11|覚醒〈2〉

「この子を〈矯正ルーム〉へ――」

「…え?」

 一瞬、サクラはわけがわからず、固まった。


「危険だわ。危険な思想よ」

「ま、まって! 危険って、なにッ!?」


 つぎの瞬間――屈強なガードマンたちに両脇をおさえこまれ、うしろ手に手錠をかけられ、あっというまにサクラは自由を奪われる。


「やだッ、放して…!」


 サクラは、身をよじって抵抗するが、サクラの非力に動じるような彼らではない。みると、AKBの表情は、出会ったときの印象のまま、冷徹で無表情な女性審査官にもどっており、サクラは、自分の願いが、希望が、一瞬にして断ち切られたことを悟った。


「残念ながら、宮本咲良…あなたは〈不合格〉です」

「そ、そんな…」


 そのとき――首のうしろが‘ざわり’とあわ立ち、サクラは、自分の中で、が変化していることを感じた!


 サクラは、の耳に幻聴がきこえる。


『 いやだぁぁーーーーー… 』


 その叫び声とともに、サクラの脳裏にいくつかの場面がフラッシュバックする。


 赤く点滅するライト。

 飛び散ったガラスの破片。

 アスファルトに広がる大量の血…。


 それらは、いったいなにを意味するのか、サクラは知らない。


 だが、それらは、自分の中で目覚めるときを待っていた〈記憶のかけら〉であることだけは、はっきりとわかった。


(これは…記憶だ…)


 ドクン…と、サクラの心臓が波打つ。


 それらの記憶の断片から推測される出来事が、なんであるのか…それを知ることを、サクラは恐れた。


 なぜなら――その記憶と、自分の体内で起きている変化は、すくなからず連動していると、誰に教えてもらったわけでもなく…ただ、そう感じていたからだ。


(きっと、この記憶は、思い出してはいけない記憶だ…)


(きっと、思い出したら、私は暴走する…)


(きっと、そうなる…!)


 そして――それは現実となった。



          ***



 だが――

 サクラの内部で起きていることを、目の前の女性審査官は知らない。


「あなたは、これから1年間…矯正ルームで、その妄想がはらわれるまで過ごしてもらいます」

「妄想…?」

「そうよ。あなたは、いま、混乱してる」

「混乱なんかしてない…ウソだと思うなら確認してよ! きっと23ゲートの監視カメラに記録が残ってるはず…」

「扉は、ないのよ」

「扉は、ある!」


 かたくなに「扉がある」と主張するサクラを、AKBは、哀れみの混ざった悲しい表情で見つめ、


「連れていきなさい」

 ガードマンの男たちにそう命じ、審査ルームのドアを開け放った。


「やだッ、やめて…!」

 サクラは、男たちに引きずられるようにして連れ出される。


 ずっと審査ルームのまえで、待機していたOBBオービービーは、いったいなにが起きたのかと、事態がのみこめないまま驚愕の表情でサクラたちを見た。


「サ、サクラさん…いったい何が…?」

「OBB、4Cを呼んでッ! お願い、たすけて…」


 それをきいて、AKBは叫ぶ。


「OBB! あなたは、もう帰りなさいッ。命令です!」

「い、いや…でも…」

 OBBは、どうしていいかわからず、その場に立ちつくす。


 通路の10メートル先に、黒いドアがあった。

 AKBが、そのドアをあけると、その中は――暗闇しかない。

 それを見た瞬間、サクラの心臓がドクドクと音を立ててゆれうごく。


「い、いやよ…こんなところには入らない…」

「入るのよ、宮本咲良…」

 AKBの、容赦のない命令がくだる。


 もがいても、もがいても、屈強な男たちに押さえつけられている体は、悪夢の中の出来事のように言うことをきかず、ついにサクラは、自分が絶望の淵に追い込まれたことを知る。


 ふいに――サクラの頭の中にトモヒロの声がこだまする。


『 咲良さくら…思い出せ。おまえは、ジャンヌダルクだ! 』


『 GO・FOR・ITゴー・フォー・イット、当たってくだけろッ! 』


『 運命に負けるなッ! いけぇぇぇーーーーーッ!!!!』


 そして――サクラは叫んだ!


「いやぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!!」


 その瞬間――


 全身のうぶげが‘ざわり’と逆立ち、体中を血液がかけめぐった!


 すぅーっと頭の中がクリアになってゆく!


 いままでに経験したことのない高揚感が、サクラを包んだ!


 気がつくと――サクラは、そこに、ただひとり…立っていた。


「あ…」


 なにが起きたのかわからず、まわりを見まわす、と――


「こ、これは…」


 サクラを両脇から押さえこんでいたガードマンたちは、数メートル先の壁にたたきつけられ、意識を失って倒れこんでいた。

 うしろ手にかけられていた手錠は、なぜか、鎖がちぎれ、自由に動かせるようになっている。


「な、なにが起きたの…?」


 そして、サクラの目の前に倒れていたのは――


「AKB…」

「み、宮本…さく・ら…あなた…」


 頭から血を流し、苦しげにぜいぜいとあえぎながら、AKBは声をしぼり出す。


「あ、あなた…したのね…」


 サクラを見るAKBの目は、恐怖にふるえおののいていた。



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