12|覚醒〈3〉

 漆黒の闇の中で、ゴースターは、狂喜乱舞する――!


 ついに、そのときが来たと…からだを激しくふるわせ、よじり、半透明な内臓を破裂させ、あたり一面に黒い液体をまきちらしながら、ゴースターは歓喜にうちふるえる!



          ***



「こ、これはなんだ…!?」


 モニタールームの隊員たちは、いっせいにどよめいた。

 1ゲートから42ゲートまで、42ヵ所の監視カメラの映像が並ぶモニター画面の中――23ゲートの映像に、みな釘づけになった。


「こ、こんな現象は、はじめてだ…」

「ゴースターが、踊ってる…」

「おい、そんな表現はやめろッ」

「激しく、湧きでてるだけだ」

「ああ、けど…」

「気味がわるい…」

「ああ…たしかに、気味が悪い…」


 そのモニター画面に群がる隊員たちの一歩さがったところで、4Cフォーシーは、険しい表情のまま、狂ったように暴れているゴースターを鋭い眼光でにらみつける。


「マジか…」


 そのとき――


《 エムズ覚醒! エムズ覚醒! エムズは、メイン通路を23ゲート方面へ逃走中! 職員は、ただちに身の安全を確保せよ! くりかえす、職員は身の安全を確保せよ! 》


 鼓膜をつんざくような警報がなり響く!


「おい…そのエムズって、4Cが救出したエムズじゃないのか?」

「おい、4C!」

「あ、あれ、4C…?」


 隊員たちがふりむくと、すでに4Cの姿は消えていた。



          ***



 サクラは、メイン通路を〈23ゲート〉へ向かって、ひた走る――!


 ズキズキと痛んでいた足も、いまは覚醒しているせいか、なにも感じてはいない。

 松葉杖は審査ルームに打ち捨てられたままだ。


 いまや、研究施設のメイン通路は、けたたましく鳴り響くサイレンの音と、緊急警報のアナウンス、それを聞いた職員たちが逃げまどい、ぶつかり合い、小さな悲鳴があちこちで起こり騒然となっていた。


 誰もが、走り抜けるサクラを止めようとはしない。

 ただ驚愕の表情で見つめ、おののき、恐怖にふるえているだけだった。


『 み、宮本…さく・ら…あなた…したのね… 』


 AKBエーケービーの恐怖に見開かれた目が、サクラの脳裏に焼きついてはなれない。


(そんな目で見ないで…!)


(私は、怪物じゃない…!)


(誰も傷つけようなんて、思ってない…!)


 強烈な疎外感が、サクラを襲う。

 恐怖にふるえ慄いているのは、誰でもない――サクラ自身だった。


 審査ルームのまえで起きた〈事件〉のあと、サクラは目のまえで固まっているOBBをそのままに、ガードマンが落とした銃を拾いそのまま逃走したのだ。


 いま――サクラの頭にあるのは、ひとつのことだけだ。


(23ゲートへ…!)


(あの扉の向こうへ…!)


(そして、トモヒロが待ってる世界へ――!)


 こんな悪夢のような世界から抜け出す方法は、それしかない。それは、ゆるぎない決心だった。


『 咲良さくら! おまえは出来る… 』


『 今が、当たって砕けるときだ… 』


『 咲良! 負けるな…! 』


(うん…)


(私は、負けない…!)


(私は、できる…!)


(当たって砕けろ…!)


 サクラは、〈希望〉に向かってひた走る――



          ***



「いたぞ! あそこだ!」

「エムズ、発見! いまから確保します!」

「今度こそ、本番だ! みんな、研修を思いだせ!」


 みると、23ゲートの方角から、迷彩服の武装した男たちがサクラに向かって走ってくるところだった。それは最初に、23ゲートでサクラのひたいにライフル銃をつきつけた〈バスターズ〉と名乗る新人隊員たちだった。


「気をつけろ!」

「エムズは、銃を持ってるぞ!」


 サクラの右手には、ガードマンから奪った銃が握られていた。だが、サクラは、いままで、銃など、さわったこともなければ見たことさえない。彼らにむかって発砲することなどありえなかった。


 あくまでも護身のためと、23ゲートのドアの鍵を破壊するために奪っただけだったが、彼らにサクラの事情などわかるはずもない。わかったところで、サクラを捕らえるという使命はまっとうするだろう。


 彼らは、透明なアクリル板のような盾と、麻酔銃を持ち、自分たちのほうへ走ってくるサクラを待ち構えた。


 メイン通路には、アーケード街のように、あちこちに横道がのびており、その構造は迷路のように複雑だ。サクラは、OBBとメイン通路を歩いているときに、それを教えてもらっていた。


 だが――いま、その、すべての横道は、防護扉が閉められ、メイン通路以外のすべての道はふさがれている。


 ふりむくと、サクラが走り去ったメイン通路にも、頭上から巨大が鉄柵が‘ガガガガ…’と耳障りな音をひびかせ、いま、まさに降りてくるところだった。バスタースが待ち構えている背後でも、同じように柵が降りてくる。


(メイン通路に、閉じ込める気だ!)


 それを見たとき、サクラは、完全に逃げ場を失ったことを悟った。

 だが――バスターズのすぐうしろは〈23ゲート〉への入り口だ。彼らのガードさえ突破できれば、ゲート内へ侵入できる!


 〈希望〉はある――!


 きっと、この希望は、向こうの世界から、トモヒロが導いてくれているのだと、サクラは信じる。


『 咲良、べ! 』


 心の中で、トモヒロが背中を押した!


