フードの青年の導き

 朱莉は、フードをかぶったままの青年の半歩後ろを歩いていた。


 彼女は誰と歩くときでも、だいたい同行者の半歩後ろを歩く。


 いつからそうなったのかは、よく覚えていない。いつの間にかそうなっていた。


 斜め後ろを歩いていると、青年がかなりの高身長であることが分かる。


 仕事場でよくチビとからかわれる彼女が、かなり見上げなければならない高さだ。


 前を向いたままの青年の声が、風に乗ってやってくる。


「……それで……、アンタはどんな物語を書くんだ?」


「え……?」


 朱莉は、その言葉を聞いて固まる。


 どうしてこの人も、私が物語を書いていたことを知っているのだろう。


 朱莉は、俯いて立ち止まる。それから小さい声で言った。


「……ほのぼの系が多かった……ですかね」


「……? 今は、違うのか」


 青年もまた、立ち止まって朱莉の方を振り返った。


 朱莉は、青年の顔を直視することができずに俯いたままか細い声で続ける。


「……書けなくなったんです、物語が」


 青年は、戸惑った様子で一歩ずつ朱莉の方へやってくる。


 しばらくして静かな声が、朱莉の頭上から降ってきた。


「……そういうときも、あっていいんじゃないか」


「え?」


 青年からの思わぬ言葉に、彼女はつい顔を上げてしまう。


 青年の表情は、相変わらずフードに隠されて分からない。


 しかし声色から、どこか彼女を気遣うような様子が感じられた。


「……時には物語が作れなくなることも、あるだろう」


 青年は続ける。


「……ここへ来たこと、それ自体をチャンスととらえてみたらどうだ?」


「チャンス?」


「ここは、アンタがいた世界とは別世界だ。ここなら、アンタを知る者はいない」


 それを聞いて、朱莉ははっとした。


 彼女の表情が変わったのを見て、青年の冷たい声の中に少しだけ柔らかさが宿る。


「……アンタが望む物語を紡げばいい。ここの住人は、それを待ち望んでいる」


「この世界の人たちが……?」


 朱莉が怪訝そうに青年を見つめる。すると、青年は小さくため息をつく。


「……まったく。何も知らされていないんだな」


 それから、朱莉のネックレスを指さして言う。


「そのネックレスを所有する者は、この世界では、吟遊詩人と呼ばれている」


「吟遊詩人」


 朱莉の頭の中で、ファンタジーゲームによくある、琴を携えた人間の姿が浮かぶ。


「物語は、この世界での娯楽の一つ。物語の大半は、外部からもたらされたものだ」


「外部から……」


 朱莉の呟きに、青年は頷く。


「アンタと同様に、この世界に来た人間が作り出したものだ」


 青年は、空を見上げて独り言のように言う。


「今は物語が規制されていていて、巷では物語が不足している」


「物語が、規制……?」


朱莉が昔読んだ物語に、そういったものがあった気がした。


燃やされる物語たち、物語の存在をやがて忘れ行く人々。


物語を失うのは恐ろしい。


その物語を読んだ朱莉は思ったものだ。


「つまり……」


 考え込む朱莉の上に、そっと畳みかけるように言葉が置かれた。


「……つまり、どんな物語でも歓迎される。多少、変な物語でも」


「変な物語って……」


 朱莉が呆れた声を出すと、青年は先に立って歩き始める。


 物語を作ったら捕まってしまったりするのではないのか。


 朱莉は不安になったが、そもそも今、自分に物語を作る力はない。


 物語を作ることができるようになってから考えよう。


 そう思い、朱莉は慌てて青年を追いかけた。


 青年は振り返ると言った。


「……アンタの物語を作る力が、必要とされている場所に案内する」













 


 


 


 

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