18|青年たちの野望

 北の大陸ノースランドの内陸部に位置する〈フィーン〉という地域に、バスターズの駐屯基地がある。


 そこに配属されているバスターズたちは、L=6エル・シックスのお膝元ひざもとである研究施設の精鋭エリート部隊とちがい、いつも暇をもてあましていた。


 3日まえ、研究施設から2名のエムズ・アルファが脱走し、北の大陸に潜伏している可能性があるとの連絡を受けてはいたが、いつまでたってもL=6からの捜索命令はくだらず、その日もまた、延々とつづく日課――いつ実践するかもわからない軍事訓練と、「地域住民への貢献」と称する〈草むしり〉の手伝いをして1日が終わった。


 そして、1日の終わりに、粗末な雑魚ざこ部屋の、粗末なベッドのうえで、彼らはいつも思うのだ。


「俺は、一生このまま、ここで訓練と草むしりをして終わるのか…」と。

「俺は、こんなところで終わるうつわなのか…」と。

「俺だって、チャンスさえあれば…」


 青年は〈野望〉を抱く生き物だ。

 心に秘めた可能性ポテンシャルをもてあまし、心の奥に仕舞いこんだ爆弾を起爆させるチャンスをうかがっている。


 そして、ここ――世界の片隅にある軍事施設の青年たちも、例外ではなかった。



          ***



 その日の深夜1時ごろ――〈フィーン駐屯基地〉の無線が謎の電波を受信した。


 そのとき通信担当だった青年〈ケビン・ジョンソン〉は、それが自分の運命を変える出来事だとも知らず、無線マイクを手にとった。


「こちらフィーン駐屯基地だ…ん? まてよ? この電波は研究施設からじゃないな?」


 スピーカーの向こうで、聞き覚えのない男の声が答える。


『俺は、研究施設の人間じゃねぇ…』


「じゃあ、誰だ? どこから発信してる?」

『そんなこと、簡単にしゃべると思うか?』


「な、なに!?」

『それより、よく聞け。俺は、研究施設から脱走したエムズ・アルファの居どころを知ってる』


「なんだと!? なぜ、その情報を知ってる!?」

『それは、この周波数帯をつねに電波傍受してるからさ』


「お、おまえ…ふざけたことを…!」

『まあ、そうカッカしないで冷静に俺の話をきけ。俺はL=6と取引したいだけだ』


「取引だと?」

『そうだ。エムズ・アルファをそっちに差し出すかわりに、俺を研究施設で雇え、とな…』


「は? おまえは馬鹿か? L=6が、そんなウソかホントかもわからない情報に耳を貸すと思うのか?」

『まぁ、たしかに、そうだな…。だったら、俺とおまえでエムズ・アルファをつかまえて、L=6に差し出すってのはどうだ?』


「お、俺に手を貸せっていうのか?」

『ああ、そうさ…』


「そ、そんな無謀なこと…!」

『無謀? 俺にはチャンスに思えるけどな…』


「チャンスだと?」

『そうさ、考えても見ろ。エムズ・アルファをつかまえれば、必ずおまえはL=6に認められる。研究施設のエリート部隊に入りたくはないか? それとも一生フィーンで〈草むしり〉して終わるのか?』


「そ、そりゃ…エリート部隊にはあこがれるが…」

『そうだろ? 俺は知ってるぜ。エムズ・アルファが北の地にいるとわかっていて、L=6はフィーンの連中になんの指示も出さなかったよな? それは、いってみりゃ、おまえらがポンコツだと思われてる証拠さ。おまえらは信用されてないんだ』


「………」

『くやしいと思わないのか? 見返してやりたいと思うだろ?』


「そ、それは…」

『だったら、ここで〈男〉になれ!』


「………」

『L=6を見返してやるんだ…』


「………」

『1日、時間をやる。じっくり考えろ。このまま一生、無名のバスターズで終わるか、伝説のヒーローになるか…』


「ああ、わかったよ。1日、考えさせてくれ…」

『よし…』


「ところで…おまえは、誰なんだ?」

『俺の名前は、アレキサンダー・スーパー・トランプ。研究施設のトイレで、幹部の男をモップでぶんなぐって解雇された男だ』


「おまえ、研究施設の人間だったのか!?」

『ああ、そうさ。また明日、連絡する』


 謎の通信はそこで途切れた。


 無線を切ったとき、すでに彼の心は決まっていた。


(たしかに…)