 そして――ついに、サクラは


 それは、映画のワンシーンのように、すべてがスローモーションで動いていた。


 ふわっと浮き上がる自身のからだ。


 重力に逆らっているわけでもなく、足の筋肉が発達したわけでもない。


 まるで、自分のからだがプラスチックの人形のように軽くなり、ポンと蹴っただけで、いとも簡単にすぅーっと舞い上がったのだ。


 見上げるほど高い天井だったが、サクラは一瞬で‘ふわり’と舞い上がり、アーチ型の鉄骨をささえる小さなネジのひとつひとつがくっきりと見える高さまでジャンプした。


 感覚が研ぎすまされ、その場所の景色、新人隊員たちひとりひとりの顔、チリや、埃のひとつぶひとつぶに至るまで、すべてがクリアに見えていた。


 それに反応して、バスターズの隊員たちは、いっせいにサクラめがけて銃を撃つ。その銃口から発射されたのは麻酔銃の〈矢〉だ。


 それが、サクラの耳元を、シュッとかすめて飛んでゆく!


 ランダムにふりそそぐ〈矢〉を、ジャンプしている状態で身をかわし、あるいは手で払いのけ、サクラは彼らの背後に着地することに成功した。と、同時に、彼らが放ったひとつの〈矢〉が、サクラの足に突き刺ささっていることに気づく。それを、瞬時に引きぬき、近くにいた隊員めがけて投げつける!


「私に近よらないでッ! う、撃つわよ!」


 ふるえる手で銃口を彼らにむけると、彼らはあわてて盾のうしろに隠れ、防御体勢をとる。そのわずかな瞬間に、サクラは〈23ゲート〉のドアを破壊するべく、そちらへ銃口をむける、が…。


「あ…開いてる…?」


 サクラが壊すまでもなく〈23ゲート〉のドアは開いていた。


 なぜ開いているのか…そんなことを考える余裕もないまま、ゲート内へすばやく侵入すると、内側からかかる〈かんぬき〉を閉め、その部屋にあったベンチ――それは、最初ここへ来たときにすわったベンチだ――それを動かし内側からバリケードのようにドアをふさいだ。


「よし…これで、しばらく時間がかせげる!」


 息を切らし、ひたいからしたたり落ちる汗をぬぐうことも忘れ、サクラはハッチのハンドルに手をのばした。このハッチを開けた先に長い通路があり、その先の、もうひとつのハッチを開ければ、あの大穴があいた空間へ出られるはずだった。だが…。


「あれ? ここも、開いてる…」


 そのハッチも、軽く手をふれただけで、内側に‘ギィィ…’と軋んで通路側へ簡単に出られたのだ。ドアが開いているということは、先にドアを開けた人間がいるということだ。誰かが通路にいることは明白だった。


 サクラは、一瞬、立ち止まり、すぐに心を決めて歩きはじめる。


 どのみち、サクラの進む道は、この通路しかないのだ。

 誰がいようと、計画の邪魔はさせない。

 サクラは決意を新たにし、銃を持ってる右手にぎゅっと力を込める。


 そして、20メートルほど進んだとき、うす暗い通路のむこうから、足音が聞こえ、サクラは、とっさに暗闇に銃口を向けた。


「メイドちゃんか!?」

「4C…?」

「こんなところで、なにしてる!?」

「4Cィィーーーッ!」

 サクラは、ためらうことなく彼にかけより、腕をつかんだ。


「4C、私…あなたに、会いたかった! 私…か、覚醒したの…」

 声がふるえた。


「ああ…わかってる。でも、どうしてここへ来た!?」

「ちゃんと話してる時間、ないの! 私、あそこへもどらなくちゃ…」

「あそこって、どこだ? この先は、あの大穴があいた空間だぞ?」

「そう…私…そこへいく!」

「なんだって?」

「あそこには〈扉〉がある! 私、そこからむこうの世界へ帰りたい!」

「な…なにをいってるんだ?」

 4Cは、AKBエーケービーとまったく同じ反応をしたが、サクラはかまわずつづける。


「あそこには〈扉〉があらわれる! 私は、そこから来たの。4Cが来たときには消えていたから、きっとあなたは見てないと思う。でも、本当のことなの。私は、そこへ行く!」

「………」

 4Cは一瞬、なんともいえない、不思議そうな顔でサクラをみたが、自分の使命を思い出したのか、ハッとわれにかえりサクラの腕をつかんだ。


「いや、それはダメだ! いいか、メイドちゃん。いま、あそこは危険なんだ」

「そんなの、わかってるッ!」

「いや、わかってないよ。いま、あそこは、ゴースターが暴れてる! きみが見たときとは、くらべものにならいほど湧き出してるんだ! いま、見てきたが…あれは…想像を絶する光景だった。あの空間に行ったら、間違いなく死ぬぞ!」

「それでもいいのッ! 私はあそこへいくのッ!」

「ダメだッ! 行かせるわけにはいかない…!」


 4Cは、そういって、サクラの腕をさらにぎゅっと強くつかむ。

 サクラは、その腕の痛みに、「ぜったいに死なせない」という4Cの強い意志を感じた。

 だが、サクラにも、ゆずれない強い意志があるのだ。サクラは、4Cの思いを断ちきって腕をふりほどこうとした。


 と、そのとき――どこか遠くで、‘ガガガガ…’という音と、わずかな振動がサクラの足元につたわってきた。


「これは、なんの音…?」

 あたりを見回すサクラに、4Cが答える。


「防火扉を閉めてる音だよ」

「え…?」

 サクラの心臓がはねあがる。


「23ゲートは、ゴースターが静まるまでするんだ」

「ダメよッ!!!」


 つぎの瞬間――片手に持ってた銃をうち捨て、4Cの腕をふりきり、サクラは走り出していた。



             

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