30|エムズの失踪
アレクがケビンと合流した頃――ラフルア・ローレンは、ポートヘルムの港町にいた。言わずと知れた〈エムズ失踪事件〉の調査である。
「母親の名前は〈
AKBからの情報は、それだけだった。
「この家族は、バリバリの〈エムズ・ファミリー〉…ですね?」
「こっちの世界で知り合って、結ばれた夫婦よ。でも、そんなのめずらしくもないわ。その2世もね。ラフルア・ローレン、あんただって同郷の女がいたら、とりあえず
「た、たしかに…」
「…と、いうか、そんなことは、どうでもいいわ! あんたが調べるのは夫の失踪事件よ! わかってるわね!」
「は、はいッ。すみません…」
「とっとと、行きなさい! あとで様子を見にいくけど、それまでに要点を聞き出せていなかったら、あんたの、その、くるくるヘアを、バリカンで丸坊主にするから覚悟しておきなさい!」
「ひぃぃーーー…」
と、いうわけで――彼はいま、ポートヘルムの〈みやげもの屋〉が立ちならぶ商店街へとやってきた。
その親子は、その商店街でお菓子屋を営んでいた。
こじんまりとした小さな店だったが、スフィア祭りを3日後にひかえた今、お菓子屋はかき入れ時だ。スフィア(球体)を模した、雪玉みたいな〈まんまるクッキー〉を買い求める客があとをたたない。
「ごめんなさい…見てのとおり、今、とっても忙しいのよ!」
田中里佳子は、〈まんまるクッキー〉を袋詰めしながら、ラフルア・ローレンと店先で会話をしていた。
「だったら、自分も手伝います! なので、話を聞かせてください」
「しょうがないわね…いま、娘を呼ぶわ。彩乃ぉー、お店を手伝ってちょーだい。忙しいの、わかってるでしょー!?」
彼女の娘、彩乃は、かったるそうにのろのろと奥の部屋から顔を出すと、母親にひとことも口をきかないまま、まったくやる気がなさそうに店先に立った。娘は反抗期・真っ只中、なのだ。
「でもね。話すことなんて、なにもないわ…」
田中里佳子は、作業台のまえに立ったまま、クッキーの袋詰めをつづけながら、ラフルアに椅子に座るよううながし、夫がいなくなったときの話をはじめる。
「本当に…ただ、
「そうですか…」
「すぐに警察と自治体が動いてくれたけど、私たちは…その…なんていうか…エムズでしょ?」
彼女は、少し口ごもりながら、
「彼らも、本気で捜査するつもりなんてないのよ。形だけ…1週間、探して『見つかりませんでした』で終わりよ」
「そんな…」
「そのあと、スフィア教団の人たちが、ボランティアで山に入ったり、危険な場所も命がけで探してくれたけど、見つからなかったの。でも、彼らには感謝してる。警察とは大違い。彼らの献身には、本当に頭が下がる思いだったわ」
「スフィア教団、ね…」
〈スフィア教団〉は〈スフィア教〉から発生した新興宗教だ。
ラフルア・ローレンも、もちろん、彼らの働きは知っている。
地域のひとたちのために
バスターズも、地域貢献と称して畑の草むしりなどをしているが、地域住民からは、たいした評価はもらっていない。
(宗教団体に属している人間は、そもそも根本的に精神構造が違うのかな…?)
(犠牲的精神なんて、バスターズにあるのかな…?)
ラフルア・ローレンは、そんなことを考え、ちょっぴり反省ムードに浸った、そのとき――裏口のドアを叩く者がいた。
「ごめん、彩乃ぉーー! 出てちょーだーい!」
「なんで、私なのよぉ!」
娘は、母親とラフルアを横目でにらみつけながら、しぶしぶ裏口のドアをあけ、「はぁい、なんですかぁ?」と、かったるそうに路地裏へと姿を消す。
その間、ラフルアは母親との会話に没頭していたため、娘の存在を忘れていた。母親もしかり、だ。数分後――なかなか戻らない娘に、母親が気づく。
「もう、あの子ったら…路地裏でサボってるんだわ!」
そういいながら、母親も路地裏へと姿を消した。
「あ…じゃ、じゃあ、自分は、とりあえず〈お店〉を…!」
ラフルアは、あわてて店先に立つと、満面の笑みを作って宣伝をはじめる。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませー♪ まんまるクッキーいかがですかー♪」
と、そのとき――
「あんた、何やってんのッ!?」
客の列を割って、AKBが鬼の形相で姿をあらわした。
「うわぁ、AKB! す、すみませんッ」
「あやまって済むと思うなと、言ったはずだ!」
「す、すみませんッ」
「おまえはいつから〈売り子〉になった!? 聞き込みは、どーした!?」
「で、ですから…いま…」
ラフルアは、ふたりがいるはずの裏口を指差し、そこで、ふと気づく。
裏口の向こうからは、誰の話し声も聞こえてはこなかったのだ。
「あれ? ふたりは、どうしたんだ…?」
ラフルアは、あわてて裏口のドアを開ける…と、案の定そこには誰もいなかった。
そこは、幅2メートルにも満たない狭い路地になっており、ゴミ箱・空き箱・自転車などが雑然と置かれている。そこに、人の気配など、どこにもなかった。
「え? な、なんで…?」
路地裏は、シン…と静まりかえり、争った形跡もない。
文字通り、忽然と消えていたのだ。
「そ、そんな…」
反抗期の娘はともかくも、母親が、多忙極める店をほったらかして、どこかへ行ってしまうなどありえなかった。
「消えました…」
「なんだと!?」
「AKB…信じてください! 自分は…数秒まえまで、母親と会話をしてました。こんなことは、ありえないです…」
「ありえないことなど、この世にはない!」
「ですが…」
「待て…」
AKBは、ラフルアの言葉を手で制し、
「この香りは、なんだ…?」
AKBは憮然と口を結んだまま、眉間に深いシワをきざむ。
「香り? あ! たしかに、なんか匂います、ね…」
わずかに、ラフルアの鼻腔を刺激したその香りは、
謎の香りを残し、忽然と消えた親子は、いったいどこへ――?
「いったい…エムズに、なにが起きてるんだ…?」
ラフルア・ローレンの心が‘ざわざわ’とゆれた。
そのとき――路地裏に一陣の風が吹く。
ラフルアの心に沸いた不安を増長するかのように、その風は彼のくるくるヘアをかき乱し、通り過ぎていった。
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