(これは、チャンスだ…)


(俺は、ヒーローになるぞ…)



          ***



 翌朝――

 ケビン・ジョンソンは、食堂で仲間をつのった。

 いつも同じテーブルを囲む3人に声をかけ、そのうちのふたりはケビンの誘いに乗った。


 だが――


「エムズ・アルファをつかまえるって…?」


 そばかす顔とくるくるヘアがトレードマークの青年、ラフルア・ローレンだけは、ケビンの誘いをつっぱねた。


「そんな話、ただのイタズラだと思わないのか?」

「それは思ったさ。いまも50パーセントの確率で思ってる。けど、もし、本当だったら、これはチャンスだ。騙されたってかまうもんか。失うものがあるわけじゃないんだ。俺は、このチャンスにかける! だから、おまえも…」


「いや、俺はやめとくよ。出世には興味がないんだ。それに、昨日、俺は、新しい任務を命じられたからな…」

「任務って…例の〈エムズ失踪事件〉のことか?」


「そう。ここ何年か、ノースランドに暮すエムズの行方不明者が急激に増えてる。その真相を調査するんだ。ひとりひとり足取りを追って、どこで事件に巻き込まれたか…あるいは事故か、はたまた自殺か、徹底的に調べる」


「うへぇ…モチベーション、な任務だな…」

「そんなことはないさ。むしろあがるだろ? そもそも〈エムズ・バスターズ〉はエムズのための軍隊だ。エムズの脅威となるものを排除し、エムズを守り…ってか、やべッ、もうこんな時間だ!」

 ラフルアは、あわてて目玉焼きをほおばり、それをコーヒーで流しこむ。


「じつは、朝イチで調査チームのリーダーがヘリで到着する予定なんだ! 出迎えに遅れたらに殺される!」

 早口でまくしたて、ジャケットを羽織ると、ラフルアは席を立って小走りに食堂をあとにする。その背中へケビンが叫ぶ。


「彼女って、誰だよ!」


 ラフルアも叫んで質問をかえし、そのまま姿を消した。


AKBエーケービーだ!」


 テーブルに残った3人は、そのベテラン審査官の名前にビビり、調査に任命されたのが自分でなくてよかったと、それぞれに思うのだった。


「AKBだって…? マジか…」

「あいつの未来は終わったな…」

「未来どころか、今日1日、命がもてばラッキーだ…」



          ***



 数分後――

 研究施設からやってきた1機の軍用ヘリが、フィーン駐屯基地のヘリポートへ舞いおりた。


 ラフルア・ローレンは、ヘリが地面に着くか着かないかという頃に姿をあらわし、すでに隊列していた調査チームのメンバー4名の中にまぎれた。


 スライド式のドアが開き、中からあらわれたのは、エムズ管理科の主任であるAKBだった。


 ひたいに絆創膏を貼り(それはサクラが覚醒したときにつけてしまった傷だ)いまにもはち切れそうなパンツスーツに身を包み、堂々たる姿態をのっそりと動かし、ヘリポートに降り立ったAKBは、開口一番、こういった。


「ラフルア・ローレン! 36秒の遅刻!」

 AKBは、すでに自身の調査チームの顔と名前を把握している。


「す、すみません!」

「あやまれば、なんでも許されると思うな!」

「す、すみません!」


 彼女は、隊列している5名の顔を、ひとりひとりしてゆき、凄みのある声で静かにつぶやく。


「まったく…研究施設の連中もたるんでるが、ここの連中は輪をかけて弛んでるわね。鍛えがいがあるわ。今日からビシビシいくから、覚悟しておきなさい!」


 棒のように直立不動のまま、ラフルア・ローレンと他4名のバスターズは、畏敬の念をこめて敬礼した。



『 イエッサーッ!!! 』




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