43|ふたりの共通点

「あ、あんた、研究施設の人間だったの!?」

 サクラは、一瞬で目が覚め、その場で跳ねるように起きあがった。


「ああ、そうさ」

「…っていうか、バスターズだった!?」

「そういうことだ」

 アレクは、まんざらでもなさそうに、にやつきながら〈肉片〉を嚙みしだき、


「ま、1年後には解雇されたけどな…」

 浮かない表情で、それを‘ごくり’と飲みこんだ。


 これまでの経験上、アレクの言葉など、そう簡単に信じられるわけはなかったが、この状況――現にバスターズの青年が計画に加わり、軍用車で駐屯基地に向かっていること自体に説得力があり、信じないわけにはいかなかった。


 サクラが起きあがったタイミングで、「まぁ、水でも飲め」と、アレクはペットボトルの水と、ついでにカロリーバーをサクラの目のまえに差し出した。


 彼のほどこしなど受けたくもなかったが、のどの渇きと空腹には耐えられそうもなかったサクラは、思いっきり顔をしかめつつ、アレクの顔をにらみつけながら、ひったくるようにしてそれを受けとる。

 それが、いま、サクラにできる、ゆいいつの抵抗だったからだ。


 アレクは、そんなサクラの無言の抵抗を、気にするどころか、むしろ楽しんでいるかのように目元をほころばせながら、自慢話をつづけた。


「知ってるか? バスターズってのは、世間的にも注目される軍隊なんだ。特に、L=6エル・シックス直属の精鋭部隊はカーストの頂点で、そこに配属された人間はエリートコースに乗ったも同然――給料もボーナスも3倍以上。将来を約束されたようなものなのさ。そこに、一瞬でも席を置いたことがあるってだけで、俺は尊敬されるべき人間だってこと」

「………」


 サクラは黙ってカロリーバーを方張りながら、心の中でを入れる。


(誰が、あんたなんか尊敬するのよ…)


(大ぼら吹きの、ペテン師のくせに…)


「で…俺も、その頂点に立てるはずだったんだが――まぁ、あることでヘマをしちまって…けっきょく、そのいただきには立てなかった」


(で、しょうね…)


「だから…次こそは、絶対、頂点に立つ! これは、俺のリベンジだ」

 アレクの瞳の奥に、野望の炎が‘ゆらり’とゆらめく。


(なるほど…)


(そういうことだったのね…)


 サクラは、アレクの取引がバスターズへの再就職だと知り、なんて身勝手な男なのかと今さらながらに思い、冷めた目でアレクを見くだしつつ、なぜか、ふと笑いがこみあげてきた。


(ふ…)


 気づくと、サクラは片頬をあげて、黒い笑みを浮かべていた。


「おい…おまえ、いま、笑ったか?」

 アレクは、目ざとくサクラの表情に気づき、眉間にしわを寄せる。


「笑ってない」

「いや、笑っただろ? いま、口の端っこを曲げて、馬鹿にしたみてぇに…」

「そうね、笑った」

 サクラはあっさりと認め、


「だって、あんたの計画…上手くいくとは思えないから」

「なんだと?」

「たしかに、取引は成功するかもね。L=6の研究には私が必要だから、彼女の一声で、あんたをバスターズに戻すぐらい簡単にできると思うけど…でもさ、あんた、一度解雇された身なんでしょ?」


「だから、なんだ?」

「どんなヘマをして解雇されたのか知らないけど、一度、あやまちを犯した人間は、どうせまた同じ過ちをくりかえすものよ。だいたい、あんたみたいな身勝手な人間が、組織の中で働けると思ってるわけ? 組織をなめるんじゃないわよ」


