10|新たな仲間
3日後――
なにかの任務で遠い地へおもむくためか、あるいは駐屯基地へ軍用ヘリ自体を運ぶためか、それはわからない。
だが――木々のあいだから、ミサイルを抱えた戦闘用のヘリが空へと舞いあがり、かなたへ飛び去ってゆく姿を見るたびに、4Cは願わずにはいられなかった。あのヘリに乗り込んでいるバスターズが、サクラたちの捜索隊ではないことを。
数時間まえ――〈ノースランド〉の岸壁付近で、1艘の大破した軍用ボートが見つかったと、見舞いにきた同僚の男が報告をくれた。
『 間違いない…やつらは北の大陸へ上陸してる。姿は確認できなかったらしいが、つかまるのは時間の問題さ 』
その情報で、いま、サクラたちは北の大陸〈ノースランド〉にいるという状況は把握できたわけだが――具体的に、どこにいて、どんな状態で過ごしているのか…怪我はしてないか、病気になっていないか、食べ物はあるか、サクラの身に起きるであろう様々なことを想像すると、いてもたってもいられなかった。
「俺は、本当にバカだな…」
無謀なことをしでかしたおかげで、サクラを守るどころか、トイレにいくことすら困難な状況に立たされてしまったのだ。
自分のふがいなさを突きつけられ、もどかしさが募り、イライラも募る。
すると、とつぜん4Cは、ベッドのうえに起き上がり、かたわらに置いてあった正方形のメモ用紙で〈折鶴〉を折りはじめる。サクラへの罪悪感か、ストレスか、はたまた怒りの感情転移か――折りはじめたら止まらなくなった。
ひたすら鬼のように折る、折る、折る!
「あらまー。これって…折鶴ね?」
病室に入るなり、ベッドのうえに散乱している〈紙の鳥〉をみて、
回診には、いつも、アシスタントの看護師がついているのだが、今日はなぜかドクターひとりだった。
「私も、エムズの文化は研修で習ったわ。〈折り紙〉が上手なのね、4C…」
ドクターはおしゃべりをしつつ、回診用のステンレスワゴンをベッドの横につけ、おもむろに4Cが
「でも、たしか折鶴は、お見舞いする人が『病気が治りますように』と願いをこめて患者さんに贈るものじゃなかった? 患者が自分で折るなんて聞いたことないわね」
彼女は、目元に小さなシワを刻ませ、陽だまりのようにほほえみながら、手なれた動作で傷口に消毒液をぬり、観察し、満足げにうなずいて、真新しいガーゼでまた傷口をふさぐ。
「エムズの文化は知ってるよ、先生」
起用な手つきでメモ用紙を折りたたみながら、4Cはすねた子供のように口をとがらせる。
「俺は、自分の太腿にエールを送ってるんだ」
「太腿に…?」
「俺の
「なるほど…」
「先生、あと、どのくらいで松葉杖を使わないで歩けるようになるんだ?」
「それは…〈太腿クン〉が聞いてるのかしら?」
ドクターは、楽しそうに4Cのノリにあわせる。
「そうだ。〈太腿クン〉がきいてるッ」
「そうね…3週間ってところかしらね?」
「そ、そんなにかかるのか?」
「傷が治っても、歩かないと筋肉は衰える。筋肉は毎日つかってないと痩せちゃうのよ。だから筋力をつけて、普通に歩けるようになるまで3週間はかかるの」
「ああ…そうかよ…」
そうして、4Cが落胆のため息をはいたとき――どこからか‘ ドーン… ’と太鼓を叩く音が、小さく風にのってきこえてきた。
「あら? これって〈スフィア祭り〉の太鼓の音ね。練習してるのかしら。たしか〈お祭り〉は来週よ」
「スフィア祭りか…」
鶴を折る手をとめ、4Cは遠くの空に視線をうつす。
「もう、そんな季節なんだな…」
〈スフィア祭り〉は初夏におこなわれる〈スフィア教〉のイベントだ。いまや、世界中に信者がおり、この時期は世界各地でイベントが行われ、関連企業も、街の商店も繁忙期をむかえる。
研究施設では、毎年、スフィア教信者の有志たちが実行委員会をつくり、イベント広場に屋台を出したり、バンドを呼んだり、ゲームを考えたり…1年間でもっとも盛り上がるイベントのひとつとなっていた。
4Cは信者ではなかったので実行委員にこそならなかったが、いつもの4Cなら目を輝かせ「マジ楽しみにしてるからな、がんばれよ!」と委員会の連中をはげまし、差し入れを渡しているところだ。
「………」
だが、今年の4Cは、まるで別人だった。
「元気だして、4C」
「先生、それは無理だ。俊足で走れるようになるまで、俺はずっと無口でつまらない人間のままさ。そして、黙々と鶴を折る
「4C…」
「何もできないことが、こんなに苦痛だとは思わなかったよ…」
4Cの脳裏に、サクラの顔がちらりと浮かぶ。
(いまごろ、心細い思いをしてるんだろうな…)
(それとも、俺を恨んでる…?)
