08|覚醒ふたたび〈4〉

 〈竜〉は海面から姿を消した。海の底へともぐったのだ。


 ――と、つぎの瞬間…深い海の底から一気に浮上し、巨体をひねりながら海面へと踊りでた。そして、そのまま、天をめざして登ってゆく。


「……!!!」

「……!!!」


 サクラとツトムは、そのさまを、金縛りにあったように固まったまま、ただただ呆気にとられ見つめることしかできなかった。


 その跳躍力。その馬力。その身体能力の高さは、サクラたちの想像をはるかに超えて、雄雄おおしく、ダイナミックで圧倒的だった。


『 海の王者は我にあり、我が姿をみよ! 』


 そう叫ぶかのように、海水と小魚を全身にまとわりつかせ、海の神〈ポセイドン〉さながら、悠然と空へと駆けのぼっていった。


 当然――〈竜〉に引っぱられ軍用ボートも宙に浮く。


「うわぁぁーーーーーッ!!!」

 ツトムは、もうなにも見てはいなかった。きつく目を閉じ、生きるも死ぬも運まかせで、ただふり落とされまいとボートの舳先へさきにしがみついた。


『 サクラ…ジャンプ… 』

『 サクラ…ジャンプ… 』

『 サクラ…ジャンプ… 』


 ふいに――サクラは、〈竜〉とともに舞い上がったボートのうえで、ゴースターの意図を理解する。


(そうか…)


(そういうことか…!)


 その刹那せつな――サクラはツトムの腕をとり叫んでいた。


「ツトム、跳ぶよッ!!!」

「ええええぇぇーーーッ、なんだってぇぇーーーッ!!!?」


 ほぼ垂直に浮いているボートの舳先へさきに足をかけ、サクラはそのまま岸壁めがけてジャンプする!




「「「  ひゃあああぁぁぁーーーーーーーーーー……… …ッ!!!!!  」」」




 悲鳴のようなツトムの叫び声とともに、ふたりは‘ふわり’と宙を舞う!


 すでに舞い上がっているボートよりさらに上へ――サクラたちは、崖のてっぺんめざして放物線を描くように上昇してゆく。


 サクラは、その一瞬をスローモーションでとらえていた。


 全長9メートルの軍用ボートが、ほぼ垂直に傾いたまま宙に浮き、かたわらでは、引力の法則にしたがって落下しはじめた巨大な〈竜〉が、ゆっくり…ゆっくり…と、銀色の胴体をふるわせ、真っ赤なヒレを躍らせながら落ちてゆく…。


 30メートル下に広がる海面は黄金のようにきらめき、その光景を見下ろしながら、サクラはさらに上昇し――ついに、北の大陸の岸壁、そのてっぺんへと舞い降りた。


〈竜〉の跳躍と、さらにサクラの跳躍がくわわれば、北の大陸へ上陸することができる。それが〈竜〉の――ゴースターのだったのだ。



          ***



 崖よりさらに高い位置まで跳んだサクラは、ゆるいカーブを描いて崖のうえの芝草のところにふわりと舞いおりた。


「 う・わああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!! 」


 ツトムは、潅木の茂みに放りだされ、それがクッションとなってワンバウンドして地面に転がった。


〈竜〉と軍用ボートは同時に落下し、岩場へと叩きつけられ――その衝撃と、とつぜんの来訪者におどろいて、潅木かんぼくで羽をやすめていた小鳥たちはいっせいに空へと羽ばたく。


「ツトム、大丈夫ッ!?」

 全身ずぶぬれのまま、サクラはツトムに駆けより無事をたしかめる。


「ああ…ぼ、僕は、大丈夫…」

 ツトムも、サクラと同じように全身に海水をまとわりつかせ、焦点のあっていない目をさまよわせながら、息をはずませた。


「ああ…サクラ…」

「なに?」

「僕たち…上陸…したんだね…?」

「うん、上陸したよ。北の大陸〈ノースランド〉にね!」

「わぁ…すごいや…けっきょく、あのゴースターは、僕たちの味方だったんだね?」

「うん…たぶんね…」


 なぜ、ゴースターは、この場所に絶好のタイミングであらわれたのか…なぜ、異能力を持つエムズ・アルファに共鳴し助けてくれるのか…すべては謎だったが、いまは、どうでもいいとサクラは思った。

