10|新たな仲間

 3日後――

 4Cフォーシーは、日差しがふりそそぐ病室の窓から、空をながめていた。


 研究施設ヘブンズ・ゲート・ビルの広大な敷地内に併設へいせつされた医療センターの窓からは、時折、軍用ヘリがヘリポートから飛び立ってゆく姿がみられる。


 なにかの任務で遠い地へおもむくためか、あるいは駐屯基地へ軍用ヘリ自体を運ぶためか、それはわからない。


 だが――木々のあいだから、ミサイルを抱えた戦闘用のヘリが空へと舞いあがり、かなたへ飛び去ってゆく姿を見るたびに、4Cは願わずにはいられなかった。あのヘリに乗り込んでいるバスターズが、サクラたちの捜索隊ではないことを。


 数時間まえ――〈ノースランド〉の岸壁付近で、1艘の大破した軍用ボートが見つかったと、見舞いにきた同僚の男が報告をくれた。


『 間違いない…やつらは北の大陸へ上陸してる。姿は確認できなかったらしいが、つかまるのは時間の問題さ 』


 その情報で、いま、サクラたちは北の大陸〈ノースランド〉にいるという状況は把握できたわけだが――具体的に、どこにいて、どんな状態で過ごしているのか…怪我はしてないか、病気になっていないか、食べ物はあるか、サクラの身に起きるであろう様々なことを想像すると、いてもたってもいられなかった。


「俺は、本当にバカだな…」


 無謀なことをしでかしたおかげで、サクラを守るどころか、トイレにいくことすら困難な状況に立たされてしまったのだ。


 自分のふがいなさを突きつけられ、もどかしさが募り、イライラも募る。


 すると、とつぜん4Cは、ベッドのうえに起き上がり、かたわらに置いてあった正方形のメモ用紙で〈折鶴〉を折りはじめる。サクラへの罪悪感か、ストレスか、はたまた怒りの感情転移か――折りはじめたら止まらなくなった。


 ひたすら鬼のように折る、折る、折る!


「あらまー。これって…折鶴ね?」


 病室に入るなり、ベッドのうえに散乱している〈紙の鳥〉をみて、女性医師ドクターは目を丸くしてうれしそうに驚いた。4Cの傷を縫ったドクターだ。

 回診には、いつも、アシスタントの看護師がついているのだが、今日はなぜかドクターひとりだった。


「私も、エムズの文化は研修で習ったわ。〈折り紙〉が上手なのね、4C…」


 ドクターはおしゃべりをしつつ、回診用のステンレスワゴンをベッドの横につけ、おもむろに4Cがまとっているガウンのすそをめくり、左の太腿ふとももを露出させた。


「でも、たしか折鶴は、お見舞いする人が『病気が治りますように』と願いをこめて患者さんに贈るものじゃなかった? 患者が自分で折るなんて聞いたことないわね」


 彼女は、目元に小さなシワを刻ませ、陽だまりのようにほほえみながら、手なれた動作で傷口に消毒液をぬり、観察し、満足げにうなずいて、真新しいガーゼでまた傷口をふさぐ。


「エムズの文化は知ってるよ、先生」

 起用な手つきでメモ用紙を折りたたみながら、4Cはすねた子供のように口をとがらせる。


「俺は、自分の太腿にエールを送ってるんだ」

「太腿に…?」

「俺のいとしい〈太腿クン〉は、いま、すっごく落胆してるからさ」

「なるほど…」

「先生、あと、どのくらいで松葉杖を使わないで歩けるようになるんだ?」

「それは…〈太腿クン〉が聞いてるのかしら?」

 ドクターは、楽しそうに4Cのノリにあわせる。


「そうだ。〈太腿クン〉がきいてるッ」

「そうね…3週間ってところかしらね?」

「そ、そんなにかかるのか?」

「傷が治っても、歩かないと筋肉は衰える。筋肉は毎日つかってないと痩せちゃうのよ。だから筋力をつけて、普通に歩けるようになるまで3週間はかかるの」

「ああ…そうかよ…」


 そうして、4Cが落胆のため息をはいたとき――どこからか‘ ドーン… ’と太鼓を叩く音が、小さく風にのってきこえてきた。


「あら? これって〈スフィア祭り〉の太鼓の音ね。練習してるのかしら。たしか〈お祭り〉は来週よ」

「スフィア祭りか…」

 鶴を折る手をとめ、4Cは遠くの空に視線をうつす。


「もう、そんな季節なんだな…」


 〈スフィア祭り〉は初夏におこなわれる〈スフィア教〉のイベントだ。いまや、世界中に信者がおり、この時期は世界各地でイベントが行われ、関連企業も、街の商店も繁忙期をむかえる。