「ヘぇ、知った口をきくじゃねぇか。おまえは、バスターズかよ!」

「バスターズじゃなくたって、集団の中で働くことの厳しさは知ってるつもりよ!」


 アレクはベンチシートの上から、サクラは床にあぐらをかいて座りながら、至近距離でお互いの顔をにらみつけ合い火花ひばなをちらした。


 ふたりは、似ても似つかない人生を歩んできたし、価値観も、趣味も、なにもかもが違っていたが、ひとつだけ共通点があった。


 それは、負けず嫌いなところだ。


 かくして――当然の流れとして、サクラVSバーサスアレクの戦いは、ふたたび幕をあけることとなるのだが、今回の戦いは、圧倒的にサクラが有利だった。


「私、18歳から22歳まで4年間、ホテルで働いてた…っていうか、いまも、現役のホテルウーマンよ。軍隊もホテルも一緒――大きな組織の中で働くためには、まわりの人間とのコミュニケーションがすごく大事。お互いに相手を気づかったり、敬意をはらったりしながら人間関係を築いてゆくの…」


 ふと、サクラの脳裏にトモヒロの姿が浮かぶ。


 彼は、まわりの人間とつねにコミュニケーションをとって良好な人間関係を築き、フロア・リーダーとして仲間たちをまとめていた。気づくと、いつも彼のまわりには人が集まり、仲間たちの笑顔があった。


 トモヒロは、いつも言っていた。


『 いいか、俺たちはチームだ。チームってのは、ひとつの生命体みたいなもんだ。誰かひとりが欠けても体の機能は衰える。全員が気持ちを共有し、全員で同じ目標にむかって動く――それができたら、俺たちは最強のチームになる! 』


「組織って、そういうものでしょ? あんたは甘いのよ。なにもかもが、ね!」

 サクラは、いままで蓄積された、彼に対するうらみつらみを、ここで、すべてぶつけるように言葉をくりだす。


 いままでのディベート合戦では、すべてアレクの勝利に終わっていて悔しい思いをしたサクラだったが、今回のテーマ(?)では圧倒的にサクラにがある。


 4年間、組織の中でトラブルも起こさず働いてきたサクラに対して、アレクという男はどこにも馴染めず、あちこちさ迷ってきた風来坊だ。サクラの正論を曲げるだけの屁理屈も思いつかず、彼は、反論できないもどかしさを〈貧乏ゆすり〉でごまかすしかすべがなかった。


 ただ、イライラと足を小刻みにふるわせる。

 そして――万策尽きた男は、けっきょく、チープな暴言を吐くに至るのだ。


「黙れ、このくそ女ッ!」

「は? なにそれ? そんなことしか言えないの? ばっかじゃないの!」

「うるせぇ! 俺が解雇された理由も知らねぇくせに、勝手なことばかり言いやがって…」

「あんたが解雇された理由? そんなの、聞かなくたって見当がつくわよ。どうせ気に入らない上司かなんかに、暴力ふるって怒らせたんでしょ?」

「そ、それは…」


 ズボシをさされ、アレクはうろたえ、サクラは勝ちほこるようにあごをあげ黒く笑う。


「あ…やっぱりそうなんだ」

「だ、だとしても…それには、理由がある!」

「でしょうね! あんたなりの身勝手な理由が、ね!」

「くそ…」


 ついに、アレクはぐうの音も出ず、黙り込んだ。


「どうせ、また同じことをして辞めるわよ。1週間でね! 賭けてもいいわ…」

「俺は、辞めねぇ!」


「いいえ、辞める」

「いいや、辞めねぇ!」


「辞めるって言ってるでしょ!」

「辞めねぇって言ってんだろ!」


「あんた、ばか?」

「ばかっていったほうが、ばかなんだ、ばーか!」


 こうなると、会話というより、子供のケンカだ。


 お互い、不毛なやりとりにすり替わったことにすら気づかず、低次元のワードをくりかえしていた、そのとき――かたわらで眠りつづけていたスズエ婦人が目を覚まし、なぜか‘くすくす’と肩をふるわせて笑いはじめた。


「……!」

「……!」


 サクラとアレクは、同時に目をみひらき、顔を見合わせ、


「スズエさん…!?」

「スーザン…!?」


 同時に声を発し、スズエ婦人の方へ視線をむけた。




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