42|アレクの過去

 一方――

 スフィア教団の脅威からのがれたサクラたちは、アレクの当初の計画どおり〈フィーン駐屯基地〉へ向けて軍用車を走らせていた。


 その数時間後には、AKBたちが乗るバンが軍用車と同じルートをたどって走ることになるのだが、双方にとっては、あずかり知らぬことで、いまのところ、どこにもその接点はなかった。


 サクラにとっても、アレクにとっても、スフィア教団は「二度とかかわりたくない集団」ということ以外のなにものでもなかったし、彼らのアジトも、そこに捕まっている(らしい)エムズのことも、もし、それを知ったところでなにも関係のないことだ。


 いま、サクラの心は、自分の中で起きている〈変化〉…得体の知れない怪物モンスターになるかもしれない不安と恐怖――それから、まんまとアレクの企みにハマってしまったことへの後悔と怒りでゆれていた。


 その、ゆれる心を抱く中で、サクラは短い悪夢をみる。誰かに追いかけられながら、深い森の中を走っている夢だ。

 とつぜん、目の前の茂みが‘がさり’とゆれ、そこで待ち伏せていた〈男〉は、片手に銃を持っていた。その男は〈トモヒロ〉だった。


「や、やめて…」


 彼は、迷わずサクラに銃口をむけると、ひとこと「化け物が…」、そういって迷わず引き金をひいた。


( 殺されるッ…!!! )


 そう思った瞬間—―サクラは悪夢から目覚めた。


 ときに――夢は、見る者の心の中を暴きだす。

 その悪夢は、サクラの深層心理をみごとに体現している夢だった。


 トモヒロは、果たして、怪物になった自分を愛してくれるのだろうか?

 それとも、自分だと気づかず、殺すのだろうか?

 それとも、自分だと知りつつ、殺すのか…。


 夢から覚めた瞬間、サクラはぼんやりとそんなことを考え、心が悲しみでふるえた。



          ***



「ようやくお目覚めか? 眠り姫…」

「………」


 アレクは、かったるそうに革張りのベンチに座り、ビーフジャーキーらしき肉片を、これまた、かったるそうに‘くちゃくちゃ’と咀嚼そしゃくしながら目線をおとし、床に寝そべるサクラに話しかけてきた。


「あれから30分、おまえはへらへらと不気味に笑い続け…さらに8時間、おまえはずっと眠ってた。ま…おまえが、ヤク中の常習者でなけりゃ、たぶん薬は体から抜けてるはずだから安心しろ」


 よほど、ひとりで退屈だったのか――アレクは、会話に飢えていた子供のように、サクラ相手にしゃべりはじめる。


「あの、くそサイコ野郎が使った薬は、おそらく〈レッド・スパイダー・リリィ〉だ。そいつは、即効性はあるが中毒性は低いからな。ま、なんにしても、よかったぜ…おまえが無事で。

 なにしろ、おまえは大事な商品だからな。L=6に引き渡すまえに薬づけのジャンキーになっちまったら、取引としてはが悪いだろ?」

「………」

「おい、聞いてんのか? だんまり姫…」

「………」


(ここは…軍用車の中だ…)


(もう、夜なのかな…)


 サクラは、床に仰向けで寝そべりながら、アレクの言葉などには耳を貸さず、眠りにつくまでのことを思いかえす。


 とつぜん、白装束の男が車に乗り込んできて襲われたこと。

 そのあと、アレクがあらわれ、男を撃退してくれたこと。


 それから、アレクがスズエさんを軍用車に乗せ…それから、駐車場に倒れていたバスターズの青年が起きあがり(そうだ、彼は無事だった…)彼はあわてて運転席へ――そしてそのまま、この軍用車は〈シーサイド・パレスホテル〉をあとにして走り出した。


(けっきょく、この男の計画どおり…)


(フィーン駐屯基地、というところに向かってるんだ…)


(ツトムは、もう、そこにいるのかも…)


(早く、ツトムに会わなくちゃ…)


「おい…黙ってないで、俺がどうしてそんなに〈薬〉について詳しいのか聞けよ? 気になるだろ?」

「べつに…」


 サクラは憎しみをこめて、アレクに鋭い視線をむける。少し口を動かすだけで、男に殴られて切れた口の中がピリピリと痛み、血の味がひろがった。


 アレクは、サクラの憎しみの視線に気づいているのか、いないのか…そんなことにはおかまいなしで、しゃべりつづけた。


「俺はガキの頃…〈キング〉っていうヤクの売人をしてる男に世話になってたんだ」

「………」

 アレクはいつにもなく上機嫌で、自分の少年時代にどれだけの悪さをして、どれだけその男にかわいがられたか、過去の自慢話を語りはじめた。


 自分の計画が順調に進んでいるとき、アレクは饒舌になる。サクラは、それを知っている。

 糸杉の森からホテルまでの道中も、彼は上機嫌で口笛をふいていた。あのときも、計画が順調に進んでいたサインだったのに、自分はそれを見のがした。サクラは、それが悔しくてたまらなかった。


「そもそも俺は孤児なんだ。嵐の晩、まるで雷神が産み落とした申し子みてぇに、孤児院の裏の森に捨てられてた赤ん坊…それが俺さ。俺は、生い立ちからしてカッコイイんだ。おまえもそう思うだろ?」

「………」

「ま、だから、俺には名前がなかった。だから、かっこいい名前を…〈アレキサンダー・スーパートランプ〉っていう名前を自分でつけたのさ…おっと、この話は初対面のときに話したっけな。あの、糸杉の森でさ…」

「………」


「で…ある夜、俺はひとりで生きようと決めて、クソみてぇな孤児院を抜け出した。あれは、たしか10歳のときだったな。で…しょぼくれた町の片隅でキングに出会い、5年間世話になって…それから、そこも離れた…」

「………」

「キングは俺にいったんだ。『おまえは、こんなゴミ溜めで死んでゆく人間じゃない。もっと、やるべきことがある』ってな。それで俺はジャンキーにならずにすんだってわけだ。ま…だから、キングには感謝してるのさ。今頃、どうしてるかねぇ…おやっさん…」

 そういって、アレクは、丸窓の外に目をむけ、海岸線のむこうに広がる暗い海へ視線をなげる。


 もちろん、サクラは、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのかもわからない虚言癖きょげんへきのある男の自慢話など、はなから真剣に聞くつもりもなく、適当に聞きながしていたのだが…。


「じつはな…キングはもと軍人で、L=6とも知り合いなんだ。で、二十歳になった俺は、立派に成長した姿を見せにキングの〈城〉を訪ねたんだが、キングは俺の姿にえらく感動してさ。『おまえは、バスターズになる素質がある!』ってことになって…」

「え?」

 ここで、サクラは、一気に目が覚めることとなる。


「…で、俺は、その1週間後《ノアズ・アーク社》の社員として研究施設に配属され、そのさらに1年後、バスターズになったってわけさ…」


 アレクは、自慢げに‘にやり’と笑い、つぎの瞬間—―サクラの大声がうす暗い車内にひびき渡った。


「あ、あんた、研究施設の人間だったのぉー!?」




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