 研究施設では、毎年、スフィア教信者の有志たちが実行委員会をつくり、イベント広場に屋台を出したり、バンドを呼んだり、ゲームを考えたり…1年間でもっとも盛り上がるイベントのひとつとなっていた。


 4Cは信者ではなかったので実行委員にこそならなかったが、いつもの4Cなら目を輝かせ「マジ楽しみにしてるからな、がんばれよ!」と委員会の連中をはげまし、差し入れを渡しているところだ。


「………」


 だが、今年の4Cは、まるで別人だった。


「元気だして、4C」

「先生、それは無理だ。俊足で走れるようになるまで、俺はずっと無口でつまらない人間のままさ。そして、黙々と鶴を折る根暗ネクラな男のままだ…」

「4C…」

「何もできないことが、こんなに苦痛だとは思わなかったよ…」

 4Cの脳裏に、サクラの顔がちらりと浮かぶ。


(いまごろ、心細い思いをしてるんだろうな…)


(それとも、俺を恨んでる…?)


(かもな…)


 そして、また、深いため息を吐きだした。


 その様子をみていたドクターは、ベッドのそばにあったイスに座ると、4Cが折った折鶴をなにげなく手にとり「そうじゃないんでしょう?」と、歌うようにつぶやいた。


「なんだよ、先生…うれしそうな顔してさ…」

 そしてドクターは、4Cの応えに、こう答えた。


「あなたがイライラしている原因は、他にあるんじゃない? そして、それはたぶん…宮本咲良みやもと さくらのこと…」

「え?」

 ドクターは、4Cの顔をのぞきこむようにじっとみつめ、意味ありげにほほえんだのだ。


「こんな状態じゃ、彼女を助けられない。だからそれで、ずっとイライラしてる」

「………」

 4Cの心臓が、‘ドクドク’と脈打ちはじめる。


(彼女は、知ってる…?)


 ポーカーフェイスを装おうとしても、4Cの眉間には深いシワが刻まれる。平常心を保ちつつ、かたわらに座るドクターへ、おそるおそる視線をむけた。


「………」

「………」


 お互いの心中をさぐるように、ふたりの視線がまじわりあう。彼女は、目元をほころばせつつ、4Cを見つめている。年齢を重ねてはいるが、美しい顔立ちだった。


「い、いや…言ってる意味が、わからないな…先生…」

「だって、彼女はあなたの〈タイプ〉なんでしょ? 4C」

 ドクターは、いたって冷静に、やさしくほほえみながら小首をかしげた。


「い、いや、まてよ先生…それは、ただのジョークだろッ!」

「そうね。オペ室で言ったのはジョークよね。それはわかってる。でも、あなたは本気で彼女を気にかけて、そして、おそらく、の…」

「………」

「この太腿の傷…これはあなたが自分で撃ったのよ」

「………」

 4Cの背中を、嫌な汗がつぅーと流れおちてゆくのがわかった。


「外科医になって20年の私が、敵に撃たれた傷かいなかもわからないで、患者の治療ができると思う?」

「いや…先生…それは…」

「言い訳はしなくていい。私は全部わかってる…」

「………」

 4Cは、彼女の真意がどこにあるのかわからず、困惑する。


〈敵〉か、〈味方〉か…。


「どんな理由があるのかは、知らない…」

 ドクターは、持っていた折鶴を‘ポン’とベッドのうえに放り、4Cに向きなおった。


「けれど…あなたは、そこまでしてでも、彼女を守らなければならない理由があったんでしょう?」

「………」

「大丈夫。このことはL=6エル・シックスにも言ってないし、オペスタッフにも気づかれていない。知ってるのは私だけ…」

「先生…いや〈L=0エル・ゼロ〉…」


 4Cは、ドクターを名前で呼んだ。

 〈L=0エル・ゼロ〉…それが彼女の名前だ。


〈L=6〉によく似た名前の〈L=0〉は、その顔立ちも、表情の動かし方も、声のトーンもL=6とよく似ていた。違うのは、まっとている空気だけだ。


「L=0…あんたの目的はなんだ…?」

 4Cは、声のトーンを落とし、静かにつぶやく。


「目的?」

 L=0は、目をみひらき、ぱちぱちとしばたかせた。


「そんなものはないわ、4C…」

 L=0は、そういって、にっこりとほほえむ。


「私はあなたの味方…そして〈仲間〉よ」

「………」


 そのほほえみは、母親の抱擁ほうようにも似た、陽だまりのようなほほえみだった。




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