19|マナーズ博士の友人〈1〉

 AKBエーケービーがフィーン駐屯基地にあらわれた頃――サクラは、ポートヘルムの3つ星ホテルの一室で、パンケーキの夢を見ていた。


 サクラは、トモヒロが焼くパンケーキが大好物なのだ。


 きつね色に焼かれたまんまるのパンケーキを3枚重ね、そこへハチミツをかけ、さらにホイップクリームを乗せ、そのまた上にチョコレートシロップをかけて、口をめいっぱいあけて頬張るのだ。


 だが――その夢の中では、なぜかトモヒロが、さらにその上に真紅の薔薇バラの花びらを撒き散らしはじめる。


「ちょ、ちょっと、ちょっと…本物のバラをかけたら食べにくいでしょ!」


 彼は、文句を言うサクラにかまわず、パンケーキの上、テーブルの上、はたまた部屋中を、あっという間に薔薇で埋め尽くし、「バラだ、バラだ、バラ祭りだー」といってサクラの手をとり躍りだす。


「ト・トモヒロ…?」


 そこで、サクラは気づく。これは、夢なのだと…。


(あ、そうか…)


(私、フロントで倒れて…)


 目覚めると――サクラはベッドの中にいた。


 ほのかに、薔薇の香りが漂っている。


(あ…だから〈バラ祭り〉だったんだ…)


 そう思ったとき、お腹の虫が‘ぐぅ…’と鳴いた。


 そこへ――


「まぁ…気がついたのね!」

 かたわらで読書をしていた老婦人が、あわててベッドに駆けより、サクラの顔をのぞきこんだ。


「サクラちゃん、あなた、12時間も寝てたのよ…」

 彼女の顔には、見覚えがあった。


「あなたは、たしか…小川おがわ…ス・ズエさん…?」

「そうよ…」

 銀色のショートヘアの美しい老婦人は、そういって、サクラににっこりとほほえみかけた。


 ここは109号室のスイートルーム。彼女の部屋だった。

 サクラが寝ているのは、スイートルームの中にある〈ゲストルーム〉のベッドだ。


「サクラちゃん、あなた、よく無事で…こんなに、あちこち傷だらけで、ほんとうに大変だったでしょうに…」

 老婦人は、サクラの手をとり、目に涙をにじませる。


 陽だまりのようにほほえむ彼女からは薔薇の香りがし、そのしぐさ、その表情には、セレブ特有の気品がただよっていた。


 彼女は「話はすべてツトム君から聞いたわ」といい、マナーズ博士の言葉どおり、お金で解決できることはなんでもすると約束してくれた。


「もう、大丈夫よ…」

 スズエ婦人は、わが子をいつくしむように、サクラの頭をなで、ほほをやさしく包み、それからサクラの顔にかかるをそっと耳にかけなおしてくれた。


「スズエ…さん…」

 母親というより、祖母に近い年齢ではあったが、おばあちゃん子だったサクラは自分の祖母を思い出し、そのあたたかさにほっとしたせいか、サクラの目からも、熱いものがこぼれおちた。


 スズエ婦人はさらにつづける。


「マナーズ博士が研究施設でなくなったことは、とても悲しいし、悔しいし、残念なことだけれど…博士は、私たちを引き合わせてくれた…」

「………」

「その〈ご縁〉を大切にしましょう」

「ご縁…」

「そうよ。人と人は、みんな〈縁〉でつながってるの。その出会いには、かならず意味があるものよ」

「………」


 そのとき、サクラの脳裏に浮かんだのは4Cフォーシーの顔だった。


(彼との出会いには、意味があった…)


(彼に出会ってなければ、いま、私はここにいない…)


(4Cがつないでくれた〈縁〉ね…)


「そうね、私もそう思う…」

 サクラは、目の前にいる聡明な老婦人にほほえみかける。


「よろしくね、サクラちゃん」

「こちらこそ…」


 ここで、ふたりの〈縁〉は結ばれた。

 敵か、味方か――そんな疑念をはさむ余地もなく、サクラは彼女の涙、やさしさ、ぬくもりを信じた。


「サクラ!」

 そこへ、ツトムがあらわれる。


 彼はずっとリビングで、マナーズ博士が残していった〈宇宙のゆらぎ〉に関する資料を読んでいたのだ。博士はこの109号室を「秘密の資料室」にしていたのだと、ツトムはサクラに説明する。


「すごいよッ。いままで博士が世界中歩きまわって集めてきた情報や、詳細なデータが全部ここにあるんだ!」


 ツトムは、サクラが無事なことをたしかめると、博士が残した資料がいかに貴重なものか、サクラが理解しようとしまいとにかかわらず、興奮ぎみでしゃべりつづけ、サクラは、困り顔をつくりながらも「うんうん」とうなずいて調子を合わせる。


 スズエ婦人はそのかたわらで、ふたりのやりとりを嬉しそうにほほえみながら見守っていた。


 こうして――マナーズ博士の友人《小川寿々江おがわ すずえ》は、サクラたちの、よき理解者、よき協力者となったのだった。




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