものは知っているが有能とは思えんぞ?」
すかさずクルムは突込みを入れる。
女騎士は京子を見て思わず「食材!?」と聞いてしまう。
「違います! もう食材じゃありません!! 大体にしてこっちの世界だって人間を食べる風習は無いのでしょうに!!」
「ま、まあそのなんだ、小鳥遊京子か? おぬしも苦労はしているようだな。私はワシャル。ワシュキツラ国の騎士だ」
女騎士ワシャルはそう名乗った。
京子は改めてこの女騎士ワシャルにお辞儀をして一緒に買い出しに行く事をお願いする。
「ワシャルさん、私からもお願いします。私が一の門に参加する事が広まればクルムの誤解も解け宮殿の皆さんも戻ってきてくれます。そうすれば見習い巫女に祈りを捧げてもらって私も動けるようになります。」
ミリアにまでそう言われワシャルは後ろ頭を掻く。
「ミリア様、分かりました。私が小鳥遊京子を連れて買い物をしてまいります。そして王国にもこの事を伝え赤眼の魔女が今次選定にミリア様に付いたと話しましょう。赤眼の魔女よ、私が小鳥遊京子と買い出しに出かけた後あのゴーレムたちを引かせろ。こちらに敵意が無い事を表明するのだ!」
「む? しかしミリア様のをどうにかしようとする輩はどうする?」
「選定が始まったのだろう? 一の門が開催されることが知られればもはや誰も手出しはできんよ。今後八大巫女の誰か一人でも不幸が発生すれば全員が失格になる。どこの巫女様の手下かは知らんがそんな馬鹿な真似はもうしないだろう」
「ふむ、そう言う事なら了解した。ゴーレムたちを引かせよう」
それが賢明だとワシャルは言って京子に向き直る。
「では早速買い出しに行くとするか小鳥遊京子。して何が必要なのだ?」
「えーと、まずは食材を売っているお店とか露天とかに連れてってください。それとこの国のお料理についてもいろいろ教えてください。あ、ミリア様買い物するのでお金ください。あたしこっちの世界のお金持っていないので。それとワシャルさん、お金の使い方も教えてくださいね。こちらのお金の価値がまだわからないので」
こうして小鳥遊京子と女騎士ワシャルは巫女宮殿を後にして買い出しに向かうのだった。
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