 

 無事にノースランドへ上陸した。

 その事実がすべてだ。


「それにしても…は、ちょっと乱暴なんだよな! 助けるにしても、もっといい方法があるだろ? まったく…今回ばかりは、もう、本当に死ぬかと思ったんだから…」

 弱々しいふわふわ声で、ツトムはグチをはいた。


「今回ばかりじゃなくて、今回でしょ?」

「へ?」

 ふいに、ツトムの中に、これまでの、命からがら脱出してきた記憶の断片がよみがえる。


 OBBオービービーに銃口を向けられたとき。

 バイクに乗る羽目なって、時速120キロを体感したとき。

 装甲車が爆発して、バイクごと吹き飛ばされたとき。


 そのつど〈死〉を覚悟したことを、走馬灯のように思い出したのだ。


「た、たしかにね…」


 ツトムは、芝生のうえに仰向けになったまま空を見つめ、それから、なぜか笑えてきて、力なく「ははは…」と笑った。それから、遠くのほうへ視線をむけ、


4Cフォーシー…今頃、どうしてるかな?」


 ツトムの思考も、空の彼方へとんでいった。

 4Cに語りかけるように、ふわふわと夢見ごこちのままつぶやく。


「4C…僕は、サクラを守ったよ。い、いや…じっさいは、僕は何もしてないけど…で、でも、サクラは無事だ。だから…守ったってことで、いいだろ? そうだよね、4C…」

「な、なに?」


 サクラにはわからない。

 それは、ツトムと4Cの男同士の約束の話だ。


「これで、僕も、ヒーローの仲間入りができた、かな…だったら、いいな…」


 焦点の定まらない目を遠い空にむけながら、サクラにはわからないことを、ぼそぼそとつぶやき、そのままツトムは気を失った。


「ツ、ツトム…?」

 あわててサクラがのぞきこむと、ツトムはすーすーと寝息をたて眠っていた。


「なんだ、寝ちゃったのか…」

 サクラは安堵のためいきをつき、


「おやすみ…」

 そういって、ツトムが背負っていたバックパックを、そっと肩からはずした。

 その荷物のずっしりとした重さに、サクラは自分の能力が消えたことを知る。


 それからサクラは、ツトムのかたわらにすわり、ツトムが見ていた同じ空をあおいだ。


(いまごろ、4Cはどうしてるかな…?)


(無事に北の大陸に上陸したこと…)


(報告できたらいいのに…)


 雲ひとつない広大な青空は、4Cの笑顔を思い出させた。


(この空は、あなたに似てる…)


(トモヒロと同じ…)


(大きな口をあけて、本当に楽しそうに笑うんだ…)


(4C…)


(もう一度、あなたの笑顔がみたい…)


(もう一度、あなたに会いたい…)


 風が、サクラのほほをやさしくなで、通りすぎていった。

 ツトムが目を覚ますまで、サクラは、ずっとその場所にすわって空をみていた。


 その崖の真下では、岩に叩きつけられ大破した軍用ボートが、それでもまだ形をとどめたまま、難破船のように波打ちぎわに漂っていた。


 そこに〈竜〉の姿はない。


 ゴースターにもどって海中に溶けたか…跡形も残さず、世界のどこかへ消えうせていた。



          ***



 こうして――

 サクラとツトムは、ひと波乱のすえ、北の大陸への上陸を果たしたのだったが――この顛末てんまつにはつづきがある。


 サクラとツトムが上陸した崖から100メートルほど離れたところに、もうひとつ隆起した崖があり、その茂みの奥で、なにやら‘キラリ’と光るものがあった。


 それは、双眼鏡のガラスが反射した光だった。

 茂みの奥から双眼鏡をのぞき、じっとサクラたちを観察してる人物がいたのだ。


 その〈男〉は、食い入るように双眼鏡をのぞきながら、ふいに口元を三日月のようにくっと吊りあげ、にやりと笑った。


「見つけた…」





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