13|覚醒〈4〉

「だめッ!!! お願い、閉じないでッ!!!!」


 サクラは全力で走った!

 覚醒している身ではあったが、走る速度は通常となにもかわらない。だが、それを残念に思う余裕もない。


 サクラは、ひたすら、全力で走りつづけた!


「メイドちゃん! やめろッ!」

 そのあとを、4Cフォーシーが追いかける。


 その間にも、鋼鉄の扉は、‘ガガガ…’と耳障りな摩擦音をひびかせて降下してゆく。


 そして――

 サクラが、その場所に到着したとき、その扉は、すでに、床からわずか20センチほどのスペースしか開いてはいなかった。


「だめぇぇぇーーーーーーーッ!!!!」


 その、わずかなスペースに手をすべりこませ、必死で指先に力をこめて持ち上げようとするが、鋼鉄の扉はびくともしない。


 そして、無情にも、その扉は、サクラの目のまえで、‘ガシャン…’と鈍い音をたてて閉じたのだった。それは、とりもなおさず、サクラの〈希望〉が断ち切られた瞬間でもあった。

 それでも、サクラは、その扉を叩きつづける。その扉に身をゆだねるようにもたれながら、握りしめた拳をガンガンと叩きつづけた。


「だめよッ、ここを開けてッ! 4Cッ、お願い…ここを開けてよ…!」

「それは、無理だ! この防火扉は、コントロールルームで操作してるんだ。いまの俺には、どうすることもできないさ」

 4Cは、苦悶の表情で首をよこにふり、容赦なく絶望をつきつける。


「それに…」

 4Cは、さらに、つづける。


「それに…きみには言いにくいことだが、あの空間にもどったからって、向こうの世界へは帰れないよ。なぜなら…きみが言ってる〈扉〉なんて、どこにも存在しないからだ」

「ど、どうして!? どうしてそんなことわかるの!?」

「それは…」

 4Cは、一瞬、言いよどむ。


「俺は、ずっと、からさ…」

「見てたって、なにを!?」

「モニターを、さ。きみがあらわれるまえから、ずっと俺はモニタールームで23ゲートを観察してたんだ」

「ずっと…?」

「そう、ずっとだ」

「………」

 エムズは、白いモヤの中からあらわれるのだと、4Cは言った。最初に、モヤが発生して、濃い霧の中に黒いシルエットが浮かび、霧が晴れると人が立っているのだと。


「きみも、そのモヤの中から来たんだ」

「で、でも…私…」

 うろたえるサクラを制して、4Cはつづける。


「きみは、きっと、夢のつづきを見ていただけだ。夢と現実が混ざり合って、じっさいに〈扉〉があったように感じてるだけだ」

「………」

「はじめに、いっただろ? この世界に来たエムズは、この世界で一生を終えるんだって。もとの世界に帰る方法なんて、誰も、なにも、わかっていないって…」

「で、でも…」

 サクラは、それでも、まだ真実を受け止める勇気がない。


こくなことを言ってるよな、俺…。でも、事実だ」


 4Cは、冷たい防火扉の壁に背中をつけ〈絶望〉によりそっているサクラの肩に、そっと手をそえ、彼より背の低いサクラを見下ろし、不治の病を宣告する主治医のように、慈悲と無情が混ざりあったような複雑な表情でサクラをみつめた。


 その視線を受けとめ、見つめかえすサクラの目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれる。


 そして、とつぜん、サクラはその場にくず折れた。


「メ、メイドちゃん…だいじょうぶか?」

 とっさに4Cは、サクラの体をうけとめ、ささえる。


「あ、足が…動かない…」

 見ると、サクラの左足首に小さな穴があき、そこから血が流れていた。


「麻酔弾が当たったんだな…感覚が麻痺しはじめてるだろ?」

「そう…みたい…」

「そのまま、俺にもたれてろ」

 コンクリートの壁に体をあずけ、かたわらで寄り添ってくれている4Cの肩に、頭をもたれさせ、サクラは、ゆっくりと目をとじる。


「私、つかまるんだね…」

「ああ…」

「実験されて、死ぬの…?」

「そんなことは、させない。俺が守るよ」

「それは、仕事として…?」

「ああ。俺には責任がある。きみを、この23ゲートで救出したときから、この先も、ずっときみを見守りつづける義務があるから…」

「そうか…そうだよね…」


 甘い言葉を期待したわけではなかったが、その事務的な言葉をきいて、サクラの目から、また一筋の涙がこぼれた。

 4Cは、4Cであって、トモヒロではないのだと…そのとき、サクラは完全に悟ったのだ。


(ここまでだ…)


(私が、勇敢に戦えたのは…ここまで…)


(もう、戦えない…)


(ねえ、トモヒロ…)


(死にたいって…こういう気持ちなのかな…?)


 いま、目の前で、バスターズに銃口を向けられても、サクラはなにも怖くないと思った。むしろ、終わりにしてしまってもいいとさえ思ったのだ。


 うすれゆく意識の中で、サクラは、トモヒロの声をきく。


『 おまえは、がんばった… 』


『 結果がどうであれ、ベストを尽くした… 』


『 なにより、それが大事なことだ… 』


『 そして、… 』


『 いつか、俺に会う日のために、生きのびるんだ… 』


(いつか…トモヒロに会う日のために…?)


『 そうだ。俺は、ぜったいしないから… 』


 だから希望は捨てるなと、トモヒロは言った。


 サクラは、そのとき、3度目のフラッシュバックでよみがえった、最後の〈記憶〉を思い出していた。



          ***



 赤く点滅するライト。

 飛び散ったガラスの破片。

 アスファルトに広がる大量の血…。


 その記憶の欠片かけらが物語っていた、ひとつの真実――それは…。


『 トモヒロッ、死んじゃやだぁぁーーーッ!!! 』


 そのシーンは、血まみれのまま担架にのせられ、救急車に運ばれるトモヒロの映像からはじまるのだ。


 サクラは、救急隊員のうしろで泣き叫んでいた。

 ズキズキと痛む足をひきずりながら、救急車に乗りこもうとするのだが、思うように動けない。


『 動かないで! あなたも怪我人なんですから… 』

 白衣を着た男性が、サクラに呼びかける。


 赤く点滅するライト。飛び散ったガラスの破片。アスファルトに広がる大量の血。視界のはしに、バンパーがへこんだトラックと、破損したバイクが転がっている。


 トモヒロとタンデム走行していたサクラは、横から飛び出してきたトラックに跳ねとばされ、あっという間に、地面に放りだされた。

 気づくと、トモヒロは担架に乗せられ、救急車に運ばれるところだった。自分も、一緒に乗るのだと叫び、それを救急隊員が止めた。


 サクラの記憶はそこで終わっていた。おそらく、そこで意識を失ったせいなのだろう。


 そして、ふと気づく。


 自分が、この世界にあらわれる直前に見ていた夢の中で、自分は足をひきずっていたことを。ゴースターと戦う以前から、サクラの足は傷ついていたのだ。


 サクラは、バイク事故でこの世界に飛ばされ、そして、トモヒロと運命をかつことになったのだ。


「どんなときも〈希望〉を捨てるな」と、トモヒロはいうだろう。

「ベストを尽くせ」

「当たって砕けろ」

「おまえはできる」


 だが――

 いまのサクラに、その言葉は届かない。


 サクラの意識は、いま…ゴースターがうごめく漆黒の闇の底へと、深く堕ちてゆくだけだった。




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