(かもな…)
そして、また、深いため息を吐きだした。
その様子をみていたドクターは、ベッドのそばにあったイスに座ると、4Cが折った折鶴をなにげなく手にとり「そうじゃないんでしょう?」と、歌うようにつぶやいた。
「なんだよ、先生…うれしそうな顔してさ…」
そしてドクターは、4Cの応えに、こう答えた。
「あなたがイライラしている原因は、他にあるんじゃない? そして、それはたぶん…
「え?」
ドクターは、4Cの顔をのぞきこむようにじっとみつめ、意味ありげにほほえんだのだ。
「こんな状態じゃ、彼女を助けられない。だからそれで、ずっとイライラしてる」
「………」
4Cの心臓が、‘ドクドク’と脈打ちはじめる。
(彼女は、知ってる…?)
ポーカーフェイスを装おうとしても、4Cの眉間には深いシワが刻まれる。平常心を保ちつつ、かたわらに座るドクターへ、おそるおそる視線をむけた。
「………」
「………」
お互いの心中をさぐるように、ふたりの視線がまじわりあう。彼女は、目元をほころばせつつ、4Cを見つめている。年齢を重ねてはいるが、美しい顔立ちだった。
「い、いや…言ってる意味が、わからないな…先生…」
「だって、彼女はあなたの〈タイプ〉なんでしょ? 4C」
ドクターは、いたって冷静に、やさしくほほえみながら小首をかしげた。
「い、いや、まてよ先生…それは、ただのジョークだろッ!」
「そうね。オペ室で言ったのはジョークよね。それはわかってる。でも、あなたは本気で彼女を気にかけて、そして、おそらく、逃がしたの…」
「………」
「この太腿の傷…これはあなたが自分で撃ったのよ」
「………」
4Cの背中を、嫌な汗がつぅーと流れおちてゆくのがわかった。
「外科医になって20年の私が、敵に撃たれた傷か
「いや…先生…それは…」
「言い訳はしなくていい。私は全部わかってる…」
「………」
4Cは、彼女の真意がどこにあるのかわからず、困惑する。
〈敵〉か、〈味方〉か…。
「どんな理由があるのかは、知らない…」
ドクターは、持っていた折鶴を‘ポン’とベッドのうえに放り、4Cに向きなおった。
「けれど…あなたは、そこまでしてでも、彼女を守らなければならない理由があったんでしょう?」
「………」
「大丈夫。このことは
「先生…いや〈
4Cは、ドクターを名前で呼んだ。
〈
〈L=6〉によく似た名前の〈L=0〉は、その顔立ちも、表情の動かし方も、声のトーンもL=6とよく似ていた。違うのは、まっとている空気だけだ。
「L=0…あんたの目的はなんだ…?」
4Cは、声のトーンを落とし、静かにつぶやく。
「目的?」
L=0は、目をみひらき、ぱちぱちと
「そんなものはないわ、4C…」
L=0は、そういって、にっこりとほほえむ。
「私はあなたの味方…そして〈仲間〉よ」
「………」
そのほほえみは、母親の
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